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2006年11月30日

アメリカ

日本が大好きだ。海外に行ってみたいとか、暮らしてみたいとか、これっぽっちも思わない。出来れば、全部自転車で事足りるような田舎で、のんびり暮らしたい。海外旅行するくらいなら、のんびり温泉でも行きたい。

そういう超ドメスティックな俺なのだが、交換留学をしたり、何故か外資系企業に勤めたり、海外出張が頻繁にあったり、片言の英語でプレゼンをする破目に陥ったり…ということが多かったのは何故なんでしょう?

昔、交換留学でニューヨークの片田舎にいたころ,丁度イラクがクェートに侵攻し、戦争になった。シャツ工場がメインの産業である、寂れたその地域からも、多くの若者が戦場に送られた。黒人の母と息子が出征を前に、抱き合って泣いているシーンが焼きついている。

外資系企業の本社は、ニューイングランドにある常に鈍色の雲が広がる街だった。所謂企業城下町なのだが、不況の為、閑散としており活気がない。オフィスから、ホテルから、非常にみすぼらしい身なりの男性がトボトボ歩いているのを何度かみかけた。

アメリカという国のイメージは、一般的には、豊かで開放的で明るくて…という感じなのかもしれないが俺の頭にこびり付いている風景は、ひたすら寒々している。

堤未果さんというジャーナリストによれば、アメリカのホームレスは350万人に達し、そのうち50万人は、PTSD等により社会復帰できないイラクからの帰還兵で、多くが注射の打ちまわしでHIVにも感染している。人口約3億人だが、うち10%にあたる3100万人が飢餓に瀕しており、健康保険のない人口が4500万人。

イラクの前線で闘っているのは、貧困層が多いエリアから、軍のリクルーターに言いくるめられた貧しい純朴な若者達だ。

貧困と差別、殺伐とした風景、寒さに震えながらさまよう人々…それは確かにアメリカの一面であろうし、僕が実際に見た風景ともオーバーラップする。

2006年11月28日

造反組復党問題

自民党の造反議員のうち、平沼氏を除く11人が復党した。

復党した11人は、昨年の総選挙の政権公約に全面同意し、安倍首相の所信表明を全面支持することを約束した誓約書を提出している。
 
つまり、郵政民営化にも賛成しているし、現政権のポリシーにも同意、元々それ以外の政策的には余り変わる所がないので、違う政党にいるほうが不自然に思えるのだが…。勿論、郵政反対を唱えて当選した議員については、その姿勢を問われることになるが、自民党自体が批判されるのは、いかがなものなのであろうか?(筋を曲げた議員のほうを批判するならわかるが…)

民主党の小沢氏は、「自民党はその場その場で何でもありの政党だ」と批判している。が、批判になっていないのでは?

元々、自民党というのは、派閥そのものが独立した党のようであった時代もある。思想、政策的にも、タカ派からハト派まで、親中から親台湾まで、改憲派から慎重派まで、皇室典範も男系維持派から女系容認派まで、靖国参拝派から反対派まで、幅広く揃った党で、そのあたりは、思いっきりフレキシブルな(というか節操のない)党である。。(民主党の右半分は、自民党員になるほうが自然なくらいだ)

「何でもあり」は自民党の特徴であり、そのあたりのグレーゾーンが極端に広いところが、一般大衆の支持を広く受けている理由ともいえる。

どうも、つっこみ所が違うって思うのだが、どうだろう。「何でもあり」なんて言っても、小沢氏の自民党在籍時の所業に比べれば…ねえ


2006年11月27日

イラクの反政府勢力

イラク問題は、既に泥沼化をしている。

報道によると、反政府勢力は、かなり潤沢な資金源をもっているらしい。

イラクのテロ組織、原油・身代金で年2億ドル…米紙  【ワシントン=坂元隆】ニューヨーク・タイムズ(電子版)が26日、同紙が入手した米政府の秘密報告書の内容として報じたところによると、イラクのテロ・反政府勢力は原油の密輸や拉致などの違法行為により年間7000万~2億ドルの資金を調達し、外国の支援などに頼らず自前の資金で活動を継続することが可能になっている。

 報告書はホワイトハウスが中心となり、中央情報局(CIA)や連邦捜査局(FBI)などの情報をもとに6月に作成された。テロ・反政府勢力が、米国のイラク進攻からしばらくは、サダム・フセイン旧政権の秘匿資金などで活動していたものの、その後、原油の横流しなど不正行為で年間2500万~1億ドル、拉致被害者からの身代金で年間約3600万ドルなど巨額の資金をかせぐようになったという。

 報告書は、テロ・反政府勢力が余剰資金をイラク国外のテロ組織に流す可能性にまで言及している。

(2006年11月26日23時39分 読売新聞)

2億ドルということは、年間200億円以上。密輸や身代金ということなので、人件費以外は、殆ど原価がかからないとすれば(原油の横流しは、手数料をとるという感じであれば、粗利率は低いか?)かなりの資金を自由に使えるということになる。

また、テロ・反政府勢力というのは、小さな勢力があり、夫々が別個に活動しているという印象をもっていたが、この報道を読む限りでは、それらは、あたかも一つの会社のように、この金を循環させているように感じられる。情報と資金を、統一されたコントロール機能をもって、その末端成員まで流すことができる組織が存在するのであれば、イラク問題は更に悪化し、複雑化する可能性が強い。

ある種バーチャルな会社組織、もしくは国家ともいえる組織があるのにもかかわらず、リーダーの顔も、組織の全容も見えない。しかも、この組織が、米国を含めた西側諸国に対するテロを目的としており、命知らずの狂信的な成員を数多く、世界中に抱えるとすれば、こんな恐怖はない。

巨大なバーチャル組織(があるとすれば、それ)を可能にしているのは、間違いなくウェブの存在。金と情報とある規範に従う集団が国境を越えてウェブ上に存在する~想像上の話ではないのかもしれない。従来の戦争とは、別次元の戦い方が、テロとの対決には必要とされるのだろう。国土をもたない国家には、強力な軍事力も、全く無力なのだから。

2006年11月25日

中田英寿氏の報道について

中田英寿氏が、タイに行ったことを各紙こぞって報道している

朝日、共同、産経、サンスポ、スポニチ、AFP、スポーチ報知などが扱っているので、大ニュースかと思いきや、ムエタイを初体験し、その後タイの証券取引所に行き、タイの経済発展を称え、投資の可能性にコメントした…だけ。記事の結びは、「資産運用にも、現役時代同様の“視野の広さ”を駆使しているようだ」

