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2006年10月31日

不思議な国 タイ

米国が、タイへの軍事支援費2400万ドルを取りやめた。理由は、軍事クーデターを起こした国への軍事支援はしないためらしい。

はて、軍事クーデターとかあったっけ?

この9月にタイで起こった軍事クーデターほど不思議な光景はなかった。確かに、バンコク市内には、装甲車と武装した兵士が溢れている映像が、日本のニュースにも流れていた。しかし、流れていたのは、それだけではなくて、装甲車の上でニコニコしている子供、装甲車の横を爆走するトゥクトゥクやタクシー。のんびり観光している人々。何事もなさそうに、職場に急ぐ人々。どうなっとんじゃと思ったら、国王が、この軍事クーデターを追認し、軍事色の薄い内閣がつくられた。その間、一発の銃声もなかった。

タイという国は、95%超の識字率にみられるように、教育水準のとても高い、非常に知的な国である。また1980年以降は、高度経済成長を遂げ、日本や欧米の企業が多く進出している。また、寺院も多く、観光客も多い。

そんな国なのに、第二次大戦からなんと16回も軍事クーデターが起こっており、非合法の政権交代を数多く起こしている。つまり、今回軍事支援を打ち切られたように、民主主義が未成熟という判断もできるかもしれない。

しかし、これは、単に欧米のものさしでは、計ることができない、ある種の国の形なのかもしれない。1992年のクーデターは流血をうんだが、今回に関して言えば、誰一人死んでいない。敬愛されている国王の調停には、一もニもなく服従をし、軍事色の少ない政権を誕生させているのである。国王が、「寛大なる御心をもって」お導きになるという、徳による政が行われているとみるべきではないか?

現代において、こういう政治形態が成立していること自体が、ほぼ奇跡に等しいのだが、成り立っているのだからしょうがない。所詮、議会制民主主義の歴史など、チャクリー王朝の歴史と比較すると、まだまだ浅いし、単に欧米でのローカルルールに過ぎないのかもしれないと思う。

タイって、大らかなで、懐の深い国だ。一度も他国の植民地になったことがなく、第二次大戦のときも、連合国側に鞍替えをして、戦勝国。徴兵のときは、くじ引きで、陸海空のいずれの軍に配属されるらしい。冗談みたいに、大らかだ。

2006年10月28日

SHINJOの引退に思う

SHINJOが、野球界を去ることになった。

札幌ドームを満員にし、ファイタースを優勝させて、引退なんて出来すぎている。

WBCの奇跡で始まり、高校野球で、斉藤・田中のドラマに酔いしれ、最後は新庄で締めくくった…そんな野球界だった。2006年を将来振り返るとき、必ずこの3つのドラマは、個人的な思い出と重なり合って想起されるだろう。

新庄の引退は、前例のない絶頂期での退場である。最後まで華やかさを振りまきながら、フィールドを去っていったが、遠い日の花火のような、物悲しさを感じるのは何故だろうか?

振幅の激しい野球生活であったが、最後に、これまで培った全てを凝縮したように、見事に飛翔して見せた。余りにも、早過ぎる完結の後、新庄剛志はこれから何処にいこうとするのか?

全てのサプライズ、全てのパフォーマンスは、彼が一流のプレーヤーであるために成立した。フィールドを離れた彼が、起こすハプニングは茶番にしかならないのではないか?

既に、自民党や民主党が参院選への打診をしているらしい。笑止千万な話だが、今後も彼には、多くのハイエナのような輩が群がって、彼の魅力を蚕食しようとするのであろう。

栄光は一瞬。輝きは、戻らない。新庄剛志は、新庄剛志であり続けて欲しいし、彼を利用しようとするいかがわしい打算などからは、常に超然として輝き続けて欲しいと思う。 

思いっきり派手で、浮世離れし、完全にピュアな男が、一人くらいいてもいい。

必修科目未履修問題その2

必修科目未履修問題であるが、今日もますますヒドイ話しになっている。ついに,41都道府県、350校以上まで、広がった。音楽、情報などの科目も履修していない高校もある。

以下、当該校の校長言い訳集。

「受験のためにやった」、

「世界史の授業でも地理の学習になる」

「心身ともに健康にするため」

「報告を受けた記憶がない」

「生徒の動揺を考えると公表したくなかった」

「進学実績は、私学が生き残るために重要な部分。だが、進学を重視しすぎた」

「子どもたちの力を他校並みにつけさせてあげたかった」

「特色ある学科で、他の授業で海外の地理や文化を学ぶことは、地理の履修に値する」 ( 英語科の3年生全員が選択している地理で、実際は世界史を教えていた長野県立の松本県ケ丘高校)

