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阿久悠とピンク・レディーの時代  このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリー参照しているはてなブックマーク このエントリーをdel.icio.usに追加

この8月1日に、阿久悠が亡くなった。

1966年から彼は作詞家としての活動を本格化。1976年8月の「ペッパー警部」以来ピンク・レディーの殆どの楽曲を、都倉俊一とのコンビで作り続けた。

阿久悠とピンク・レディーが絶頂を極めた70年代後半は、俺の14歳から17歳の期間にあたる。テレビをつければ、常に彼らが存在した時代があった。

そういうわけで、唐突ですが、「阿久悠とピンク・レディーの時代」を振り返ってみる。Don't ask me why?

そもそも、70年代後半って何が起こっていたのだろう...

ロッキード事件で田中角栄前首相逮捕
青酸コーラ無差別殺人事件
ジミー・カーター、アメリカ合衆国39代大統領に就任
巨人の王貞治が対ヤクルト戦でホームラン世界新記録の756号を達成。
ダッカ日航機ハイジャック事件
長崎バスジャック事件
日本で再放送や外国番組の放送等の一部の例外を除き、白黒放送が消滅(完全カラー放送化)。最後まで白黒放送を行っていた放送局はNHK教育テレビ。
月刊アスキーが創刊される
芸能界で麻薬使用容疑で逮捕される人が相次ぐ
成田空港管制塔占拠事件
TBSで人気音楽番組「ザ・ベストテン」放送開始(1月19日-1989年9月28日)。
日本一の高層ビル(当時)サンシャイン60完成。
横浜スタジアム完成。
新東京国際空港(現成田国際空港)開港。
京都市電廃止。
プロ野球による空白の一日起こる。
テレビゲーム「スペースインベーダー」が大ブーム。
第二次オイルショックが起こる
三菱銀行人質事件
スリーマイル島原子力発電所事故
イギリスでサッチャーが国内初の女性首相となる
イラン革命
テレビ朝日系列のアニメドラえもんと機動戦士ガンダムが放映開始。
韓国の大統領である朴正煕が暗殺される
旧ソ連がアフガニスタンに侵攻
マザー・テレサがノーベル平和賞を受賞する
3年B組金八先生シリーズが放送開始する

高度経済成長が終りを告げ、低成長期に突入。未来は、靄がかかったように不透明。学生運動で、講堂に立てこもったり、火炎瓶を投げていた輩は、豹変して企業戦士に。貧しくはないが、裕福ではない。何もいい事は起こっていない。とりとめのない時代。

思春期真っ只中の俺は、勉強をするわけでもなく、何かに打ち込むわけでもなく、不良でもなく、反抗をするわけでもなく、鬱々と無為に日々を過ごしていた。怒りも悲しみも、どこか大仰で芝居がかって感じられ、リアルな実感に欠けていた。自己嫌悪と不満足感。苛立つ俺の心を逆撫でするのが、ピンク・レディーと阿久悠だった。

ピンク・レディーは、確かに従来のアイドルとは、全く異質だった。老若男女から幅広く人気を獲得。セックスシンボルとしてのアイドルとは違い、無色透明・人畜無害な存在。衣料品、文房具、食器、自転車、食料品に至るまで、彼女達の姿がプリントされたグッズが大量に放出された。小中学生の女の子が殆ど、彼女達の振り付けをほぼパーフェクトにコピーした。

飛べ!孫悟空(TBS) ピンクレディー物語 栄光の天使たち ピンク百発百中(日本テレビ) ハローピンクレディー(東京12チャンネル) たまりまセブン大放送!(TBS) 走れ!ピンク・レディー、UFOセブン大冒険! ザ・チャンス!(TBS)+ベストテン番組...と、テレビ番組は、ピンク・レディーにジャックされたも同然の状態が暫く続いた。

ピンク・レディーの曲は、単純で、刺激的で、耳障りがよく、現実感に乏しく、刹那的だった。歌い手の人格や人間性は、全く投影されることなく、無機質なロボットのように、彼女達は歌い続けた。彼女達に罪があるわけではない。

何時までも続くかのように思えた成長と繁栄は終りを告げ、未来は靄がかかったように見えない。重たいもの、難しいものには、極力背を向け、刹那的な享楽にふける...そんな時代の空気を読みきった阿久悠は、本当のプロなのかもしれない。無意味で無目的な言葉を大量消費し、ペラペラで、チープな虚構の世界を、これでもかと作っていった。

ピンク・レディーという名のプロジェクトに関する限り、彼は何も産みださなかったし、産みだす気もなかった。ただ、言葉を、皆が飽和状態になるまで、垂れ流し続けただけだ。80年代に入ると、凋落が始まるとなす術はなかった。81年解散。

言葉だけではなく、アーティストとしてのピンク・レディーも丸四年で消費尽くした。(名曲、マンデー・モナリザ・クラブを、カメレオン・アーミーの直後にリリースしておけば、もしかすると息の長いアーティストに脱皮できていたのかもしれない)

今思うに、ピンク・レディーという存在が、あれほど俺を苛立たせたのは、自分自身をそこに感じたから。つまり、ペラペラでヘナチョコで、どうしようもない自分に対する嫌悪感の裏返しのような気がする。

「阿久悠とピンク・レディーの時代」が突然終焉を迎え、とてもカラフルな80年代がいきなり始まった。

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