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下関商業野球部に捧ぐ  このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリー参照しているはてなブックマーク このエントリーをdel.icio.usに追加

俺の通った高校は、旭陵と呼ばれる丘の上にあり、涼やかな風の吹きぬける場所にある。

その丘には、もう一つ高校が、隣り合わせで存在する。下関市立下関商業高校。

山口県で唯一の市立高校であり、1884年に創立。19世紀には、既に野球部をスタート。
蔵書数8万冊を誇る校内図書館「万古館」は、全国一の規模を誇り、オープンに使用可能。前述野球部は、甲子園大会に、春13回、夏8回出場し、優勝一回、準優勝二回の素晴らしい成績を残している。

校訓はなく、その代わりに、「仁義礼智信和」をバックボーンに、現在でも、各クラスには、この一文字が使われる(つまり二年仁組というように)。
野球部のユニフォームも、その創設から、今に至るまで、その基本スタイルは変わっていない。昨今、派手なユニフォームが横行する中、真っ白なユニフォームの胸にSの一字。なんとシンプルで、なんと美しいことか。 帽子にも、ブラスバンドの楽譜入れにも、全てSの一字のみが、清々しくプリントされている。全てのSの字は、大きさ、太さが厳格に決められており、守られている。

Sと言えば下関、商業といえば、下関商業…という強烈なプライドが、そこに表現されているのだ。

全国に、どれだけの高校があり、彼らが巨大な資金を投じ、選手を買い集め、専用スタジアムをつくり、甲子園請負人を監督して招聘して、甲子園に何回出場し、優勝したとしても、どれほどの事があるというのか?下関商業ほど、積み重ねた歴史と伝統のオーラを纏ったチームが、どれほど存在するだろうか?

長い間、低迷を余儀なくされた下関商業が、29年ぶりに選抜大会に戻ってきた。選手名鑑をみると、他県の出身者はほぼゼロ。シニア出身者も1~2名しかいない。4番でキャッチャーは、俺と同じ中学出身。つまり、普通の公立中学で、普通に軟式野球をやってきた下関の子ども達の集まりだ。この子ども達が、中国大会4試合で、3試合サヨナラ勝ちをして、甲子園までやってきたのだ。

本日、大阪代表履正社と対戦。胸にS一字の真っ白なユニフォーム達が、グラウンドに散開する…。

初回と三回に一点づつ取られる。なおも、激しい攻撃を受けるが、追加点は許さない。二点をリードされた最終回。相手投手の出来からみて、これで終りかと思われたその時、ドラマは始まった。3番バッターが、美しい軌跡を描いて左翼スタンドにアーチをかける。スタンドのどよめきも静まらない中、5番でエースの島田キャプテンが、同点のホームラン。
10回裏に、センターがフライを落球して、サヨナラ負け。

下関商業は、最も強い高校ではないだろう。でも…

歴史、品格、伝統、田舎の野球少年達、最終回での奇跡、悲劇的な敗北…プロ予備軍が席捲する甲子園大会に、突如舞い降りてきた、時代遅れの天兵のような、胸にS一字のユニフォームを纏った彼らは、この選抜大会において、最も美しく、記憶に残る存在であったように思う。

夏に、もう一度甲子園でお会いしましょう。待ってます。

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