人生の記録
国立情報学研究所で、Dublin City Universityのlifelogに関する取り組みについて聴講してきた。
発表者のCathal(tを発音せずにカホルという。Irish名。) Gurrinは私の友達の友達で、初対面だった。
Cathalは、夜寝ている間以外は常に、首からSenseCamというMicrosoft製カメラをぶら下げ、
さらにGPSを携帯している。これをやり初めて一年半近くたつという。
SenseCamは自動的に一日約3千枚もの写真をとりまくるので、
自分がいつどこで何をしていたかが全て画像として残る。
今のところ、音声情報は記録しないvisual lifeloggingである。ブログの発展系とも言える。
私もディジタルカメラとGPSを海外出張にもっていって、
あとで技術スタッフN氏に写真と地図をマッシュアップしてもらった経験はある。
GPSの性能には不満を感じたが、プラハやアムステルダムの自分の足跡を眺めるだけでも結構楽しかった。
さて、Cathalの発表は基本的にlifeloggerとしての体験談だったが、
問題はlifelogをいかに役立てるか。
この点については世の中でまだ本格的な取り組みが見られないようだ。
Lifelogの応用としては、補助脳、犯罪防止、生活改善などたくさん考えられるが、
検索メイニアックとしてはまず情報検索に応用したい。
これに関しては、前にある講演のためにこんな漫画を描いたことがある。
(新しいアイデアというわけではないが。)
恋人が来るのを待っていると、雨が降ってきたので急遽デートプランを変更。
自分のlifelogから以前行ったことがある近場のレストランを自動検索。

ユーザがどんな一日を過ごしてきたかに応じて番組推薦。

赤ん坊の泣き声を聴いて and/or 泣き顔を見て救急病院検索。

なお、taciturnというのは「寡黙な」ということ。
Lifelogなどを使って気が利く検索を実現したいという話。
夜はCathalを居酒屋に連れて行ったので、彼のSenseCamには私がかなり写っているはず。
私はというと、こうして手でせっせとブログを書くしかない。
SenseCam欲しいなあ。ぶら下げていれば少しは日頃の行いがよくなるかなあ。



