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2007年06月22日

お国言葉

高校関連の話題二件。

仕事がらみでお付き合いをしている人達とご会食。突然、「金田さん、ご出身は?」と聞かれた、山口県下関と答えたところ、「高校は?」とまた聞かれた。いきなり、何故高校の話?と思いながら、答えると、「僕、金田さんの後輩です」

聞くところによると、東京で同窓生に会ったのは、初めてとのこと。勿論、俺もはじめて。卒業年度は、10年以上違うのだが、ぐ~っと親近感が強くなるのは、不思議だ。(次に飲みに行く時は、必ず校歌を歌ってしまいそうだ)

でも、俺が下関出身者かもしれないと彼が感じたことは、とても不思議。理由を聞いてみた。喋っている言葉とイントネーションで、ピンときた…とのこと。

ショック。俺は、完全な標準語を使っているつもりだったのだったのだ。マーメイドに、「俺って、標準語だよね」と帰宅して、それとなく、きいてみると、「その標準語とやらは、いつ使っているの」という冷たいお言葉であった。彼女のいうには、

・そんな、もっちゃりとしたイントネーションで、標準語とは、へそで茶をわかす
・あなたの喋る言葉は、直す(片付けるが正しい…らしい)、いけん(出来ない…が正しい)、めげる(壊れるが正しい)など、方言のオンパレードだ

でも、こういうのは、まだ大したことなくて、致命的なのは、夢中で喋っているときは、我知らず、語尾に、「っちゃ」「そ」などが付く…トホホ…らしい。(下関の男性は、小さな男の子でも、自分のことを「わし」と呼ぶのも、同じくらい変だ)

実は、下関から上京した奴が、最初に浴びる都会の洗礼が、この語尾につく「っちゃ」「そ」という、愛らしいアクセサリーに対する、いわれ無き言葉の暴力、白色テロ、ファッショなのだった。
東京に進学した友人達は、クラブの先輩などに、喋っているのを遮られて、「おい、その変な語尾はなんだ?」などと言われて、例外なく笑いものにされる…らしい。

大体、夏休みまでには、矯正して、「僕は、ほんにゃらさ」などと自然にいえるようになる。しかし、帰省すると、第二の悲劇に襲われる。

俺のような田舎の大学に行った連中から、「お前の何処が、僕じゃ。~さって気持ち悪いっちゃ」とか散々攻撃をされる。挙句の果てには、「あいつは、気持ちの悪い言葉を話すので、飲みに誘うのはよそう」などと、飲みにさえ誘ってもらえなくなる。(俺の友人で、わざわざ神戸にいる友人の下宿で下関弁をリハビリしてから帰省する奴もいた)

そういうわけで、語尾については、かなり気にしながら喋っているはずなのに、この体たらくだ。

翌日、高校の東京支部同窓会が、7月末にあるという連絡を、嘗ての同級生からもらった。行った事はおろか、そういう支部があることすら知らなかったのだが、偶然、後輩にあった翌日に、タイミングの良すぎる連絡。少したじろぐ。で、未だ出席すべきかどうか決めかねているのだった。

こういう同窓会では、皆、思う存分、「そ」とか「っちゃ」とか、語尾につけて、もっちゃり喋るんだろうな…と想像すると、何か、行きたいような、行きたくないような、複雑な気持ちになってしまうわけでした。

2007年06月20日

ブログ再開

気がついてみたら、長い間ブログを書いていなかった。

忙しくて、書けなかったのではなく、書く事を忘れてしまっていた。

あれ、週が始まったと思ったら、もう金曜日かよ、4月と思ったのに、気付いたら6月になっている…なんていう事が時々ある。

そういえば、ここ数ヶ月、コンサート、映画、落語、歌舞伎などに、全く行っていない。自宅と会社を往復し、家でも仕事をし、休みは殆ど睡眠ボックスに入っている。寝ていない時は、いつも何かを考えている。唯一の娯楽は、水滸伝を読むこと…というのも、かなり偏っている。(11巻まで読了したが、やたら人が死ぬ話。もう2~3万人は死んでいる。リフレッシュには向かない…ようだ)

今日、普段は行かない路地にはいったら、感じのよさそうな喫茶店。アンティークが上品に並べられ、暖かでちょっと抑制された照明、適当な音量でジャズが流れている。上品な初老の婦人の声が微かに聞こえる。

