凄いものを観て来ました
『真似は得意だけど、オリジナルなものを創造する力には、欠けている』…と言うのは、欧米人の一般的な日本人評である。
こういう知性と教養の欠如した与太話をする欧米人を見かけたら、即連れて行くべきだ、東京国立博物館に。
本日、マーメイドと、上野の東京国立博物館に行って参りました。お目当ては、2つの特設展で、「フランスが夢見た日本ー陶器に写した北斎、広重」、「対決 巨匠たちの日本美術」。
「フランスが夢見た日本ー陶器に写した北斎、広重」では、パリ・オルセー美術館所蔵ジャポニズム全盛時のテーブルウェア(皿です)を、元絵に使われた浮世絵の日本の版画や版本と対比して展示している。
要は、絵の描いてあるお皿なのだが、びっくりするのは、北斎、広重の原画と、色も構図もまるで同じということ。浮世絵にインスパイアされて、創造した…というのではなく、明らかに忠実なコピーを作成しようとしている。
原画のもつ圧倒的なまでの美しさをみると、如何にこれら日本の浮世絵が、当時のフランス人を魅了したか分かる。微妙なグラデーションをみせる色彩の深さ、細部にわたる描写力、あっと驚く大胆な構図。。。
北斎、広重を前にすると、オルセー美術館所蔵のテーブルウェアは、グレードダウンしたコピーにしか見えない。
昼食後、「対決 巨匠たちの日本美術」を見に行く。これは、日本美術界を代表する巨匠たちの名作を、対決形式でみせるというもので、国宝10件、重要文化財40件を含む100作品以上が展示されている。
対決するのは、
運慶と快慶、雪舟と雪村、永徳と等伯、光悦と長次郎、宗達と光琳、仁清と乾山、円空と木喰、大雅と蕪村、若冲と蕭白、応挙と芦雪、歌麿と写楽、鉄斎と大観。
時代も、作風も、全く違う作品が、このライバル関係にある巨匠達の「ガチ対決」という図式で、展示されている。
もう、言葉を失うほどに、呆れ果てるほどに、自由で、個性的なのだ。
スマートでセクシーな地蔵菩薩。雪村の描く人物のアニメ的躍動感。黄金をバックに、豪快な松。 墨一色で描かれた松林図の奇跡的な表現力。黄金と緑だけで表現した蔦の道。光琳の描く波は、雲海のようだし、菊は、飛び出してきそうな立体感をもつ。見たこともないほどカラフルな、仁清の壺と鉢。鉄斎と大観の個性的な富士山…など書き出したらキリがない。
別に専門家でも、美術愛好家でもない俺だが、そんな素人さえ、作品のまえで釘付けだ。
そんな中でも、俺がかなりビビッタのは、蕭白&若冲、応挙&芦雪。
蕭白&若冲について、一言でいうと、マジでヤバイ。もう違う世界にイッチャッテル感じ。強烈な色彩、ありえない構図、なまめかしい目つき、いかがわしい雰囲気。(解説書を読むと、蕭白すら許容した当時の日本美術界の懐の深さは、驚嘆に値する…とある)
応挙の虎は、既に虎ですらない。エイリアンチックな上に、目は深い緑で、不適な笑いを浮かべているように見える。芦雪の虎は、襖に書かれた虎としては、日本最大らしい。異様に長い尾、顔より大きな前足、そのうえ顔は案外可愛かったりする。
ユニークさ、爆発感、脈絡のなさは、一体何なのだろう。自由だ、個性的だという場合、何か予め基準になるものが想定されて、その対比で自由だったり、個性的だったりするのだろうが、これら作品群をみると、そういう次元ではなくて、突如出現した異物という感覚がする。上手く表現できないが…。こういう事って、作者個人に帰するものなのか、日本人のDNAに流れているものなんでしょうか?
とにかく、凄まじいものを観てしまった。
この拙文を読んで,「何をオーバーな…」って思っている皆さん、ほんとビックリするから、観に行って頂戴。

