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2008年04月29日

瀬尾准教授の問題発言

28日をお休みにしたので、4連休。

小心者の俺は、30日までに作成しなければならない提案書作成(2つ)が気になって、気になって、中々心の安寧にはたどり着けない。では、全力集中して、速攻で片をつけたらどうか?と思うかもしれないが、体が、仕事に対して、もっと正確に言えば、何かを考える事に、著しい拒否反応を示す。

パワポを開いた所で、生汗がでて中断。煙草を一服すると眠たくなって、全く無抵抗のまま御昼寝。じゃあ、まずは気楽にブログでも書いてみるか…と気を取り直す。やる気のない王国の王子様になった俺にとっては、ブログを書くという事も中々難しい話で、何も書く気にならない上に、また睡魔に襲われ、あっさり陥落⇒御昼寝。

人間は…というか俺は、安きに流れると、とりとめなく安きに流れて、御昼寝するのであった。

明日は出社という追い詰められた状況になって初めて、2つの宿題を終わらせることができた。それは、人間の尊厳をかけた、男と提案書の壮大かつ華麗な、めくるめく格闘絵巻であったと言っても過言ではない。クオリティはともかく、クオリティはともかく、クオリティはともかく、とにかく仕上げた。そうそう、まずは終わらせる事に価値があるのよ。

このように、俺のバケイションは、世間とは没交渉かつ、縦糸が睡魔、横糸が提案書で織り成すタペストリーだったのだ、えらく単調かつ見栄えのしないタペストリーであることが、悲しい。

フレッシュアイニュースで、ブランクをとりもどすべく色々なニュースを読んでみる。

殺伐とした事件が、惰眠を貪っている間も、起こっているようだ。特に、衝撃的だったのが、現在各所から批判が浴びせられている青山学院大学瀬尾准教授のブログ。彼女のブログ内容は以下のとおり。

光市母子殺人事件について 「差し戻した最高裁の判事の妻は、おそらく専業主婦で、TVばっかり見ていたため洗脳され、夫の仕事にも影響したのだろう」 「元少年が殺されれば、報復が果せた遺族はさっぱり幸せな思いに浸るに違いない。自分の血を吸った蚊をパチンとたたき殺したときみたいにね」 「永山事件の死者は4人。対してこの事件は1.5人だ」

大阪府知事について
「大阪府知事なんかエロノックだって務まったくらいですから誰でもかまいません。ま、人間の廃物利用ってところでちょうどいいじゃないですか」

拉致被害者について
「(拉致被害者は)私の目から見ると信じられないくらい幸福です。なのにその幸福に感謝もしないで、いつまでもいつまでも『めぐみっちゃん』とか不幸面してられるアンタが心底うらやましいよ、とTVを見るたびに思います」

瀬尾准教授は、 筑波大学大学院社会工学研究科博士後期課程修了し、環境経済学, 環境リスク学, 公共経済学がご専門。

複雑で、ストレスフルな現代社会に暮らす我々は、自分では気付かなくても、どこかしら歪んだり、病んでいたりすることはあるかもしれない。また、言論の自由などと、堅苦しくいうまでもなく、ブログで何を書こうと自由である。そういう前提に立って、かなりハードルを下げて、瀬尾准教授のブログを読んでみても、この異常性には、戦慄さえ覚える。

瀬尾教授のコメントで一貫しているのは、生命に対するリスペクトの欠如、人間に対する共感の欠如だ。
赤ちゃんの命を、「0.5」と捉える感性、遺族が死刑判決を求める気持ちを「自分の血を吸った蚊をパチンとたたき殺した」ことに例える神経、拉致被害者を不幸面していると非難する感覚…何れも常軌を逸している。

有名大学の准教授を務めるということは、専門分野では高度なインテリジェンスを持っているに違いないのだが、その優れた知性と、このブログで表現される人間としてベーシックな要素の欠如というアンバランスさに驚く。