中田は、素晴らしいサッカー選手だと思う。が、サッカーをやらない中田は、元プロサッカー選手で、それ以外の職業経験のない(でも金はもっている)29歳の若者に過ぎない。勿論、資産運用のプロでもない。

各新聞社が、これほどまでに、彼の私的な海外旅行を追いかけ、記事にする~しかも、かなり持ち上げる形で~というのは、少し異常な感じがする。(勿論中田が悪いわけではない)

確かに、中田は引退してまもなく、W杯での奮闘と悲劇的な結末は、多くの人に強いインパクトを与えた。その去就を注目している人は多いだろう。ニュースバリューのある対象であることは確か。

その強烈な個性と、知性を感じさせる言動は、従来の「スポーツマンは体は強いけど頭は悪い」という常識を覆し、特別な存在として認識されてはいる。

とはいえ、「バンコクの街並みを見て、タイの経済発展はとても力強いと感じる」「自分は世界を旅して、世界の経済をこの目で見ている。将来性を感じる国には、ある程度のリスク覚悟で投資をしている」というコメントは、シャープでもなければ、面白くもない。ましてや、「資産運用にも、現役時代同様の“視野の広さ”を駆使している」というほどのことではない。

ムエタイ体験に至っては、だからどうした…という感じだ。亀田大毅の、ハウンドドッグ熱唱と余り違いがないのでは?

極言すれば、大手新聞社は、中田もしくは、中田をカリスマとして支持する若者層に媚びているようにしか思えない。サッカー以外での能力は未だ未知数の若者にとっても、こういう報道は、余り良いことではないと思うのだが…。

2006年11月24日

ロボット派遣サービス

ロボットというと、どうしても鉄腕アトムや鉄人28号という感じのイメージがある。

昔、鋳物工場に勤めていた時も、技術の人から説明を受けたのが、どうみても普通の機械にしか見えなかったので凄い違和感があった。まあ、キングギドラには、似ているといえば似ている代物であったが…。

ロボット派遣サービス開始、ロボットが派遣社員として働く時代に 2006年11月22日<IBTimes>

 ロボット製作会社のテムザックとモバイル業界を得意とする人材サービス会社ユビキタス・エクスチェンジは21日、テムザックの開発した中型サービスロボット「ユビコ」をロボット派遣社員第一号として、今後日本初となる中型ロボットを利用した派遣・紹介サービス事業を開始すると発表した。

 「ユビコ」の主な機能としては、予め組み込まれたプログラムを用いて鼻にかかった電子音声で人と挨拶、会話を行ったり、風船を手渡したり、DVDを映し出したりする機能があげられる。また道順の案内を行ったり、来客の手荷物を運ぶこともできる。

 「ユビコ」はネコのような顔をしたロボットで、今後イベントや結婚式、医療機関や区役所などでのサービスロボットとしての利用が見込まれるという。

 ユビキタス・エクスチェンジによると、来月には身長113センチの「ユビコ」が携帯電話販売ショップで携帯の販売促進を行う予定であるという。「ユビコ」は派遣社員として2時間10万5千円で雇うことができる。

 ユビキタス・エクスチェンジではロボット派遣社員事業を重要なビジネス事業として深刻に捉えており、ロボット派遣によって労働法に悩まされることなく、繰り返し作業を休みなしに行うことができると期待している。

 「ユビコ」は「ユビキタス・コンピューティング」と「ユビキタス・カンパニー」を略してつけられた名称であるという。

 テムザックは「ユビコ」を先月3機福島県会津中央病院に販売しており、会津病院内で「ユビコ」は既にフルタイム社員として受付、病棟案内役として活躍しているという。

 現在国内出生率が減少する中で、ロボット製作会社の一部では、ロボットが国内労働者減少を補う役割を果たすことになることを期待して研究を推進しているという。

ロボットが遂に、雇用される時代になったんだなあと深いため息。
このユビコちゃんだが、挨拶したり会話を行ったりできるらしいが、何故.鼻にかかった電子音声なんだろうか?より人間らしくということを目指しているということだろうか?
手塚治虫の「火の鳥」の何巻か忘れたが、人間がロボットになることを選択し、そのクローンが大量に生産されたが、遠い記憶として人間の感情をもっており、最後には溶鉱炉に皆飛び込んで自殺してしまうという話をなんとなく思い出す。

この派遣ロボットの売りは、「労働法に悩まされることなく、繰り返し作業を休みなしに行うことができる」ということらしい。社会人になりたてのとき、余りの仕事の単調さと面白味のなさに、こんなのはロボットでやるべきで、人間はもっとクリエイティブな仕事をすべきだ…とか思ったこともあった。しかし、最近では、本当にそうなのか?疑問に思いつつある。多かれ、少なかれ単調で面白味のない仕事の積み重ねの中で、色々な事を学ぶものだし、そういう期間がなければ、何も成し得ないのではないかと思う。また、どんな高度な業務であっても、何かしらルーチンは残る。

従来の、ウェルディングロボットのように、人間には余りに危険で執行不可能な仕事を行うのではなく、このユビコちゃんは、人間が現在行っている業務をリプレイスする。今後、より複雑で、人間臭い仕事もこなせるロボットも現れるに違いないので、近未来では(近未来通信ではない)多くの業務がロボットによって行われるようになるのであろう。

そんな時代が来た時に、果たしてどれだけの仕事が人間のやるべき業務として残るのであろうか?人間のやるべき仕事が出来る人間が、どれだけいるのであろうか?後者の問いに関しては、かなりペシミスティックな俺であった。

報道によると、ユビコは、「猫のような顔をしている」とあるが、猫好きの俺から言わせると、とんでもない話だ。猫というより、平板な魚のような顔だ。

労働法の制約を受けず、深夜のオフィスで、この魚の顔をもつロボットが、機械音をだしながら、事務処理を続ける図を想像すると、かなり薄ら寒い。

2006年11月23日

ウサマ・ビンラディンを探せ

ユーモアの感覚には、人それぞれあって…

うちのマーメイドは、マーメイドだけあって、とっても生真面目な性格で、大学の時も、俺のシャープ過ぎるジョークに、憮然とすることが度々であった。お知り合いになって、25年も経過した今なお、「どういう性根をしているわけ?」「真面目な人を茶化すのは、どういう了見?」などと、頻繁にご叱責を俺に浴びせ続ける。

