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2008年03月29日

柴咲コウの歌詞

上原ひろみと柴咲コウのCDを購入して聴いている。

上原ひろみリーダーアルバム「Time Control」のほうは、BGMで聴くには、いいかなあ…という程度。とても聴きやすいジャズ、一昔前のフュージョンチックな感じなのだが、最近は、聴きやすいから、単にポップだから良いというわけではない…と思っている。 心の奥底に突き刺さる感じがないと、BGMといえども、何度も聴く気にはなれない。

柴咲コウのSingle Collectionについては、何度も繰り返し聴いている。

歌詞を、15曲中9曲で本人が書いているが、これが見事な壊れっぷりで…。不適切な語句の選択、用法に満ちており、実際のところ何を意味しているのかは、本人にしかわからない。例えば、「影」という歌のフレーズでも…。

「そうした重みを伏せても 交わうことはできぬ 愛すべき 連れ人」

重みを「伏せる」ってどういう意味?、「交わう」って何故ここだけ文語調?、連れ人?

「せめて底へ 沈まぬ為にも 未知なる種をもった 君の後姿」

文法は、あっていると思うのだが、さっぱり意味が取れない

「君を取り囲んで唯一の糧にする」

取り囲むのが、「鍋」だと意味は通じるのだが…。君を取り囲むのは、一体誰なのだろう?「僕」のモノローグという形式の歌詞なのだが。(俺は、このフレーズを最初に聴いた時、ファーブル昆虫記に書かれていた、自分の子供の餌になる昆虫に、毒針をさして、仮死状態にして卵をうみつける蜂の話しを思い出した。この場合は、取り囲むのは、生まれた幼虫で、君は仮死状態の昆虫だが…)

「~傍目になり祈ろう 少しの念こぼし その先に残るのは 呼吸のあとだけ」

こうなると、もう暗号か、スパムブログか…という感じなのだが、「傍目になり」という言い方は、流石に「祈る」にかからないだろう。「念こぼし」というのは、「念をこぼすこと」なのだと推測するが、そもそも「念をこぼす」というのがわからない。

「呼吸のあとだけ」というのは、わかるような気もするのだが、でもやっぱり意味不明なのだ。
「呼吸のあと」だけが「その先に残る」と言っている。「その先」は当然「念こぼし」の先を意味しているので、「念こぼしの先には、呼吸のあとだけが残る」ということなのだが、じゃあ「念こぼし」って何よ?という上述疑問に、戻ってしまう。

ただ、彼女が歌詞を書いた曲のほうが圧倒的に魅力的なのだ。他の人の作品だと、普通の、それこそBGM。対して、自作の曲は、意味は全然わからないものの、語感とアレンジと歌唱力で、聴いていると鮮やかな色彩がパッと広がる。しかも、そのイメージの中で広がる色と、タイトルがバッチリなので驚く。
キラキラする曲だなあと思うと、タイトルをみると「Glitter」だったり、真っ暗闇な風景が広がった曲には、「影」と名付けてあったり…。

聴き手のイメージを膨らませる為に、意識的に日本語を「壊している」としたら、とんでもない才能だと思う。

2008年03月28日

道を極めること

柔道、剣道、弓道…日本人は、道を究めるのが大好きだ。

どんな、普通名詞にでも、「道」さえつければ、極めるべき対象に変わるのだ。茶道、華道、演歌道、ラーメン道など。

生来のオタク気質というべきなのか、ニッチなエリアに、どんどんフォーカスすることが、良しとされるカルチャーが存在するような気がするのだ。それに対して、細部は知らないが、大掴みにトータルを俯瞰する能力というのは、余り尊重されないし、そもそもそういうものを能力として認識できる人も少ない。

サッカー日本代表バーレーン戦敗北など、まさに、その俯瞰力の欠如がもたらしたということも出来るのではないか?