瀬尾教授のブログが、特異な個人的問題であるならば、別に深刻に考える必要はないだろう。どんな時でも、常識では計り知れない考えをもつ人は存在するのだから。

ただ、昨今の殺伐とした事件報道などをみると、ここまでデフォルメされた形ではないにしろ、こういう瀬尾教授的な感性を共有する人々が、現代社会には多く存在するのではないかという懸念を否定できない、もやもやした気持ちでいる。

皆、ある意味まともなのだし、普通に大学教授だったり、会社員だったりするのだ。 そういう普通の人間が、ある日突然何かをきっかけにして、暴発する。そういう恐ろしい社会に我々は生きているのではないか?と感じている。

2008年04月20日

下関マジック

金曜日に、古い友人と飲んだ。

彼は、高校・浪人時代を同じ場所で過ごした。何と25年ぶりの再会。気付いたら、飲み始めて5時間以上も経っていた。

「あと一杯だけ飲もうか?」と言ってから、長かった。二人とも、冷酒各一升近く飲んだのでは? と言っても、余り良く覚えていないのだが。

東京で飲む時は、余り量を飲んでいるわけでもないのに、帰宅してから気分が悪くなったり、変に疲れたりする事が多いのだが、金曜日は、極めて大量に飲んでいるのに全然平気だった。普段は、立場やら何やら、色々なものでがんじがらめで、完全に開放的になれていないのかもしれない。

金曜日は、そのあたりのストッパーが全て外れた感じ。酔いが気持ちよくまわりながら、俺っていつもより相当お喋りだよな…と感じつつ、家族、親、仕事、同級生、地元など色々と屈託無く語り合った。

飲みながら発見したこと…人間の記憶は、驚くほど曖昧だということだ。

俺たちは、高校・浪人4年間をかなり親しく過ごしていた気がしていたのだが、実際には、高校三年間は、クラスが違い、殆んど接点がない事が判明。つまり、親しくつきあったのは、浪人時代~大学1年の実質1年ちょっとだけなのだ。

また、俺は、彼が一浪で入学をしたものだと勘違いをしていたのだが、実際には、彼は三年間もご苦労をされていた。そうすると、合格後一緒に徹夜で飲んだり、大学一年の夏に、毎晩、滅茶苦茶飲んだ時は、二浪中ってことか?と聞くと、その通り。飲みに誘うほうも誘う方だが、来る方も…ねえ。

彼の弟と一緒に飲んだ事があるというと、そんなことはない、だってアイツは、4歳下だから、幾らなんでも中学生とか高校一年生を飲みに連れては行かない…と平行線をたどるが、上述大学1年生のときに、2浪中の彼が高校二年の弟を連れて飲み会に来たというのが真相だった。それにしても、高校二年生を飲みに連れまわす俺達ってかなりヒドイ。

結婚式に出ていただいたつもりだったが、彼は出席していないらしい。本人曰く行方不明中の時期に違いない…とのこと。 行方不明中何をしていたのか、聞き忘れたので、今度よく聞いてみよう。

ということで、記憶は、非常に曖昧かつ思い込みに満ちており、全然信用ならないものであることを改めて確認をした。特に、俺の記憶は。

それにしても、正味一年ちょっとの付き合いなのに、25年ぶりに会って、5時間以上も話しをすることができるというのは不思議だ。また、25年ぶりにあっても、つい昨晩も一緒に飲んでいたかのような、親近感と気楽さには、驚く。

同じ場所に生まれ、育ち、最も多感な時期を共有したということは、こんなに人を無防備にするものなのか? 俺としては、下関マジック、もしくは、下関ミラクルと名付けたいが、如何なものであろうか?

