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佐々部清監督の記事  このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリー参照しているはてなブックマーク このエントリーをdel.icio.usに追加

先日、雑誌をパラパラめくっていたら、ある映画監督のインタビューに目が留まった。

正確な表現は,忘れたのだが、彼は、若い頃、自分の故郷を離れたいと強烈に思ったらしい。田舎なのに、強烈なプライドがあり、しかものんびり、和気藹々としているわけでもなく、非常に狭いエリアにトラップされる感じ…がとても嫌だった。ここに長く居てはいけない…と思い、大学進学とともに故郷を飛び出した…という感じの事をコメントしていた。

とても驚いたし、共感した。俺と同じように感じながら、高校時代を過ごした人もいるんだ…と。こういう感情は,生まれ育った地域などを越えた、ある種普遍的なものなのかもしれないと思いながら、ページを繰る。

「佐々部清 下関市出身…」 何と同郷の人だった。うちの姉と同じ学年、従兄弟と同じ高校を卒業している。

佐々部 清(ささべ きよし、1958年1月8日 - )は、日本の映画監督。山口県下関市出身。山口県立豊浦高等学校、明治大学文学部演劇科、横浜放送映画専門学院(現・日本映画学校)卒業。 来歴 1984年より映画及びテレビドラマの助監督となる。主に崔洋一、和泉聖治、杉田成道、降旗康男などの監督に師事。

2002年に『陽はまた昇る』(日刊スポーツ映画大賞 石原裕次郎賞受賞、日本アカデミー賞 優秀作品賞受賞)で監督デビュー。以降、2003年『チルソクの夏』(日本映画監督協会 新人賞受賞、新藤兼人賞受賞)、2004年『半落ち』(日本アカデミー賞 最優秀作品賞受賞、日刊スポーツ映画大賞 石原裕次郎賞受賞)、2005年『四日間の奇蹟』、2006年『カーテンコール』(日本映画批評家大賞作品賞受賞)、『出口のない海』と立て続けに作品を発表。(出典 ウィキぺディア)


故郷から飛び出した彼が、最初に企画した映画の舞台に選んだのは、故郷下関。『チルソクの夏』という、下関の女子高生を描いた作品で、父親役は、下関出身の山本譲二で、佐々部監督の強い希望だった。
『チルソクの夏』が佐々部監督作品とは知らなかったし、彼が下関出身だということも知らなかった。ただ、下関という街のウェットさや、高校生活の描き方が、とてもリアルで、驚いたことを覚えている。

その後も、彼は故郷への思いを作品化している。『四日間の奇蹟』『カーテンコール』は、下関を舞台にしており、これらは、『チルソクの夏』と並んで、下関三部作といわれているらしい。

もう暮らすことがない、遠く離れた故郷に対する愛憎織り交ぜた複雑な思いや強い拘りは、時の経過とともに、何故だかとても強くなっていく。そんな感覚を共有できる人が、他にも存在することを、とても不思議に思う。それが、普遍的なものなのか、下関という街に潜む何かに、起因するものかどうかは、よくわからない。

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