個人情報保護について
俺が子供だったころ、個人情報保護などの考え方は、全く無かった。
小学生の時、クラスで名簿を作るのだが、その名簿には、住所、電話番号、父母の名前、父母の学歴、父母の勤務先まで記載されていた。この名簿は、全父兄に配布。(なんてことだ)
父母の学歴、勤務先などのデータは、何の為に収集されていたのか?全く不明。
個人情報が全くノーガードの状況であったが、そのことに誰も異議を唱えない、長閑といえば長閑な時代だった。
最近は、状況が様変わりしているらしい。最新号のアエラによると、2005年4月に個人情報保護法が施行されて以来、多くの学校では、連絡名簿すら作成しなくなった。 緊急連絡は、メールの一斉配信で行うとのこと。
いざという時に、親同士が連絡もできない、夏休みに子供がクラスの子と遊びたいと言い出した時、住所も電話番号もわからない。子供同士の喧嘩、いざこざなど、親同士でコミュニケーションする術がない。
2005年12月に栃木で起こった小一女児殺害事件では、行方不明の報を受けて、PTAと同級生の保護者らが、警察と一緒に捜索にあたったが、名簿がないので、全学年の保護者に参加・協力を求めることが出来なかった。
勿論、文部科学省の方針では、「緊急連絡網などの連絡名簿の作成・配布にあたっては同意が得られれば、従来どおり作成配布できる」となっているのだが、名簿を作成し、その情報が外部に漏れ問題が起こったときの責任を恐れて、連絡名簿を作らない学校がマジョリティを占めるようになっている。
子ども会の編成、地域のスポーツ大会出場者の人選も、世話役が、住民に聴いて回って情報収集するしかない。
俺が住んでいたような田舎では、名簿などなくても、この子は、誰の子供で、何処に住んでいるなど、皆知っている。(これは、これで、ウンザリするくらい煩わしい)
現在の特に都市部では、隣に住んでいるのが何者かもわからない、親同士の付き合いも希薄など、面倒くさいけれど、いざとなった時には頼りになるコミュニティは、既に喪失している。(新興都市などでは、元々存在していないこともあるだろう) そんな、環境下で、個人情報保護を徹底することが、地域のつながりを更に希薄にしていく。
派遣会社からご紹介された方とお会いする機会も多いが、事前に送られてくる、採用候補者の情報には、氏名、年齢、学歴、住所、既婚・未婚、子供の有無などの情報は全く開示されない。職歴にしたところで、中堅IT系企業で、5年間営業管理を行う...というような記述があるだけ。明確な情報は、性別だけ。
お会いしたときに、初めてお名前を聞き、おそるおそる色々な情報を聞き出すという感じ。
完全に日本人の容貌なのだが、自己紹介の時に、「初めまして、エカテリーナ・ボンバイアです」と名乗られたりすると流石にのけぞる。
色々聞きたくなるのが人情でしょう...。 国籍?どちらが苗字なの?(エカテリーナ?ボンバイア?)、そもそも聞き間違いなのではないか?等。でも、これらの質問は全てプライバシー侵害にあたりそうなので、結局この件には、触れることすら出来ずに終わったりする。
どこまでが、個人情報保護法範囲内か曖昧なのだが、とにかく、色々と入社前に聞いておきたいことを、ルールに抵触することなく確認するのが、凄く難しい。
最初に、提示されている情報自体殆どないので、例えば、その人が、狼に20年間育てられてきたとしても、テロリストであっても、経歴詐称をしても、絶対わからないのである~入社前も入社後も。
個人情報保護の考え方には、100%賛成。自分についての情報を、やたら周囲の人が詳しい状況は、煩わしくて、勘弁して欲しい。
でも、個人情報保護の名の下に、色々なことが、とても難しくなりつつあるのは確か。本来、人と付き合う、友人になる、信頼しあうなどの過程において、個人情報は、自然な形で開示しあうし、この個人情報をシェアしあうという行為そのものが、「緊密な人間関係」を意味したりする。
勿論、個人間で幾ら個人情報を交換しても、別に問題ないのではあるが、個人情報保護に対する感覚が鋭敏になり、地域でも、職場でも、個人の属性情報が徹底して保護されることは、個人の意識として芳醇な人間関係を生み出すことを困難にする傾向があるような気がしてならない。


コメント
> エカテリーナ・ボンバイア
イノキ・ボンバイエと語感が非常に似ているのですが気のせいですか?・・・そうですか。
投稿者: ANY | 2007年09月25日 14:50