御所のたらいうどん
俺は、本州の最西端から、かなり離れた絶海の孤島で幼少期を過ごした。
毎日の飲み水を確保するために、ヤギの背中にのって、蝙蝠が乱舞する洞窟まで10キロ以上移動し、湧き水を、大きな樽に詰めて持ち帰るのは、子供たちの役目であった。集落の、入り口には、毎夜大きな篝火がたかれ、野犬の襲来を防ぐ。何かが憑依した巫女が、狂ったように踊りながら、叫ぶのだ。
マーメイドはどうかというと、人魚のくせに、山出身。巡礼者が、鈴をチリンチリンとならしながら、道なき道を山奥深く分け入ると、その村はある。陰々滅々、晦渋混濁、如法暗夜、暗澹冥濛...呪いと怨念が渦巻くスポットである。集落の長は、体全体に刺青を施し、髑髏を先端にさした杖を握って蹲踞の姿勢、山神と呼ばれる半身半獣の巨大な像を祭る。
そういう訳で(まあ、まあ、そういうことで)、我々は、海と山という、全く違う環境で育ったのだが、不思議に味覚が驚くほど似通っている。お互いの家で、夫々のお袋さんの料理を頂いても、何の違和感もない。旨いと思うものが、大体一致する。
我々のお気に入りの一品に、「御所のたらいうどん」がある。御所というのは、土御門上皇のことで、阿波の国に配流されていた。配所があったのが、吉野川の支流が流れるエリアで、現在においても、かなり野趣あふれる場所である。今から700数十年前には、もっと草深いところだったろう。どれだけ、寂しい思いをされ、遠い都を恋焦がれられたことか。(因みに、日蓮は、この土御門上皇のご皇胤といわれている)
さて、土御門上皇配所の近くで、現在製造されているので、「御所」という名を冠する~まあ割とイージーなネーミングの、この「たらいうどん」であるが、実際にかの地を訪れ、初めて食した時、麺類大好きの我々に、大きな衝撃を与えた。
麺は極端に太く、長い。箸ですくいあげても、優に一本70~80センチ以上はあって、簡単には切れない。断面は、円ではなくて、四角っぽい。極めて強いこしがある。ここまで、麺が個性的だと、どんな麺つゆがあうのか、普通途方にくれるところだ。しか~し、つゆがマタ凄くて、非常に淡口で、さりげなく品の良い特製つゆ。お陰で、幾ら食べても飽きが来ない。
つべこべいわずに、うどんを茹でやがれ、が~んとたらいにぶちまけろ...という豪快無比な男らしさと、ちょっとはんなり美しい、繊細なつゆが織り成す珠玉のハーモニーなのだ。
この「たらいうどん」さえあれば、俺は、どんなに辛くても、強く生きていける…と思うくらい旨い…いや旨かった。
先日、久しぶりに「御所のたらいうどん」が食卓に。
茹で上がったうどんと、少し暖かい麺つやを器にスタンバイ。高まる期待を抑えつつ、箸で、うどんをすくい上げた丁度その時、異変に気づいた。「め、麺が、細すぎる」、口に入れてみて、「こ、こしが全くない」、つゆをすすってみて、「あ、あだ辛~~~い」
本来の「御所のたらいうどん」とはかけ離れた何物かが、そこに存在していた。あんなに高まった期待感が裏切られた俺とマーメイドは、絶望の余り、言葉を失い、うつろな目を虚空に泳がせる。 「おれの、たらいうどんは、どこへ」”Where is my Tarai noodles? Come on!!"俺の咆哮があたりを震わせた。
マーメイドが号泣しつつ語る事情を聞けば、以前、訪れた「たらいうどん」の店がつぶれてしまい、別の店に注文したが、我々の求めるものとは、全く違うものであった…ということらしい。
「この不始末…かくなる上は、海に身を投げて、お詫び申し上げまする」というマーメイドを(と言っても、マーメイドなので、溺れはしないのだが)、必死に止めながら、俺は痛感した。この悲劇に隠された、現代日本の大きな歪を。
吉野川の渓流沿いにある、ひなびたうどん屋は、嘗て休日ともなると、多くの家族連れが、ハイキングがわりに訪れるような憩いの場所であったらしい。しかし...東京への一極集中、若者の都会への流出、過疎化、地方切捨ての政策、郵政民営化、イラク給油問題など、様々な問題が複雑に絡み合い、鬩ぎ合い、結果として、客足は遠のき、経営が立ち行かなくなり、店を閉めることとなった...と俺は睨んでいるのだ。これぞ、現代日本社会の歪といわずして、何というべきか(あくまで、俺の想像で、何の根拠もないのだが)
もう、あのシンプルにして豪華絢爛な「御所のたらいうどん」は、俺達のもとには帰ってこない。
人ごみに流されて、変わっていく私を、「たらいうどん」は、いつでも優しく叱って・・・くれたのに、これから、俺はどうやって生きていけばよいのだろう。正直、ちょっと途方にくれている。

