Gacktの紅白歌合戦
今年の元旦は、親戚が集まった。
新しい話題がないので、毎年同じ話しをする傾向が強い集団である~「小学校一年の時に、内向的で嫌がる俺を、説得して外に連れ出し、キャッチボールをした話」などは、一晩で約10回語られる。それが、どうした?という話なのだが、理由などは、元々ないのだ。
母から、珍しくニューアーギュメントとして提起されたのは、「Gacktは、あれでOKなのか?」ということであった。
大晦日、紅白、格闘技、ダウンタウンと、チャンネルを落ち着き無く回しながら、家族でTVを観た。で、偶然紅白をみているときに、Gacktさんが登場。
小林幸子の後なので、嫌な予感はしていたのだが、「風林火山」での上杉謙信のコスチュームで、300名位の甲冑に身を固めた武者を引き連れて登場。剣を抜いて、「生きんと欲すれば死す。死なんと欲すれば、うんにゃらほんにゃら」と叫び、唄う。
母は、あのナルシストぶりは、如何なものか?という問題提起をしたかったわけだ。
一年間、「風林火山」を一回も欠かさず観てしまった。
亀治郎の余りといえば、余りに過剰な演技の為、他の演技者が何をやっても、少々のことは大目にみるというユルイ状況は、最終的には、名優緒形拳の演技を茶番にするほどの末期的カオスを産み出した。
青いコンタクトレンズに金髪で演じたいという当初の希望を却下する代わりに、NHKが特別仕様の、西洋風甲冑とマント着用を認めたという経緯があるGackt。どんな交換条件か?という真っ当な疑問をよそに、一人だけ厚塗り、不思議な台詞回し、前述特注の銀の甲冑とマント。
そんなGacktは、何故だか判らないが、はまり過ぎるほど、亀治郎ワールドとしっくり調和することに成功したのだった。何か、嫌な感じの化学変化の末、意図せぬ極彩色の不気味な大輪の花が、パックリ開いちゃった感じ...だ。
Gacktは、自ら1540年生まれと称し、また最近では上杉謙信の生まれ変わりとも言っているらしい。元々危ない人で、茶の間との距離感は極めて遠い。
で、紅白歌合戦。
紅白歌合戦のように、国民の多くが、炬燵に入って、蜜柑を食べ、年越し蕎麦をすすりながら、家族和気藹々で観る番組には、Gacktがフィットするのは、やっぱ無理...というのが正直なところ。やはり、あのキャラは、亀治郎ワールドに包含される小宇宙としてのみ存在可能だったと思うのである。
ただ、Gackt本人は...
報道によると、歌唱後「戦国の男らしさ、強さ、優しさを音楽で表現したらこうなるのでは。戦国ロックみたいな。緊張感、緊迫感を感じてもらえたんじゃないかな」と満足そうだった...らしい。
そうか、そうなのか? 本当に、そういう総括でOKなのか? そういうことで、どこの家庭も、円く収まるのか?


コメント
現在東京芸大教授の日比野さんが現れた時に、岡本太郎さんよりショックを受けました。
今年は観ていて、ガクトさんによる新しい芸術の始まりだと思いました。
戦争の美化でなく、日本の和の文化の新しい方向となってくればと思います。
もう西洋志向ではなく、外国から日本製だから安心と思われてる地位を得るまでになった戦後の日本人達に拍手を送りたいとおもいます。
投稿者: ベスりん | 2008年01月07日 09:54