柴咲コウの歌詞
上原ひろみと柴咲コウのCDを購入して聴いている。
上原ひろみリーダーアルバム「Time Control」のほうは、BGMで聴くには、いいかなあ…という程度。とても聴きやすいジャズ、一昔前のフュージョンチックな感じなのだが、最近は、聴きやすいから、単にポップだから良いというわけではない…と思っている。 心の奥底に突き刺さる感じがないと、BGMといえども、何度も聴く気にはなれない。
柴咲コウのSingle Collectionについては、何度も繰り返し聴いている。
歌詞を、15曲中9曲で本人が書いているが、これが見事な壊れっぷりで…。不適切な語句の選択、用法に満ちており、実際のところ何を意味しているのかは、本人にしかわからない。例えば、「影」という歌のフレーズでも…。
「そうした重みを伏せても 交わうことはできぬ 愛すべき 連れ人」
重みを「伏せる」ってどういう意味?、「交わう」って何故ここだけ文語調?、連れ人?
「せめて底へ 沈まぬ為にも 未知なる種をもった 君の後姿」
文法は、あっていると思うのだが、さっぱり意味が取れない
「君を取り囲んで唯一の糧にする」
取り囲むのが、「鍋」だと意味は通じるのだが…。君を取り囲むのは、一体誰なのだろう?「僕」のモノローグという形式の歌詞なのだが。(俺は、このフレーズを最初に聴いた時、ファーブル昆虫記に書かれていた、自分の子供の餌になる昆虫に、毒針をさして、仮死状態にして卵をうみつける蜂の話しを思い出した。この場合は、取り囲むのは、生まれた幼虫で、君は仮死状態の昆虫だが…)
「~傍目になり祈ろう 少しの念こぼし その先に残るのは 呼吸のあとだけ」
こうなると、もう暗号か、スパムブログか…という感じなのだが、「傍目になり」という言い方は、流石に「祈る」にかからないだろう。「念こぼし」というのは、「念をこぼすこと」なのだと推測するが、そもそも「念をこぼす」というのがわからない。
「呼吸のあとだけ」というのは、わかるような気もするのだが、でもやっぱり意味不明なのだ。
「呼吸のあと」だけが「その先に残る」と言っている。「その先」は当然「念こぼし」の先を意味しているので、「念こぼしの先には、呼吸のあとだけが残る」ということなのだが、じゃあ「念こぼし」って何よ?という上述疑問に、戻ってしまう。
ただ、彼女が歌詞を書いた曲のほうが圧倒的に魅力的なのだ。他の人の作品だと、普通の、それこそBGM。対して、自作の曲は、意味は全然わからないものの、語感とアレンジと歌唱力で、聴いていると鮮やかな色彩がパッと広がる。しかも、そのイメージの中で広がる色と、タイトルがバッチリなので驚く。
キラキラする曲だなあと思うと、タイトルをみると「Glitter」だったり、真っ暗闇な風景が広がった曲には、「影」と名付けてあったり…。
聴き手のイメージを膨らませる為に、意識的に日本語を「壊している」としたら、とんでもない才能だと思う。


コメント
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投稿者: ma752zda | 2008年04月21日 22:09