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2008年05月27日

収益シミュレーションに苦しむ私

色々御座いまして、収益のシミュレーションを繰り返している。

収益のシミュレーションを行った事のある人は、お分かりと思うが、これが中々大変。何しろ、変数が幾つもある。小さな会社だと、属人的な要素も大きい。商品・サービスの種類によって、競合状況も大きく異なる。

もう数週間、カチャカチャ、エクセルをいじっては、ああでもない、こうでもない…と悩みを深めている。

何となくこれでいいかしら…という感じに落ち着いてきたと思ったのも束の間、新しい事象が起こって、また最初からやり直し…ということもある。

経験上、こういう迷いが生じる時というのは、大抵、シミュレーションする側に(つまりこの場合は俺)、問題がある。自ら、隘路にはまって、どうにもこうにも動けなくなるという感じ。

どんな複雑な状況においても、糸口さえ見つかれば、整理は、案外簡単。幾何の問題で、一本の補助線が、鮮やかに全てを解決するようなものだ。

「一本の補助線」は、状況に目を近づけ過ぎると、見えてこない。これからの、数ヶ月、数年の会社の姿を、かなり遠くから引いてみるような、そういう姿勢が必要。短期的な最適解が、会社にとって本当の意味で最適なのかどうかは、大いに疑問だ。というか、大体違ったりする。

決して動かない軸をもって、全体像を俯瞰し、想像力と常識を働かせて解決策を探す。この決して動かない軸、~原理原則、信念、思い込み、神がかり、狐つき…とまあ、色々な呼び名はあるのだが~、不動の極を持たない限り、永久にシミュレーションは終わらない。(多軸多変量解析になるものね)

ということで、俺は、現在の自分の問題自体は、割と適切に理解をしているのだ。深刻なのは、問題を理解するのと、解決するのは、全然別種の話だということだ。

全然、余談だが、実生活において、クールに問題点を指適する人は多いが、解決策を提案出来る人は少ない。問題点を発見するより、解決策を構築するほうが、ずっと難しいってことなんだと思う。また、解決策を提案する人は、余りクールでない人が多い。まあ、兎に角、ぶちかましてみましょう…という感じの人が多い気がする。

現実の問題って、正答集があるわけではないので、やってみないとわからないことばかり。だから、エネルギーに任せて、恐いもの知らずでぶち当たる勇気がないと解決など出来ないのだろう。

ある程度のリスクは飲み込んで、勇気をもって決断をする…わかっているのよ、でも中々出来ないのよ、時間と珈琲と煙草ばかり消費するのよ、夜は更けるのよ…。

2008年05月20日

鎌倉散策(第84話)亀ヶ谷坂切通しから建長寺

鎌倉には、切通しと呼ばれる、山や丘を切り拓いて造った道がある。

特に、極楽寺、大仏坂、化粧坂、亀ヶ谷坂、朝比奈、巨福呂坂、名越の切通し
は、有名で、俗に「七口」とも言われている。

三方を山に囲まれ、もう一方は海に面した、「天然の要塞」鎌倉を支えたのが、
この「七口」。敵の侵攻から鎌倉を守る重要な軍事拠点であり、北条氏滅亡の
折、この七口を巡る攻防、で、最後の、そして最も熾烈な戦いが繰り広げられ
た。

夫々の切り通しは、面白いエピソードを持っている。例えば、名越切通しは、ヤ
マトタケルノミコトが東夷制圧する際に通ったとされる。また、化粧坂は、平家
の武将の首を化粧して実験した場所であったことに因んで、名付けられたとの説
もある。

この日曜日に、訪れたのは、亀ヶ谷坂切通し。この坂を登ろうとした亀が、余り
の傾斜に途中みなひっくり返ったという故事に因んだ名前だ。

実際のところ、俺もマーメイドもひっくり返りそうになる位、傾斜はきつい。

道の両脇には、山がせりだし、3,4人横に並べば一杯になりそうな細い坂が、そ
の間を軽く蛇行しながら続く。足元には、細かい苔やシダが茂っており、少し湿
った涼風が心地よい。見上げると、鬱蒼とした緑の隙間から僅かながら陽の光が
差し込んでいる。

深呼吸をする。子供のころには、お馴染みだったのに、忘れて久しい山の香りが
する。初めて歩く道なのに、とても懐かしい気持ちになる。

ゆっくり、ゆっくり、だらだらと話しをしながら歩いて行く。

北鎌倉到着。建長寺に向かう。

建長寺は、鎌倉五山第一位の臨済宗建長寺派の大本山。 建長5年(1253)北条
時頼が蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)を開山として創建した、わが国最初の禅
の専門道場。現存する建物は江戸時代以降に再建または移建されたもの。

寺が星の数ほどある鎌倉だが、最も広く、最もスペクタクルなのは、この建長寺
ではないかと思う。総門、三門、仏殿と一直線に並ぶ伽藍の周囲を10の塔頭寺
院が取り囲む。 仏殿の天井には、勇壮な龍が踊っている。

