最近のリクルート活動状況について
以下は、Ohmynewsに掲載された、今年のリクルーティングに関するレポートである。
「売り手市場」で学歴重視の囲い込みが活発に リクルーター制、大学別説明会、「抽選」…策はさまざま 佐木公延 2007-02-19 07:54 就職活動、真っ只中の時期である。私は、来たる3月卒業予定の慶應義塾大学生。2007年4月入社組として就職活動を行った。昨年4月の内定まで、OB訪問は計16人、業界も多岐に渡った。売り手市場となっている就活の実態を報告する。 ■「エントリーシートは見ていない」 2006年3月の平日、夜8時。JR東京駅丸の内北口改札前。リクルートスーツを着た何人もの大学生が、ひとりで立っている。ほどなくして、比較的若いサラリーマンがひとりずつ迎えにやってきて、丸の内の闇夜に消えていく。これは、日本生命が伝統的に行っている「リクルーター制」の風景だ。 リクルーター制とは、リクルーターと呼ばれる若手社員が、入社を希望する同じ大学の後輩と社外で非公式な面接を繰り返して採否を決める制度。翌年4月入社の大学生のリクルーター選考は、3月頃にピークを迎える。このリクルーター制は一般の公募と異なり、偏差値の高い有名大学学生だけに開かれたルートである。私自身、就活中の2006年2月に、2回ほど同社のリクルーターと接触した。その人は「採用枠のほとんどがリクルーター(制で接触する学生)で埋まる」と言っていた 同社採用ホームページでは「エントリーシート(志望動機や自己PRを書く履歴書のようなもの)にて書類選考を行う」と述べられているが、私が接触したリクルーターは「学生のエントリーシートは基本的に見ていない」と語っていた。エントリーシートの内容より、学歴が重視されているのだ。■実は選考されていた!OB訪問
1回目の接触では、入社3年目の、大学サークルOBと会った。サークルOB名簿から先輩と連絡を取り、日本生命に関心を持つ同じサークルの同期4人で訪問した。いわゆる「OB訪問」で、サークルOBに、仕事についてのお話を伺うという趣旨の食事会になった。
そのOBは「選考とは関係ない」と私たちに説明し、私たちもそのような解釈でリラックスして、食事を楽しんだ。しかし、5人のうち私を含めた3人だけ
に、次の「OB訪問」の案内が来たのである。この時点で、連絡が来なかった2人は、日本生命の選考から外れたことになるのだ。
このように日本生命は、事前に選考を行っているという趣旨を伝えず、不透明な選考基準で採用を行っている。私には連絡が来たが、連絡が来なかった2人は、激しい憤りを感じていた。人生の選択そのものといってもよい職業選択の時期に、学生も自分にあった企業を見極めようと必死になっている。本気で日本生命に入社したいと思っている学生からすれば、このような選考で入社への道が閉ざされてしまったら、不条理を感じずにはいられないであろう。
■偏差値で集合場所が異なる
生保業界2位の規模を持つ第一生命も、リクルーターによる選考が盛んに実施されている。私の場合、エントリーシートを提出後、人事から「今後の選考にあたって重要な『個別セミナー』のご案内です」という電話がかかってきた。待ち合わせ場所は、第一生命本社の目の前にある帝国劇場。私を含む多くの学生が、その場でリクルーターの面談を待っていたのだが、不思議なことに、そこに居合わせたのは慶應と早稲田の学生のみであった。
明治大学の友人に聞くと、「俺はニッポン放送前で待ち合わせだったけど、そこにはMARCH(明治・青山学院・立教・中央・法政)の学生しかいなかった。早慶とMARCHで、きっとリクルーター選考の待ち合わせ場所も、通過率も異なるんだよ」。会場となった新有楽町ビル地下の喫茶店は、第一生命の「個
別セミナー」の学生と、第一生命の社員で、ほぼ満席となっていた。■倫理憲章は守られない
日本経団連は、就職・採用時の混乱を避けるため、2004年度からは賛同企業連名による「倫理憲章の趣旨実現をめざす共同宣言」を公表している。2007年度は844社(前年度888社)が賛同し、そこには日本生命の名も記載されている。
倫理憲章では、「採用選考活動の早期開始は自粛する。まして卒業学年(4年制大学の場合4年)に達しない学生に対して、面接など実質的な選考活動を行うことは厳に慎む」というルールが掲げられているが、守られていない。JR東海は学生が3年生であるうちにリクルーターによる選考活動が実施されていた。私自身が参加したのだから、間違いない。これら企業は、3月末までは社外の喫茶店やホテルの一室でリクルーター面談を繰り返し、ある程度学生を絞る。そして4月に入ってから会場を会社内に移し、公式の面接を実施する。あるいは、リクルーター選考での結果だけで判断し、4月1日に内々定を出してしまう企業も多い。