勿論、真面目な人間が一生懸命にやっているところほど、面白いことはなかったりするわけであるが…

そんな俺でさえ、目をひん剥いてしまったのが、以下の記事。


ビンラディンゲームに賛否/英で出版、遺族が反発
2006/11/22 16:07
【ロンドン22日共同】「ビンラディンを捜せ!」。英国でこのほど、国際テロ組織アルカイダの指導者、ウサマ・ビンラディン容疑者を無数の群衆の中から発見するゲームの絵本が出版された。クリスマス商戦を狙ったものだが、米中枢同時テロの遺族らは反発、賛否両論を呼んでいる。

 本の題名は「ビンラディンはどこ?」。約20年前に世界中で人気が出た「ウォーリーをさがせ!」の“パロディー版”で、ロンドンやパリ、シドニー、香港など10以上の国や地域、都市で、人込みの中からビンラディン容疑者を捜し出すゲームだ。パリではエッフェル塔と凱旋門、ロンドンではバッキンガム宮殿に潜伏中との設定になっている。

 しかし、実際にテロに見舞われたロンドンやニューヨーク、バリ(インドネシア)も舞台になっていたため、米中枢同時テロの遺族らが「テロを金もうけに使っている。不快だ」などと抗議。英メディアによると、先行発売となったオーストラリアでは、デパートから本が撤去された。

「ウォーリーをさがせ!」の“パロディー版”で、ウォーリーの代わりにウサマ・ビンラディンを使うセンスがもう常識はずれである。おまけに、実際にテロに見舞われたロンドンやニューヨーク、バリ(インドネシア)にも、潜伏しているという設定になっている。
原作より、インパクトが強すぎて、パロディというには余りにリアリティがある。

この手のゲームは(日本で言えば「麻原を探せ?」とか「拉致犯を探せ?」でしょうかね)、日本で発売すると、不謹慎だということで、大問題になりそうだが、出版元である、英ニューホランド社は「クリスマスに最適の楽しい本。(米国がビンラディン容疑者を必死に捜している状況下で)皮肉として見てくれているので、読者の反応はとてもいい」とコメントをだしている。

これを、クリスマスプレゼントとして贈るシチュエーションが、全く想像できない。(暖炉の前で、家族揃って、ビンラディンの潜伏先を、和気藹々と探すのか?その風景もかなりブラックだ)
また、記事によると「米中枢同時テロの遺族らは反発、賛否両論を呼んでいる」ということだから、賛成・支持する人もかなりいる…。このゲームを支持するとして、一体どんな理由で???

このあたりのイギリス人の感覚には、思わずと突っ込むんでしまう…「欧米か?」

2006年11月21日

肩こり

昔は、(といっても遥か昔ではない)全く肩こりというものを経験したことがなくて、肩こりって一体何よ?位の感覚であった。

最近は、肩こりがひどい。土日になると、痛くなるので、土日に長時間睡眠する為なのでは…と思ってみたりしたが、先日会社で肩を触ってみたら、余りにもカッチンコッチンなので吃驚した。つまり、ウイークデイは緊張しているので、肩こりを感じなかったが、休日は気持ちが弛緩して、その痛みを感じるということらしい。

肩の筋肉が強張る、首筋が痛い、首を回すとボキボキ音がする…肩から首にかけて、とにかくバリバリだ。

肩こりの原因というのは、「肩こり百科」によると…

便利になった現代社会における日常生活の副産物として、「生活習慣の乱れ」 「運動不足」 が、あげられますが、肩こりの原因の中で、一番多くみられるのは「筋肉の疲労」によるものです。
で、具体的には
机と椅子のアンバランス 足を組んだり、前かがみでのデスクワーク 枕が合わない(高すぎたり柔らかすぎる) 首が下がり、下をむいたような姿勢 寝転がってTVを見る 肥満 なで肩 猫背 弱い筋肉 心因性のストレス 日常生活で悩みや不安、怒りを感じる 完璧主義(人一倍責任感が強く、真面目で几帳面) 精神的に緊張した状態が続く 内向的な性格 うつ病 眼精疲労 目の疲れ 眼鏡・コンタクトレンズがあわない 長時間パソコンのディスプレーを凝視している=「テクノ依存症」「テクノ不安症」 パソコンのディスプレーが不適切 室内が乾燥している

ということらしい。あてはまることが、余りにも多すぎて原因が特定できない。

年をとるというのは、案外大変なことで、この「肩こり」にはじまって、徹夜が苦しい、深酒はできない、太ってしまう、虫歯がある、タバコが不味い、ナイーブでガラス細工のようだ、猫が好きだ、ブログのネタに困る、旅人である…などなど症状は、深刻だ。

とにかく…まず健康にいいことを一日一つでもするようにしなければ…と固く誓うのであった

2006年11月20日

高橋尚子選手について

日曜日、割と勢い込んで、東京国際女子マラソンをみた。

前年の高橋尚子選手の鮮やかなロングスパートには、本当に鳥肌がたった。え~こんなに早くスパートしちゃうのという感じで、バ~ンと飛び出して、心配しながらみていたら、そのままゴール。アテネオリンピック選考会の失速から、見事に復活を果たした。

今回も、同様なスカッとする結末を期待して、レースを見守った。途中で、手袋を外したところで、あっスパートだ、帽子を脱いだところで、次こそ…なんて思っていたが、結局最後まで爆発することはなく、最後には後続のランナーにも抜かれて三位。

三位なのだが、このレースの主役は、紛れもなく高橋選手。拍手、声援、記者の集まり具合と全てが、高橋選手のほうを向いていた。

嘗ての高橋選手は、ただマラソンを速く走る選手だったような気がする。炎熱下のアジア大会での優勝。シドニーでは、サングラスを投げ捨ててのスパートで金メダル。

彼女が走ることは、単に42KMを2時間20数分で走るということではなく、色々なものを、我知らず重ねてしまう、そういう存在になっているような気がする。実力をもちながら、オリンピックに出場できず、恩師のもとからひとり立ちし、リベンジを遂げる、34歳という年齢で北京を目指す為、全力を尽くす…振幅の多い競技人生、栄光と挫折、挫折から復活、色々なものをオーラのようにまとって走る姿は、他の選手とは全く違う光彩を放っている。

最後の5KMは、ジョギングをしているかのようなスピードで、本当に苦しいレースだったが、彼女にとって、これも次のドラマの布石でしかないように思える。一般大衆は、真のヒーロー、ヒロインを見分ける能力がある。一位、二位の選手におくられたものとは比べ物にならない声援が彼女に向けられたのは、この敗戦が彼女を巡る新しい物語のプロローグに過ぎないことを、無意識に感じ取っていたからではないか?