夏の陽射しと湿度と喧騒に満ちた銀座からは、隔絶された、涼やかで、静かな空間が地下二階には広がっていた。アイスコーヒーを飲みながら、煙草を一服。その時、猛烈に疲れていることを、自覚した。

色々な懸案や課題を抱え、頭がくるくる回転し続けていたようだ。 唐突に、脱力感がして、思考停止状態に陥いった。何も考えられず、何も考えず、ぼんやりと真っ白な感じで、どこかフワフワした感覚。静かで、平和で、大きな風景が目の前に広がっていくような気分だ。何だか、やけにリラックスしている

かなり長い時間、そのまま、のんびりと佇んだ後、ふっと我に返り時計を見る。5分しか経過していない。芥川竜之介で、類似の話があった気がするが、永遠のような一瞬だった。

昔勤めていた会社で、理事の方に可愛がって頂いた。もう既に、60歳近くで、社内でも天才エンジニアという評判の高い人だったが、ナマイキでやんちゃなところを愛でていただいたのか、色々優しく丁寧に教えてくれた。

ある時、キングギドラのように、複雑な動きをするアセンブリロボットをみて、「金ちゃん、こういう無駄に複雑な動きをするロボットは、すぐに壊れて使い物にならなくなる。真横、真下というような、シンプルな動きで、複雑な業務をこなせるよう、エンジニアは頭を絞らないと駄目だ」と言っていたことを思い出した。

人間の頭も、同じなんでしょう…恐らく。

複雑な思考を長期継続すると、壊れて使えなくなる。色々な物事を、シンプルに捉えて、シンプルに解決する。そして、必ず、休む~ロボットも、一定期間でメンテを入れないと駄目なように、人間も真っ白になる時間が必要なんだろうな…とつらつら思いました。

というわけで、ブログを再開できたのだった。(書いているときは、深く考えず思いつきだし、無推敲主義者でもある。そういうわけで、中身がプアーなわけだが、そんなことは、気にしない)

2007年06月15日

サッカーの醍醐味とは

サッカー選手のインタビューを聴くと、いつもムカッとくるのは、俺だけか?

「システムが機能していなかったので、またコミュニケーションをとって、ポジショニングを確認したい」
「中盤からのプレスが効いてなかった」
「ワンタッチプレーから、ディフェンダーのバックをとる攻撃ができなかった」
「ラインの押し上げが、弱かった」
「ポストプレーができなかったので、前線に楔が打ち込めなかった」

何かこう、小利口な理屈を言ってくれる。実際には、

・相手の選手より足が遅かった
・強いパスを、キチンと止められなかった
・ゴールが小さすぎる~幅と高さが、50Mくらいのサッカーゴールでないと、シュートが枠にいかない(駒野か!!)
・人のいないところに蹴る癖がある
・キープ力が皆無だ
・どうしても、相手選手にパスしてしまう

な~んていうのが、本当の理由だったりするのではないか(端的に言えば、サッカーが下手だ…ということなんでしょう)

何時のころからか、わからないが、「システム」だの「プレス」だの、尤もらしいことを言う選手が増えてきている気がするのだ。

その点、野球選手は潔くよくていい。「来たボールを、思いっきり振りました」「キャッチャーミットめがけて、一生懸命投げました」(俺の故郷にある野球名門校では、レギュラーで、アルファベットが全部書ける奴は、殆どいない…といわれていた。が、サッカー名門校のレギュラーでも、同じようなものではないのか?)

俺は、野球派か?サッカー派か?と聞かれると(誰も、そんなことは聞かないが)、断然、野球派だ。

ただ、サッカーって凄いと思うことが一点ある。それは、野球だったら絶対中止するような悪天候でも、雪でも雨でも、風が吹いても、試合をするところだ。「やると言ったらやる」という、覚悟というか、むこうみずなところは、とても好ましく思っていた…が。

モラレス大統領 高地で“抗議”プレー  スポーツニッポン 6月14日

 高地での国際試合を禁じた国際サッカー連盟(FIFA)の決定に対し、ボリビアのモラレス大統領が文字通り「体を張った」抗議を続けている。12日には標高6000メートルの雪山の中腹でプレー。米CNNの映像によると、サッカー好きで知られる大統領も、この日はさすがに動きが鈍く、雪に足を取られて転ぶメンバーも続出した。

 FIFAは2500メートルを超える高地での試合について、呼吸困難など健康上の問題を理由に禁止。主要都市ラパスが標高約3600メートルの高地にあるボリビアなど南米のアンデス諸国は反発している。共同電によると、大統領は報道陣を引き連れて国内の5000メートル以上の高地を繰り返し訪問。サッカーをして「ここでもプレーは可能だ」とアピールしている。

テレビ放映料を得るためであれば、真夏の午後二時に試合を組んだりするFIFAが、「選手の健康上の理由」など口にするのは、ちゃんちゃらおかしいではないか?熱中症や脱水症状になる可能性などを考えると、2500メートルを超える高地での、涼しい時間帯での試合と比較して、どちらが健康に悪いかは明白…ではないの?

