接待と便宜供与
会社に入って最初にやった仕事は、鋳物副資材の購買という仕事。
22~23歳の世間知らずが、毎月1億以上物を買うのであるから、考えてみれば、とんでもない。資材調達という仕事は、商品別に担当が決まっているので、新人でも、ベテランでも、一人で交渉して、価格を決める。
他の会社は良く知らないが、俺の配属された工場では、購買業務について、やり方を誰も教えてくれない。(正確に言うと、誰も確立された方法論などなく、経験則が頼みの綱という、アバウトな雰囲気の部署だった)
俺の大学生活は、貧乏だったので、物を買うこと自体が余りない。お好み焼き&酒代と本代が主な出費~つまり向き不向きで言えば、一番向いていない業務についてしまった。
何をどうしていいか、さっぱりわからない。おまけに、その当時、鋳物というもの、そして製造される継手(水道管と水道管、ガス管とガス管をつなげる保安上大変重要な商品であるにもかかわらず)という製品に、何の興味ももてなかった。
仕事は面白くないし、わからないし、時間は過ぎていくし...、俺って、このまま駄目になるのかしら...と軽い焦燥感を感じつつ、先輩・同期・後輩と、学生時代と変わらず、飲んだり、遊んだりしていたのである。
飲み屋から酔っ払って、午前零時くらいに、先輩を寮から呼び出す、寛大かつキュートな女性社員の家にイタズラ電話をする...、酩酊状態&千鳥足&意識不明にもかかわらず、車に乗り込んだ奴を追いかけ、動き出した車に、3~4人で飛び乗り、手でブレーキを押して危機一髪...など。
二日酔いでどうしようもない時に、輸出入倉庫を見学しま~すとかいって、倉庫の方に車を出してもらって、ドライブしてもらったこともある。(クビですね、こういうやる気のない人は。 因みに過去の悪事が今次々甦りつつあるが、外部倉庫の棚卸に行くのに、早めに外出して、競馬場に行ったこともあるなあ...)
思い出すに、社会人2~3年目までの俺は、かなりヒドイし、とんでもない。
こんな俺でも、取引先にとっては、重要な人物になるらしく、お中元、お歳暮などいただいていた。
時々、ご接待などもいただき、一度50がらみのオジサンと差しで、高い中華料理屋に行ったことがある。最初の乾杯をした後、お互い何も共通の話題がない事に気付く。何とか調子を合わせつつ、飲んでいると、先方が仕事の愚痴を言い始めた。
内容は、会社に20年以上尽くしてきたのに、子会社に飛ばされ、こんな若造のご機嫌をとっている自分が悲しい...という身もふたもない話だった。俺としては、良くは判らないのだが、「色々とご苦労されているのですね~さあもう一杯」って、どちらが接待しているのかわかりゃあしない。
さて、前振りが異常に長くて、誠に恐縮だが、接待をするというのは、何らかの利益が、接待をする側にあるからで、そうでなければ、会社の金で旨い物を食わせたり、ゴルフに招待したりすることは、ありえない。そこには、明確に何らかのビジネス上の理由がある。
俺の場合、経理に異動したら、業者からのご贈答品、ご接待は、全くなくなった。
12年間で、200回以上も、飲食・ゴルフの接待をし、家族ももてなし、海外留学する娘の推薦状まで書いてくれるというのは、常識的に言って、余程多くのメリットをもたらす相手だったということ。
しかも、接待をうけることはおろか、同席することさえ法律で、禁じられている状態で、そういう手厚い接待を継続しているということは、接待する方もされる方も、かなりのリスクを伴う話。(自衛隊員倫理法は、関連業者からの贈与を原則禁止し、関連しない業者からの贈与も五千円を超える分は届け出を義務付けているのに対し、守屋氏は「一度も(届けを)提出していない」と明言。「明確に倫理法違反で、接待を受けている認識はあった」と述べた。)
そういうリスクを共有出来ること自体が、ただならぬ関係であるとみなすほうが自然だ。(実は、宮崎氏と愛し合っていたの♪♪...などという、カミングアウトが今後飛び出せば別だが)
守屋元事務次官が、如何に何の便宜も図っていないと抗弁しようが、その言を信じるのは極めて難しい。しかも、その12年間で、防衛関連商品の専門商社である山田洋行は、三井物産が持っていたゼネラルエレクトリック社の日本代理店権を獲得し、F2支援戦闘機のエンジンなど巨額案件を次々受注している。
山田洋行元専務の接待 宴席に元防衛長官同席 証人喚問 守屋氏名伏せ証言
2007年10月30日 朝刊衆院テロ防止特別委員会は二十九日午後、防衛専門商社「山田洋行」の宮崎元伸・元専務(69)からゴルフなどの接待を受けていた防衛省の守屋武昌前事務次官(63)の証人喚問を行った。守屋氏は防衛政策課長だった十一年前から宮崎氏とゴルフを始めたことを認めた上で「その時から考えれば二百回を超えている」と証言。ただ、防衛装備品調達に関する宮崎氏への便宜供与は全面的に否定した。
守屋氏は、ゴルフ接待について「多い時で月四回、トータルすると年二十回から三十回」と説明し、当初の数年間は妻も同伴▽ゴルフ場では偽名を使用▽宮崎氏から二回、ゴルフセットを贈られた▽宮崎氏と賭けマージャンをしていた-ことを認めた。
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短い期間だが、盆暮れの贈り物、ご接待を受けた経験からいうと、継続するのはマズイ。資材にいるときは、上司に全て報告し、このまま受け取っていいか、返還すべきか確認を取った。
シーズナルな社会的習慣としても、感覚が麻痺することが、非常に怖かったことを覚えている。上司に報告することで、自分のニュートラルさを守ろうとした。
守屋氏は、「明確に倫理法違反で、接待を受けている認識はあった」らしいので、確信犯。感覚はかなり麻痺している。「便宜供与」ということについても、どれだけの常識的判断能力が残されていたのか...かなり危ういのではないか?