2006年11月17日

公務員の上乗せ年金新設案

人事院が塩崎官房長官に、公務員のための新たな年金制度を創設することが適当であるという見解を提出した。

これは、厚生年金と共済年金の一元化に伴って、2010年に廃止される公務員独自の上乗せ給付「職域加算」に代わるもの。

産経新聞の報道によれば、

人事院は、7月から9月にかけ、従業員50人以上の民間企業から抽出した6232社を対象に「退職給付」を調査。61.8%の3850社から回答を得た。

 これに基づく試算によると、民間企業の退職給付2980万円(退職一時金1450万円と企業年金1530万円)に対し、職域加算廃止後の国家公務員は2740万円(退職一時金だけ)で、民間との差が廃止前のマイナス20万円からマイナス240万円に広がる。

 人事院は「この格差を解消するため」新年金制度が必要と指摘。公務員には退職後も含めた守秘義務など法律上の規制があることや、高い士気を保つ必要性などを挙げ、「充実した給付」への配慮も求めた。

公務員優遇解消のための職域加算廃止だったにもかかわらず、あらたな優遇策を提案するところが、理解に苦しむところ。
一般的な見方として、公務員のほうが民間企業に比べ、のんびりしているし、色々な意味で恵まれているという印象は強いのではないか?単に、退職給付の差異で比較して、「不平等である,補填せよ」という理屈は成り立たない。

この見解書で論旨の根拠となっている民間企業の退職給付金額は、あくまで「従業員50人以上の民間企業から抽出した6232社を対象に「退職給付」を調査。61.8%の3850社から回答」で計算されているので、民間企業全体を示しているのではない。退職一時金1450万円と企業年金1530万円というのが計算結果であるが、この調査の対象は、勤続20年以上の退職者。

つまり、リストラや倒産などにより失職した人間は考慮外であり、非常に歪んだ数値をもって、民間企業の代表値としている。

そもそも、この計算は、職を失うリスクの差異が、全く織り込まれていないところが、決定的に間違っている。

自民党の丹羽総務会長は「ちょっと調子が狂っているという感じがする。あの結果をもって公務員の方が恵まれないと言い切っていいのか」と述べたとのことであるが、誠に仰るとおり。

ベーシックなコンセプト、主張、主張の根拠、根拠の裏づけとなる計算方法~全てが間違っている。自らの権益保持のため恣意的に議論を歪めているのであれば犯罪的ですらある。もし故意でないとすると、「調子が狂っている」程度ではなく、まあ控えめに言って、「脳みそが半分飛び出している」くらいおかしい。

2006年11月16日

松坂60億に思う

松坂投手のポスティングは、60億を入札したレッドソックスが交渉権を得るということになった。

彼は、シニア出身で、中学の時から硬球を投げている。
 
最近は、小学生のときに、地域のクラブチームにはいり、中学で早くも硬球を握り、変化球もバンバン投げるということは珍しいことではない。うちの息子の少年野球チームからも、同学年の子が、3人シニアのチームに行っている。彼らは、中学では、陸上部などのクラブにはいり、土日は硬球で練習している。

うちの息子もシニアに行きたいという希望をもっており、色々相談した結果、中学で軟式野球をやることにした。というのも、まだ、成長途上の体で、重たいボールを使うので、故障をすることが多いためである。少年野球の指導者に聞くと、シニアでピッチャーなどをやると、高校生になったときには、かなり消耗していて、肘や肩がぼろぼろというケースも少なくないらしい。

結果として、中学の軟式でやったことは、本人にとってよい結果になったような気がする。

シニアに行った子供達は、大活躍の子もいれば、運動能力の高い子が多いので、全く試合にでれなかったり、故障をしたりというケースもあり複雑だ。また、名門校からのスカウトが来ている子もいるが、体が大きくなるかどうかも分からないので、将来は不透明。

故障の為、高校では野球ができなくなったり、名門校に入ったものの、体が成長せずに、結局学校も辞めてしまったり…というケースもあるらしい。

松坂のように、中学から投げまくり、高校で連投をしても、故障もせず、プロに入っても中4日で投げ続けることができる人間など、奇跡に近い存在。多くの野球少年が挫折をし、失意の中でフィールドを去る中、本当に選ばれし者だけが、成功のチケットを得ることが出来る。

高校生のときと同じ童顔で、飄々とインタビューに応える顔をみて、天文学的確率で成功した男に、60億という値札は、高くはないのかもしれないと思った。


2006年11月15日

「自殺予告」「ライブドア裁判」など

恐らく、「15分で1000文字の文章をでっちあげるコンテスト」があったら、俺がぶっちぎりで優勝するのではないかと思う。今年に入って、もう300を遥かに超すエントリーを、ひねりだしている。

会社の話しはなし、IT業界の話もなし...という制約条件の中で、よくもまあ、毎日書くよなあ...と自分でも感心したりしている。

さて、最近のニュースで、ショッキングなのは、やはり「自殺予告」。劇場型政治などと言う言葉があったが、これは「劇場型自殺」という奴か。「自殺をするかしないか」というのは、例えそれが、いじめなどの原因によるものであれ、最終的には純粋に個人的決断のはずであるが、これを公に目立つ形で、「予告」するということは、「自殺」そのものが、対外的なメッセージに変質していることを意味している。

人間は環境に挑戦される動物である。環境の中には、自分を取り巻く人間関係もあるだろうし、借金まみれだとか、病気だとかいう苦しい状況はあるだろう。その中で、自殺という選択肢が、浮かび上がってくることも否定はしない。

でも、匿名で「予告」して何が変わる?誰かに、何かを訴え、本当に状況を変えたいのであれば、堂々と環境に立ち向かうべきだろうし、匿名では、誰も手を差し伸べることは出来ないではないか?

力のないメッセージなど、無人の劇場にただ虚ろに響くだけだ。

会社というところは、別に友情を育む場所でもなければ、仲良しごっこをする場所でもない。ただ、仕事をしていると、狡さ、優しさ、潔さ...などが、かなり明確な形でわかってしまうので、結果として、本当の仲間や友人、時には結婚相手などを得るのに最適な場所ではないかと思ったりしていた…。

ライブドア裁判の記事を読んでいると、やはり会社でどれだけ苦楽をともにしようが、真のつながりはできないのかも…と悲しい思いに囚われる。法廷でのやり取りだけを聞けば、この会社の上層部には、ヒトカケラの信頼関係もなかったと言わざるを得ない。大きな夢を、皆で追いかけたのではないのか?

