« 兜は凄い | メイン | 無形なる者達 »

蟹工船ブームについて  このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリー参照しているはてなブックマーク このエントリーをdel.icio.usに追加

大学卒業してすぐ配属されたのは、地方都市の鋳物工場。鋳物工場というのは、3Kの典型で、粉塵が飛び、夏は40度を遥かに超え、100ホーン以上の機械音が唸り、フォークリフトが縦横無尽に走りまくる。

その頃独身寮の俺の部屋を、高校を卒業して、即製造現場に配属された同期達が(といっても年が5つ下なのだが)が、時々遊びに来た。彼らは、高養生と呼ばれ教育の一環という名目で、強制的に半年間、寮生活をさせられるのだった。

ある日、5歳下の同期の一人が、俺の部屋に来て、いつものように色々話をしていた。

地元の工業高校のサッカー部員だった彼は、試合のときに、相手の汚いファールに怒って乱闘騒ぎになって、両チームメンバー全員ユニフォームが血まみれになった事件を、楽しげに話していた。(驚くことに、実話だ。彼のいた高校は、地元ではかなりヤバイ高校で、相手校は、その県の海側にある、更に輪をかけてヤバイ高校だったらしく、対戦前から既にガンを飛ばしあう状況だったらしい。 ルーキーズの世界ですね。)

見た目ヤンキーなのだが、実はとてもナィーブで、俺には何故か色々話をしてくれた。彼は、熱血怒涛乱闘話が一段落ついた後、やけにシリアスに「金ちゃんは(年下の癖にこいつらは、俺のことを金ちゃん呼ばわりだった。失敬な)いいよなあ。事務所できれいな仕事をして。俺なんか、毎日うるさい現場で、作業服が真っ黒だぜ。」

俺は、「そんなこと判っていて、会社にはいったんだろうが。それが嫌だったら、今からでも遅くないので、会社を辞めて、勉強して大学へ行け」と。
ヤンキーで乱暴もののくせに、えらく純なところのある彼は、「だって金ないし俺。頭も悪いしさあ。やっぱ無理だわ…」と目を伏せる。俺は、「お前は、単に我慢と努力が足らない負け犬だ。一生汚れた作業服を着て、現場で愚痴でも言っとけ」くらいの勢いでたたみかけたのだった。

今考えると余りに大人気なくて、ホントに心が痛む。
クラブに打ち込み、多くの仲間と楽しく過ごした高校時代から、いきなり3K職場に放り込まれ、周りはオジサンばかりだ。自分で決めた事とは言え、余りのギャップと、この生活が何十年も続くのかと思うと、焦燥感に苛まされていたに違いない。

また世の中理屈どおりにいかない。各個人を取り巻く環境は、夫々ユニークかつ深刻で、「そりゃそうだけど、実際には、色々あって、言うほど簡単じゃないよ」ということもある。

それで、ボソッと愚痴を言ったら、ボサ~ッとした兄ちゃんから、急にガンガン言われて、本当に辛かっただろう。ごめんね。

ただ、表現は乱暴で不適切だし、現実的には、彼個人で何とも出来ない状況があることは事実としても、強い意志と継続的かつ地道な努力のみが、彼の運命を変えていくということ自体は誤っていない…と今も思うのだ。

最近、「蟹工船」が若者を中心にベストセラーらしい。新聞各紙を読んでみたが、国家権力や資本家や資本家の手先に迫害、抑圧され、地獄のような日々を過ごす蟹工船の労働者の姿が、現在のワーキングプアーと称される、貧しい若者をめぐる状況と重なり、共感を得ている~というもので、現代日本社会の歪を表す好例という論調が強い。

俺が、非常に違和感を覚えるのが、以下の基本的ロジックだ。
・ 若者は、蟹工船労働者に、共感し、自分達と同一視、重ね合わせてみている⇒事象A
・ マスメディアは、この事実をもって、「現在の若者の状況=蟹工船の労働者の状況=社会的に弾圧、抑圧されている状況」⇒仮説Bに従って、現代日本社会の歪を批判している。
事象Aは、個人の勝手として、仮説Bは正しいのか?

