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船場吉兆廃業から学ぶこと  このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリー参照しているはてなブックマーク このエントリーをdel.icio.usに追加

時々だが接待したり、受けたりする。

接待するのも、されるのも、非常に難しい。特に、接待するのは。相手の年齢や役職によって、場所も違ってくるだろうし、会食の目的によっても異なる。相手によっては、「お持たせ」のご用意も必要になるが、季節・価格など考慮にいれて、適切なものを選択する業は、普通に暮らしていると身につかない。

重要なのは、やはりお店もお持たせも、「格」「ブランド力」みたいなものの目利きか…。

そういう観点から言えば、名のある高級料亭というのは、安全策だった。超VIP対応ケースでも、有名な料亭であれば、先方に対する敬意を自然と表現でき、(恐らく)それなりの料理がでてくるので、失礼はない…筈。

船場吉兆事件以来、接待の場を選択するのは、更に難しくなったのかもしれない。

さて、この程、廃業した船場吉兆の保全管理人が、創業者一族の責任追求、個人資産の提供を求める姿勢を示した。

これまでの船場吉兆の迷走ぶりを列挙すると、

1.消費期限、賞味期限表示偽装 売れ残った「黒豆プリン」「桜ゼリー」「抹茶ゼリー(抹茶涼み)」「タルト」「ほうじ茶ケーキ」のラベルを毎日張り直し消費期限或いは賞味期限の表示を偽装

「吉兆天神フードパーク」で販売していた惣菜の内、12商品の惣菜で期限切れ販売

2.地鶏の産地偽装
九州産の牛肉を「但馬牛」、ブロイラーを「地鶏」、等産地や原材料を偽装(10商品)

3.無許可での梅酒製造及び販売
酒類の製造を行うのに必要な酒税法上の許可を得ずに梅酒を製造

4.客の食べ残しの再提供
客が残した料理をいったん回収し、別の客に提供。使い回されていたのは、アユの塩焼き、ゴボウをうなぎで包んだ「八幡巻き」、エビに魚のすり身を塗って蒸した「えびきす」など。


2008年1月16日、約8億円の負債を抱え、大阪地方裁判所に民事再生法適用を申請し、裁判所は保全命令を出した。業務再開後、上述「食べ残し再提供」がトドメになり、この5月末、廃業に至った。

老舗料亭を破綻に追い込んだ原因として、経営陣の過剰な採算重視の姿勢が指摘されている。

営利企業の究極目標は、利潤を極大化することである。そういう意味では、採算重視の姿勢は、間違っていない。ただ、企業活動には、ルールがある。

言うまでも無いが遵法であること。また、顧客に対して価値を提供し、その適正な対価を受け取り、それにより収益を計上すること…という至極当たり前の事ではある。

ただ、船場吉兆の場合は、この基本ルールを2つとも守れなかった。何故なのだろう?

それは、自分達が何物なのか?船場吉兆が、顧客に提供するべき価値は何なのか?について、余りに無自覚だったからではないか?

過去から培われた板前の技術、選び抜かれた高いクオリティの食材、洗練された接客に加えて、質の高いサービスの継続的提供と顧客から寄せられた賞賛の蓄積としてのブランド~これらの総体が、吉兆の提供する価値であり、特にブランドという目に見えない価値が、価値総体の大きなウェイトを占めている。(ユーザーは、目に見えない価値を、明確に認識できているので、「重要な顧客の接待には、高くても吉兆を使おう」ということになる。)

つまり、実際の料理+料理を提供する環境など付帯要因+ブランド=価値の総体>価格(>費用)という関係成立が絶対条件であり、経営陣は、「価値の総体アップ」にフォーカスすべきなのだ。

船場吉兆が行っていたこと、「消費期限、賞味期限表示偽装」 「地鶏の産地偽装」 「無許可での梅酒製造及び販売」 「客の食べ残しの再提供」の根底には、一貫して「原価低減を行い収益性を高めたい」という強い意志が明確に働いている。

これらの行動は全て、積み上げたブランドの信用力を失墜させ、実際提供される料理のクオリティを下げ、顧客への提供価値を著しく下落させた。(おせんさんが、「食物屋が、食物に手を抜いちまったら、お終めぇでやんす」とよく言っているのだが、まさにその通り)

経営者の責任は重い。

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