« 2008年08月 | メイン | 2008年11月 »

2008年09月24日

新書を読んでちょっと考えたこと

新書の類は、読まないと言いつつ、ツボをついたネーミングに騙されて、購入しては、後悔している。ホントに、愚かな私。

最近、失敗したのは、「社長の値打ち」という本で、タイトルだけ見て、夢遊病者のように、レジに持っていってしまった。家に帰って読んだら、松下幸之助とか本田宗一郎のエピソードが延々と綴られていたので、速攻でゴミ箱に投げ入れましたがな。

さて、そのときに一緒に買ったのが、やはり新書で、「人間関係を良くするウンチャラ」みたいなタイトルの本で、内容自体は取り立てて、「それが何か」というものだったが、色々考えさせられることもあった。

職場やコミュニティ、その他所属する組織において「人間関係」に悩んでいる人は、案外多い。会社欝という症状や、オフィスで働く3分の1は、潜在的な鬱病患者…などという報道もされている。

真面目で几帳面な人ほど、人間関係に悩みがちである…ということは、よく指摘される。彼ら、彼女たちは、(人間関係がうまくいかないのは)自分に至らないところがあるのではないか…と真面目に思い悩み、精神的に更に落ち込みやすいのだと。(お前は、チャランポランなので、悩みなんかないだろうと、俺はよく言われるが、それは誤解だ)

で、とても不思議なのは、こういう「人間関係」に悩む人は多いが、「人間関係」そのものを、突き詰めて考える人は、非常に少なそうだということ。自分が居て、他者が居て、何らかの関係性があるのだが、個人的体験では、常に自分の内面に、原因や解決策を求める、内向き思考の傾向が強いように思う。

自分の内面を深く探って、改善しようとしても、その事と「人間関係の改善」は別種の問題なので、かえって逆効果だと思う。客観的に関係性を分析し、マネジメントする技術のようなものが、必要なのだ。凄く酷な言い方をすれば、自分を改善すれば、人間関係が改善するという考え方自体が傲慢なのだと感じる。

自分と他者を常に比較し、給与やら何やらミリ単位の違いに拘る人というのも存在するが、これも同様で、全ての考えが、自分を起点にして始まり、報われる事のないストレス蓄積の迷宮に迷い込んでいるように見える。

人間関係に悩んでいるのであれば、状況を俯瞰し、そのメカニズムを定義し、変化・改善させる為には、自分はどういうアクションを、他者に対して取るべきなのか、考え、動く、外向きな姿勢が、必要だと思う。過去の自分を振り返ったりするのも、余り適切ではなさそうだ。今、目の前に広がるのは、リアルタイムで、変化する生モノで、過去など無関係なのだから。 まずは、アクションを起こして、広がる波紋を、自分なりに評価して,更に次のアクションを起こすべき…と思うのだが。

前述新書に戻ると、劣等感やら妬み、羨みなど厄介な感情の源である自己愛をちょっと抑制し、景色の中で、ちょっと突き放して、自分や他者を観る事が重要とのこと。そうすると、いつもご機嫌で暮らせて、周囲の人もご機嫌になって、更に自分もご機嫌になるという、ご機嫌パラダイス的サイクルを生む事ができる…らしい。

まあ、現実は、そんなに、おめでたくはないのだが、人間関係を歪めるものは、自分の短所などが原因ではなくて、過剰な自己愛であり、そこから突き抜けて、外向きに、アクションを果敢に起こしていくべし…という主張には、大きく頷いてしまった。もしかすると、他にも有益な情報があるかもしれないので、ゴミ箱に捨てるのは、まだ止めておこう。

2008年09月21日

佐々部清監督の記事

先日、雑誌をパラパラめくっていたら、ある映画監督のインタビューに目が留まった。

正確な表現は,忘れたのだが、彼は、若い頃、自分の故郷を離れたいと強烈に思ったらしい。田舎なのに、強烈なプライドがあり、しかものんびり、和気藹々としているわけでもなく、非常に狭いエリアにトラップされる感じ…がとても嫌だった。ここに長く居てはいけない…と思い、大学進学とともに故郷を飛び出した…という感じの事をコメントしていた。

とても驚いたし、共感した。俺と同じように感じながら、高校時代を過ごした人もいるんだ…と。こういう感情は,生まれ育った地域などを越えた、ある種普遍的なものなのかもしれないと思いながら、ページを繰る。

「佐々部清 下関市出身…」 何と同郷の人だった。うちの姉と同じ学年、従兄弟と同じ高校を卒業している。

佐々部 清(ささべ きよし、1958年1月8日 - )は、日本の映画監督。山口県下関市出身。山口県立豊浦高等学校、明治大学文学部演劇科、横浜放送映画専門学院(現・日本映画学校)卒業。 来歴 1984年より映画及びテレビドラマの助監督となる。主に崔洋一、和泉聖治、杉田成道、降旗康男などの監督に師事。