飲んでいる最中に、ニヤニヤ笑いながら、「金ちゃん、ブログでいい加減な事を書いてるよなあ。いつも読んでるよ」 「ホントは、広報目的で始めたんだけど、仕事の話も書けないので、雑記帳みたいになって●X□△♪(以下シドロモドロ)」 古い友人に、ブログの話しをされると、何故か言い訳がましくなる俺であった。

そこの貴方、俺のブログを読むのは止めて、フレッシュアイを一日100ページ位は見て頂戴…と心から思うのであった。

2008年04月15日

誕生日を寿ぐエントリー

時々本屋に行って、長い時間を過ごすのは、数少ない趣味といえば趣味だ。

面白そうな本を探して、立ち読みしているうちに、数時間は経ってしまう。

先日、誕生日事典(正しい名称は忘れてしまった)という、凄く厚い本を見つけた。生年月日ごとに、どんな人間で、どういう人生を歩むかということが、克明に書かれている。思わず読み込んでしまった。

例えば、44年前の今日4月15日に生まれた人間は、「どうしようもない人間を助ける為に血道をあげる…」なんていう事が、ここ数十年の全ての日について、書かれている。 

その詳細な記述には、ちょっと圧倒されるものはあったが、人生が、生年月日だけで決るわけないでしょ…と思ったりもした。

自分の事を考えても、ここ20数年間のうちに、複雑な変化が起こっている。

何度かこのブログでも書いたのだが、大学生の時の、俺の所業には、心痛むものが多い。

既に社会人になっている、先輩の御宅を、日曜の午前零時(というか、もう月曜ですね)に訪れ、飲みに連れ出すという、今考えれば、非常識極まりないことを、日常的に行っていた。(勿論、ヒドイ所業の一例に過ぎない)

就職シーズンになり、俺が一般企業に就職する事を聞いた、その先輩は、「お前のような、どうしようもない奴が、一般企業に大人しく勤められるはずがない」と、飲みながら、俺に言うのだった。

曰く
・毎日、同じ時間にネクタイと背広を着て、通えるはずがない。サークルの宴会にも、時間通りきたことがないではないか
・大体、お前のように、好き嫌いが激しく、自分勝手な奴が、上司と上手く行きっこない
・社会人の家を、日曜の深夜に訪ねてきて、強引に飲みに連れだすような、非常識な奴が、会社勤めなんて、絶対無理無理。顔を洗って出直せ

飲んでいるうちに、更にエスカレートして、結婚なんて、とてもお前には無理だし、堅実な人生など、てんでお笑いだということになったのである。

「じゃあ、俺どうすりゃいいんですか?」と聞いた所、「アルバイトをしながら学生をするのが、ピッタリ」という、何とも情けない結論になった。先輩にかかると、殆んど人格破綻者のような言われ方なのだが、実際、周囲の見方も、要約すれば、ほぼ同じ。実は、俺自身、内心、否定できないものを感じていた。 根無し草のように、独りきりで、流浪してしまうのではないか…という、実体のない将来に対する不安が明滅するのを抑える事が出来なかった。

広島の飲み屋で、不安に打ち震えた時から、既に20年以上経過をした。

周囲の期待を大きく裏切り、同期で一番早く結婚をし、一番早く父親になり、今では、子供は、大学生と高校生、毎日、まがりなりにも、背広にネクタイで会社に通っている。 

平凡で単調な毎日の積み上げが、何よりも重要であると信じている。また、人との出会いは偶然ではなく、出会うべき時に、出会うべき人に遭遇すると感じているし、そういう必然に感謝をする気持ちが、強くなっている。 大学生のころには、想像も出来ない、奇跡のような、変化が、内外面ともに生じている。

もちろん、「奇跡のような」であって、「奇跡」ではない。 「変化」を可能にした明確な力がある。

大方の予想に反して、色々な事はあったものの、案外普通に、真っ当に、生きて来れたのは、一重に、「どうしようもない人間を助ける為に血道をあげる…」運命を背負った方に、ここ20年以上、ずっと寄り添ってもらい、助けてもらったからだ。 (まさに、恐るべし、誕生日事典)

