自分のことはわからない、さっぱり。
自分では気付かない事はある。多々ある。自分のことは、中々わからない。
先日、社内で打ち合わせを終えて、「来年はいい年になりそうだね」と呟いたところ、社員の方から、「金田さんは、毎年そう言っていますけど…。ほんとっすか」と言われた。
俺自身は、来年は、従来とは違う年になるとマジで思っている。よって、我知らず思っていることを呟いたのだ。 まさか毎年同じ事を言っているとは、全然思わなかった。
人と人とのつながりの儚さに、思いを馳せることが多い。例えば、今度高校の同級生で飲むのだが、毎年会うそのメンバーについても、卒業以降の20数年間に、何が起こって、どう悩み、過ごしてきたかなど、全く知らない。恐らく、悲喜こもごもの日常があり、職場で、家庭で、様々な経験をしながら、過ごしてきたはず…。学校で、部室で、毎日長い時間を一緒にすごし、多くのものを共有していた頃には、親兄弟より近しく感じられたのに。 今はもう、何もわからない。
古い友人についてさえ、リアルな感覚を喪失している。
仕事関係になると、更につながりにリアリティを欠く。
オフィスでの、やり取りは、あるものの、実際どういう生活をしているのか、どんな人間なのかについて、深くは知りえない。部署、職場、取引環境などの変化で、消えてしまうような、つながり。「知っている」もしくは「知っていた」ような、実体の薄い関係の記憶だけが残る。
東京で働きはじめてから、人間のつながりの希薄さを、とても痛切に感じるようになった。
そういう事を、深夜、マーメイドに、しみじみ語った。すると、彼女は、途中から、ぴくぴく体を振るわせ始めた。そうか、同じようなことを考え、感傷的になることがあるんだろうなあ…と思って、様子をみると、ちょっと違う。
マーメイドは、ついに耐え切れず、大声で笑い始めた。「坊や、まだまだ青い!! さすが、永遠の14歳ってか」
物凄くおかしかったが、俺が、余りに大真面目に語っていたので、笑いをこらえていたんだと。彼女曰く、「大学生のときも、同じようなことを言っていた」らしい。
「そんなに言うこと、やること、変わらない人も、珍しいね」と、駄目を押された。
俺は昔から、ちょっとメランコリックな、ポジティブ野郎だった...ということが、判明したわけだが、それは、自分の思っている、自分の姿とは、かなりかけ離れている。
このように、自分のことは、中々わからない。(俺だけに言えることなのか、皆そうなのか???は、尋ねたことが無いので、よく判らない)

