誤訳に関する考察: One Less Bell To Answer
Burt BacharachとHal Davidの名作One Less Bell To Answer。
邦題は「悲しみは鐘の音とともに」となっている。ちょっとWeb検索してみたところ
誤訳がごろごろ出てきたので、この歌詞の正しい意味について解説する。
One less bell to answer
One less egg to fry
One less man to pick up after -
I should be happy, but all I do is cry…
まず「悲しみは鐘の音とともに」の「鐘」ってなんだ。
たしか村上春樹は昔、bellを鐘と訳すのは誤りで、
正しくは電話のベルである、というようなことを何かに書いていたが、これも間違い。
正解はドアベルである。
家の玄関のドアの外から「ジジジジ」とか「キンコーン」とか鳴らしているのである。
日本でいう「ピンポーン」である。
Answer the bellはanswer the doorとほぼ同義。
電話であればanswer the phoneとかanswer the call であろう。
例えこの違いを知らなくても、もう少し歌詞を読み進めれば
Each time the doorbell rings I still runとちゃんと書いてあるのだが。この文の意味についても後ほど解説する。
手元にBacharachのOne Amazing NightというCDがある。
この歌詞カードについている日本語訳を見てみると、やはりおかしい。
返事の鐘の音がひとつ少ない
焼く卵の数がひとつ少ない
恋の相手がひとり少ない
幸せなはずなのに、ただ泣くだけのわたし
訳として正しいのは二行目と四行目のみ。
一行目「返事の鐘の音がひとつ少ない」ってどういう意味?
One less bell to answerの本当の意味は、
「応えなければいけないドアベルがひとつ少ない」
言わば
「訪ねてくる人が一人減って楽になったわ」ということ。
One less egg to fryは
「目玉焼きも二つ作らずに済むわ」ということ。
さて、上記の訳で誤魔化されているOne less man to pick up afterはお分かりだろうか。
「迎えに行かなきゃならない人が一人減っていいわ」
は残念ながら不正解。正解は、
「散らかす人がいなくなって、後片付けの手間が省けていいわ」。
Pick up after someone = 誰々の後片付けをする
である。
要するに、最初の三行で、
愛する人が出て行ってしまったことを
一生懸命ポジティブに見ようとしているわけである。
それで四行目で、
「せいせいしたはずよ。だのに何故泣いてばかりなの私?」
となるわけである。
それから、先程のEach time the doorbell rings I still run
の意味も一応解説しておくと、
「今でも、ドアベルが鳴るたびに
(あなたが戻ってきたのかと思って)玄関までいそいそと走っていくの」
ということ。くれぐれもrunを「逃げる」などと訳さぬように。
最後に、Webで見つけた誤訳をいくつか載せておこう。
恋人に去られたけれど電話のベルが鳴るのが減っただけさ
ベルが鳴った(着信があった)のに、わたしは答えなかった。それが最後のベル。
答えに1つ少ないベルひとつ目はbellの解釈以外は正しい。残りは見事な迷訳だなあ…