ということで、お誕生日おめでとう。これからも、よろしくね。

2008年04月14日

銀座のカラス

弊社の入っているビルは、屋上が喫煙所になっている。

以前の喫煙所は、エレベーターホール(室内)だったが、消防法の関係などで、今では、屋根はあるものの、完全なるオープンスペースだ。

夏は、炎熱地獄、冬は猛烈な寒さ…という、過酷な環境の中、それでも、喫煙者の数は減るばかりか増加傾向にある。執務の区切りに、長いミーティングの後に、頭が働かない時…などに、多くの男女が集う、憩いの場所になっている。とは言っても、多くの場合、会釈をして、無言で、うつむきつつ紫煙をくゆらせるだけだが…。

この場所で、タバコを吸うようになって、もう数年が経過した。最近では、若い女性のスモーカーがほぼ半分以上を占めるようになった。時代の流れなのだろうか。

この場所の住人には、様々なメンバーがそろっている。いきなり、パイプをくゆらせる部長さん(っぽい人)。(この場所に、どれ位滞在するつもり?) オープンスペースに入ってきたときには、既に一服やっている女性(エレベーター内で火をつけたの?) 微動だにしない不動の姿勢から、チェーンスモーキングする中年男性。

中でも、「彼」は特別だ。タバコは喫さず、寡黙に、ただひたすら孤独な瞳で、彼方を見つめている。いつも、黒尽くめで、とびきりお洒落な奴。

「彼」、カラス君なのだが、その艶やかな毛並みの美しさに驚く。最近、顔つきに、哲学者然とした風格も備わりつつある。憂いに満ちた横顔に、思わず見とれてしまうことも多い。

その眼差しの向こうには、何があるのか? 聞いてみたい気もするのだが、周囲の人類を歯牙にもかけない峻烈な姿に、どうしても躊躇してしまう。(もちろん、カラス語を、俺が存じ上げないことも、大きな要因だ)

彼は、とっても、ミステリアス。
何を考えて、都会の町並みを見つめているのか? インテリジェンスさえ感じさせる瞳に、何を写しているのか? そして、俺様の熱い視線をいつまで無視し続けるつもりなのか? 全ては、謎だ。 

何かを決意したかのように、メガロポリスに飛翔する姿も、とても粋でいなせだ。

2008年04月12日

4月に想うこと

あれれ、どうして???といううちに、もう4月も半ば。この前、正月だったと思うのだが、もう1年の4分の1が終ってしまった。

4月といえば、期の初め。多くの会社では、ファイナンシャルイヤーの初めの月であり、弊社もそうだが、新しい予算に基づいて、新しいスタートを切る時である。なんと、清々しいことよ。

動きの早いIT業界においては、年間予算を編成するのは、かなり難しい。予算編成根拠となる各要素が、1年の間に、かなり変動をする。 成長しないネットベンチャーなど、ただの中小企業なので、当然のことながら、ステイクホルダーは、高い成長を期待する。

昔、鋳物工場の予算担当をしていたことがあるが、弊社と鋳物工場の予算は、同じ予算編成・統制でも、全く違う性質のものである。ぶれても、売上が上下10%である鋳物工場の予算は、各費目ごとに、ある程度予測可能な範囲での差異をマネジメントするものである。それに対し、ネットベンチャー企業のそれは、リスクに満ちたアドベンチャーだ。数字にコミットするといっても、ネットベンチャーの予算にコミットするのは、清水の舞台から身伸のムーンサルトで降りるくらいの度胸が必要とされる。

であるから、まだ予測可能な目先の第一四半期は、出来るだけ堅く行きたいのが、人情だ。そうすると、必然的に、最終四半期に、思わず息を呑むほどシャープな成長が課せられるという状況に陥る。この、予測根拠が、時間の経過とともに希薄になるにつれて、売上がどんどん上昇する予算を、その月別売上の折れ線グラフが、ホッケーのスティックに形が酷似することから、「魅惑のホッケースティック型予算」と称することが多い。(この呼び名は、俺の経験では、万国共通だ)