先日、ある雑誌をみていたら、この道を究める感じが強いものとして、住宅街にぽつんとあるコーヒー専門店、こだわりの蕎麦屋、天然酵母パン屋が、挙げられていて、思わず、その通りと、相槌を打ってしまった。

この手のものとして、隠れ家風こだわりの多国籍創作料理屋、紅茶専門店、ワッフル専門店、門外不出・秘伝のスープをもつラーメン屋等次々と挙げる事ができる。

これらの店主は、大体脱サラをして、「好きな事」をしているわけだが、寡黙で、頑固、でも、その蕎麦やら、コーヒーやら、専門エリアになると薀蓄を饒舌に語ったり(実はスノッブで、おしゃべり)、一口目は、つゆにつけずに、お召し上がり下さいとか、客の食い方に注文をつけたりするのだ。

コーヒー屋の親父は、セーターにジーンズ、蕎麦屋の親父は、作務衣にバンダナみたいな手ぬぐい、天然酵母パンの女性は、赤いバンダナに白い綿シャツをきて、化粧っ気がないと相場は決まっている。店は、住宅街みたいなところにあり、狭いのだが、大体ウッディな感じで、いかにも自然に優しい、清潔感溢れる佇まいで、コーヒー屋ではジャズが、蕎麦屋では喜多郎が、天然酵母パン屋では、ヒーリング音楽がBGMとして流れている。

TVで取り上げられると、大層に、ここからは企業秘密なので…とか言ってスープの材料は撮影させなかったりする。おいおい、どんだけのもんじゃ?
また、「春の有機野菜サラダ」みたいな、独りよがりのオリジナルメニューを作って、ボール一杯に生野菜を盛ってきたりする。俺は、ヤギさんか?

こういう店には、また、それなりの常連客がついていて、夫々のニッチなエリアについて、薀蓄を語り合ったりするのだ。ベレー帽をかぶった親父などが棲息するのも、こういう店だし、自分は本物志向なの、ちょっと他の人とは違うの、という自己主張をもった彼女達も集結しそうだ。

ここまでは、俺の妄想だ。妄想ついでに更に付け加えると、この集団は、ロハスやNPO、ボランティアや湘南生活とは兄弟みたいなものだし、千の風になって、コブクロなどとも、同じ地下茎で繋がっている…のではないかしら。

このカテゴリーにはいるお店と、それを取り巻く人々に、俺は、どうしようもない、いかがわしさ、紛い物系の匂いをプンプン感じるのであった。もしかすると、俺だけか?

いずれにしても、「道を極めている」感じって、凄いエクスタシーなんだろうなあ…って思う。だから、どうしたって話だが。


2008年03月27日

KYについての私の考察

人と話す時には、相手の目をみて…とよく言われるのだが、中々出来ない。

恋人同士なら、まだしも、相手の目を見て話すなど、かなり恥ずかしいので、何となく、明後日の方向をみて話すことが多い。

時々、視線を全く外さず、まばたきすらしない人にお目にかかったりするが、極めて居心地が悪いし、ドライアイにならないか、他人事ながら心配になる。

本日、最寄り駅に近づいたので、電車出入り口付近に、立っていた。午後10時過ぎだった為か、酔っ払っている会社員思しき人たちが多い。電車の中では、係わり合いにならないよう、ひたすら、目線を落として、体を小さく、目立たないようにしている。

今夜そうやって立っていたら、誰かの視線を強く感じた。斜め横の40代会社員風の方が、不機嫌そうな視線を俺に向けている事に気付く。 目があったところで、向こうが目をそらした。

5分後位に、また何か、絡みつくような視線を感じる。斜め前の、くたびれた管理職みたいな、酔っ払いが、俺の顔を、厭な目付きでみている。その男は、視線を外して、何故か小さく舌打ちをした。

別に、今日乗り合わせた車輌が悪かったわけではない。 東京勤務の背広を着た通勤者は、常に不機嫌そうで、非常に苛立った、殺伐とした視線を、他者に向けている傾向が強い気がする。 そういうムードに、いつまでたっても慣れないせいか、この手の不躾な視線を敏感に感じることが多い。

こういうオジサン達も、会社では、それなりに上手くやっているのだろう。
部長に、「ナイスショット、流石ですね~」などとゴルフ場で、ゴマをすり、社長には直立不動なんだろう、恐らく、根拠は無いけど。

「KY」がバズワードになっている。要は、殆んどの人間が、空気を読むことに長けているので、「読めない」奴が、揶揄されるのだろう。でも、空気を読むって、そんなに大した事かよ?と思う。

直接の利害関係者に対してのみ、異常なまでに、空気を読み、対立を避け、何となく円満なムード維持に躍起になっているだけのことではないか? その癖、この手の輩は、一歩外にでれば、人を不躾な視線でジロジロみたり、雑踏で、お年寄りを突き飛ばしても、詫びもせず、すたすた歩いていくのだ。(あくまで、俺の想像だけどね)