 、「政治経済の授業の中で世界史を教えた。それでカバーできると思っていた」(広島県の私立呉青山高校が履修科目にない世界史の単位を一部生徒に与えていたことについて)

 「心身ともに健康な、バランスを取った教育実践を行いたい、との熱意で始めた」(県立仙台第一高校~3年生の情報Cの1単位分を、文系は「体育と英作文」、理系は「体育と数学C」に振り替え、それぞれ英作文、数学を、体育と隔週で実施)

まず、かなり大笑いでしょ。

「受験のためにやった」という、批判されるべきコメントが、一番まともに感じられるから不思議だ。世界史を勉強して、地理の勉強になるとか、政経を勉強すると世界史の単位に値するとか、ちょっと信じ難いコメントの連続だ。

現在の必修科目というのは、そんなに「心身ともに健康な、バランスを取った教育実践」を阻害するほど偏ったものなのだろうか?情報Cってどんな科目か分からないけど、英作、数学、体育に代替されるような科目なんだろうか?

一期二期校からセンター試験、ゆとり教育、国際化、国立大の法人化など、この国の教育施策は悉く的外れだ。生徒にストーキングをする、親から相談を受けたことを喋ってしまう、援助交際をしてしまう、いじめを隠蔽する…教師の皆さん。

この必修科目未履修問題というのは、掘れば掘るほど、救いようのない現実が浮かび上がってくる。
 

2006年10月27日

必修科目未履修問題

富山で発覚した必修科目未履修問題であるが、どんどん広がる広がる~195校、2万5千人くらいの学生が、同様な状況にあるらしい。

この件は、たまたま発覚したが、どうやら今年だけの現象ではなさそうなので、既に卒業してしまった学生等も実は未履修ってこともありそうだ。高校卒業取り消しなんてことになるのだろうか?

テレビ報道をみると、全国的傾向で、殆どすべての都道府県で、受験に関係のない科目~理系が世界史を履修せずというパターンが多いが~を学校の方針としてパスしているようだ。社会保険庁チックだ。

驚くのは、受験に熱心なんだ~最近の高校は!!ってこと。

俺の卒業した高校は、元々進路指導なるものが全然なかった。その結果、理系なのに外語大を受験したり、医学部と文学部演劇科を併願する、シンジラレナイ奴が続出していた。確か、高校一年のときに、何処の大学に行きたいのか?と聞かれたのが、唯一の進路指導だったような…。

履修状況も滅茶苦茶で、数Iを一年の途中で終わって、数IIBを一年途中から始めて、二年の途中には数IIIをやっていた。化学IIなんていうのも、受けた記憶がある。因みに、俺は文系。勿論、社会は、世界史、日本史、地理、政経、倫社を全部やったし…。

授業のクオリティも、教師は、生徒に理解させようという努力がはなっからない。英語のリーダーなどは、殆ど拷問に近いものがあって、訳が間違っていると、「君はベトナムの英語学校で、英語を学んだのか」などと罵倒されたり、「立っとけ」といわれて、「立っている」ことを忘れられたり…。おまけに、定期考査に、範囲がない!! 殆ど嫌がらせだ。

俺と俺が今でも時々飲んでいる友人達は、劣等生ばかりなのだが、好きで劣等生になったわけじゃないぞ、馬鹿野郎って言いたい。

ということで、俺の場合は、進路指導はない、過剰履修、酷い授業と3拍子揃っている。あんな環境で、曲りなりにも大学入学できたのは、奇跡に近いというか、100%俺の努力の賜物だ。(高校で、何かを学んだ記憶がない) 

だが、ヒドイ高校であったことは間違いがないが、受験にでないから世界史を履修させない…なんていう姑息な学校に比べたら、幾らかまともではないかと思ったりする。まあ、まともと言っても誤差の範囲か~過剰履修だし。


2006年10月26日

安藤優子

安藤優子キャスターが、フジテレビのメーンキャスターを勤めて20年が経過した。

常に冷静沈着で、ユーザーの求めているものを感覚的に捉えて、伝えられる稀有な存在だと、いつも感心している。また、どのような話題であれ、非常によく準備しており、安心感がある。

彼女をみていて、一番強く感じるのは、抑制が効いているということ。様々な出来事を、驚いてみせる、怒ってみせる…オーバーなリアクションが気になるキャスターが多い。そんなことは、誰も求めていない。

