小樽散策
先月、情報処理学会 情報学基礎研究会(FI研)主催「情報アクセスシンポジウム(IAS)2009」で講演をすることになって、北海道大学を訪れる機会を得た。
シンポジウム前日に北海道入り。時間があったので、小樽まで足を伸ばすこととした。
生まれて初めて、降り立つ小樽の街。3~4時間散策したのだが、複雑な気持ちになった。
昨日、故郷に住む母親に、久しぶりに電話。その際、小樽散策の話題になった。母親は、十年位前に、小樽に旅しており、その時の事を思い出したのか、「ふーん、小樽ねえ、へ~」と懐かしそうだ。そして、改まった声で、「似とったやろ?」
何が何に似ているか?説明がなくても、言いたい事は分かった。「うん、凄く似とった」
小樽は、俺の生まれ故郷である下関のようだったのだ。生まれて初めて行ったのに、全然そんな気がしなかった。
勿論、地形的に似ているということもある。山があり、坂道が多く、平地がなく、海に面している港町。
どうも、それだけではない。
醸し出す雰囲気、情緒的な感じというか…酷似しているのだ。
古い街並み。ちょっと軽薄で安手な新しい建物。なんとなく、薄暗い感じ。観光スポットなのに、人もまばらで寒々しい風景。気さくで、親切なタクシー運転手。街の中心部から海までの夜景が綺麗…等。
小樽市は…
石狩湾に面し、古くから港湾都市として発展した。歴史的建造物が数多い。20世紀半ばまでは石狩地方で産出された石炭の道外への輸送や、ロシアとの交易で栄えた。しかし1960年代以降、石炭需要の低下と北海道内の炭鉱の閉山、ロシア貿易の衰退、近隣の石狩湾新港の整備により港としての機能は衰え、人口も最盛期より35%も減少している…。
下関市は…
7世紀に長門国の国府が置かれて以来、西日本交通の要として、また、造船業を中心に、産業都市として発展をしてきた。本州最西端に位置する地理的条件から、中国・朝鮮に対する窓口、軍事的拠点として重要な街でもあった。三韓征伐、源平合戦、高杉晋作による維新回天義挙など多くの歴史ドラマが展開した町でもある。
両市ともに、嘗て栄華を極め、人、モノ、金が集まり賑わった過去を持つが、栄光の日々は過ぎて久しい。昔を思い出させる物は、どんどん少なくなり、スーパーやらドラッグストアやらコンビニやら結婚式場やら居酒屋チェーンやらマンションやら...が立ち並び、急速にどこにでもあるような街になりつつある。
観光客もまばらな小樽運河を歩きながら、下関の海沿いに立ち並ぶ人気の無い倉庫を思い出して、悲しいような、懐かしいような気持ちになった。
もしかすると、下関に似た町は、俺の知らないだけで、日本のここかしこにあるのかもしれない…と思った。そして、ひっそりと、しかし確実に、のっぺりとして、区別のつきにくい「普通の街」へと変貌し続けているのだ。 時間が経過するということは、そういうことかもしれない。
ひとしきり話をした後、母親は、「子供の頃のお前が、最近よく夢に出てくる」と独りごとみたいにポツリと呟いて電話を切った。