新入社員の頃、会社の偉い方から、ご叱責を受ける事が多かった。

俺が担当になると、隠蔽されていた在庫の巨大な差異、クレームレポートの山が、倉庫に放置され適正な費用請求がされていないこと等が、何故か次々と明らかになってしまうのであった。正確に言うと、空気の読めない俺が、明らかにしてしまったわけなのだが…。こういう場合、実際に問題を起こした前任者の皆様ではなく、常に発見してしまった俺が、責任を問われ、厳しく叱責される…というパターン。

やはりフレッシュマンだったとき、部品の発注を担当し、引き継がれた通り、必要展開部品数ー現在庫+安全在庫という式に従っての自動発注システムで調達をしていたら、部品が全く足らなくなって、現場から怒鳴り込まれた。

よくよく、調べてみると、部品展開システムがおかしい、在庫棚卸の精度が最悪、安全在庫と部品納入の標準リードタイムが不正確…と、自動発注数の計算根拠が全ておかしかった…笑っちゃうけど。前任者は、そのことを知っていたので、部品を置くスペースが足らなくなる位の数の発注書を手入力で発行していたのだが(ルール違反)、責任問題になるので、俺には何も申し送りしなかったのである。

KYとは、正しい事、真っ当な事を、ムラの掟を破って行う事を意味する…ともいえる。本人、別に他意はないのだ。別に正義感があるとか、信念に燃えているというわけでもない。気付いたら、隠蔽された問題を明確にしてしまっただけだったり、ルールに従って、馬鹿正直に行動しただけなのだ。

ただ、そういう事をする奴は、余り愉快な経験をしないように、世の中できている。

同様・類似の理由で、これ以降も、今日に至るまで、人一倍苦労が多い俺の、飲み屋でのカミングアウトには、皆号泣必至だ、。 俺が、不良になったり、グレたりしなかったのは、奇跡的とも言える。 「KYの皆さん、君達は、別に多くの場合において、余り間違っていない」…と大きな声で、訴えたい。

まあ、ここまでの俺の話は、KYと無神経は全く違うコンセプトであるという前提に基づくのだが…。

2008年03月23日

下関商業野球部に捧ぐ

俺の通った高校は、旭陵と呼ばれる丘の上にあり、涼やかな風の吹きぬける場所にある。

その丘には、もう一つ高校が、隣り合わせで存在する。下関市立下関商業高校。

山口県で唯一の市立高校であり、1884年に創立。19世紀には、既に野球部をスタート。
蔵書数8万冊を誇る校内図書館「万古館」は、全国一の規模を誇り、オープンに使用可能。前述野球部は、甲子園大会に、春13回、夏8回出場し、優勝一回、準優勝二回の素晴らしい成績を残している。

校訓はなく、その代わりに、「仁義礼智信和」をバックボーンに、現在でも、各クラスには、この一文字が使われる(つまり二年仁組というように)。
野球部のユニフォームも、その創設から、今に至るまで、その基本スタイルは変わっていない。昨今、派手なユニフォームが横行する中、真っ白なユニフォームの胸にSの一字。なんとシンプルで、なんと美しいことか。 帽子にも、ブラスバンドの楽譜入れにも、全てSの一字のみが、清々しくプリントされている。全てのSの字は、大きさ、太さが厳格に決められており、守られている。

Sと言えば下関、商業といえば、下関商業…という強烈なプライドが、そこに表現されているのだ。

全国に、どれだけの高校があり、彼らが巨大な資金を投じ、選手を買い集め、専用スタジアムをつくり、甲子園請負人を監督して招聘して、甲子園に何回出場し、優勝したとしても、どれほどの事があるというのか?下関商業ほど、積み重ねた歴史と伝統のオーラを纏ったチームが、どれほど存在するだろうか?

