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2008年08月27日

オリンピック雑感おわり

歳をとったせいか、勝者よりも敗者のほうに、どうしても目が向いてしまう。

敗者の言葉。

鈴木桂治選手 
「おれ何やってきたのかな。技を一つも出していない。弱かったとしか言いようがない。(進退を問われ)今は空っぽ。もう一度畳に上がっても投げられると思う」

 アテネの金メダリスト、競泳女子自由形の柴田亜衣選手
「情けないし、申し訳ない。代表に選ばれたからには、それなりの結果、記録を出さないといけない。(この4年は)長かったような、短かったような」

 競泳男子二百メートル背泳ぎの中野高選手(予選で、50メートルのターンの目測を誤ってタッチ板に頭から衝突し、21位で敗退)
 「スピードの感覚が速くて、(目印となる)フラッグが見えなかった。人生で初めて。何のために、ここに来たのか……」

為末大選手
「予選が厳しいのは覚悟していた。思い切って行ったが、最後は脚が動かなかった。現段階の100%の力を出したので、これが今の力です。もうちょっと五輪のグラウンドに立ちたかった。20年も(陸上を)やってきた。ちょっとだけ走るのを休み、何を思うか待ってみたい」

 開会式で米国の旗手を務めたスーダン難民、陸上男子千五百メートルのロモング
 「(発展途上国の子供たちに)不可能なことはない。自分の可能性を信じろ。一生懸命頑張れば、報われると伝えたい」

柔道女子52キロ級・中村美里選手
「悔しい。力が足りない。金メダル以外は同じです」

競泳女子四百メートル個人メドレー・春口沙緒里選手
「ジャパニーズの強さを見せたかったけど、焦って心で負けてしまった (高速水着「レーザー・レーサー」でなく国産で出場し予選落ち)」

競泳女子二百メートルバタフライ・中西悠子選手
「いつもは悔しくて泣いてるけれど、今日はそうでもない。達成感とか、いろいろなものがある」 (5位。04年アテネの銅に続く連続メダルを逃した)

法華津寛選手
「今まで私は、馬に乗るのをやめたことはない。今後もやめるつもりはない」 (67歳、史上最年長の日本代表として出場。35位に終わる)

野口みずき選手
「この4年間やってきた事は全(すべ)て北京で走る為(ため)だっただけに、今も走りたい、走ろうという思いは消える事はありません」 

レスリング男子グレコローマン60キロ級・笹本睦選手
「ちょっとの差。メダルが欲しかったし、取る自信もあった。取るための準備もしてきた」 (00年シドニー、04年アテネに続いてブルガリアのナザリャンに敗れ)

室伏広治選手
「4年間が凝縮された1時間だった。力は出し切った」 

バレーボール男子主将・荻野正二選手
「全試合通じて自分たちの力のなさを痛感した。この結果を現実と受け止めて、若手には今後に役立ててほしい」 

レスリング男子グレコローマンスタイル84キロ級・スウェーデンのアブラハミアン選手
「金が欲しかったから、この五輪は失敗だ」(表彰式で銅メダルをマットに置き、メダルはく奪に)

ビーチバレー男子・グルジアのレナト・ゴメス選手
「勝って地元の人たちを元気づけたかった」 

競泳男子百メートル平泳ぎ・米国のハンセン選手
「北島(康介)は真のチャンピオンだ。こんなにプレッシャーの掛かったレースであんなにすごい泳ぎをされたら脱帽するしかない」

陸上男子百メートル・ジャマイカのパウエル選手
「きょうはウサイン(ボルト)をうれしく思う。彼はとてつもない存在だ。手が届かなかった。彼は最も偉大なスプリンターになった」

夫々が,色々なものを背負って、オリンピックに臨み、敗れた。悔いを残すもの、怒りに震えるもの、納得しているもの、後に続く人々に思いをはせるもの…。どの言葉も、痛切で、ストレートで、心にずしっと響く。恐らく、皆絶望のどん底にいるはずなのに、敗北を真正面から受け止め、自分をみつめ、勝者を称え、残念な結果を誰かのせいにすることはない。

彼らこそ、敗れざる者たちだ。

2008年08月24日

オリンピック雑感3 最強星野ジャパンは何故負けたか?

