テレビドラマにはまっている私
最近、テレビドラマにはまっている。何と週6本観ている。
まるで、暇なオバサンのようだ。
週に、きっちり6本ドラマをみるのは、並大抵の努力ではできない。そりゃあ、
人に言えない苦労をしていますよ、こんなご時勢ですからね…と何の話か?
蒼井優の、「わっちは~でやんす」という喋りを聞くだけ
で、個人的には、ぐっと癒されている「おせん」。(杉本哲太って、いつも板前役をしてい
ないか…ということは、軽く気がかりだ)
性同一性障害、DV、幼児虐待、不倫…など、一つで充分だろうという
エグイテーマを網羅し、しかも毎回エスカレートするので、どん
どんヤバイ感じが高まっている「ラストフレンズ」。
前回、上野樹里が、密かに愛している女性(長澤まさみ)をみつめるシーンで
は、少年が好きな女の子に送る視線の微妙な感じというのが妙にリアルで、とて
も切なくなった。
このようにオジサン度数が、急激にアップしつつある今日このごろではあるが、問題は、
そういうことではなくて…。
最近精神科医の和田秀樹氏が雑誌コラムで「ごくせん」を批判したことが、ネッ
ト上で話題になっていると聞く。
和田氏の論点としては、以下のとおり。
1. 概して、「秀才=悪」「不良=心はきれい」というメッセージが強い
2. 進学校生徒の犯罪発生率などのデータによれば、実際には「勉強をしてい
る子の方が、不良よりはるかに安全」
3. つまり、子どもに勉強させた方が、犯罪者の比率が低くなる、確率が高い
4. このような番組は勉強ができない人間の価値観を強化し、ますます格差を
広げる結果になる危険性がある
5. つまり、「ごくせん」を見ている子供が、『人間性がしっかりしていれば
いい』と勉強しないことを正当化してしまう。そのことが、学力格差、生活格差
の拡大を助長する。
6. よって、番組の作り方を再考するべきである。
へぇ~こんな風に考える人がいるんだ…。この考えに従えば、「水戸黄門」も、
「子供たちに、暴力礼賛と権威主義的悪影響を与える」ので、番組のあり方を見
直すべきかもしれない。
「ごくせん」をみて、「秀才=悪」「不良=心はきれい」と思う、また「ごくせ
ん」をみて、勉強しないことを正当化するような子供には、もう語るべき言葉が
ない。
「ごくせん」は、荒唐無稽なワンパターンぶりが売りで、リアリティに欠ける
のが最大の特徴。毎回、色々あって、9時40分ごろから「生徒たちが、倉庫みた
いなところで、大勢の奴らにボコボコにやられる。ヤンクミが登場して、あっと
いう間に敵をやっつける」のだ。(俺も9時40分から観るようにしている)
あれを見て、現実との区別がつかなくなるほど、頭が混乱しているガキ、じゃな
くてお子様は、希少性が極めて高い存在だ。責任を訴えられても、番組側は途方
にくれるに違いない。
そもそも、この「ごくせん批判」自体が、「秀才V.S.不良」の単純な二元論に
はまり込んでいる。不良っぽいけど、頭はいい…とか、がり勉だけど成績は悪い
とか、色々バリエーションはあるに違いない。「進学校生徒の犯罪発生率などのデー
タによれば、実際には勉強をしている子の方が、不良よりはるかに安全」等、荒っぽく
断言してしまえるのは、どうしてか。
テレビドラマは、難しい事いわず、気楽に観るのが一番と俺は思うのだが。
(長澤まさみの、顔面筋肉を酷使する感情表現のほうが、俺には気になる。
一体あれは、「あり」なのか「なし」なのか?)