このように、「個別面談」「公式OB訪問」といった名目で実施されるリクルーター制は、「自分が選考を受けているかどうか分からない」「自分が選考のどのステップにいるのかが不明」といった不安感を学生に与える。学生からみると、いつ合否がくるのかわからず、他企業の選考状況との兼ね合いもあって、たいへん困る。
中略■大学限定の会社説明会、抽選名目による大学別の選別
リクルーター制以外でも、学歴による待遇の違いを実感した。それは、特定の大学生向けにこっそり開催される会社説明会だ。私が把握しているだけでも、みずほフィナンシャルグループ、トヨタ自動車、富士通、JR東海の4社が、「慶應義塾大学生限定・会社説明会」を開催しており、私自身も参加した。
こういったセミナーの開催は大々的に告知されるものではなく、就職ポータルサイト「リクナビ」などを通じて、該当する学生のみに参加が呼びかけられる。あるいは、説明会に参加する学生を、「抽選」という名目で、実質は裏で大学名によって選んでいると思われる企業もある。私自身、抽選方式のセミナーに10社近く応募した。NTTドコモ(2回の説明会が両方とも抽選方式)、住友商事、丸紅、JR東日本、読売新聞社などが「抽選」と表記していたが、不思議なことに1度も抽選にもれなかった。ただ単に幸運であったとは考えにくく、「慶應」のブランドが有利に働いたのだと思う。
以下略
この筆者は、
・OB訪問で選考はあらかた終わってしまう
・選考しないといいつつ、OB訪問で既に評価されている
・エントリーシートを、リクルーターが見ておらず、学歴、大学ブランド重視
・倫理憲章は守られず、青田刈が進む
で、OB訪問で、騙し打ちにあったように、篩いにかける状況を「不条理」に感じていらっしゃるようだ。
俺は、以前一部上場企業の社員だったとき、自分の出身大学のリクルーターと本社でリクルーターをやった経験がある。その観点から言えば、「オープンエントリー」「学歴不問」「人物重視」といった話は、残念ながら、建前だけの話。
大体、リクルーターといっても、学生に毛の生えたような連中だし、人事だ何だといっても高々しれているわけだ(人事の人のなかには、自分には、人の本質を見抜く眼力があると、根拠のない自信をもっていたりすることが、ままある。誠に笑止)
ニ、三回あった位で、人間を見抜くなんて事は、実際、不可能である。よって入学時の偏差値で見るほうが、適切な人員採用確率が高いというのが、かなりの部分で、大企業人事の本音ではないかと思う。
このレポートにあるように、リクルーター制によるOB接触が行われるのは、実績のある大学に限られる。旧帝大、早稲田慶応上智、マーチ(明治、青山、立教、中央、法政)地方国立なんていう暗黙の序列に従い、当該大学の学生のみが対象である。
勿論、OB訪問が、面接とは無関係な気楽な歓談に終わるわけはない。OBは、「選考とは無関係なので気楽に...」などというわけだが、忙しい会社員が、時間を使っているのである。勿論、評価はするに決まっている。そのまま、真に受けて、「不条理」なんて言っていると、会社に入ってから起こる、何千倍の不条理さには、腰を抜かすことになる。(と言っても、大体の学生は、割りと楽々と順応するのであるが)
俺の在籍した会社の採用人数は少なかったので、学校によって集合場所が異なることはなかった。しかし、そういう話は、別の企業に就職した友人から良く聞いた話である。料理に海老フライがついている、ついていない。拘束場所が、海外か?国内か?などの違いが歴然なんだそうな。
そういう大学別の差別がないかわりに、内定者に東大とか一橋がはいってないと、人事部のほうも面子が立たない様子であった。「とにかく、一橋つれてこい」というような雰囲気は、ビンビン感じられた。また、旧七帝大に関する評価は、その人物に対する評価とは全く無関係に、高い。(どこが、人物重視じゃ...という話)
また、これは偏見ではなく、所謂偏差値の高い大学出身者のほうが、最初の配属の段階では非常に有利なポジションにいる。ただ、入って使い物にならない場合は、どちらにしても駄目なので、セーフティリードになるほどではない。(セーフティリードになる会社もあるらしい)
纏めると、日本の大企業では、色々御託は並べるものの、入学時の偏差値が高い有名大学出身者にとって、非常に有利である。また、入社当初は、確実に、他大学出身者よりベターな環境が与えられる。全然横一線ではない。しかし、入ってからのパフォーマンスによって、挽回は可能...かもしれないという世界というのが、フェアな表現になるのでは...。
こういう事を、不平等、不条理と思い納得できないのであれば、最初からこういう企業を目指さなければいいだけ...だと思う。勿論、大学のブランドであれ、親の七光りであれ、コネであれ、使えるものは、全て使ってよし。何か、「その場所」でやりたい事があるのであれば、「その場所」に到達する為に、有効な手は全部打つべきだと思うわけである。