「金メダルしかいらない」と言っていた、星野ジャパンは、銅メダルも取ることができずに終わった。成績も、4勝5敗と負け越し、特に決勝トーナメントに進んだキューバ,アメリカ、韓国には、全敗した。

前評判では、プロ野球のトッププレーヤー24人が集結し、過去最強との呼び声も高く、星野監督の強気の発言もあり、当然金、悪くても銀…位の印象を多くの人は、もっていたに違いない。

何故、最強のチームが、悲惨な結果を迎える事になったのだろう。野球そのものについては、全くわからないが、組織という観点から少し考えてみる。

全日本の成員は、大まかに言って、リーダーである監督、補佐するコーチ、そして選手の3種類のメンバーで構成される。
公式競技として迎える最後の大会ということもあり、プロ野球のトッププレーヤーで固めた布陣がそもそも前提とされ、彼らをマネジメントできる、ある種強烈な個性とカリスマ性をもった指導者として、星野監督が選ばれたのだと思う。

しかしながら、星野監督は、優れた監督ではあるが、オリンピックのような短期決戦で勝つ為の指導者として、本当に相応しかったのか。ペナントレースを制し日本シリーズに、三回出場しているが、いずれも負けている。つまり、短期決戦で勝った経験が乏しい。(アジア予選位か)

短期決戦に対する弱さは、星野監督のマネジメントの基本フィロソフィーに負う所が大きいのではないか。選手を信頼し、プライドを大切にし、役割分担を一旦決めてしまえば、ぶれずにそれに従う。以前の日本シリーズでは、王手をかけられた一戦に、それまで不振の伊良部投手を、ローテーション通り先発させ、結果敗退したこともある。

今回も、戦前に決めた勝利の方程式にのっとり、何度も打ち込まれている岩瀬投手を使い続け、傷口を広げた。これは、日本球界屈指の救援投手である岩瀬選手のプライドを重んじた結果だろう。韓国戦で致命的落球をした佐藤選手を使い続けたのも同様か。

こういうアプローチは、百数十試合リーグ戦を行う長丁場であるペナントレースには、恐らく向いているのだろう。選手は、一旦信用を得れば、一度や二度失敗しても起用し続けてくれる指揮官に応えようとするであろう。

しかし、短期決戦では、調子のいい選手を使うことが、勝利の要諦。実績を度外視し、今最も勝利に貢献する可能性の高い選手を出場させ、不調の選手は、実績がどうであれ、外すというフレキシビリティが求められる。そして、それは星野監督にとって最も苦手な意思決定だったのではないか?

コーチ人選では、田淵、山本浩という親友を起用した。彼らは、確かにプレーヤーとして超一流であり、監督経験もあり、優れた指導者だったのかもしれない。しかし、星野監督を補佐するのに最適な人材であったのか。既に還暦を越えた監督を補佐するコーチとしては、もっと若く、フットワークが軽く、国際試合経験の豊富な人物を起用すべきではなかったか?もし、彼らから、星野監督の大学時代からの親友というファクターを除いたとき、本当にベストのコーチ陣として選抜されただろうか?

召集された選手についても、シーズン中不振だった上原、成瀬、怪我をしていた川崎、西岡、稲葉、新井、今期怪我で一軍での活躍が余りない森野など、今調子がよい選手というよりは、星野監督の何らかの思い入れで、選手をセレクションしたという印象は否めない。召集された24人中、何人が、自分の実力を正当に発揮できたかを考えると、今回の選抜について、問題があったと言わざるをえない。

豪華で、最強といわれた投手陣をみても、通常のペナントレースでの役割分担で言えば、2人のクローザーを除けば、残りは皆スターターであり、セットアッパーはゼロ。スターターの中でも、現在両リーグを通じてハーラーダービートップの岩隈投手や、外国チームに強く、勝つ今シーズンは調子のいいサブマリン渡辺俊投手は外れている。

野手をみても、何故キャッチャーが三名なのに、本職の外野手は少ないの?とか、アテネ経験組が、殆どいない等、概して、技量、実績、経験、ポジションなど勝利の為の要件において、バランスを欠いた布陣だったのではないか?