彼女は、センセーショナルな事件を、クールに伝えることができる。驚くのは、悲しむのは、共感するのは、テレビの前の視聴者であり、キャスターではない~そういうことが、よくわかっているんだろうなあ。

それにしても、彼女は、木村太郎のことをどう思っているのだろう。俺の中では、筑紫哲也と双璧をなす、〇X△◇ぶりなのだが…。何故、指定席が如く、安藤優子の横に木村太郎が座っているのか?いつも、ヨレヨレのコメントをかえしても、何とか纏めてしまう。う~ん懐が広い。

逸見政孝の葬儀をレポートし、放送中に号泣をしたのが1993年。もう13年。時が経つのは、本当に速いものだ。


2006年10月25日

富山県立高岡南高校

大学受験というものほど、ほろ苦い記憶はない。

共通一次試験(現在はセンター試験って言うのね)に失敗してあえなく散った一年目。この当時、5教科7科目。つまり、理科二科目、社会二科目を受験しなくてはいけなかった。何をとち狂ったか、物理・化学、世界史・倫社という選択をしてしまった。最初の物理で、忘れもしない40点をとり、この時点で浪人がほぼ確定したのであった。

二年目、色々事情があって、9月から1ヶ月半位寝込む破目になった。前年の反省から、地学・生物という組み合わせを選択したものの、11月の段階で、地学の教科書を開けたことがない。二次試験の数IIBに至っては、教科書がどこにあるのかわからない…。年末にかけて、絶望的な気持ちになったことを、今でもリアルに思い出すのであった。

大学受験は、本当に大変なわけだが…

必修の世界史授業せず=「受験に不要」と生徒-富山県立高

 富山県立高岡南高校(篠田伸雅校長)が昨年度、2年生の一部に学習指導要領で必修となっている世界史の授業をしていなかったことが24日、分かった。県教委は「同校にはこれから(世界史を受けていない現在の)3年生に対し、世界史授業の必要時間数を確保してもらう」としている。
 同校によると、理系の生徒を中心に、地理歴史科目のうち受験で必要なのは1科目であるケースが多く、生徒から受験に関係ない授業を受けることに不満が出ていた。
 このため、同校は「地理・世界史」「日本史・世界史」を選択した生徒に世界史の授業をしなかったという。 

(時事通信) - 10月24日

こうやって、日本人は、どんどんアホになるんだろうなあ。3年間地理をやって、日本史も世界史も全く知らないという、馬鹿をがんがん製造していくわけだ。「受験に関係ないものは、勉強したくない」っていうくらい、知的好奇心のない人間が大学に行ってどうする。

まあ、学生のほうからそういう声がでるのは理解できるとして、(何せ切羽つまっていたりするから)教師がそのまま言う事を受け入れるというのが、信じ難い。

中学・高校の勉強は、はっきり言って肩慣らしみたいなもので、何でもかんでも詰め込むべきだ。その中で、自分なりに取捨選択すればいい。勉強したこと自体は、実際の生活をするのには、何の役にも立たないが、色々な価値体系や知識を習得することで、複雑な思考を可能にし、更に高度な学問を学ぶ基礎ができる。だから、受験云々関係なく、つべこべ言わず勉強せよ…と教師が言わなくて、誰が言う。

志が低いのであれば、教師なんて辞めちまえ…と言ったら、殆ど総辞職状態になってしまうのが、日本の小中高教育の現状なんだろうか?そういえば、大学の友人でも、常識レベルの低い人間ほど、教師という職業を選択していたような気がするのは、俺の偏見か?(はい、偏見です)


2006年10月23日

長州砲流離譚を読んで

古川薫という直木賞作家がいるが、彼は今も山口県下関市長府という、僕が小学生生活を過ごした小さな城下町で暮らしている。

彼の最新作「わが長州砲流離譚」を読んだ。長州砲は、1864年長州藩が所有していた青銅砲で、四カ国艦隊(イギリス、アメリカ、オランダ、フランス)に攻撃を受け、木っ端微塵に粉砕されたときに、150門近くを戦利品として押収されたものである。著者は、この34年間、ヨーロッパ、アメリカの美術館、博物館を探し、やっと4門の消息を得た。この本は、その記録である。

四カ国艦隊の攻撃が、長州藩を大きく旋回させ、最終的には倒幕、新政府の樹立まで、この集団を疾走させることになる。そういう意味で、長州砲は明治維新の魁をなしたモニュメントである。

