論文と宝くじ
昨日(4/3)、情報処理学会から嬉しい知らせが届いた。
下記の論文が、平成18年度論文賞に選ばれたのだ!
Sakai, T.:
On the Task of Finding One Highly Relevant Document with High Precision,
情報処理学会論文誌データベース,
Vol.47, No.SIG 4 (TOD29), pp.13-27, 2006.
受賞は
FIT2005論文賞
平成18年度山下記念研究賞
に続き3件目となる。これまで研究をサポートしてくれた方々に感謝!
さて、単なる自慢話をブログに垂れ流しても意味がないので、
僭越ながら、(私よりもっと)若い研究者の方々のご参考のため私見を述べたい。
研究者は以下の3種類に分類できる。
(a)論文をたくさん書く人
(b)論文をたまに書く人
(c)論文を書かない人
(b)の研究者の中には、非常に寡作だが一作一作のクオリティがめちゃくちゃ高い人が多い。
(c)の研究者の中には、論文ではなくシステムを世の中にばんばん公開して世の中に貢献している人もいる。
このような流儀もおおありだと思うが、私自身は少なくとも今のところ(a)である。
自慢ではなく流儀の問題である。
「質より量」とまでは言わないが、研究成果をどんどん発表して他の研究者からフィードバックをもらうのが好きである。
実際、研究者からのフィードバックは、エンドユーザからのフィードバックとは違った意味で非常に貴重である。
例えば、私の山下記念研究賞受賞論文は、私のFIT2005論文賞受賞論文に対する
査読者(論文を読んで採否を判定する同分野の研究者)のするどいつっこみから生まれたものである。
自分や同じ環境にいる共同研究者では到底考えつかないつっこみが査読者から得られることは多いものである。
(もちろん、不条理な査読結果もたくさんある。何か自分に恨みでもあるのか?と思うこともある。
が、そういう査読結果は破り捨てて信念を貫けばよい。)
また、査読者に限らず、国際会議や研究発表会における聴講者からのコメントも有益であることが多い。
論文賞の選定作業も、査読と同様に他の研究者が貴重な時間を割いて行ってくれるものである。
しかし、その選定作業がどんなに綿密なものであっても、あくまで人間の主観評価に基づくものである。
したがって、例えば論文賞に選ばれた論文と選ばれなかった論文をランダムに取り出して比較した場合、
前者が絶対的に優れているとは到底言えない。
乱暴な言い方をすると、論文賞受賞は宝くじ当選と似ていて、"luck"の要素があることは否定できない。
宝くじは買わないと当たらないのと同様、論文賞がもらえるのは上記の(a)か(b)の流儀の人。
さらに、仮に純粋に宝くじであれば、(a)の人のほうが(b)の人よりも当選確率は高いはずである。
(実際には、組織票などの要因もあるのだが...)
とどのつまり、論文を書くこと自体が研究の目的ではないとは言っても、「論文は、書いたほうがよい」と私は思う。
賞に興味がない人も、他の研究者からのフィードバックは大切にすべきであろう。



