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自分探し  このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリー参照しているはてなブックマーク このエントリーをdel.icio.usに追加

俺の中で、胡散臭いと感じるものがある。(個人的見解ですので、異論はありますよね、そりゃそうだ)

自己啓発セミナー、スピリチュアルカウンセリング、ロハス、ボランティア活動、NPO・NGO活動、環境保護、ドルフィンスイミング、海外放浪…など、共通のいかがわしさを感じてきた。

1990年代以降、「自分」が対象だったり、別の個体であるかのような表現が一般的に多く使われ、目に付くようになって、俺はかなり薄ら寒いものを感じていた。
自分探し、自分にご褒美、自分的には、自分らしく、ありのままの自分を、自分の気持ちに嘘をつかない、自分磨き…など。

今日、「自分探しが止まらない」(速水健朗著、ソフトバンク新書)という本を読んで、これらが全て数珠繋ぎであることがわかって、少しすっきりした。

因みに、著者によると、題名は、「ロマンティックが止まらない」「愛が止まらない」「止まらないHa~Ha」から、取ったらしい。こちらには、余りすっきりしない、正直言って。

1970年代中盤以降生まれた世代が学生だった頃、教育の現場では、個性を活かした教育というのが、叫ばれていた。この頃から現行ゆとり教育まで、(その意図にあっているかどうか別として)個性尊重の意味が、従来のものとは変質していった。

従来、個性とは、社会の中で、多くの人間と知り合い切磋琢磨しながら培ってくるものという理解だったと思うのだが、このころから、予め持って生まれてくるものであり、自分の内面へと奥深く分け入って見つけるものという考えに変わっていったらしい。

この考えで行くと、自分のやりたいこと、本質が見えてこない、また自分が輝いていると感じられない…ならば、それは、まだ「本当の自分」を見つけていないからだ…という結論になる。

元々自分のなかにあるものを、発見する為には、何らかの変化、刺激が必要という考えに至り、自分らしさを実感できない「つまらない会社」を辞めて、スピリチュアルカウンセリング、ロハス、ボランティア活動、NPO・NGO活動、環境保護、ドルフィンスイミング、海外放浪~などの諸活動を始める。これらが外向きな自分探しであるとすれば、フリーターになって職を転々とするのは、内向きな自分探しと表現すればいいのか?

そういった経緯を、多少重複はありながら、著者は、丁寧に検証していく。

また、この自分探しの根幹は、ニューソート思想の「ポジティブシンキング」、ニューエイジ思想の、「終末論:古い時代は終り新しい時代が始まる」「物質より精神性」などの強い影響下にあることを解き明かしていく。梅田望夫氏の「ウェブ進化論」は、この終末論のフォーマットをなぞっていることが、若者から圧倒的支持を受けた一因であるという指摘は鋭い。

フリーターを食い物にするビジネスが存在していることも、論じている。つまり、彼らを安く、かつ取替えがいつでも可能な労働力として搾取するビジネスの存在である。これらビジネス側にとっては、不毛な自分探しを行う若者の増加は、大歓迎なのだ。かくして、「自分探しは止まらない」

この本を読んで発見したことが3つある。

従来俺は、世代間の違いより、個人差異のほうが大きいと思ってきたが、バブル世代のように何を消費するかで、個性を表現しようとする世代と、それ以降の世代には、大きな隔絶があることを認めざるを得ないこと。(そうでないと、フリーター増加を始めとする様々な社会現象を説明する事ができない)

もう一つは、「個性」の捉え方が、この1970年代中盤以降に生まれた世代は、かなり特殊で、それは、少なからず教育制度に影響されたということ。

「個性」の定義については、考え方がかなり誤っていると感じる。人間は、「個性」を生まれつき持っているわけではなく、多くの人間との出会い、競争、社会での色々な経験を通して、培っていくものだと思う。生まれたときには、空っぽである。人間は、学習する動物なのだ。

空っぽの自分を幾ら見つめても、何も生まれはしない。インドで放浪しようが、ボランティアや海外貧困問題に関わっても(それはそれで意義深いとは思うが)単なる現実逃避だ。何かの契機にはなるであろうが、自分を見つける事とは、無関係なのだ。

「自分」は探すものではなく、現実と真正面から向き合い、地道な努力の積み重ねのもと、創り上げていくものなのではないか?と思うのである。

3つ目は、とはいえ、伝統的宗教が力を失い、科学万能信仰も、働けば将来豊かな生活が保証されるという神話も、崩れ去った現代で、自己責任で個性を磨けと言われても、中々難しいよなあ…とも思う。ただ、このまま行くと、この世代以降は、強靭な精神力を持ったごく僅かな勝者と、圧倒的多数の自分探しの流浪者に、二分される事態になるのではないか? なんて、薄ら寒い未来だ。

全然違う話だが、同じような胡散臭さを、団塊世代が定年後に、蕎麦を打ったり、ロクロを回したり、無農薬野菜を作ったりしている姿にも、感じる。 企業戦士としてガムシャラに働いたので、今後は、「自分らしく、人間らしく」生きて行こう…というような話なのだろうか? 勿論、本人の勝手なのだが、非常に、ステレオタイプで、スノッブな感じがするけどなあって、俺の立ち位置が不明だ。

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