長い間、低迷を余儀なくされた下関商業が、29年ぶりに選抜大会に戻ってきた。選手名鑑をみると、他県の出身者はほぼゼロ。シニア出身者も1~2名しかいない。4番でキャッチャーは、俺と同じ中学出身。つまり、普通の公立中学で、普通に軟式野球をやってきた下関の子ども達の集まりだ。この子ども達が、中国大会4試合で、3試合サヨナラ勝ちをして、甲子園までやってきたのだ。

本日、大阪代表履正社と対戦。胸にS一字の真っ白なユニフォーム達が、グラウンドに散開する…。

初回と三回に一点づつ取られる。なおも、激しい攻撃を受けるが、追加点は許さない。二点をリードされた最終回。相手投手の出来からみて、これで終りかと思われたその時、ドラマは始まった。3番バッターが、美しい軌跡を描いて左翼スタンドにアーチをかける。スタンドのどよめきも静まらない中、5番でエースの島田キャプテンが、同点のホームラン。
10回裏に、センターがフライを落球して、サヨナラ負け。

下関商業は、最も強い高校ではないだろう。でも…

歴史、品格、伝統、田舎の野球少年達、最終回での奇跡、悲劇的な敗北…プロ予備軍が席捲する甲子園大会に、突如舞い降りてきた、時代遅れの天兵のような、胸にS一字のユニフォームを纏った彼らは、この選抜大会において、最も美しく、記憶に残る存在であったように思う。

夏に、もう一度甲子園でお会いしましょう。待ってます。

2008年03月18日

体温と気温

風邪から中々完全回復しない。

急に気温が上がって、お外は、相当春めいているのだが、まだ咳はでるし、喉は痛いし、食欲は回復していないし…。中々、気持ちは、華やがない。ドヨ~ンとしたままである。

前エントリーで、俺の体温計フェチぶりをご紹介したのだが、実は、母親からの影響もあるのかもしれない…とも感じている。

田舎の家というのは、基本的に大雑把にデカイ。俺が、中高を過ごした家は、平屋で、7LDKくらいあって、姉が大学に進学した後は、お袋と俺の二人で住んでいた。当然の如く、7LDKあっても、殆んど使わないので、「開かずの間」的な部屋もでてくる。

うちの母親は、この全ての部屋に、気温計と湿度計を設置していた。また、毎日チェックを怠ることもなく、今日は気温が、昨日に比べて2度高いなどのコメントを、非常に自然に、会話に織り込むのを常としていた。

彼女の頭の中には、各部屋の気温の差異、季節別、時間別の折れ線グラフの傾きなどが、整然と整理・記録されているかのようであった。

実は、俺は、恥ずかしながら、この状況を至極普通であると理解をしていたのだ。つまり、ついこの間まで、どの家庭でも、気温計と湿度計は各部屋に設置されていると思いこんでいたのだ。

しかも、それは、割とマメに計測され、家族メンバーに、確実にシェアされるべき情報種として、一家の主婦が把握すべきあることを、露ほどに疑うことはなかったのだ。

気温や湿度に対して、我が家のような情熱をもって、各家庭が、接しているわけではないことを知ったときの、俺の精神的ショックは、筆舌に尽くし難い。 そんな馬鹿な、一体何を信じて生きていけばよいのか? 俺の生活は、荒んでいった。あの日、君に出会わなければ、今でも、賭け花札に命を張るような生活をしていたに違いない…。

さて、各部屋に、気温計と湿度計を設置し、更に毎日その数値を、何十年にも渡ってチェックを続けたのは、如何なるモチベーションによるものなのだろうか?

我が母親のことながら、そのあたりが全く謎なのだ。マーメイドからは、母親は気温を、息子は体温を、理由もなく激しいパッションでチェックする不可思議な親子と思われている。

温度計と体温計の間には、何があるのか?何もないのか?心が早鐘を打つ。

2008年03月15日

闘病日記

オーバーワークのせいか、疲労がずっしり蓄積する。何とか、ここ数週間やり過ごしていたが、先週の金曜日朝、目を覚ました時に、体調がボトムであることを痛感。体はだるい、熱っぽい、肩はこる。寝床から、中々立ち上がれない。

その日は、何とか出社したものの、土曜日、日曜日…と、状況は、どんどんどんどんどんどん悪化していき、今週は、月、火、水と会社を休む羽目に陥ってしまった。

熱の高さには、閉口した。 ピーク時には、39度くらいまで熱が上がり、平熱が35度ちょっとしかない俺は、数値をみただけでヘロヘロになってしまった。

寝てばかりいるため、70数KGの体重の圧力を、受け続けている背中は、摩擦で、軽く腫れてしまった。

のどが痛くて、咳が止まらない。咳をすると、頭にガッツ~ン響いて、とても痛い。体全体が、だるいし。薬を飲んでいると、胃が荒れたのか、食欲も、減退していく。

発熱、頭痛、倦怠、床ずれ、咳、食欲減退…などが、俺を苦しめ、苛み続けた、ここ数日間であった。

病気で苦しい時にでも、泣き言を言わず、平然としている立派な人もいる。癌の痛みを激しく感じていたに違いないけれど、家族には、最期まで決して辛そうなところをみせなかった…というような、美談をこれまで何度かきいたことがある。