俺は、自分で言うのも何だが、とっても「いい子」で、母親に可愛がられて育った。小さな時に、無条件の愛情を一身に受けて育っているので、現在のように、円満かつナイーブな人格が見事に形成されたに違いない。そうに違いない。

本日最も、悲しく、絶望的なニュースが、秋田大仙園児殺害事件。実の母親が、言うことを聞かなかったため暴行。その後、ぐったりした息子を車で運び、用水路に放置、窒息死させた。こういう事が何故起こるのか、理解を完全に超えているし、可哀そうでたまらない。母親の愛情だけは、どんなに時代が変わっても絶対的なものだと思っていた。それすらも、揺らぎつつあるというのか?

最近は嫌なニュースばかりだ。どれも、これも救いを見出すことが難しい。


2006年11月14日

タウンミーティング

タウンミーティングでやらせ質問をした件で、政府が調査チームを発足するらしい。

事実関係を記すと
1)タウンミーティングは174回開催
2)そのうち教育基本法関連が8回あり、そのうち5回は、質問者に賛成発言を依頼
3)残り166回でも、やらせがないか調査チーム発足...というわけだ。

このやらせも、パターンがあって
1)質問依頼をし、質問内容まで指定
2)質問依頼をし、質問内容まで指定し、更に賛成発言も依頼(+演技指導?)
3)質問のみ依頼、質問内容は指定せず

一体、このタウンミーティングなるものは、何のためにあるのだろうか?大臣などが直接、国民に政策などを説明し、質疑応答をうけること自体は、大変素晴らしい。でも、質問者を指定しないと、ミーティングとして不成立になるほど、不盛況な会だったということであろうか?

質問者を依頼することは、「やらせではない」と政府高官は、言っているらしいが、実際のところ、依頼の段階で何らかの選別が行われているのであるから、これも「やらせ」。

賛成発言+演技を依頼するのは、大企業での、社長出席の研究発表会みたい。こういう反応は、官僚の悲しい性なのかもしれない。組織の外の価値観からは、意味のないことに、血道をあげてしまい、(例えば質問者の指定のような)変な事が、慣例となり、習慣化し、儀式化してしまい、誰も異議をとなえることができなくなるというのは、日本固有の問題なんだろうか?

もっと寒いのは、こういうやらせが行われないと、教育基本法改定のようなホットな話題でさえ、議論が生まれない?という、日本人の政治意識ではないか...。

調査チームが調査すべきは、(またマスコミがとりあげるべきは)誰がどういうやらせをしたか?という犯人探しではなく、もっとベーシックなことではないかと思うのである。

2006年11月13日

千葉県のロゴ

千葉県の新しいロゴのデザインが、非常に不評らしい。

元々の目的は、次の通り。

千葉県は、首都圏に位置する利便性や先進性、豊かな自然、全国有数の農水産物の生産など多様な魅力を持ちながら、県全体としてのイメージの確立にはつながらず、残念ながら“垢抜けない”などと言われてきました。  そこで、これまでのイメージを一新し、多様な魅力を持つ「千葉県」をアピールしていくため、統一的に活用する「ロゴ」を作成し、全国にPRすることで千葉県のイメージとブランド力の向上を図ります。

つまり、東京に近いのに、“垢抜けない”イメージのある千葉県ブランドを、一新し多様な魅力を持つ県としてアピールするために、新しいロゴは製作されたわけだ。

で、ロゴをみてみると…。(こちらです)

アッハハハ。笑うぞ、こりゃ。アッハハハハハハ。

説明によると、

ロゴは、多様な魅力の集約を表した県名の「 ち ば 」の文字を「洗練」されたイメージでデザインしました。

美的センスとか余りないので、恐縮かつ僭越なのだが、こんなに“垢抜けない”ロゴって珍しいなあ。縦書きバージョン、横書きバージョン、夫々の白抜きバージョン~どれもこれも、“垢抜けない”。どこが「洗練」されているわけ???

千葉県民の皆様、お気の毒様としかいいようがない。

第一、“垢抜けない”かどうか等、大きなお世話のはなしで、県庁が、そんなことを言っているのは自虐的すぎる。県のブランドイメージを、そういう部分にフォーカスすること自体に問題がある。

「目的」のところで、触れているように、「首都圏に位置する利便性や先進性、豊かな自然、全国有数の農水産物の生産など多様な魅力」というところにフォーカスすべきで、本来それは「洗練したイメージ」というようなコンセプトで、一括りできないものではないか(一括りできないから、多様な魅力なんでしょう)

なので、コンセプトも、コンセプトの結果出来上がったロゴも、駄目なのではないかと思うのですが。

コンセプトといえば、「たった一つの恋」
一世を風靡した北川悦吏子の脚本。貧乏な若者とお金持ちのお嬢様の恋…というのが、ストーリーの骨子。余りにも時代錯誤な設定には、呆れかえっていた。

まあヒーローとヒロインが美しいので、ストーリーは度外視をして観ていた。が、遂にはヒロインを白血病にしてしまったところで、堪忍袋の緒が切れたぞ。このまま行くと、死んだ父親は実は生きていたり、双子の姉がいたり、ヒーローとヒロインは兄弟であることが発覚したりしそうだ...。もう北川悦吏子は、書くべきではないのでは?

2006年11月12日

スナックで、ビートルズを演奏するのが著作権違反か?

先日、スナックで、マスターがビートルズをハーモニカで演奏したところを、著作権法違反ということで逮捕された。

このスナックは、別に演奏で金をとっていたわけではないし、実際客もステージに上がって演奏したり、歌ったりをしているので、まあ余興といえるもののように思える。どこが一体著作権違反なのか?

日本音楽著作権協会(JASRAC)という社団法人が、著作権者あるいは著作権者にその権利の管理を委託された団体からの信託をうけて、管理にあたっている。このスナックも、協会から許諾申し込みを行い、使用料を支払うように指示をうけていたが、それを無視していたため、最終的に逮捕ということになったようだ。

著作権には、演奏権、録音権、貸与権、出版権などなどがあって、今回の件は、演奏権を侵害したことになるのであろう。
ただ、著作権には、<著作権の目的となつている著作物は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的とするときは、複製することができる>という制限事項がある。

このスナックの場合、このハーモニカ演奏が、「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用」かどうかというところなんだろうが、大変微妙な気がする。

また、ハーモニカでイエスタデイを吹く場合、そのまま演奏するのではなく、アドリブをいれたり、またテーマとしてはイエスタデイはあるが、殆ど全ての部分は、即興性の高い演奏だった場合(ジャズで、ある曲をテーマに、全く違うバージョンを演奏することなどよくある話)、それをもってビートルズの著作権を侵害しているというのは困難。その演奏それ自体が、著作権性をもつと考えるほうが、妥当ではないか?