2500メートルを越える試合を禁止をしたら、アンデス諸国では、ワールドカップは開催しないと言っているのと同義だ。負けそうになるとルールを変えるという、ヨーロッパ的発想としか思えない。(ジャンプで負けると、スキー板の長さに制約をつける。複合で負けると、ジャンプのウェイトを下げる…など)

水の中とかジャングルの中で、サッカーをやろうと言う話ではない。「どこでも、どんな時でも、試合はする」というサッカーの持っているワイルドな良さを大きく損なうと、俺は思う。

その点、モラレスは偉い。5000Mだろうが1万Mだろうが、そこにスタジアムがあり、サッカーボールがあれば、試合すべきなのだ。そして、それがサッカーの醍醐味ではないのか?

ボリビアは、ホームゲームでは無敵らしい。(血中ヘモグロビンの数が違う)それが不服なら、高橋尚子と一緒に高地トレーニングをすればいい。

2007年06月13日

A Story for Smokers Only

景色のいい所で、煙草を吸いながら、ぼんやりしているのが好きだ。

きっと、第三者からは、マリファナかなんかやっているのではないかと見えるかも。割と、恍惚として、静物のように佇んでいるから。大学の後輩で、俺が煙草を吸っているのを見て、余り気持ち良さそうなので、吸い始めた奴がいる。

もう十数年前、工場事務所の屋上で、ぼんやりと煙草をくゆらせていた。

鋳物の製造過程で樹脂に熱を加えるのだが、その際に発生するガスの何ともいえない匂いが、かすかにする。空は青い。地方都市の全景が、その場所からは見渡せる。俺のお気に入りスポットで、時々ここで、煙草を吸いながら、黙って景色をみていた。

同期入社の女の子が、いつの間にか、横にいて、セブンスターに、シュポっと火をつける。大きく、吸い込んで、吐き出して。彼女は、静かに、「金ちゃん、私、会社辞めようと思うんだ」

同期入社して、7~8年経過している。彼女は地元の高校から入社して、今は同じ課で働いている。失恋したり、大きな怪我をしたり、偶然、大人になる過程に居合わせた。退職の意思をもっていることは、何となくわかっていたので、驚きはしなかった。大学出たばかりで、この工場に配属され、それから色々あった数年間の思い出が、フラッシュバックする。

「そうか…」俺は、大学の時から、頑なに吸い続けているキャスター(大学一年のときに、広島で限定発売を始めた商品なので、それ以来吸い続けている~今はキャスターマイルドだけど)の二本目に、火をつけた。

後は、二人とも、無言で煙草を吸い続けた。白い煙が、青い空に溶けていく。俺の頭の中で、RCのトランジスタ・ラジオが流れ始めた…

これは、珍しく、完全なる実話なのだが、このシーンで、煙草がなかったら、苦しいぞ。悲しいとき、苦しいとき、別れるとき、別れ話を切り出すとき、哀愁の町に霧が降るとき…、煙草がなかったら、カッコがつかないでしょうが。

最近、ノンスモーカーが増えている。特に青年男子にその傾向は顕著なわけだが、この人達は、どうやって、こういう人情の機微満載の状況を、煙草なしに乗り切っているのか?

泣きたいような夕陽があって、愛すべき人々がいる、カチッというライターの音は、ドラムのスティック。煙草の火が灯されるとき、美しい音楽が流れる…のではないの?