そういう話を聞くたびに、「俺には、全然無理」って、備長炭に火を熾すのであった。

俺は、自慢ではないが、物理的苦痛には、滅法弱い。物理的苦痛そのもの…のみならず、苦痛が起こるかもしれない恐怖に対する、耐性が、殆ど欠如している。

以前歯を抜くとき、抜歯痛の恐怖に耐えられなくなり、笑気ガスを使っていただいた。
また、急に歯が痛くなり、診察時に起こるかもしれない更なる苦痛の想像だけで、心身喪失し、マーメイドに医院までついて来てもらったこともある。
同様な理由で、歯医者の治療から逃亡して、すでに2年。

実際のところ、ただの風邪なので、そんなに苦しくはない。実は、蓄積した疲労が押し寄せる時って、少し熱っぽくて、横になると、す~っと眠れて、案外気持ちいいと感じる時さえある。

では、あるが、「病魔に冒され(ただの風邪なのだが)、倒れてしまった俺」というムードに、あっさり、気持ちが折れてしまった(ようだ)。仰向けに、うつろな瞳で、天井を見つめ、苦しい息の下から、マーメイドに、「飲み物をいただけますか? 熱で頭が痛いのです。」などと訴え続ける…とっても、か細い声で。

体温の変化は、かなり細かく、感覚的にわかる。6度7分くらい、7度4分、9度行っちゃったよ…とか、大体わかる。でも、俺は、それを体温計で、数値として認識しないと気がすまないタイプなのだ。

熱がでているときは、1時間に数回は、計ってしまう。例えば、体温が39度であることを確認すると、いきなり瀕死の重病患者になるくらいに、精神的ショックを受ける。
そんなに、ショックをうけるのなら、体温を測らなければよいのだが、計測意欲を抑えることができず、測ってはダメージを受け、立ち直っては、測り…とかなりアンコントローラブルなのだ。

このように、苦しい闘病生活を経て、現在復活中だ。 木、金曜日は、何とか出社し、やっと週末にたどりついた。4~5日寝ている間に、季節は春になっていた。少しだけ肌寒い風に、春の香りがした。

2008年03月06日

最近の内的変化について

最近は、ブログを書いては、捨てている。もう10エントリー以上破棄した。

別に、そんなに大層な事を書くつもりはないし、実際書けない。だから、クオリティが何だかんだ、言うレベルでもないのだが、読み返してみると、深いところで許せない感じがして、消去をしてしまうのだ。

実は、この件だけでなく、今自分の色々な価値判断に、懐疑的傾向がかなり強くなってきている。

以前も書いたのだが、これまでは、見過ごしていたことに気づいたり、当たり前だと思っていたことに対して、不可思議に感じたり、平面に見えていたものが、実は立体でかつ複雑な形状であることを突然認識したりして、思案する、驚く、迷う…等、立ち止まることが多い。

何を青臭いといわれるかもしれないが、結局のところ、これまでの物の見方が、とても浅かったツケを払っている…という事かもしれない。

提案書などを作成していても、何となく帳尻を合わせている感じや、様々な角度からの検討が足らない気がして、何度も書き直すことが続いている。正しい表現かどうかわからないのだが、「内容が落ちつかない、ざわざわしている」感じ~どうもしっくり来ない、腹に落ちていかない感じなのだ。

人対人、事象対事象、人対事象など、色々なシチュエーションで、この感覚に遭遇する。従来にはない経験なので、どうしちゃったのかしらと首を傾げている。とにかく、落ち着いて、出来るだけ頭真っ白にして、納得するまで、黙って対象物とその周辺を眺めてみるようにしている。

