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最近の内的変化について  このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリー参照しているはてなブックマーク このエントリーをdel.icio.usに追加

最近は、ブログを書いては、捨てている。もう10エントリー以上破棄した。

別に、そんなに大層な事を書くつもりはないし、実際書けない。だから、クオリティが何だかんだ、言うレベルでもないのだが、読み返してみると、深いところで許せない感じがして、消去をしてしまうのだ。

実は、この件だけでなく、今自分の色々な価値判断に、懐疑的傾向がかなり強くなってきている。

以前も書いたのだが、これまでは、見過ごしていたことに気づいたり、当たり前だと思っていたことに対して、不可思議に感じたり、平面に見えていたものが、実は立体でかつ複雑な形状であることを突然認識したりして、思案する、驚く、迷う…等、立ち止まることが多い。

何を青臭いといわれるかもしれないが、結局のところ、これまでの物の見方が、とても浅かったツケを払っている…という事かもしれない。

提案書などを作成していても、何となく帳尻を合わせている感じや、様々な角度からの検討が足らない気がして、何度も書き直すことが続いている。正しい表現かどうかわからないのだが、「内容が落ちつかない、ざわざわしている」感じ~どうもしっくり来ない、腹に落ちていかない感じなのだ。

人対人、事象対事象、人対事象など、色々なシチュエーションで、この感覚に遭遇する。従来にはない経験なので、どうしちゃったのかしらと首を傾げている。とにかく、落ち着いて、出来るだけ頭真っ白にして、納得するまで、黙って対象物とその周辺を眺めてみるようにしている。

パウエルの代理人ではないが、辻褄を器用にあわせて、それなりにロジックを当てはめることや、関わった事象について、尤もらしく説明することは割と容易だ。

そういう浅いレベルでこれまでは、良し、はいお次は何?という感じで対処をしていたのかもしれない…と反省する。最低限の自己満足、自己防衛、小賢しい言い訳レベルは、クリアーできても、本質に近づけるわけではない。 

そう、本質。現在、懐疑的シンドロームの只中にいる俺は、何事につけても、現実を覆っている様々な虚飾を剥ぎ取って、本質をがっちり掴みたい…という思っているのだ。

また、多くの人間や物事によって作られた環境の一部分として、自己を認識しつつある。劇的ではないが、確実に少しづつ内的変化が起きているのを感じる。上手くは、説明できないが。

10年前には、俺は紛れもなく短気で理屈っぽい人間であったが、今、俺のことを怒りっぽいという人は稀だ。とにかく、この10年で、何らかの変化が俺に起こったということなのだろう。

これから10年で、この起きつつある変化が俺を何処に連れて行くのか、自分でも見当がつかない。新たな成長期の到来なのか?(45歳からの成長期なんてあるのか?)混沌としたスランプ突入への予兆なのか?(それは困る)

割と、考え込むことが多いので、精神的にはきつかったりするのだが、この変化の後、どんな人間になっているのかは、ちょっと楽しみなような、怖いような。

で、このエントリーは、破棄すべきか否か…。(完全に日記だし)

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