まや、事細かな采配の是非は、運・不運に左右されるので、言及しても意味がないと思えるが、決勝戦で勝つまでのシナリオが非常に不明確だったのではないか

女子ソフトでは、予選リーグのアメリカ戦は、エース上野を温存し、コールド負けを喫した。準決勝、決勝で、温存した上野を3連投させ、金メダルを勝ち得たのは、記憶に新しい。

戦前より、星野監督は、予選リーグで2~3敗できることを強調していたが、実際には、全試合勝とうとしていたように見える。

予選リーグのキューバー戦、アメリカ戦でエース・ダルビッシュを先発させながら、決勝トーナメントでは、銅メダル決定戦のアメリカ戦、しかも既に4点差をつけられた8回1イニングのみの登板となったのは、リソースの配分と言う意味で、非常に不適切だったように思える。

勿論、ダルビッシュ投手を、韓国戦、アメリカ戦で投げさせても、結果は変わらなかったかもしれない。しかし、重要度の高い試合で、一番勝つ確率の高い選手を起用するという、大原則を守ることが、勝つ為には不可欠だったのではないか…と思うのである。

以上、短期決戦には向かないリーダーにより、必ずしも客観的とはいえない理由で選抜された選手、コーチにより構成されたチームが、短期決戦に勝つ為の明確な戦略不在のまま、突き進んだために起こった悲劇だと総括できるのではないか? 

勿論、ここまで述べたことは、全て後付けの話であり、違う選択肢を取っていた場合、勝てたかどうかは不明だ。ただ、日本野球界が、全知全能を絞りつくし、金メダルを取りにいくために、ベストな意思決定をしたかについては、NOと言わざるを得ないと思うのだが…。

2008年08月23日

オリンピック雑感2

多くのトップアスリートが、4年間という月日をかけて、オリンピックに臨む。

勝つにせよ、負けるにせよ、そこには色々なドラマがあるのだろう。鍛え上げられた肉体と技、そしてバックストーリー、これらが我々を共感させ、感動させ、時には衝撃を与える。

終盤にさしかかった北京オリンピックだが、ここまでで、俺にとって一番衝撃的だったのは、土佐選手の棄権するシーンだ。最初に伝えられているような、外反母趾だけではなく、疲労骨折寸前で、7月初旬から走ることができず、とてもスタートラインに立てる状況ではなかったという報道もあった。野口選手の欠場のため、責任感の強い土佐選手は、欠場を言い出せずに、出場することを余儀なくされたのだと。

東京オリンピックの男子マラソンで銅メダルをとった円谷幸吉選手は、メキシコオリンピックの前に、「幸吉はもうすつかり疲れ切つてしまつて走れません。何卒お許し下さい。気が休まることもなく御苦労、御心配をお掛け致し申しわけありません。幸吉は父母上様の側で暮らしとうございました」という遺書を残して、頚動脈をカミソリで切って自殺。享年27歳。

オリンピックに専念するためという理由から、(職場である)自衛隊から婚約を認められず破談となり、そのことに抗議したコーチは遠ざけられ、全くの孤独な状態に陥った。腰椎のカリエスを持病として抱えていたにもかかわらず、周囲の期待にこたえようと猛練習を積むが、かえってオーバーワークのために、腰痛が悪化し、満足いく成績を残すことができなくなっていった。肉体的にも、精神的にも疲労困憊してしまった彼に残された選択肢は、死だけだったのである。

時代も状況も全く違うのだが、土佐選手の苦しそうな姿をみて頭に浮かんだのは、この円谷選手だった。

現在ネットで、星野監督が強調する「日の丸の重み」「代表の責任」について、偏狭なナショナリズムであると批判したスポーツライターのブログが炎上していると聞く。オリンピックは、国というユニットで行う対抗戦であり、その構造からしてナショナリスティックであるということは言うまでもない。そのことを批判するのであれば、オリンピックそのものが成立しなくなる。

国を代表する責任は、確かにあるし、国民の期待にこたえる義務も否定はしない。ただ、その責任を果たすべく、オリンピック本番で勝利するために、ぎりぎりまで自分を追い込むような練習をした上で、不幸にも怪我をしてしまうことはある。

そのアンラッキーな選手が、「皆が期待しているのだから、足が折れても走らなくてはならない」という類の無制限な責任感を感じる必要はないと思うのだ。

一部報道が正しくて、もし土佐選手が、疲労骨折寸前の状態で、そもそも走ることに無理があるのに、42.195KMのスタート地点に臨んでいたとしたら、それはランナーとしての自殺行為だと言えるのではないか?