パウエルの代理人ではないが、辻褄を器用にあわせて、それなりにロジックを当てはめることや、関わった事象について、尤もらしく説明することは割と容易だ。

そういう浅いレベルでこれまでは、良し、はいお次は何?という感じで対処をしていたのかもしれない…と反省する。最低限の自己満足、自己防衛、小賢しい言い訳レベルは、クリアーできても、本質に近づけるわけではない。 

そう、本質。現在、懐疑的シンドロームの只中にいる俺は、何事につけても、現実を覆っている様々な虚飾を剥ぎ取って、本質をがっちり掴みたい…という思っているのだ。

また、多くの人間や物事によって作られた環境の一部分として、自己を認識しつつある。劇的ではないが、確実に少しづつ内的変化が起きているのを感じる。上手くは、説明できないが。

10年前には、俺は紛れもなく短気で理屈っぽい人間であったが、今、俺のことを怒りっぽいという人は稀だ。とにかく、この10年で、何らかの変化が俺に起こったということなのだろう。

これから10年で、この起きつつある変化が俺を何処に連れて行くのか、自分でも見当がつかない。新たな成長期の到来なのか?(45歳からの成長期なんてあるのか?)混沌としたスランプ突入への予兆なのか?(それは困る)

割と、考え込むことが多いので、精神的にはきつかったりするのだが、この変化の後、どんな人間になっているのかは、ちょっと楽しみなような、怖いような。

で、このエントリーは、破棄すべきか否か…。(完全に日記だし)

2008年03月04日

シー・シェパードって何?

シー・シェパードには驚いた。

海上保安庁によると3日、オーストラリア・メルボルン南南西の公海上で、シー・シェパードの所属船「ステープ・アーウィン号」(1000トン)が、日本の調査捕鯨船「日新丸」に対し、船橋後方甲板に酪酸入りの薬瓶と白色粉末状のものが入った茶色の紙包みを投げ込んだ。投げ込まれた酪酸が保安官2人、乗組員2人の計4人にかかり負傷。

報道では、「妨害活動」という表現を書いていたが、これは、乗組員負傷を狙った「攻撃」だ。

日新丸は、8000トン近い大きな船ではあるが、当然の如く、何の戦闘用機能を装備しているわけではない。公海上を、正式な許可を得て、調査捕鯨を行っている。何故、こんな一方的攻撃を受けなくてはならないのか?

シー・シェパードって、一体どういう集団なのだろうか?

彼らは、環境保護を訴える非営利環境団体。これまで違法行為を含む捕鯨阻止行動を繰り返している。これまで起こした事件を列挙すると…。

1980年 - 禁漁種の海賊捕鯨を行っていた独行型捕鯨船シエラ号をリスボン港で爆破。

1980年、マッコウクジラの捕獲一時停止に反対票をカナダの代表が投じたことで彼等を殺すと脅迫。

1983年 - カナダ警察が乗り込んだ際 舟のデッキの周りに電気ワイヤーをはりめぐらせた。

1986年 - フェロー諸島にてライフルを使用して捕鯨船のゴムボートを沈めようとし、フェロー諸島の警察にも発砲。また、三価リンを含む信号照明弾を警察に投げつけ、ガソリンを警察の船に散布、ガソリンに火が付くように信号照明弾を投げつけた。

1993年 - 日本の漁船に発砲を命じ、拳銃1発を発砲。

2003年 -和歌山県太地町のイルカ漁に用いる網を切断する。

2007年 - 捕鯨船「日新丸」に対して妨害行為を行った。

2008年 - 1月、調査捕鯨船「第2勇新丸」を酪酸ビンを投げ込むなどして襲撃した上、活動家二名が乗り込み、拘束される。 フレッシュアイウィキペディアより抜粋

爆破、脅迫、電気ワイヤー、ライフル発砲、網の切断、酪酸びんの投げ込み、器物破損、漁業妨害など、やっていることは、海賊以外の何物でもない。実際、彼らの船の中には、髑髏マークを掲げているものもある。

海上保安庁は、威力業務妨害と傷害容疑で捜査に着手し、立件を目指すとのこと。(驚くことに、初めてのケースらしい) また、町村長官は、同団体の船舶が直前に寄港していたオーストラリア政府に遺憾の意を表明し、船舶の旗国であるオランダ政府に対し、国内法に基づく処罰を行うよう申し入れる…と発言。

