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2009年01月12日

「落下の王国」を観ました

前から観たかった「落下の王国」が藤沢の映画館に来た。

ターセム監督が構想26年、撮影に4年を費やした作品。世界24カ国以上でロケ、13の世界遺産を撮影。アカデミー衣裳デザイン賞受賞の石岡瑛子が、衣裳を担当。 第40回シッチェス・カタロニア国際映画祭(バルセロナ近郊の海辺のリゾート地・シッチェスで毎年10月に開催されるファンタジー系作品の祭典)で最優秀作品賞…。

前評判は高く、CGなしの圧倒的な映像美に、酔いしれるべく、マーメイドと藤沢へ。

結果としては、「う~ん何だかなあ…」というのが正直なところ。確かに、砂漠のシーン、湖のシーン等、ハッと息を呑むほどの美しいシーンはあったし、色彩・衣裳デザインは、個性的で妖しく美しかった。

だけど、期待したほどではなかった。というか、かなり大きく期待を下回った。えっ、圧倒的な映像美って、こんなものなの? 本当に世界24ケ国以上でロケしたの?世界遺産13ケ所って、どこで出たっけ?…という感じ。

衣裳デザインの隠微な魅力も充分に表現されてはいなかった。ポスターになっていた、白と青でできた美しいドレスで舞うシーンなど、オドロオドロシイ音楽をバックに、乱舞するのかと思いきや、信じられない位簡単に終わってしまう。

話の筋自体は、非常に他愛がないものなのに、後日談やチャップリンの映像など終盤に長々と流し、何となく小奇麗な整合性を取ろうとする。元々ファンタジーで細かい事は誰も気にしていないのに。ここは、これでもか?って言うくらい凄い情景を畳み掛けるべきだったのでは。世界遺産をモチーフにして、バンバン凄い絵を見せて欲しかったなあ。

この映画で追求すべきは、CGなど最新技術では決して産み出せない、プリミティブな映像の力って奴ではなかったのか?

オリジナルタイトルは、“The Fall”~「落下」。だが、「死んで高い場所から人が落ちる」シーンばかり。落ちる物は、人とは限らないし、落ちる場所も高い建物からとは限らない。フワフワ落ちる物や、格好つけながら落ちるのでも良い。凄い景色の中で、もっとバリエーションのある美しい「落下」を見たかった。

しかし、それはそれとして、何故「落下の王国」なんだろう?
“The Fall”の邦題に、「王国」という言葉をわざわざ追加した理由が理解できない。劇中起こる「落下」の数々に、「王国」をシンボリックに示すものを、何も読み取れなかったのは、俺の感性の問題なのでしょうか?

この映画は、1月中旬から下関でも公開するので、映画好きの老母に、招待券を渡してある。「観にいくのは止めたほうがいい」…と言うべきかどうか、静かに悩むのであった。

2009年01月05日

「わかっていないことをわかっている」

色々な出会いがある。それは、恐らく必然で、勇気とトキメキを与えてくれる。

年末に10冊近く本を購入した。

サブプライム問題から世界同時不況の構造をビジネスパーソンとしては、理解しなくてはいけないだろう、いや理解せねばならぬと、関連書籍を数冊買い込むものの、表紙に触れる事なく、ゴミ箱に投げ込んだ。

年末K-20を観て、何となく思いつきで手に取った「怪人20面相図鑑」は、1ページも読む事無く老母に進呈した。

読まれる事がない本があり、読まれるべき、あたかも読まれる事を待っていたかのような本との出会いもある。

10冊の中で生き残った1冊が沢木耕太郎の「旅する力」。
この本は、「深夜特急ノート」とサブタイトルにあるとおり、旅の本だ。
でも、生きる事について考えさせられた。
人生を旅にたとえる例は多い。死にそうにウンザリする位多いので、比喩として使うことすら、かなり恥ずかしい。でも、人生は旅だと思わざるを得ない。

「わかっていないことをわかっている」
この本の中で、海外に住む知人からの言葉を、沢木耕太郎は、驚きをもって綴る。
「わかっていないことをわかっている」このフレーズに出会った時、俺も後ろ頭をスコップで殴りつけられたような衝撃を共有した。

ビジネスの世界に入って、かなりの年月が経過し、修羅場と呼ばれるような様々な事象を経験し、図々しさだけは身に着けた。日々の出来事を過去の経験に照らして、「あれは、ああいう感じだよね」とわかったつもりになってはいなかったか?
「わかっていないことをわかっていなかった」ことをガッツン痛感した。俺がこれまでの経験で識ったことがあるとすれば、「わかっていないことをわかった」コトに過ぎないのだ。

目の前に広がるのは、未来という名の未体験ゾーンだ。薄っぺらの経験や姑息なテクニックなど捨てて、自然の声を聞け。見知らぬ町を訪れた旅人のように、前人未到の地に足を踏み入れた冒険者のように、五感を研ぎ澄まし、注意深くあたりを見回し、現地の言葉を学び、風を感じ、足元を確かめ、地面の感触を確かめつつ一歩づつ前進すべきなのだ。

誕生日事典によると、7月24日生まれの俺は、「変化を望み、平凡を嫌う人」らしい。正確に言えば、変化は望む、望まないに関わらず起こっている。自分の周囲に起こっている変化を感じ取れるかどうかだ。「わからない」ことだらけだから、目を凝らし、耳を澄ます。目の前で起こっている変化に、誰も結末を知らない未来に、勇気をもって前進してこそ、7月24日生まれなのだ。

「わからないことをわかっている」俺の2009年がどんな風に展開をするのか…本当にドキドキしてきたぞ。

2009年01月01日

明けましておめでとう御座います

あけましておめでとう御座います。今年も宜しくお願いします。

今、娘と二人で近くの神社へ初詣に行ってきた。海風が吹きつけて、とても寒い。新しい年を迎えて、身が引き締まる思いだ。

大きな夢に向けて、堅実に、慎重に、少しづつ前進をしていきたい…そんな事を考えながら、手を合わせた。

いつもと同じ年の始まりだが、いつもとは、少し違う。新鮮な気持ちを失わず、2009年を過ごして行きたい。