メダリストのインタビューでは、これまでお世話になった周囲の方や応援してくれた国民への感謝が、決まり文句のように繰り返される。実際には、「これまでお世話になった周囲の方や応援してくれた国民」が、「足が折れても走る」「腕が折れても投げる」といった、犠牲的あるいは、特攻隊的な出処進退を、アスリートに強いているのではないか。

土佐選手は、25KMのところで、陸連スタッフから「もういい」と言われて棄権したらしい。誰かから、「もういいよ」と納得してもらえなければ、いつまでも走り続けたのだろうか?

2008年08月21日

オリンピック雑感1

北京オリンピックは、従来になく熱心にテレビ観戦している。

恐らく、時差が余りないというのが、大きな要因だと思うが、毎日競技と放映時間をチェックし、帰宅すると、TVの前にどっかと座り込んで、NHK、民放、NHK衛星中継と、チャンネルを目まぐるしく変えながら状況把握に努めている。

今夜の女子ソフトボール。上野投手の力投には、痺れました。オーストラリアには辛勝し、これで明日のアメリカ戦に勝てば、金メダル??? むむむ、今日アメリカには負けたので、三位決定戦をオーストラリアとやっているのでは?何故、アメリカと決勝戦という話になるのか?

俺は、このあたりのスキームにまったく無知なので、マーメイドに聞いてみると、

・準決勝で、日本対アメリカ戦が、午前中にあって、その試合に、日本は敗北。
・負けた日本は、オーストラリアと対決するわけだが、この敗者が銅メダル。勝者は、既に決勝戦に勝ちあがったアメリカと対戦する。
・この決勝戦の勝者が、金メダル獲得というルール…なんだそうだ。

もし、明日アメリカに日本が勝った場合、アメリカ人としては、「俺たち、もう二回日本に勝ってんじゃん。何故、俺たちが優勝じゃないわけよ?」「リーグ戦では、コールド勝ちしたやんけ」「そういうのを、敗者復活というわけ?普通さあ」と、割り切れないものが、残るのではないか?

一体、どういう経緯で、こんなヘンテコリンなルールが決められたのか?そのあたりの背景が気になる。

卓球団体の3位決定戦のプロセスも、わかりにくかったなあ。未だに、準決勝進出チームが、銅メダルをゲットするのに、後2回勝たなくてはいけないのか?がよく理解できない。

また、銅メダリストが二人(もしくは2チーム)いる競技と、何故か一人(1チーム)に絞るため、いじめのような戦いを強いられる競技がある。なでしこジャパンとか、もう銅メダルをあげてもいいのでは?

レスリングで、同点になったとき、赤球と青球を引くというのも、笑えない冗談だと思った。福引か?あれで、片足タックルの状態でポイント取られて負けたら、4年間人生のすべてをかけてオリンピックに望んだ選手は、どういう気持ちになるんだろう? 何よりも、レスリングの技量と無関係ではないか?

野球とソフトのタイブレーク制というのも、本当に不可解だ。延長18回でもやれば、いいじゃないか…と思う。いきなり、ノーアウト2塁とか1,2塁のシチュエーションではじめるというのは…。放映時間にあわせて試合時間を調整するための方法とも聞く。

メディアのため、営利のためのオリンピックというものが、(これまでも実質そうだったのだろうが)、きわめて露骨に表現された大会として、将来北京オリンピックは語られるかもしれない。そして、そのトレンドは、更に強まっていくのだろう。

中国は、北京オリンピックを、自らをポジティブにアピールする場として、利用したかったはずだ。

チベット弾圧、毒入りギョーザ、偽ミッキーなど、オリンピック前に傷ついた中国の印象は、このオリンピックによりクリーンなものになったのか?勿論、開会式での、あの圧倒的なマスゲームを行える国は、中国しかないだろうし、それはそれで食傷気味になるくらい感動した。そりゃそうだろう、世界広しといえど、あれに匹敵するマスゲームを行えるのは、あと北朝鮮くらいだ。

それは、ある種、自由なく、国家権力に抑圧されている状況を象徴的に表しているともいえるのではないか?CGのモンスタースタンプ、口パクの少女、少数民族の衣装で登場した漢民族の子供達、やらせの応援部隊、下品なブーイング等により、更にイメージは悪化したといえる。

ヒトラーのベルリン大会の当時ならいざ知らず、オリンピックというお祭りを、開催したからといって、その国の問題点が、消失したかのように、覆い隠せるものではない。アメリカ人夫妻を殺害し、自殺した中国人の死体の写真は、今日キオスクに並んでいた週刊文春に既に掲載されているし、ネットには、事件直後からアップされている。どんなに、国家が情報管制を行おうが、情報を隠蔽することはできないのだ。

国威発揚のためのオリンピックは、北京で、完全に終焉を迎えたのではないか?そんなことを考えながら、TVを見続けている。(続編あり)

2008年08月12日

それが何か?