つまり、著作権とその保護に関しては、著作権の構成物が曖昧なので、その保護方法も難しいし、JASRACのように、価格テーブルを作って月額幾らで、金額を徴収することは、受け入れ難い感じがする。言い換えると、何の対価で、JASRACにお金を支払うのかにおいて納得性がないのではないかと思うのである。


 

2006年11月09日

社長ブログに関する質問について

ここ数日間で、また何件か、このブログに関して質問をいただいているので、本日はまとめて、真面目に回答をしたい。

<質問1>
文中で、「マーメイド」、「エンジェル」という表現が度々でてきます。「マーメイド」は奥さんのことだと思いますが、「エンジェル」は一体誰なのでしょう?気になって眠れないので教えてください。

<回答1>
「マーメイド」は妻のことです。そして「エンジェル」もまた妻のことです。正確に言うと、私の妻は「マーメイド・エンジェル」と自称しています。感覚的には、山田太郎という名前があった場合、「山田」が「マーメイド」、「太郎」が「エンジェル」ということになります。

補足ですが、本人は、「可愛い魔女ジニーの妹」とも名乗ることがあります。いずれにしても、社会的観点から見て、余り重要性はないかもしれません。

<質問2>
このブログは、一体一日あたりどれ位の人がみているのですか?

<回答2>
ユニークユーザーは分かりませんが、平均PV/日は1000くらいです。最高は、5000PV/日です。何が作用して増減しているのかは、全くの謎です。
因みに、グーグルで、「社長ブログ」といれると、最初のページにでてきますので、大変びっくりします。

<質問3>
このブログは一体どのような人がみているのですか?

<回答3>
基本的に、僕の事を物笑いの種にしよう、もしくは酒の肴にしようという人がみています。3割が会社関係、2割が昔からの友人、2割が親戚、2割が家族、残り1割が、本当の意味での読者といえるでしょう。

<質問4>
このブログを通じて、金田さんが送りたいメッセージは?

<回答4>
僕が送りたいメッセージは、「くだらない文章を読み続けると、完全に馬鹿になる」
どれ位馬鹿になるかというと、くだらない文章を書き続けるのと同じくらいです。

<質問5>
毎日更新されてますが、毎日どれ位の時間をかけて書いているのですか?

<回答5>
書く時間は15分です。特徴としては、読み返さない、推敲しない…ということです。グルーヴ 感を何より大切にしているからです。なんてね(本当は、読み返したら、恥ずかしさの余り失神しそうだから)

<質問6>
最近、何やら不自然にバランスを取ろうとする傾向が強いように思えますが…

<回答6>
主義主張、政治信条などは、出来うる限り無色透明にして、大衆に愛されたいと思っているのです。そのため、とって付けたようなコメントをとって付けるようにしています。

<質問7>
ターゲットとする読者は?

<回答7>
M2、F2層で、可処分所得、購買意欲ともに強く、年収は800万以上で、上昇志向が強く、ナイーブでちょっぴり傲慢な、寂しがりやです。

<質問8>
毎日、ブログを書くのは大変ではないですか?

<回答8>
書くのは15分なので大変ではありません。何を書くのか決めるのに、深く悩みます。時には、何を書くのか決めずに、夢遊病者のように書き始めることがあります。例えば、「寄せられた質問に回答します…」などという感じで、書いて、続かなくて、途中で泣くこともあります。

<質問9>
このブログは、ニューズウォッチ社の広報活動の一環とお聞きしていますが、どのあたりが広報活動になっているのですか?

<回答9>
センシティブな内容を含むので、後ほど広報を通じて、ご回答します。

<質問10>
いつまで、書き続けるのですか?

<回答10>
このエントリーに関しては、キリのよい10問目まで来たので、ここで終わるつもりです。ブログそのものについては、とりあえず今年一杯は、書き続けますが、来年は全く未定です。

因みに、多くの「社長ブログ」というものは、ゴーストライターが書いているのだそうです。僕の場合は、経済的な理由で、自分が書いています。

それでは、また何かご質問ありましたら、何なりと…

2006年11月08日

黒田博樹投手について

もう10数年前になるが、交換留学生として、ニューヨークの片田舎にある大学で、9月から12月までのワンセメスターを過ごした。

キャンパス以外では、シャツ工場があるだけという寂れた田舎町で、とにかくやたら寒い。若くて、今にも増して貧乏だったうちの家族は、もう一家族と古くて、汚いアパートをシェアして過ごした。若いというのが、素晴らしいのは、金がなくても、言葉が通じなくても、それはそれで楽しくやっていけるところ。勉強して、酒を飲み、ホームパーティをしたり、マジで家族対抗のトランプをしたり、旅行に行ったり…であっという間に、4ヶ月は過ぎていった。

汚いながらも、愛着の湧いたアパートを引き払う朝。午前5時にタクシーをつかまえ、飛行場まで。朝日が、古ぼけたタクシーの汚れた窓ガラスに反射する。走り出したその時、サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」が流れた。

楽しかったアメリカ生活が終わる寂しさ、新たな日本での生活への不安、(企業派遣なので)職場復帰を間近に控え不透明な将来…「明日に架ける橋」は、立ち止まろうとしている自分に、未来と運命に立ち向かう勇気を与えてくれたような気がした。

今日、駅からタクシーで帰宅するときに、「明日に架ける橋」を思い出した。
深夜の鎌倉は、タクシー以外の交通機関を失い、まるで陸の孤島だ。駅からタクシーにのり自宅へ戻る。駅を離れると、いきなり街灯もまばらになり、草深くなる。一つ目のトンネルを抜けた時、MDのボタンを押した。二つ目のトンネルを抜ける時、デスパラードが始まった。これまで何百回と聴いたに違いないのに、何か電流が走ったような気がした。

車窓からみえるのは、ただ暗闇だ。疲れた目で見つめると、世界で、たった独りきりになったような寂寥感に圧倒される。でも、この曲が流れたときに強烈に思ったのである。俺は独りではない…と。数は多くないけれど古い友人達、暖かい家庭、屈託なく何でも話せる親戚、なかなか大成功しないが優しい人の多い会社。何て恵まれているのだろう、幸せなのだろう…と。

最近凄く恐ろしく感じるのだが、楽しいこと、苦しいこと、悲しいことをドンドン忘れていく。同様に、大切なこと、忘れてはいけないことも忘却の彼方。音楽を聴いたり、本を読んだり、人に会ったりするのは、恐らく無意識的に、大切な事を思い出すためではないかと思う。