2002年に『陽はまた昇る』(日刊スポーツ映画大賞 石原裕次郎賞受賞、日本アカデミー賞 優秀作品賞受賞)で監督デビュー。以降、2003年『チルソクの夏』(日本映画監督協会 新人賞受賞、新藤兼人賞受賞)、2004年『半落ち』(日本アカデミー賞 最優秀作品賞受賞、日刊スポーツ映画大賞 石原裕次郎賞受賞)、2005年『四日間の奇蹟』、2006年『カーテンコール』(日本映画批評家大賞作品賞受賞)、『出口のない海』と立て続けに作品を発表。(出典 ウィキぺディア)


故郷から飛び出した彼が、最初に企画した映画の舞台に選んだのは、故郷下関。『チルソクの夏』という、下関の女子高生を描いた作品で、父親役は、下関出身の山本譲二で、佐々部監督の強い希望だった。
『チルソクの夏』が佐々部監督作品とは知らなかったし、彼が下関出身だということも知らなかった。ただ、下関という街のウェットさや、高校生活の描き方が、とてもリアルで、驚いたことを覚えている。

その後も、彼は故郷への思いを作品化している。『四日間の奇蹟』『カーテンコール』は、下関を舞台にしており、これらは、『チルソクの夏』と並んで、下関三部作といわれているらしい。

もう暮らすことがない、遠く離れた故郷に対する愛憎織り交ぜた複雑な思いや強い拘りは、時の経過とともに、何故だかとても強くなっていく。そんな感覚を共有できる人が、他にも存在することを、とても不思議に思う。それが、普遍的なものなのか、下関という街に潜む何かに、起因するものかどうかは、よくわからない。

2008年09月16日

自民党総裁選など

福田首相がいきなりの退陣。

マスメディアは、問題山積みのときに政権を投げ出した等と批判を浴びせた。安倍内閣のときも、そうだった。街頭インタビューでは、町行く人々は、無責任だとか、政治に不信感を持つとか、異口同音に回答するのも、もう見慣れた風景だ。

でもさ~、日本という国は、有史以来ずっと問題山積みなのだ。問題が解決するまで首相を辞められないなら、死なないと辞められんじゃないか? 病気で辞任を余儀なくされた安倍首相に、無責任だ…等の声が大きかったが、男だったら死ぬか、倒れるまで、首相やれってことなのだろうか? 

そもそも、テレビの受け売りコメントしか出来ず、投票所には、人口の半分も行かない。
構造改革、郵貯民営化には大賛成したのに、疲弊した地方のためにばら撒き景気対策を求め、トラディショナルな何でも反対野党である、小沢民主党を支持する。
卒業式の国歌斉唱、日の丸には大反対なのに、オリンピックの日の丸・君が代には、大声援。日本人のマジョリティは、本当に、何かを批判する資格を持ちえているのか?

さて、自民党次期総裁だが、麻生太郎氏で決まり…という声が高い。

世論調査などでも、「首相に相応しい人」という問いに、23%の人が麻生氏と回答している。また、自民党各都道府県連幹事長へのアンケートでも、9割以上が麻生太郎氏が、次期総裁に適任と答えている。

まさに、国民的人気というべきだが、俺の首は、激しくはてなに曲がっている。麻生太郎という人物のことを、我々は、どれだけ知っているというのか?
皇族の姻戚で、吉田茂の孫で、大久保利通の家系で、九州の炭鉱財閥の息子で、射撃のオリンピック選手。漫画オタクで、秋葉原で人気があって、喋りが面白くて、明るい。時々2ちゃんねるに書き込みをしている…らしい。クラスの人気投票なら、票を集めるかもしれない。でも、生徒会長は無理なタイプだろう。

今回選ぶのは、クラスの人気者ではなくて、次期首相だ。明るくて、面白い等という理由で選ぶわけには、いかんでしょう。個性的であることは、良くわかるが、如何なる政治信条に基づき、どういう実績を上げてきたかは、さっぱり我々一般大衆には、わかってない…のでは,恐らく。国際漫画賞とかを設立した以外の功績を俺は知らない。

過去の発言をみても、

「シャロン首相の容態が極めて悪く、会議途中でそのままお葬式になると意味がないので延期ということになった」(2006年1月9日、福岡県飯塚市で開いた集会で、シドニーで予定されていた日米豪閣僚級安全保障対話が延期されたことに関連し)

「金正日に感謝しないといけないな」(2006年7月8日に広島市内で行なった講演で、北朝鮮がミサイルを撃ち、主要国が重大な関心を持ったことについて)

「中国が(参拝を中断しろと)言えば言うほど行かざるを得ない」とし、「これはたばこを吸うなと言うと吸いたくなるのと同じだ」と述べた。 (靖国参拝について)

「7万8000円と1万6000円はどちらが高いか。アルツハイマーの人でもわかる」(2007年7月19日、富山県高岡市内で講演会において、国内外の米価を比較する例えとして)。「酒は『きちがい水』だとか何とか皆言うもんだから、勢いとかいろんなことありますよ」(その翌日の講演で)