今、マーメイドと俺の間で流行っているのが、「それが何か?」というフレーズだ。

おぎやはぎの小木氏のほうが、色々つっこまれても平然として、「それが何か?」と答える。 何も考えず、オウム返してあるにもかかわらず、やたら平然としているのが、可笑しくてはまっている。

実際、世の中、殆んどは、「それが何か?」と聞き返されると、「いえいえ、何でしょうかねえ。いやぁ、そんなに大した事でもないので、いいです…」という程度のことばかりなんじゃないかしら?

だから、業績が伸び悩んでいる…とか、コストアップの要因は何か?などと指摘されても、考えが間違っているとか、お前にはついて行けないと非難されても、「それが何か?」とやり過ごすべきなのだ。もしそれで、足らなければ、Why Daiwahouse?と呟いてもいい。

余り難しく考えるのは、よくない。特に、こんなに暑くて、夏バテしている状態で、複雑に物を捉えようとすること自体に、無理がある。

兎に角、俺は、これから、「それが何か?」で押しまくって、この夏は乗り切ろうと断然決意したね。

え、短い上に内容が乏しいブログだって…。「それが何か? Why Daiwahaouse?」


2008年08月03日

Moon River and Me

先日、誕生日を迎えて何と46歳になってしまった。

別に努力したわけでも、望んだわけでもなく46歳だ。自分の想像範囲を、完全に超えた年齢になってしまい、一体これから私はどうなるんざんしょ?と、軽く眩暈がする。

娘から、CDをプレゼントされた。手嶌葵の「ROSE」というアルバムで、彼女がお気に入りの映画主題歌をカバーしている。The Rose, Calling You, Raindrops Keep Fallin’ On My Head など名曲揃いなのだが、俺は、Moon Riverを、アホみたいに何度も繰り返して聴いている。

この曲は、ご存知のとおり、オードリー・ヘップバーン主演「ティファニーで朝食を」の主題歌で、劇中ヘップバーンが、ギターを弾きながら歌っている。
俺が、まだ小学生低学年の頃、土曜日の夕方に放送される「アンディウィリアムショー」という番組を何故かかかさず観ていて、この番組のテーマ曲が、アンディの歌うMoon Riverだった。

CDをもらったのが、既に午前1時くらいだったので、小さな音で流しながら仕事をしていた。二曲目に、かかったのがこのMoon Riverで、出だしの「ム~ンリ~バ~…」のところで、もう駄目。手嶌葵の透き通った声が、胸にじわっと広がっていく。過去の色々な事象と感情がない交ぜになって押し寄せてくる。もう涙が止まりません。手嶌葵の声って、凄いなあ、いきなり心の深いところに、入ってくる。

で、Moon Riverだが、俺は小さい頃から、天の川みたいなものではないかと思っていた。また、歌自体も、ラブソングに違いないとふんでいたのだが、実際今回歌詞カードをじっくりみて、これが全くの誤解であったことに、気付いた。何と40年近く、俺は間違った解釈を(根拠も無く)していたということになる。

簡単に訳すと

ムーンリバーは、一マイル以上もある河
僕は、いつか、この河を堂々と越えていく
夢を与えてくれたのも、壊したのもこの河
お前が何処へ流れて行こうが、僕はついてゆく
僕らは、世界を流離う漂流者
虹の彼方を追いかけてゆく
あの端のあたりで、求めるものに遭えるかも知れない
ムーンリバーと僕は、幼馴染の冒険仲間さ

ムーンリバーは実際に存在する河で、作詞したJ.Mercerの実家の裏にあるらしい。恋の歌ではなくて、幼い頃より、嬉しいとき、哀しいとき、悩んでいるときに、見つめていた故郷の河を思い出し、人生と重ね合わせた曲だった。

河は、どこまでも流れてゆく、時も同じように流れてゆく。どちらも、何処に流れ着くのかは、よくわからない。何かがあると信じて、どこまでも追いかけていくしかない…。46年も生きているのに、何にも分からないしなあ…などと、少し感慨にふけるのであった。