オシムの言葉
最近、うちのエンジェルはサッカーに、強い関心を示す。
原因は、2人の魅力的な人物による所が大きい。
まず、中村俊輔。素人が見ていても、楽しいし、いつまでもサッカー少年のように、初々しくてピュアな感じがいい。
で、もう一人は、イビチャオシム。彼については、先日のカタール戦後の異常なインタビューの光景をみて、金田家内での注目度が、高まりつつある。
カタール戦は、高原のゴールで1対0でリードしていたにもかかわらず、ゴール前での阿部のファール後のフリーキックで同点に追いつかれ、勝ち点3を逃した試合。
試合後、インタビュアーが、オシムに、「1対1引き分けという結果でしたが...」と軽く振ったところから、異常なる光景が始まった。通常、試合後のインタビューでは、選手・監督は、インタビュアーに対して答えるというより、テレビカメラに向かって答えるという印象が強い。
しかし、オシムは違う。質問を通訳から聞くや否や、190センチを越える巨体を、インタビュアーに向けた。
「君は、試合を見ていなかったのかね、見ていたのかね。私は、当然ここにいたので、1対1という結果を知っている」
その後も、「一体何を聞きたいんじゃ、ボケ」という姿勢を崩さず、インタビュアーを詰め続けた。
スポーツ関連のインタビューは、質疑応答ではない。事実をインタビュアーがサマリーするのみ。その事実に対する評価、感情などを、選手・監督が察して、コメントをするという形式。「1対1引き分けという結果でしたが...」「後半に失点しましたが...」と、質問形にはなっていない。
そこには、質問者と解答者の間の暗黙の了解があるのだが、予期せぬ引き分けに完全にキレているオシムには通用しない。テレビ朝日では、試合後のオシムのインタビュアー役は、くじ引きで負けた奴が担当するというスキームを、導入するに違いない。
オシムって、本当に面白い爺さんだ。最近の発言をみてみると...
「...私を含めて代表スタッフはある程度の数学はできるので、必要なことはわきまえている」。 <アジア杯1次リーグ最終戦のベトナム戦前日の記者会見で「試合中に(同組の)UAE-カタール戦の途中経過を選手に伝えるか」と聞かれ>「...試合結果よりも、選手、スタッフが誰も心臓発作を起こさずに終えられた。...」。
<アジア杯:日本3-1UAE>◇1次リーグ◇B組◇ハノイ
気温30度、湿度87%の厳しい環境の中で勝った試合を振り返り>「お前たちはアマチュアだ。オレはプロだから死ぬ気でやっている。お前たちはそこまでやっていない。...」。
<アジア杯:日本1-1カタール>◇1次リーグ◇B組◇ハノイ
アジア杯1次リーグ初戦で、終盤にカタールに追いつかれてドロー。集中力を切らした選手を厳しく叱責した>「あなたが監督をやれば、雰囲気が良くなるのでしょう。...結果はやってみないと分からないんだから」。
<アジア杯初戦前の記者会見で「3連覇を目指すにはムードが足りないという声があるが」という質問に対して、厳しい表情で答える=2007年7月8日>
「ほかの国は20日前後準備期間があるのに、日本は30日までリーグ戦がある。疲れ切った選手とけが人を連れて大会に挑むのは、斬新なアプローチと言うしかない」
<アジア杯を前に闘莉王ら故障者が続出する状況に、オシム監督もグチっぽくなる=2007年6月25日>
「...まあ、中村さんは素晴らしいスター選手ですから、私がここで先発を予告すれば、あと1万5000人ほどは観客が増えるかもしれませんね。政府がそういう政策なら、協力してもいいかもしれません。そもそも日本では、1つのニュース番組で中村が毎回3本ぐらいゴールを決める。私が日本に来てから1500日くらいですから、5000点近く見たことになります。私が生涯で見たゴールよりはるかに多い。」
「うまくやる方法はいろいろあるが、本当にうまくやるには、Jリーグの時と同じ気合とエネルギーが必要だ。私が選手にそれを求めるのは酷なこと。ケガをしないことが第1で、それは選手も分かっているはず。この練習試合で犬死にするようなインテリジェンスに欠けた選手はいないはずだ。...」。
<日本代表合宿で流通経大と練習試合を2戦行い、ともに1-0の辛勝に終わった。Jリーグの過密日程が影響し、選手は疲労を隠せずモチベーションも上がらないままだったことに、オシム監督は選手を擁護=2007年5月16日>
「1トップ、2トップ、3トップなど戦術上、いろいろなタイプが必要になる。それに高原も入れている。あと日本にどんなFWがいるでしょう。趣味の問題もある。まあ趣味について論議してもしようがないという欧州のことわざもある。ただ大統領令とか何か外からの基準で代表が選ばれるのは良くない。イケメンだけの代表とか見掛けではなく、プレーで真の代表を呼ばないと」。
<日本代表候補合宿で、FWの選出方法について聞かれて=2007年5月15日>
「2対9。2人の方ではなく、9人の方が優先権がある。彼ら2人のためにチームがやるのか、彼らがチームに適応するのか。どちらがいいのでしょう。皆さんに聞きたい。2人も大事だが、私にとって、そのほかの選手も大事なんです。...」
<親善試合ペルー戦で欧州組の中村俊輔と高原直泰を招集。前日の記者会見で2人に質問が集中することにナーバスに=2007年3月23日>
彼は、色々な事を語っている。しかし、よく読むと一つの大きな信念が全てを貫いていることに気付く。それは、プロフェッショナルに対するリスペクト。(海外組に対する過大な期待が重荷になることを回避する配慮、海外組が異常に注目を集めることによる国内組のモチベーション低下への配慮など、非常に心細やかだ)彼の求めるプロフェッショナリズムは、どうやらインテリジェンスとデリジェンスを要素としていることも読み取れる。
そして、この2つの要素に欠ける人間とのコミュニケーションは、嫌悪ともいえる棘を含んでいる。
・勝ち点計算がらみで質問をした報道陣に、「ある程度の数学はできる」
・不用意なファールで同点に追いつかれて「お前らは、アマチュアだ」と怒鳴りつける
・チームの雰囲気が悪いといわれ、報道陣に「あなたが監督をやれば、雰囲気が良くなるのでしょう」
そして、その信念を、色々な形で表現できる、知性、ユーモア、ボキャブラリーを持ち合わせている。そして、大抵において、この表現力は、道理にあわないものへの攻撃という形で、発揮される。(サッカー協会が決めた、超過密スケジュールにたいし、「疲れ切った選手とけが人を連れて大会に挑むのは、斬新なアプローチと言うしかない」とは...)
オシムは、日本には余り存在をしないタイプのリーダーではないか?
信念はあるが、広い視野と表現力は、持ち合わせていないパターン、広い視野と柔軟性を持ってはいるが、フィロソフィーには欠けるパターン、ひらめきと実行力には優れているが、自分の行動を標準化、言語化して他者に理解させることは、出来ないパターンなどは、「あ~あ~、いるいる」という感じだが、オシムのような変幻自在タイプは、稀有な存在だ。とりあえず、彼が、オーストラリアの監督でなかったことに、明日は感謝するに、違いない。