その芸術的なまでの反り上がりには、血と汗と涙と願望と神頼みとゼロ学占星術…など色々な要素が複雑にミックスされた、経営者の熱き思いが込められているのだ。 そういう予算をみても、「これ、ホッケースティックじゃん」のように、直截的な指摘をゆめゆめしてはならない。「ご苦労なさったことで」と、静かに声をかけるべし。清く正しい経営者は、「まだまだ、至らぬことが多いもので…」と軽く頭を下げつつ、静かにお茶を立てる。まあ、そういう、しきたりになっているのだ。

1年間の予算でも、こんなに人間模様が交錯するのに、(交錯といえば、島耕作は社長になったそうじゃないの、おめでとう)IT企業にすら中期計画(5年間)が求められる。なんと不条理なことか?
中期計画も、3年目以降くらいになると、(俺の場合は)想像力の限界を超えていて、エクセルの前で、心臓がほぼ停止し、生体反応が失われたまま、固まってしまう。気を取り直して、よ~し、毎月5%づつ売上上昇だ…などと大雑把にいくと、5年目には、おいおい何故、こんな天文学的な数値になるわけ?というような数値になって、髪が逆立つ。

このように、予算というものは難しい。よく、予算とは、過去の数値などを統計的に処理して作成をする、サイエンスに属する領域のように思っている人もいるが、大きな誤りである。それは、そのビジネスに関わり責任をもつ人々の意思の表現であり、それ以上でも、それ以下でもない。そういう意味では、純粋にアートの領域に属するものといえる。

さて、そういう訳で、兎にも角にも、4月だ。昔、使っていた英会話の教科書にあった一文を思い出す。
All kinds of experiences await people- new work, new friends, new adventures in April.

そう、4月は、何もかも動き出す月だ。

2008年04月08日

鎌倉という街は、とにかくやたら桜の木が多い。

先週、鎌倉山、今週は、北鎌倉を散策してみたが、尋常ではない数の桜である。それも、古木が多い。山と坂と若干の平地により構成されているのだが、山にも、桜が咲き乱れている。

一体誰が、あのように大量の桜の木を植えたのだろうか?それとも、これらは全て野生種?それにしては、道の両側に、整然と配列されているのが不自然だ。

今回、かなりしげしげと桜の木を見て思ったのだが、思い思いに、滅茶苦茶avant-gardeで、asymmetryな感じに、ビックリする。一体どうして、こういう大胆なポージングをするわけさ?

マーメイドは、「日光の射す方向で、形状が変わる」と尤もらしいことを言っているが、本当にそうだろうか?ごく近距離にある桜の木でも、枝の伸びる方向も、幹のツイストする感じもまるっきり違う気がするのだが? 人為的に、あの形状を目指し剪定したとすれば、庭師は皆、前衛芸術家ということになるし。とにかく不思議だ。

帰りはバスにのって、鎌倉駅へ。鶴岡八幡宮の大鳥居の前を左折し、段蔓を並走すると、桜吹雪がバスのボディに降り注ぐ。段蔓を過ぎると、俺は最後列で、小学生みたいに、後ろ向きに座って、景色を眺めた。窓から見える景色は、まさに桜のゲート。両脇に並んだ満開の桜の木から舞い落ちる花びら。

はらはらと散る桜も潔くて良いが、最後まで、散らずに残っている桜の花も、懸命に生きようとしている感じがして、好きだ。 

野茂英雄 メジャー昇格おめでとう。

2008年04月06日

北鎌倉散策中に考えた事

桜も今週で見納め。段蔓から鶴岡八幡宮周辺は、桜は素晴らしいのだが、観光客で混雑するので、俺達は、北鎌倉へと。

北鎌倉のとある坂をテクテク登り、かつ細い階段をよっこらしょ、息が切れたところで、もう一つ坂を越すと到着するのが、我々がお気に入りのお店。元々ギャラリーなのだとは思うが、湯呑やアクセサリー等の作品が、壁の周囲に展示されている。