最近、マンションのエレベーターの中に張り紙。「ベランダで、喫煙する人がいますが、周囲の方から迷惑との苦情が寄せられていますので、ご留意いただくようお願いします~居住者組合」

ノンスモーカーには、俺の勝手な統計的分析によれば《サンプル数が少ないが)野暮な奴が多い。こういう奴らは、大抵、スノッブな店で、面白くもない噂話でもしながらワイン飲んだりしているに違いないし、ちっぽけなプライドを守る為に、小理屈つけて、無理無理自己肯定に必死だったりするのだ。(こうなると、妄想か)

バーガーキング再上陸

バーガーキングが、日本に再上陸する。

前回は、JTや西武鉄道と組んで日本に進出したが、マクドナルドの「平日65円バーガー」という超低価格戦略に,敗れ去って撤退。

今回はロッテ、リヴァンプが共同出資をした日本法人が、米国本社とフランチャイズ契約を結んで出店する。

ハンバーガーチェーン市場は、2006年度で6070億円。マック69%、モスバーガー17%、ロッテリア7%、その他7%というシェア。2000年は、6500億円を越えたが、その後は減少。2004年から再び上昇に転じたが、2010年には、6200億円に達する程度の見通し。つまり、微増傾向。

また、メタボリックシンドロームなどへの注意が高まり、高カロリーであるハンバーガーという製品は、余りアピールしないのではないかという意見もある。実際、健康コンシャスな人は増えている。

市場成長性や商品としての魅力を考えると、現時点での再上陸については、ちょっと首を傾げてしまう。

今回、バーガーキングが再上陸の切り札として用意したのが、日本限定の特大てりやきバーガー「テリヤキワッパー」(税込み390円)。マクドナルド「メガてりやき」(330円)、モスバーガーの「テリヤキバーガー」(300円)と比較すると、高い。

つまり、バーガーキングは、価格よりも、質を重視する、大型・高級バーガーというドメインがあるという認識でいると推測できる。しかし、外食産業の中でも、最も大衆性が高く、「安くて、速い」が売り物と思われるハンバーガー市場に、果たして、そのようなドメインが存在するのであろうか?甚だ疑問。

以前、米国人の友人が、マクドナルドとバーガーキングの違いを端的に言えば、手や服を汚さずに食べられるか?どうかだと言っていたが、実際バーガーキングのワッパーは、日本人にはでかすぎないだろうか?

勿論、日本市場限定商品である「てりやき」を用意したことは、日本人の嗜好にフィットしようという意思の表れであるとは、思う。しかしながら、日本人の嗜好に合わせた商品開発という観点から言えば、先行社である、マクドナルド、モスバーガーなどのノウハウの蓄積には敵わないのではないか?

また、高級・大型バーガードメインが幻想であったとき、フレキシブルに戦略を変更出来るかどうかも、疑問だ。というのは、出資社であるロッテのロッテリアと、戦略が被ってしまうことが、充分考えられるからだ。また、前回撤退した際は、米国本社とアライアンス先であるJTの間には、かなりの確執があったと噂される。フランチャイザーである米国本社にたいし、フランチャイジーである日本法人はどこまで権限をもって、日本化戦略を進められるか非常に疑問。

いちいち、米国本社にお伺いをたてないと、商品開発や価格戦略を実施できないような状況では、日本のコンシューマーマーケットで勝利することは程遠い。

というわけで、俺は、バーガーキング再上陸は失敗するほうに、一票です。


2007年06月12日

水滸伝に、はまっています

俺が高校時代、劣等生だったのは、確かにヒドイ高校に通ったからだが、実は俺自身の問題もある。かなり。

試験前になると、何故かわからないが、面白い小説に遭遇してしまう。ジャックヒギンズだとか、87分署シリーズとか、ホーンブロワーだとか…古文法や地学の勉強など、つまらなくて、全くやる気にならない。

ワクワクしながら、一気に読み上げた時には、東の空が明るくなり始め、雀がチュンチュンないていたりする。でも、試験勉強は何もしていない。恐怖と絶望。虚しさと自己嫌悪…。

俺は今、北方謙三の水滸伝に、どどどど~んとはまっていて、日常生活に色々な支障が出始めている。通勤電車で読み、食事の前に読み、家で一仕事しようと思う前に、「ちょっとだけ読もう」なんていう誘惑に、いとも簡単にはまる。結果としては、過去の経験は活かされることなく、高校生のときと同じ過ちを繰り返している。(19巻あるのだが、4日で6巻を読んでしまった。)

ご存知のように、北方版水滸伝は、オリジナルをベースに、再構築したもの。まだ、途中だが、これまで読んだ歴史小説の中で、トップクラスであることは、間違いがない。

その凄さは、登場人物が個性的で魅力的であることに尽きる。皆、何か哀しみを背負いつつ、懸命に、生き、死んでいく。強者もいれば弱者もいる。共通なのは、志と友情を守る為、生命を燃焼させること。

