ヒロシマとSIGIR 2001
今日はヒロシマについて、ヒロシマで亡くなった方々について、
被爆して未だに苦しんでいる方々について考える日である。
報道ステーションで松岡修造がヒロシマナガサキという映画について紹介していた。
見てみたい。
それにしても、日本にも例えばFahrenheit 9/11 (華氏911)を作ったMichael Mooreのように強い主張をもち、
かつプレゼンテイションのうまい映画監督はいないものか。
「米国は原爆投下について謝罪せよ」という政治家はいないものか。
おっと、筆が右に滑ってしまった。
私は別に謝罪して欲しいと思っているわけではない。
「悪かった」と思ってもいない人に謝ってもらっても意味がない。
「謝れ」の応酬も不毛だ。
検索メイニアックの立場に戻り、SIGIR 2001を思い出そう。
2001年9月11日、私は米国にいた。
World Trade Centerの結構近くであった。
と言っても、New OrleansのWorld Trade Centerである。
事件が起こったのはSIGIRの真っ最中であった。
このために、多くの学会参加者の帰国フライトがキャンセルされた。
(私はもともとSIGIRのあとにDUC(Document Understanding Conferences)
というテキスト要約のワークショップでも学会発表をすることになっていたため、
奇跡的に影響を受けなかった。)
ホテルのTVで飛行機がWorld Trade Centerに衝突するのを何度も何度も見た。
しかし、あのシーンより強烈に印象に残っているのは、事件の直後にTVでインタビューを受けた
米国人の小さな男の子の発言である。
インタビューアに「テロリストはどうして米国を攻撃したのだと思う?」
と聞かれた男の子は、
They're just jealous! (ぼくたち米国人に嫉妬してるからさ!)と言ったのだ。
おそらく父親の台詞の受け売りだろう。
しかし、米国人がいかに「わかっていないか」を端的に表しているように思えて、当時は青ざめたものだ。
もちろん米国人にもいろいろな人がいる。
9/11後、もっと「わかろう」とした人も増えただろう。
原爆についても、「必要悪」などと思っている人ばかりではないだろう。
いずれにしても、原爆について語り継いだり、国際的な場で自分の立場を主張したりするために、
日本人はコミュニケイション能力(英語力ではない)、プレゼンテイション能力をもっとつけるべきだと思う。
私も日本特有の沈黙の文化は好きである。しかしこれは国際的な場では通用しない場合が多い。
理想を言うなら、映画ヒロシマナガサキも、全て日本人の手で作って欲しかった。