建長寺の横には、男子高がある。運動部のグラウンドは、建長寺の
中を通って、更に山の中。この、国宝と重要文化財で埋め尽くされた敷地内を、
猛烈ダッシュを繰り返している。

自然と歴史に恵まれた環境で青春時代を過せるのは、羨ましい限りだが、そ
の幸せに気づくのは、恐らく卒業した後なのだろう。

建長寺内を奥へ奥へと進む。一年中肝試しが可能なくらい、鬱蒼とした佇まいの
中細道が石段のたもとまで続く。

この石段は、約250段はあり、登りはじめて1~2分で、登ろうと思ったことを後
悔した。息も絶え絶えに、最後の20段。上り詰めれば、半僧坊(はんそうぼ
う)。斜面に、恐ろしげなカラス天狗の像十数体が、半僧坊を守護するかのよう
に、並んでいる。

半僧坊は、1384(至徳元)年静岡県の方廣寺(奥山半僧坊)開山の無文に弟子入
りし、忽然と姿を消したという高い鼻に乱髪、白衣、赤い顔の半僧坊に由来す
る。

1890(明治23)年建長寺中興の僧といわれる霄貫道(おおぞらかんどう)が、あ
る夜白髪の老人と山中で出会い、その翁が「私を関東のいずれか清浄な処に招い
てくださるなら、その処いよいよ栄え、ありがたいことが絶える事がない。」と
告げ、フッと姿を消す夢をみた。この老人が、半僧坊で、建長寺の鎮守としたと
のこと。

この半僧坊から見える景色が絶景で、鎌倉を一望でき、相模湾を臨み、更に天気
の良い時は富士山も見ることが出来る。生憎、この日は、富士山は、雲に隠れて
みることができなかったが、遠くにキラキラ光る海をみることができた。

2時近くにマンションを出て、一時間足らずで、半僧坊の高みに立つ。この景色
も、眺めている自分も、とてもリアリティが感じられず、不思議な気分だ。

日夜、雑事に忙殺されている。喜劇といえば喜劇、悲劇といえば悲劇、色々な歪
み、エゴとコンプレックスと愛憎と、その他色々悲喜交々で、もみくちゃになり
ながら、脳だけは、オーバーヒート気味にフル回転している。

遥か下界を見下ろしている俺は、そんな慌ただしさとは、全く無縁だ。

ただ静かに、ぼんやりと、何も考えずに、遠くを見つめるだけだ。どちらも、自分だが、
自分ではない。「俺って…何?」と尋ねると、「何だったかねえ?」とマーメイ
ドは、笑いながら応える。

北鎌倉に、流れる時間は、とても緩やかだ。

2008年05月11日

珍しい生き物

最近フレッシュアイニュースの「珍しい生き物」クリップに、はまっている。

このクリップから最近の「珍しい生き物」を紹介すると…

イワナの背中にナガレヒキガエルが抱きついて遊泳。(なんとなく隠微な感じ)

目玉が、ビーチボールサイズの超巨大イカ。(全長は8メートル以上らしい。2本の長い触腕には鉤(かぎ)のようなものが最大で25個、また残りの8本にも19個ついているって…。このイカは、重さが最大750キロに成長する可能性があるらしい。)

もうイカとかタコとかいうレベルじゃない。げそ天換算で何人前になるのか?とか、妙に気になってしょうがない。

7つ葉のクローバー。(ラッキーなのかどうかわからない)

20枚葉のクローバー。(これをクローバーと呼んでも良いのですか、皆さん。)

タコにアンモナイトをかぶせたようなアオイガイのメス捕獲。(メスとオスの区別は、どうつけるのか気になる)

黄色のナマズ捕獲。(気持ち悪い。夢にでてきて、うなされそうだ)

八本足のイカ捕獲。(タコか?イカのアイデンティは何処へ)

世界最大のダンゴムシ展示(この世界最大のダンゴムシは、最大45センチまで大きくなるらしい。危険を察知すると体を丸めて身を守ろうとするのは、普通のダンゴムシと同じだが、大きすぎるため、「完全に丸くなることはできず、せいぜいコの字に曲げるのが精いっぱい」とのこと)

記事によれば…

それでも懸命に丸くなろうとする姿はユーモラスで、同館では「愛きょうたっぷりなしぐさをぜひ見に来てください」と呼びかけている。

愛嬌たっぷりのダンゴムシか…。ちょっと、勘弁。

これらは、全てこの1ヶ月以内に報道されたものである。自然界は、人間の常識では計り知れない神秘に満ち満ち満ち満ちているではないか。 

(強引だが)、ダイオウイカや巨大ダンゴムシに比べれば、ワッチなんか大したことはねぇなあ、ざまあねぇよ。ちっちぇえ、ちっちぇえ…と、呟くのさ、青い空に。

2008年05月10日

道具じゃないのよ、パンダは

悲しむべきことだが、俺の知識レベルは、恐ろしく狭くて、浅い。

原因は明らかで、学生のころから、どうやって楽して、速く課題を終了させるかということに、血道をあげ、真剣に学んだ事が殆どないからだ。夏休みの宿題は、最初の3日で仕上げるのが常。