で、ここまでが長い前フリで、ここからが本題なわけだが、今日書きたかったのは、黒田博樹投手が,広島カープに残留を決めたこと。彼は、大切な何かを思い出し賢明な決定をしたと思う。「他球団のユニホームを着て、広島市民球場でカープ相手に投げる姿がイメージできなかった」というのは、とっても素敵なコメントだな。

2006年11月07日

サンカについて

五木寛之の「風の王国」を読んで以来、サンカという山の民について、何か一種ロマンチックな幻想を抱いていた。

独特の隠語を喋り、いわゆる神代文字であるサンカ文字を使用し、農耕せず、定住せず、政治権力に服従しないなど、大和民族とは明らかに違う文化とオリジンを有し、戸籍をもたず、今でも山の民として生活している。風のように走り、風のように去る。

こういう幻想を一挙に打ち砕く本を読んだ。『サンカの真実 三角寛の虚構』筒井 功著

殆ど全てのこと(隠語、サンカ文字などなど)は、三角寛という作家が創作した虚構であったというのが、結論で、三角氏が「サンカ社会の研究」により東洋大学で博士号を取得した際に、添付した100枚以上の写真も、全て出鱈目で、着ている衣装も、テントも三角氏が持参で、サンカの皆さんは、あたかも映画のエキストラのように、三角氏のストーリーにそって写真を撮影されていたらしい。

では、サンカとは何か?といえば、これはまだ謎で、充分なリサーチはされていないらしい。日本の山地を移り住み、竹細工や漁労に従事していた非定住民の集団である…ということしか分からない。各地に、こういう非定住民の集団はいるらしく、夫々が関係あるのか、何か共通のオリジンを持つのか?などはわかっていない。

説としても、古代難民説、中世難民説、近世難民説、修験者・忍者説、犯罪者集団説などがあり、これも決め手がないらしい。

新田家を祖先と仰ぐ集団もあるらしい。新田家を祖先と仰ぐのが、あの徳川家康。新田家の末裔である、岩松氏は、家光の時代に、徳川家の旗本になり、その末裔である、新田満次郎は、幕末、新田勤王党を組織し、政府側につき、小栗上野介を殺害したという諸説もある。維新後、男爵になっている。

サンカに対して、勝手に思っていたロマンは、ガラガラ崩れていったわけだが、色々掘ると面白いことが出て来る。だから、歴史って面白い。やっぱり、必修科目に入れておくべきだな

2006年11月04日

安倍首相の曖昧さ

安倍首相の政策説明について、63%の人が分かりにくいと思っているという調査結果が報道された。

読売新聞の調べによれば、

首相の外交、国内政策についての説明が全体として分かりやすいかどうか?
「そうは思わない」が63%で、「分かりやすい」31%(無党派層では「そうは思わない」が76%)

首相の目指す「美しい国」を具体的にイメージできるか?
「できない」が64%に上り、「できる」は31%。

安倍内閣にどのくらい続いてほしいか?
<1>「できるだけ長く」24%<2>「自民党総裁任期の1期3年」21%<3>「自民党総裁として最長の任期2期6年」19%

この調査を見て、安倍首相ブレインは、してやったりと思っているのではないか?
カリスマの条件は、「何をいっているか、よくわからないが、前向きでパワフルであること」。また、安倍首相のいうことは、よく理解できないが、安倍首相を支持する人が70%いるということからも、「わかりやすさ」と「支持」とは、それほど大きな関連性がないことがわかる。

所信表明で挙げた「美しい国」の説明が、<1>文化、伝統、自然、歴史を大切にする国<2>自由な社会を基本とし、規律を知る、凛(りん)とした国<3>未来へ向かって成長するエネルギーを持ち続ける国<4>世界に信頼され、尊敬され、愛される、リーダーシップのある国。

誰も否定できないくらい、当たり前の話。「人類は哺乳類だ」と言っているのと余りかわらない。具体的な方法論については触れていないので、批判のしようがない。「凛とした国」なんて言われても困るよなあ。

高い支持率を背景として、曖昧な表現で失点を防ぐという素晴らしい作戦である。ほど良い「曖昧さ」は、カリスマ性を増したりする。これで、時々、不条理な怒りを爆発させると、更にカリスマ性アップにつながるが、民主森議員の週刊誌ネタに、いきなり激怒したりしているので、こちらも準備万端か。

俺は、実は北朝鮮も民主党も安倍支持者だと睨んでいる。福田か安倍かの時期に、テポドン発射、首相になったら核実験と、「見せ場」を作ってくれる。拉致問題に対する毅然とした態度で、国民的支持を得た安倍晋三の、見事なまでの敵役を演じている。

民主党も、派閥政治の権化である小沢一郎を党首に迎え、鳩山・管が支えるという「昔の名前ででています」という体制自体が、本当に感覚がずれている。安倍首相とその閣僚が、中国、韓国、アメリカ…とエネルギッシュに大展開しているのに対し、健康に不安のある一回りも年が上の小沢党首。
普通、チャレンジャーである野党のほうが、フレッシュで若くて、クリーンでエネルギッシュであるべきなのに、差別化要因が、「選挙における経験と老練さ」というのでは…。

感覚がずれていないのであれば、安倍支持が真意だと受け取らざるを得ない。

2006年11月03日

R25の次はL25?

R25というフリーペーパーがあるが、その女性版ともいうべきL25が創刊された。

R25は、日頃のニュースやトレンド情報のなかからテーマを取り出して分かりやすく開設する記事を中心に構成して、現在1都3県(神奈川、埼玉、千葉)の4000ヶ所以上のラックで60万部を配布するほどのヒットになった。

L25は、同一コンセプトで、OL向けに的を絞ったフリーペーパー。売りとなっているのが、「COnnectXReview」~これは女性各誌を元ネタに、深堀したもの。

狙いは、女性誌の数が多いため、OLがランチタイムの話題に事欠く…という悩みに、こたえること。ファッション誌からビジネス誌まであらゆるジャンルのなかから記事を厳選し、解説をくわえるというもの。

25歳以上が謳い文句だが、その中でもターゲットは、1970年産まれの団塊ジュニア。この年代は、やたらと人数が多い。そして、その巨大な人口が彼らの世代を特徴づけていると言われている。

つまり、人口が多いので、入学試験、就職などの競争が厳しかった。現在でも、フリーター、派遣労働者、パラサイトシングルなど、不安定な生活を強いられている人が多い。研究結果によると、競争力に欠け、趣味も平凡で、結婚が遅れ気味、とにかく地味という特徴も指摘されている。よく言えば、真面目で、気配り上手ということでもあるらしい。

こういう指摘が正しいと仮定するならば、R25のヒットは必然だし、L25もヒットするに違いない。ランチタイムで同僚との共通の話題をもち、円滑な人間関係を保ちたいというニーズ、皆が知っていることは、浅くてもいいから、大枠知っておきたいというニーズ。お手軽に、話が合わせられるくらいの情報を提供するというコンセプトとぴったりフィットする。

ざっくり言ってしまえば、集団のなかで浮かないように、「他者が知っていることは自分も知っておきたい」という話しなのだが、にわかには信じ難いほど、つまらないニーズだなあ。思うに、ソーシャルブックマークなんていうのも、同じニーズに応えるものだろうし、ソーシャルニュースも、同様か?