調査捕鯨に対する賛否はあるし、それはIWCで討議されるべきものである。どういう理念であれ、ロジックであれ、丸腰の船に攻撃をしかける無法行為が許されるはずもない。

それにしても、対応策は、調査、遺憾の意表明、申し入れ…しかないのか? 調査捕鯨船に攻撃を仕掛ける事に、何の躊躇もしない、罪を犯しているという認識もない海賊船に対して、「調査、遺憾の意表明、申し入れ」などの手段が有効かどうかは、極めて疑問だ。

公海上航行の自国船舶の安全を守る有効な手段を講じるのは、国家としての責任だ。テロリストと闘うのと同様に、エコテロリストにも厳しい態度で臨むべきだ。

2008年03月03日

幾つかの希望と懸念について

幾つかの希望と懸念が、今俺の頭の中を混乱させている。

一つには、一人旅(またか…と今舌打ちした人いましたね)。

最近、海外旅行の広告などをみると、大変お手軽なお値段になっている。39800円で、ハワイ三泊四日みたいなメニューが豊富に揃っている。これであれば、気軽にパ~ット行くことも可能だ。

ここ数年間、夏休みに一人旅に出ることを画策しては、自然消滅するということを繰り返している。

過去の失敗を踏まえた、俺の反省としては、「旅に出よう」と勢い込むのがよくない。「気付いたら、旅にでている私」もしくは、「この日常が既に旅の途中なのだ」という、ある種の境地に到達する必要性を感じている。

俺の今考えているプランとしては、金曜の夜、仕事が終わったところで、いきなり何処かに行ってしまう。到着したところで、「あのさ、俺、今マチュピチュにいるんだけど」とか、家に電話をするというイメージだ。

マーメイドにも、このプランを打ち明けてみたが、「やれるものなら、やってみたら?」と冷笑するばかりであった。おう、やってやろうじゃないか。

もう一つの希望というか、葛藤は、カラオケである。俺は、昔から歌うことが好きで、皆から「カナリヤ坊や」といわれていたのである。大学生の頃、台風の日、俺と友達二人で、記録した100曲制覇は、既に伝説だ。(台風の日に飲みにきたのは、俺達二人だけだったので、ご褒美で、カラオケをタダにしてもらった)
また、ニューヨークの州都であるアルバニーのスナックで、宗衛門町ブルースを歌って、アメリカ人の度肝を抜いたのは、第一次湾岸戦争の頃だ。

ここ数年は、多忙の為、歌うこともなく、飲みに行って騒ぐ事もなく、2オクターブの音域も狭くなり、ベルベットファルセットも失ってしまった。

最近、YOUTUBEで懐かしの名曲巡りをしていると、ムクムクとカナリヤの魂に、火がついてしまった。ただ、カラオケに行くとなると、幾つか懸念がある。まず、カラオケにいくという事は、皆の前で歌うということだが、これは、考えてみれば、かなり恥ずかしいことではないか?どんな顔をして、「一瞬で燃え尽きて灰になってもいい」とか歌えばいいのだろうか? ただ、やはり「歌は心」。感情移入は避けられない。でも、何アイツ、入れ込んでるわけ?とか、思われるのはいやだ。

また、妻からは、「会社の人と行くつもり? それは、ジャイアンのコンサートみたいなもの?」と、巨大な釘を刺されている。そうか、社長から、「カラオケに行こう」と強く誘われたら、それは断れないかも。でも、言うに事欠いて「ジャイアンコンサート」とは…。

もう一つの懸念は、やはり俺も上手く歌いたい。 音域もチェックをしておきたい。そこで、練習をしたいのだが、独りでカラオケに行って練習するって、世間的には、どうよ?という話である。想像するに、かなり恥ずかしい行為ではないか? カラオケボックスの待合室で、知った人にあったら、死んだフリをするしかない。

それよりも何よりも、かなりのパラドックスを孕んでいる。

カラオケの練習をしたところで、「歌いたい」という希望は、既にかなったわけだし。そもそも、独りでカラオケに行くのが問題なければ、そもそも「歌いたい」って話にはなっていない。しかし、どうせ皆の前で歌うのであれば、上手く歌いたいので練習したい。

生きていくことは、かなり難しい話だと、痛感する次第だ。これ以外にも、映画に行きたいけど行けない、コンサートに行きたいけど行けない、落語・歌舞伎…等、欲望と不安が、深刻に俺を襲い続けるのだが、それはまた別途。