主要人物数が異常に多く、当然と言えば当然だが、全員中国名なので(李立、李俊、李雲って、李がつくだけでも、5~6人はいる)、頭は麻痺寸前。しかも、登場人物夫々が、愛憎、離別、冒険、暴力、戦闘、信頼、絶望…のドラマ性を持つ。もう、ガシガシ読み進むっきゃない。

それにしても…、最近、中国関連ニュースと言えば、有毒歯磨き粉を製造し、「医薬品には出来ない」咳止めシロップで100名以上を死亡させ、ゴミを漂白して作ったナプキンや、ゴミのなかから回収した爪楊枝を再販し、ミッキーマウスのコピーを耳の長い猫と強弁するなど、信じ難いことばかり。

この名作を生み出したのと、同一民族の所業とも思えない。 こういう拝金主義の輩は、豹子頭林沖の槍で、数百人一挙に串刺しにされたり、九紋竜史進に棒で滅多打ちにあって、頭が二つに裂けてしまうんだが…あくまで水滸伝の世界では…ですが。


2007年06月07日

Catch them, if you can!!

公私共に、多忙な俺は、肉体的、精神的なスタミナが切れかかっている。

ただ、ここからが本領発揮なのだ。生の極限に達した時に、発揮されるのが,本当の力だ…と最近読んでいる北方版水滸伝にも書いてあったぞ。(因みに、北方版水滸伝は、抜群に面白い)

で、そういう事とは、何の関係もないのだが、俺はとても猫好き。大学の時に乗っていた自転車には、Lonesome Cat号と名付け(このブログのURLであるhttp://voice.fresheye.com/lcat/のlcatはLonesome catのことだ)、現在は、お喋りネコちゃんとマーメイドに言われているのは、以前書いたとおり。つまり、ネコを愛する余り、自らネコちゃんみたいに、愛らしく、気まぐれで、我儘放題なのであった。

さて、ネコ好きにも色々あって…。俺の友人は、ある地方都市近くの絶海の孤島で工場経営をしているが、その社員の一人は(仮にここでは、キャットマンと呼ぶことにする)大変なネコ好きで、工場の一角で、野良猫に餌付けを始めた。そのネコが、子供を産むやら、仲間を連れてくるやら、不倫騒動でもめるやら、煙草を吸って出来ちゃった婚をするやら…とにかく、あっという間に7~8匹の野良猫が工場敷地内を闊歩するようになってしまった。

江ノ島に行ったことがある人はご存知と思うが、かの地には、野良猫でありながら、非常に恰幅がよく、人間のことなど、歯牙にもかけない、高貴なネコ(a cat of catsとでも呼べばいいのか??)が沢山いて、悠然とお昼寝をしていたりする。

が、大抵の野良猫というのは、食い意地がはっている。以前、俺の実家に侵入した猫は、ブリの煮付けを食べようとして、鍋ごとひっくり返して、頭を打ったりして…ざまあみろ。
友人の工場敷地内に住みついた猫も、そのあたりは浅ましく、近くにある魚市場から、お魚くわえてサザエさん…なのであった。そして、追いかけられると、その工場に逃げ込む。

近所の被害者の皆さんからは、友人が会社ぐるみで、泥棒ネコをかくまっているとしか見えない。そういうわけで、真面目で優しい俺の友人は、地域住民から激しいバッシングを受ける破目に陥ってしまったのだ。

でも、ネコ好きキャットマンは、餌付けをやめようとしない。思い余った友人は、キャットマンに「周囲に迷惑がかかるので、保健所にきてもらい捕まえてもらうことにしたので、了解して欲しい」と告げた…。

で、キャットマンは、どうしたでしょう?というのが、問題です。
1)上司のいうことなので、渋々従った
2)自分で引き取るといった
3)深く反省し、迷惑をかけた近所の人に、謝りに行くといった…さあ、どれでしょう?