ビジネス書を読むと、頭が悪くなるので読みたくないのだが、業務上どうしても読まなくてはならない場合がある。その時は、目次をみて、関係あるところを選択し、かつそのサマリーページを探し出し、かつ斜めに読んで、終わり。

マーメイドからは、「よっ、お手軽専門家!!」等と、皮肉られるのだが、実際お手軽に尤もらしい事を言ったりするので、強くは言い返せない。大体において、尤もらしく喋っている時は、それが手持ちの知識の全てだったりするのだ。

「お手軽専門家」というと、何となく「手乗り文鳥」に、感じが似ていて、ちょっと微笑ましいし、心温まる感じかもしれない。

さて、そういう浅学無知の俺だが、先日も、マーメイドに、「ウサギって肉食?」などと聞いてしまった。「ウサギが、トカゲを銜えたり、口元を鮮血で濡らしてたりしたら、もうウサギじゃないでしょ。モグモグ、人参食べたりするから、可愛いんじゃないの!!」と、すかさず鋭く突っ込まれるのであった。

そりゃあそうだ、ウサギが、目を赤く血走らせて、赤ん坊の頭に噛み付いている図など怖すぎる。まあ、目は、血走らなくても、もともと赤いのだが…。

同様に、パンダが肉食だったら、イメージ変わるだろうな。あれも、笹の葉を、もしょもしょ食べているから、愛らしいのだ。 いきなり、猫とか犬とか、目の前の動物を、丸呑みしだしたら、もうパンダではない。

さて、この度、胡錦涛国家主席が、有難くも我々に貸与してくださる二頭のパンダも、肉食のパンダと同様、もうただの愛らしい動物ではない。

目の前の諸問題~毒入りギョーザ、チベット問題、東シナガス田、日本の常任理事国入りなど、全てウヤムヤになろうとしているが、パンダの貸与にはエラク明確に回答。おまけに、トキの保護にも協力してくれるらしい。本当に親切な方だ。(おまけに、1億円/年の、レンタル料請求書付なのだ。)

胡錦涛さん、でも、パンダは要らない。可愛くて、大好きだけど、今は要らんよ。政治ショーの道具じゃないのよ、パンダは。(飾りじゃないのよ涙は…みたいでしたね)

2008年05月06日

ゴールデンウィークは苦手だ

ゴールデンウィークは、苦手だ。

1年間の区切りを、非常に重要視している俺にとって、年末、新年の休みは、とても心安らかに過ごせるのだが、新しい期が始まった中途半端な時期にある、ゴールデンウィークというのは、いつも何となく、心の安寧を得ることなく、過ぎてゆく。

GW中、やり残した仕事のことが気になって、仕方がなかったし、実際、多くの時間を仕事をして過ごした。これ以上はやめておこう…と、自分で必死にブレーキをかけて、ある程度でセーブしたのだが、そうしなければ、いつまでもダラダラ続けていたかもしれない。リフレッシュの効用を会社の人には、話しをするのだが、俺自身は、全く、とことんリフレッシュをするのが苦手で、自由な時間があっても、会社のことばかり考えてしまう。

気分を変えるために、外の空気でも吸おうと思っても、観光地に住んでいる悲しさ、鎌倉は観光客で、一杯で、リフレッシュどころの話ではない。

鎌倉というのは、大仏くらいしか、スペクタクルで、ド~ンとした物はなく、こじんまりとした見せ場が、分散している。よって、駅周辺直径10KMの円内は、総じて人が多い。特に、所謂鎌倉、北鎌倉の2エリアには、どこもかしこも人だらけだ。

昨日、意表をついて、西鎌倉近辺に行ってみた。西鎌倉というのは、江ノ島はもう目と鼻の先。腰越という港も近くにあるエリアだが、観光客は少ない。左に江ノ電、右に海という、海岸通を、腰越から七里ガ浜まで、歩いてみた。

島育ちの俺にとって、海が常に近くにあるということはとても重要なことだ。別にマリンスポーツをする訳ではない。とにかく、近くに感じることで、正気を保てる…そんな存在だ。

海というと青色というのが一般的だと思うが、俺の心に広がるのは、いつも曇り空に鉛色の海だ。
実際、地元は曇りが多いという現実と、高校時代の憂鬱さが、ないまぜになって創られたのか?俺の心の中の海は、いつも不機嫌そうだ。

昨日の、湘南の海は、曇り空と海が、凄く微妙なグラデーションでつながり、まさにイメージ通り…少しどんより、ノスタルジックな気持ちになった。

というわけで、家に居ても、休まらず、外に出ても、どんよりし…ゴールデンウィークは苦手だ。(そういえば、昨年のゴールデンウィークは、発熱の為寝込んでいた。去年に比べれば、今年はマシなほうか)