「日本の農産物に付加価値がついた」「(日本の)農産物、高いけど、うまい、きれい、加えて安全、3つきたんじゃないの? 農協は中国に感謝しないといけない。ものすごく付加価値がついた」(2008年2月、中国製ギョーザによる中毒問題に関連し熊本市での講演で、)

「民主党も政権を取るつもりがあるのか。しっかりしてもらわないと(いけない)」と同党を批判した上で、「ナチス・ドイツも『1回(政権運営を)やらせろ』と言ってああなったこともある」(2008年8月4日、福田改造内閣組閣後に江田五月参議院議長と会談した際、)

唖然とする。

これまで、何度も問題になっているが、懲りずに次々暴言を吐く。「俺は生まれついての金持ちなので、皆に嫌われる」とか、選挙演説で、「下々の皆様」と選挙民に呼びかけてしまうメンタリティって。おまけに、腹心(選挙対策委員長)が、自称「アルカイダの友達の友達」であるあの鳩山邦夫氏というのは…。

人々が、麻生太郎を支持する理由は、一体全体何? 俺には、全く、トホホな感じにしか見えないのだが…。そのあたり、どんなもんでしょうか?

2008年09月02日

キラー・コワルスキーは良い人だったらしい。

あいつは畳では死ねない…というフレーズがある。

大体において、人でなし、人殺し、乱暴者などに対して、使われる。日本で言えば、人斬り半次郎、以蔵、晋助などの幕末のテロリストなどは、その口だろう。(実際、凄く惨たらしい死に方をしている)

子供の頃、キラー・コワルスキーをテレビで観て、この男こそ、「畳では、とても死ねない」奴だと確信した。キラーコワルスキーは、ホントに怖いレスラーだった。2メートル以上の身長なのに、菜食主義者で、痩せていて、青白くて、目つきがやばくて、動きが速くて、とんでもなく強かった。

プロレスファンなら誰もが知っている、例の耳そぎ事件(1959年、トップロープからのニードロップでユーコン・エリックの左耳をそぎ落とした。その後、エリックはショックで自殺した…と)。

実際のところ、ユーコンが死んだのは、妻の不貞に苦しんだせいらしいが、幼い俺は、当然知る由もない。(耳をそいだのは事実)

そのショックでコワルスキーは、肉が食べられなくなり、菜食主義者になったとか、その後は、死神のように、病院送りにしたレスラーは数知れず…等、冷酷無比な殺人鬼ということを、信じきっていたのだ。(病院送りにしたレスラーは数知れずは事実)

この手の話は、ご存知のとおり、殆ど梶原一騎先生の創作らしい。ホント、勘弁して欲しい。梶原ワールドを事実と信じ込んでいた小学生の俺は、奴がコーナーポストの上から、フライングニードロップを狙うシーンでは、正視できないくらい怯えてしまうのだった。

一昨日、コワルスキー氏は、82歳の生涯を安らかに終えた。引退後は、レスリングスクールを開き後進の指導をしていた。とても優しく、周囲に細やかな気配りのできる人だったらしい。

コワルスキーは、対戦相手の耳をそぐは、病院送りにするは、リング上では、やりたい放題だったけど、案外いい人だったんだ、だから畳で(カナダ人だからベットで…か)死ねたんだ、ふ~ん、ふ~んと、少し拍子抜けした気分。何か、ちょっと残念だ。ヒールならヒールらしく、もうちょっと凄みのある最期が相応しいのではないか(FEぺディアによると、レスラー生活晩年は、髪が薄くなってカツラを使用していたため、ヘッドロックは御法度だったらしい。殺人鬼にしては、何とお茶目過ぎるエピソードだ)

ふ~ん、そういうわけか。

新たなスタート

本日コトバノウチュウが、本格オープンした。

多くの関係者の、オーバーな表現でなく、まさに汗と涙の結晶。本当に有難うございました(と、かなり内向きな内容だなあ)

本サービスは、グーグルでもヤフーでもない、新しい検索のオプションになるようなものを目指している。フレッシュアイニュースフレッシュアイぺディアといった他主要サービスをベースとして、弊社ならではのサービスを作ろうとしたものだ。まだまだ、行うべきことは多いし、このサービス自体、継続的に運営すればするほど、有意なデータが蓄積され、それをもって更にコンテンツリッチに、検索精度をアップしていけるような、進化型のサービス。今後、継続的に、ブラッシュアップを行い、更に良いサービスにしていきたいと思っている。

このコトバノウチュウというサービスは、フレッシュアイの全てのサービスを包むものになるであろうし、ここで蓄積されたデータが新しいユニークなサービスを作る礎となる。

β版から今回オープンしたサービスに至る過程は、とても長かったし、色々なことがあった。今、確かに言えるのは、弊社が、新たなスタートラインに立ったこと。 そしてそのことには、とても満足をしている。

多くの人に使っていただき、色々な意見をお聞きしたいと思います。