<答え>
キャットマンは、逆上し、上司である俺の友人に向かって、こう言い放ったのだった。

"Catch them, if you can!! I don't think that you can"

余りに、挑戦的で、ハードボイルドな、シャウトに、友人とその場に居合わせた友人の奥さんは、言葉を失ったのだった…という話しを、先日友人から聞いて大笑いしてしまった。

(え~と、実際には、日本語で言ったわけだけど、横文字のほうが、何となく感じがでるかなあ…と思って、俺が勝手に英語にしてみました。)

そういうわけで、キャットマンはデュカプリオになってしまい、決め台詞をかました…というのが、回答です。

ネコの魅力は悪魔的だ。普通のオッサンを、常軌を逸した行動に走らせる。
でも、ネコがのんびり昼寝をしている海辺の工場って、ちょっといいかもなんて思ったりもする。

ネコ去りて 出会いと同じ 春の海

(Kさん、御免なさい、許諾を得ることなく、ブログに書いてしまいました)

2007年06月03日

意表をつく出来事

ここ数週間で、意表をつかれたことを幾つか。

まずは、年金記録問題。
1997年に基礎年金番号が導入されたことに伴い、本来は公的年金加入者一人につき一つの記録に統合されるべきだったのに、統合されないままの記録が5000万残っていること。
未統合の影響だが、受給年齢である60~79歳の記録が1900万件は、確実に支給額に影響を与えている。また、生年月日が不明の記録も約30件あるらしく、このうちのある割合は、既に支給額に影響を与えていることになる。

社会保険庁の問題はこれだけではなく、未納分の保険料を過去にさかのぼってまとめて納付する「特例納付」の記録が社保庁に存在しないケースが多いことも判明。記録がなければ年金額にも反映しないので、特例納付は払い損ということになる。(2001年4月から2007年2月までの6年間で、受給者の申し立てにより年金額が変更されたケースが約22万件もある。)

これら、事実をまとめると、
・未統合 約5000万件
・そのうち受給年齢に達した人関連 1900万
・特例納付データが社会保険庁に残っていないケース多数
・2001年4月から2007年2月までの6年間で、年金額が受給者クレームで変更…22万件

政府は
1)社会保険庁の廃止・解体6分割案を断行
2)既に年金受給しているデータと正しい値とのチェック及び本人確認実施
3)5年超の過去分の支給漏れが時効で消滅しないように、特別立法化…を図ると言っている。

意表をつくのは、処理自体は粛々と公正に行われているのを疑うことなく、源泉徴収されていた年金への信頼性が、幻想であることが露呈したことだ。
未統合だったり、消えたりしたデータの多さとその生活にたいする重要度の大きさには、驚きを通り越して、国としての根幹が緩んでいることを感じる。

この未統合やデータ消失などは、どうして起こったのか?誰に責任があるのか?が、さっぱりわからない。ただ、推測できるのは、少なくとも、1997年基礎年金番号導入以来、長期間にわたって、行うべき処理が滞り、かつその問題を認識し対策をたて実施するという機能は動かなかった(もしくは、元々そういう機能が無いか、極めて弱い)…ということ。

また、特別納付データについて言えば、「多数存在」ということだけで、件数すらわからない…とすると、1997年以前から、体制的に問題があったのかもしれない。

「機能」「体制」と書くと、あたかも機械の故障や不具合のような無機質な印象となるが、実際には、この事象を引き起こしたリーダーと、実際に結果としてサボタージュを行ったメンバー…という人間の問題だ。「社会保険庁の廃止・解体6分割案を断行」は、いいが、まずは、この人間の問題を明確にし、罰するべきは罰するという毅然とした処置をとるべきと思う。でなければ、誰も納付などしなくなる。

もう一つ、意表をつかれたのは、「TSUBARU 4 -未来へー」という津軽三味線のCD。三味線といえば、芸者をあげて、♪金毘羅舟舟♪というイメージしかもっていない邦楽音痴の俺だが、本当にびっくり。三味線は、本当にかっこいい。もう、金毘羅舟舟なんて言っている場合ではない。エレキギター、ベース、シンセサイザーと絡んでも、圧勝。音が独特で、自己主張がやたら強い。破壊的なまでに美しく、衝撃的。

このブログも、音量マックスで聴きながら書いているが、津軽三味線は、弦楽器というより、打楽器と弦楽器の中間にあるような感じで、撥を叩きつける感じが妙に力強い。テンポが速く、音数がやたらに多い。(BGMには、かなり不向きだ。頭が、グゥアン、グゥアンする。因みに和太鼓もこうやって聴くと、腹にズドーンと響きます)
3曲目のHard Wiredが最もお気に入りなのだが、本当にロックしている感じ。

絶対にライブを観にいこうっと。