ご病気を抱えている方や、幼いお子さんを抱えて過剰なハードワークを強いられているお母さんなどが、蟹工船に共感を覚えるのは(彼らが蟹工船を読んでいるかどうか不明だが)、とてもよくわかる。

俺が、引っ掛かるのは、若くて身心ともに健康で何らかの職業に従事しているにもかかわらず貧困層レベルの所得である層だ。(恐らく、蟹工船ブームの中心セグメントだろう)

上述「仮説B」、つまり、国家権力や資本家に様々な自由を剥奪され抑圧される蟹工船労働者と、これら肉体的には健康な若者のどこが重なるのかが、理解できない。(何度も言うが、共感しても、重ねても、何しても、それは個人の勝手だ。)

蟹工船労働者は、危険かつ過酷な業務環境の中、暴力という非常に具体的な形で、生命を脅かされている。時代的な状況として、言論、政治信条、宗教など様々な自由は、厳しく制約され、いわれなき差別も存在し、社会的底辺から抜け出す為の適切な情報へのアクセシビリティも極めて低い。

片や、現代の若者達は、無制約とはいえないまでも、蟹工船時代とは比較にならない自由を享受し、教育を受ける権利も機会も与えられてきた。インターネット、その他マスメディアで色々な情報も入手できる。

彼ら、貧しく抑圧されていると認識をしている若者達と、蟹工船労働者の類似点は、経済的に貧しいということだけであり、その内容は大きく異なる。

健康であるにもかかわらず、何らかの原因で、学歴、専門性やスキルを獲得できないため、高い報酬を得ることが出来ない状況を、自分自身に求めるのではなく、社会、政治、小泉改革のせいだという主張に妥当性があるのか? 兄弟が15人いるので、故郷の家族に仕送りをしなくてはいけない…といった理由でもあれば、それはそれで、納得するのだが、世帯あたりの子供の数が2人を切った少子化時代にそんな例は稀だ。

自分が貧しい事を、環境、社会等の外部要因に求めている限り一生プアーなままだ。経済的にも、精神的にも。

ただ、共感をするのも、自己と重ね合わせるのも、個人の勝手だ。他者が口出す話ではない。問題は「事象Aと仮説Bの因果関係」を検証する姿勢もなく,社会の歪をあげつらうマスメディアの姿勢ではないのか? 因みに、FEペディアでワーキングプアの項をみると、各国の対策が以下のように記載されている。

アメリカでは州立大学に企業の講師を招き、最先端バイオテクノロジーに関する授業料を格安で低所得者に学ばせ、地域の安定した労働者に育て上げる取り組みがなされている。

イギリスでは若者に職業訓練を受けさせ、その期間中は生活費を支払い、就職できるまで見守る取り組みが国を挙げてなされている。

この、身心共に健康な若者のワーキングプアは、従来の失業問題と異なり先進国を中心として見られる現象で、米英での対策が示すように、キーは労働市場で競争力のある専門性獲得にある。社会制度の不備を問うとすれば、そこに議論すべきポイントがある。

「若者達の気持ちはよくわかるよ。全部社会が悪いんだ」と言わんばかりの論調は、マスメディアの巨大なパワーを使った、誤った現状認識蔓延キャンペーンに等しい。(若者に媚を売りたいばかりに、本質を見誤っているとしか思えない)


ところで、ところで…、前述した同期の彼は、一年間勤務した後、お父さんが亡くなられたのを機に、家業を継ぐため退職をした。その後、消息は途絶えたまま…。嘗てのサッカー少年も、既に40歳を越えているはずだ。

今、どんな事を考え、どんな風に生きているのか? 俺との会話を覚えているのか?(ソモソモ俺のことを覚えているのか?) とて

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://mvt.fresheye.com/mt/mt-tb.cgi/908