残りのスペースには、ベランダも含め、バラバラの形の、椅子と机がおかれ、軽食と喫茶ができるようになっている。 ベランダの先には、竹林が風にそよぎ、その向こうには、桜が咲き乱れている山を、遠くに臨むことができる。

本日は、突き抜けるような青空も美しく、ベランダから入ってくる風は、誠に涼やか、何ともいえぬ良い気持ちだ。

濃い目のコーヒーに、お酒につけたプルーン、濃厚なチーズケーキをいただく。おいしい。最高だったのは、コーヒー酒をかけたバニラアイスクリーム。アイスクリームには、コーヒー豆がふりかけてあり、ガリッと噛むと苦みばしった香りがアイスクリーム&お酒とあいまって、何とも言えぬ芳醇な味である。

息子は野球に、娘は友達の家にでかけており、マーメイドと二人で、贅沢な昼下がりを満喫した。

店の中は、俺達同様、色々な年代のカップルで、満員~といっても10人分くらいしか、テーブルは用意されていないので、スペース的にはゆったりしており、灰色にブチの大きなネコが、店内を我が物顔に歩き回っている~どのテーブルも、ほんわか明るいムードに満ちているのであった。

この店は、別れ話や、慰謝料の交渉など、ジメジメした話には、全く不向きだし、原価計算、資本政策などお堅い作業にも、むかない。色々な陰翳を醸し出すには、明るく、オープンすぎる環境なのだった。

静かな幸福感が溢れる店内に、40歳位の女性が独り、ベランダの席で食事をとっていた。中肉中背で、髪が長く、いたって普通の女性であり、通常であれば、記憶にすら残らなかったと思う。

ベランダ越しに、遠くの景色をみていたとき、偶然彼女と目があってしまった。 ハットするほど鋭く、険のある目付。俺のほうをチラッとみた後、視線をはずして、遠くの景色に視線を移した。ただ、その目付きは、鋭いままだ。

この店には駐車場も無く、近くには普通の住宅しかない。であるから、客は、この店に来る事を唯一の目的として、長い坂と階段を登ってきている。偶然、良さそうなので入ってみる…ということは出来そうもない店なのだ。

あの坂を越え、この店を訪れ、長い時間を過ごす…一人で。 帰り道に、円覚寺を散策しながら、マーメイドと、「一人で、あの店に行く人って、どんな気持ちなのかなあ」という話になった。

結論としては、「自由な人」。 帰るべき場所があり、そこに誰かが待っている場合、決して一人で、日曜の午後3時に、あの店に行こうとは思わない…ということになった。

「自由」であること…。 それは孤独であることも意味するかもしれない。何物にも制約されない~何の組織にも、全く帰属しないか、帰属したとしても、都会のオフィスのように、非常に薄いつながりだったりする場合なのか。

でも、それは、逆に言えば、存在しないこと、存在していることに気付いてもらえないことにも、近いのではないか? 学生の時は、自らを制約するものを、全て忌み嫌い、「自由」であることを、最重要視していた気がする。

そんな「自由」、「孤独」には、もう耐えられそうもない自分に気付く。40歳を過ぎ、自らが存在し得るのは、自分と深く繋がった他者或いは組織の存在故であることを、潜在意識の中で、深く感じていることに、唐突に気付いた。

そういった制約条件、しがらみ、云々は、煩わしくも感じる事も多々あるが、とてもそれらをいとおしく思えるのも事実だ。随分、歳をとったということか?

円覚寺のお庭で、抹茶をいただく。何組かの家族連れが、笑顔で、桜を見物している。

この狭い庭は、四方を山で囲まれた小宇宙だ。平面的スペースは、僅かなのに、立体的スペースは無限だ。

マーメイドが言う。「私が、いなければ、貴方がここに居ても、存在しないのと同じよ」 

やけに、自信たっぷりなのは、癪に障るが、全く仰るとおりなのかもしれない。