そう考えれば、上述仮説もあながち間違っていないのかもしれない。


2006年11月02日

落合博満について

ペナントでは、いやらしい位強かった中日ドラゴンズだが、日本シリーズでは、1勝4敗と惨敗した。

惨敗の原因だが、落合監督の性格によるところが大きい…と思う。

落合博満という人物に関しては、以前から大きな興味をもって注目してきた。個性的な神主打法、極端なアッパースイング、アウトコースの速球に振り遅れたと思ったら、ライトスタンドにライナーで放りこむ。個人主義、利己主義の権化。「金のために野球をやる」と言い切り、チャリティ試合を欠場など…。

どんな自分勝手な奴だと思うわけだが、実際には、選手のプライドとチームプレイを最重要視する優しい男なのでは?選手の批判をしたことが一度もない。

この優しさ、選手の気持ちを尊重する姿勢は、ペナントレースのような長丁場であれば、プラスに働くのであるが、日本シリーズのような短期決戦ではマイナスファクターになる。前回の岡本の続投で、カブレラに痛打を浴びたケース、今回の山本昌のケースといい、明日なき戦いでは、温情は命取りになる。

三冠王を3度取った超攻撃的プレーヤーだったのに、監督として標榜するのは、バントでランナーを進めてコツコツ取った得点を、鉄壁の守備陣で守りきるという、防御優先のチーム。
そのためか、落合の野球は面白くないとよく言われる。確かに、攻撃の場面はオーソドックス過ぎてつまらない。

しかし、中日が一番輝くのは、守備。特に、谷繁、荒木、井端のセンターラインの強力さ。ニ遊間に強いゴロが飛ぶことをいつも期待して見ている。井端が取った球をグラブトスして荒木が一塁に送球なんてシーンをみると、鳥肌が立つ。これが、本当のプロだ。

オレ流の本質は、チームの勝利に犠牲的貢献をする、プロフェッショナリズムへのリスペクトである。だから、日本シリーズでは勝てない。でも、日本シリーズで勝つことが、そんなに重要なことか?今回のシリーズで、最も衝撃的なプレーは、井端のジャンピングスロー。天才的ノッカーである落合が丹精込めて創り上げたダイヤモンドの輝きのほうが、価値があるように思えるのだが…

2006年11月01日

いじめ 自殺など

最近、いじめによる自殺が相次いでいる

いじめの内容としては、フィジカルな暴力というより、言葉や仲間はずれなどが継続的に行われたケースが多い。

また、いじめに対する教師や学校の対応が不充分で、人権侵害を受けた…とする生徒側の法務局への申告が、ここ4年間で235件増加しているという報道もあった。(平成13年481件、平成17年716件)

ケースとしては、学校が取り合わない、担任がその場限りの対応しかしない、嫌いな渾名で教師が呼び続けるなど。

これら事実を繋ぎあわせると、「言葉の暴力や仲間はずれなどが継続して行われているのに、教師が取り合わなかったり、その場しのぎの対応をしたり、加担するかのような言動をとった結果、自殺に追い込まれた」ということになる。

実際、いじめは許されるべきものではないが、ある種本人の意思とは無関係に所属するに至った集団~学校、企業の部署、軍隊などにおいては、多かれ少なかれ、昔から起こっている。最近、この件が多くの注目を浴びているのは、いじめがダイレクトに自殺につながっているから。勿論、昔から自殺している人もいたと思うのだが、ここまで顕著な形では表出しなかったのだろう。

一つの視点としては、最近の子供の集団への帰属欲求が非常に高いのではないかということがある。嘗てのような、学校があり、地域があり、親戚がありという多様な人間関係が存在せず、通っている学校での人間関係が、所属すべき唯一ともいえる集団になっている為、そこで受け入れられないということは、非常に絶望的な事態として認識されるのではないか。

例え、言葉の暴力にさらされていても、本心では、そういう不条理な事を行う成員で構成された組織に、受容されたいという気持ちが非常に強い。結果として、精神的に、その暴力に耐えられなくなったときには、あたかも根無し草のようにアイデンティティを失い、自殺という選択肢しか見つからなかったということではないかと思うのである。

いじめられた生徒は、成績も良好で、スポーツもできるというケースも多い。つまり、いじめを受ける理由としては、薄弱で、何かのはずみで、いじめる側といじめられる側が入れ替わる可能性は低くはない。いじめられる事へのおびえが、いじめる側のアクションを加速させるということもあるのではないか?いじめられている人がいる限り、自分がいじめられることはないし、無視されたり、仲間外れにされる可能性もないから。

勿論、上述した内容は、あくまで仮説に過ぎないのであるが、こういった仮説に基づき、色々なアプローチをしていくという姿勢が、大人には求められると思う。学校側のコメントを見ると、「そんなに深刻なものとは思わなかった」「成績もよく、いじめられているようには見えなかった」など、いじめの構造に対する考察が欠如しているものが多く暗澹とする。

いじめる側といじめられる側に差異はなく、両サイドとも集団に受容されたいという強い希望と拒否されることへの深い恐れをもっている~そういう現状認識から、解決策を真剣に考えないと、状況を好転させることは、非常に困難であると思う。

昔、大学の後輩の弟が中学でいじめられたことがあった。その後輩は、中学に乗り込んでいって、そのいじめる側のリーダーの襟首を掴んで、「俺の弟を今後いじめるようなことがあったら、ヒドイ目にあうぞ」と凄んだそうだ。180センチ以上ある大学生のアンちゃんに、つるし上げられた、いじめっ子は、同情に値するのだが、結果として、いじめは解消した。不条理な暴力には、より不条理で、よりパワフルな暴力で、押しつぶすというのも、方法論としてはありだと思う。かなり常識外れだが。

これ以外にも、何百通りの解決策はあるに違いない。ただ、どの解決策も、深い愛情にもとづいたドラスティックなプランでなくては、継続的に行われてある種環境化しているともいえる状況を打破はできないと思う。