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誕生日を迎えて  このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリー参照しているはてなブックマーク このエントリーをdel.icio.usに追加

信じられない事はある。事実を突きつけられても、道理を説かれても、足の裏をくすぐられても、受け入れ難いことがある。

7月24日は、誕生日で、何と45歳になってしまった。毎年、誕生日になると思う。そんなの嘘だ、何か間違っていると。テレビで、疲れたサラリーマンが映る、何かオジサンっぽくて嫌だなあと思うと。テロップに、「大前田権佐衛門さん(42歳)」。年下じゃん。凶悪犯の顔写真、なんか老けてるなあ、年齢をよくみると、38歳。年下じゃん。

俺は、自慢ではないが、永遠の14歳と言われている。(厳密に言うと、正確には、「(自分で)そう言っている」...まあどちらでもいい事だが)基本形としては、殆ど14歳以降変化をしていない。多少、精神的にタフで、大胆な開き直りが可能になったくらいで、変化といっても誤差の範囲だと思っている...。

先日の日経夕刊に郷土のニュースが掲載されていた。明治時代に、下関は国際港として隆盛を極めたのだが、その当時に建設された洋館が、未だに現存し、町の中にしっくり溶け込んでいる風景についてのレポートであった。
秋田商会という建物がある。レンガ造りで、典型的な洋風の建物なのだが、何と二階は畳、屋上には和式の庭園があるという、究極の和洋折衷。小さいときから、見慣れているので、何とも思ったことはなかったのだが、新聞に掲載された写真をみると、ちょっと粋な感じ。

旧英国大使館は、俺が小学校の時には、「考古館」という博物館で、日帰り遠足のコースであった。今回、初めて知ったのだが、アーネストサトウの奔走の結果、建設されたとのこと。赤レンガの二階の窓から関門海峡が綺麗に見える。前には、魚市場、横には八幡宮。

掲載されている写真をみて、幼いときのオボロゲな記憶が、また急に蘇った。
その当時、俺は長府という嘗ての城下町に住んでいた。緑にあふれ、土塀の武家屋敷が立ち並ぶ、大変静かで美しい町である。町の中央には、壇具川という小さな川が流れており、上流には、水車がある。川には、鯉が泳ぎ、夏には蛍が舞う。高杉晋作が、回転義挙の兵をあげたのも、乃木稀介が幼少時代を過ごしたのもこの町である。(以前も書いたが)、レンゲ畑に、ボールが入ったらホームランというルールで、よく野球をして遊んでいた。

ある夏の日、友達と遊んでいるうちに、道に迷ってしまい、いつしかかなり山奥まで来てしまっていた。真夏の日差しも傾き始め、非常に心細くなってきた。どちらの方向にいけば、家に帰り着くのか、さっぱりわからない。とにかく歩を進めると、ドンドン森の中に入っていって、薄暗くなってきた。座り込みそうになったその時、視界が急に開けた。

視界に飛び込んできたのは、小学校の運動場くらいの芝生と、その一角に聳え立つ、古色蒼然としたレンガ造りの洋館であった。二階建てで、ツタの絡まったバルコニーがあった。蝙蝠が飛んだり、吸血鬼がでたりというような、おどろおどろしいことはまるでなく、涼しげな風を感じた。同い年くらいの少年がこちらをみている。睫毛が長く、白い服を着た彼は、同じ小学校の同級生で、そこに住んでいるのだという。芝生で、二人でひとしきり遊んだ…。俺の記憶は、そこで、ぷっつり途切れている。

芝生で遊んだ後、どうやって家に帰り着いたのか、友達の名前、洋館の位置など、よく思い出せない。後に調べてみると、急速に欧米化をすすめた国際港下関の丘陵には、その当時建造された本格的な洋館が点在することがわかった。多くの建造物は、現在では主をなくし、荒れるに任せていたり、壊されてたりしている。

あれから、数回、薄ぼんやりとした記憶を頼りに「思い出の洋館」を探してみたが、未だに、糸口すら見つからない。この話しをすると、母親からは、そんな洋館はしらないけど?といわれる。最近では、あの記憶自体が、空想の産物だったのかもしれない...と思う事もある。

でもツタの絡まった洋館、広がる鮮やかな芝生、薄暗い森のちょっと湿った空気、山の匂い、見上げた時の夕陽の色...体に残った感覚は、やけにビビッドでリアルだ。やっぱり、洋館はあったし、同級生もいたのだ...そんな風に思う。

あれが、空想の産物だということは、自分が45歳でいること以上に、受け入れ難い。何故なら、真夏に生を受けた俺の、最も美しい夏の日の記憶だから...

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コメント


この年になると

いくつに なっても

同窓会に行っても

受付の人間を見て


ここは

戦友の会


かと 勘違いして

後戻りしてしまうことがあります

ほかの人から見たら

そんなに 見えるのかな??

よく 甲子園ので 戦う選手が


年下となった時


年を感じる とも いいますよね


  

同窓会に行ったら、禿でデブのオジサンばかりなので、部屋を間違えたかと思ったら、それは嘗ての同級生であったという経験があります。

歳をとるということは、かなり重いことですね

『永遠の14歳』・・・、思わず
このフレーズに吸い込まれました。私も同じフレーズを名乗る、ホントは45歳のオバサンです。

いつの間に、自分が、40過ぎのオバサンになったのやら・・・。
心は何も変わってはいないのに、と、言うより成長がないのか?、この心の置き方に。

街ですれ違うおじさんおばさんは、皆 自分より絶対 年上!と思ってしまう。(ほんとは年下なのかもなぁと思う。)

自分は、いつまでも思春期のあの頃と同じ目で物を見ていても、周りは、もう同じ目でこの私を見ている筈もなく、時間の進み方と歩いていく自分(心身共)に、ギャップを感じてるこの頃なんですよ~。

戻れないですねぇ、あの幼き日から今日までの記憶のあの日へは。
(記憶の中の景色を確かめたいと思うことがあります)

そんな事を、徒然思う45才のオバサンでした。

わかります。100%同じ感覚です。

それにしても、盗んだバイクで走り出すのは、15歳なのに、何故14歳なんでしょうか?

13でも15でもない...というのは、不思議ですけど、明らかに14歳は特別です。

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