世界遺産とは?
今日、TVを何気なくみていたら、世界遺産のランキングという番組を放映していた。
一位は、俺も大好き「空中都市マチュピチュ」 最初に見つけた人は、本当にビックリしたと思う。何せ標高2400メートルに、いきなり巨大都市が出現するわけだから...。 いやあ~納得の第一位だ...。
何か釈然としない感じ。世界遺産にランキングをつけるという発想は、どうなの?は、おいておくとして。最近の世界遺産は、毎週日曜夜に紹介番組があり、国営放送でも...と、所謂ブームだ。
そういえば、先日石見銀山が難しいとの前評判を覆し登録され、関係者の皆さんが、抱き合って喜んでいたシーンを見た記憶がある。
で、世界遺産って、一体何なの?俺の子供の頃には、存在しなかったものだ。登録されるの、されないのって大騒ぎをするほどのことなのか?一体何ぼのもんじゃ、世界遺産。
世界遺産へ「平泉」ヤマ場 イコモスが現地調査来年の世界文化遺産登録を目指す「平泉の文化遺産」(岩手県平泉町など)をめぐり、遺産登録の可否を決める世界遺産委員会に影響力を持つ国際記念物遺跡会議(イコモス)の現地調査が、27日から続いている。
平泉がつまずけば、「富士山」(静岡、山梨県)など、遺産登録の前提となる世界遺産暫定リストに掲載中の後続6件に影響が大きいこともあり、岩手県や平泉町など地元関係者は「平泉の価値を何としても理解してもらう必要がある」と危機感を募らせている。
世界文化遺産は、これまで国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会に日本政府が推薦したものについては順調な登録が続いてきた。しかし、今年の石見銀山遺跡(島根県大田市)の審査では風向きが一変。
日本政府が石見銀山遺跡の遺産登録を推薦したのに対し、イコモスが5月に「普遍的価値の証明が不足している」と、登録延期を世界遺産委員会に勧告したからだ。
勧告には外務省や文化庁が猛然と巻き返し、石見銀山は「奇跡の逆転」(島根県関係者)で6月、登録にこぎ着けたが、国の推薦イコール登録と考えていた岩手県は「寝耳に水の話」と焦り始めた。
さらに7月には達増拓也岩手県知事に旧知の外務官僚から「石見はなんとかひっくり返したが、平泉ではそんなことはないからな」との電話も。岩手県担当者は「今度は助けないぞという国の通告。説明を尽くせということだ」と受け止める。以下略
外務省やら文化庁が、「猛然と巻き返し」たりする、えらく俗っぽい世界がありそうだ。(公共事業への入札っぽい感じだ)
世界遺産とは、1972年のユネスコ総会で採択された「世界遺産条約」に基づき、世界遺産に登録された遺跡、景観などを言う。
登録されるためには、登録を求める地域の担当政府機関の推薦をうけ、ユネスコが評価を国際記念物遺跡会議、国際自然保護会議に依頼。評価についてインプットを受けたユネスコが、登録推薦判定をし、世界遺産委員会で最終審議をパスすれば正式登録となる。(世界遺産委員会は、世界遺産に関して話し合うための国際連合教育科学文化機関の委員会)
評価基準は、「顕著で普遍的な価値」をもつこと。
だが、その登録は、地域的に偏りが大きい。
イタリア(41件)、スペイン(40件)、中国(35件)、ドイツ(32件)、フランス(31件)など多くの登録をしている国も有れば、世界遺産条約批准184か国中、25%の国は、一件も登録されていない。
思うに、これだけ見ても、登録されるか否かは、人間臭いというか、ポリティカルな要素が強いことがわかる。(どうみても、ヨーロッパ偏重は明らか)
「普遍的な価値」があるかどうか評価をしてしまう人々とは、一体何者なのか?外務省やら文化庁が、「巻き返したり」、影響を与えることができる、「普遍性を測る評価軸」とは、何なのか?
「人類の遺産」を世界遺産登録、未登録の二つにわける基準は、不明確かつグレイな感じだが、その経済効果は、明確。世界遺産が登録されると、観光客が激増する。
非常にラフで極端な表現をすれば、「世界遺産」とは、利権。1970年代から、既に世界遺産は存在しているし、日本で言えば14年前に法隆寺地域の仏教建造物が登録されている。しかし、20年前には、誰も認識すらしてなかった「世界遺産」という言葉。ここ数年の間で、不自然なまでに、急速に浸透した。
この言葉に、意味を与え、ブランド化し、利権に変えていった仕掛け人がいる...に違いない。町おこし、地域観光振興、国や地方公共団体、旅館やお土産屋、道路工事、施設の建設、ロビー活動、メディア、広告代理店、シンクタンク...「世界遺産」とは、色々なプレーヤーの思惑が蠢く、一大巨編、人間絵巻、欲望の摩天楼なのだ...と勝手に推測しているのだが、どうでしょうか?
「世界遺産」って、かなり胡散臭いと感じているのは、俺だけなんでしょうか?