長州藩は、攘夷の詔勅を受け、当時重要な航路であった関門海峡を通る外国船に、無差別攻撃をかけた。極東の島国の、ちっぽけな封建領主に過ぎないにもかかわらず、世界中に宣戦布告をしたというわけで、当時の感覚からいっても、狂気の沙汰なんだろう。
(狂気の沙汰といえば、8月5日に4ヶ国艦隊の攻撃があったのだが、8月1日から3日まで下関では、五穀祭というお祭りで、ドンチャン騒ぎをしていた。勿論、事前に宣戦布告を受けているので、近日中に攻撃が始まるのは分かっていた。地域全体狂っていたのであろうか)

司馬遼太郎は,長州人を、怜悧であるにもかかわらず、狂気を秘めた暴走集団と評しているが、確かにそういわれてもしょうがない。この集団の面白いところは、外国船に無差別に発砲するという暴挙にでながら、その1年前には、5人の青年を密出国させ、ロンドンに留学をさせていること。攘夷の急先鋒であるにもかかわらず、世界情勢を若者に学ばせようという、したたかさも、怜悧と狂気の二面性故か。

この著作の本題とは違うのだが、1863年に、命懸けでロンドン留学を果たしたこの5人の若者のその後が、興味深い。彼らは、留学先のロンドンで長州藩が外国船を砲撃したニュースを知る。2人の若者は、躊躇なく帰国し、藩の幹部に国際情勢を説き、砲撃をやめさせようとする。この当時、密出国も密入国も見つかれば死罪である。また、ロンドンでは、学問に打ち込める恵まれた、安全な環境があった。

残りの3名は、ロンドンで所定の目的通り留学を継続した。当然の選択。

この3人の名は、山尾庸三、井上勝、遠藤謹助。政府の高級官僚になったが、歴史上に、その名を刻むことはなかった。

長州藩、日本の未来を案じ、危険もかえりみず、日本に戻った2人の名は、伊藤博文と井上馨。先も見える、算盤もはじける。でも、それだけでは、何も成し得ない。何かを創造するには、打算を超越する「狂気」が、必要ということではないだろうか?そんな事を、この本を読みながら思った。

勿論、「狂気」とは、割に合わないギャンブルを行うことに他ならない。強運のもとに生まれていなければ、「死」が待っている。長州藩の英才の中で、生きて明治維新を迎えた者は、殆どいない。

因みに、伊藤博文は、こんな危ない橋を渡りながら、女房に小間物屋をやらせて、小銭も稼いでいたのである。一体、どういう神経をしているのか?


2006年10月21日

アナーキーな林家木久蔵と北朝鮮

林家木久蔵ときくお親子が、同時に改名するニュースが、世界を駆け巡っている…というほどではないが、軽く話題になっている。木久蔵というと余りイケテナイ落語家で、どこが可笑しいねん…って思っている人も多いと推測する。しかし、それは大きな間違い。

以前ライブで、小朝、こぶ平(正蔵)、木久蔵をみたが、泣かせるのは小朝、笑わせるのは圧倒的に木久蔵~観客の8割は、笑い死に寸前だった。例の彦六ネタなど、2度や3度は聞いたことのある話ばかりであるが、進むにつれて笑いのつぼが異常に敏感になって、最後は何を言ってもやたら可笑しいという木久蔵ワールドに突入したのだった。

古典だ!芸術だ!!というスノッブなところがまるでないのが、よろしい。

で、木久蔵に落語家の子どもがいるというのは、実は初耳だが、今度真打になり、木久蔵を襲名。木久蔵は、名前をネットで公募するらしい。軽さというかアナーキーさが、さすが木久蔵!!いやんばかん。

伝統的な名跡を襲名するのではなく、公募で決めてしまう…しかもネットで~落語界史上初の試みらしいが、古典芸能の世界に、全く違うルールを持ち込んだという意味で画期的だ。

全く違うルールと言えば、核抑止力。

中川政調会長、またも「核保有の是非を議論せよ」と発言。空気が読めないのか、何かの狙いなのか、新聞を読まないのでライスさんの発言を知らないのか? まあ、それはいいのだが(本当はよくないが)、北朝鮮が核を保有した場合、日本も核保有すべきだというロジックがイマイチ理解できない。

米ソが、睨みあっている当時の核は、確かに抑止力。核を使用したら、直ぐに報復弾が打ち込まれるとしたら、守るべき豊かな資産をもち、それを守りたいという常識的な希望をもっている国同士では、核の発射ボタンは押さない。

北朝鮮の場合、守るべきものの存在、まともな神経という二つの前提に大きな疑問符が付くので、日本が、核をもっていても、発射するかもしれない。また報復ミサイルをぶっ放しても、2発目を躊躇なく撃つかもしれない。

冷戦時の二極化された時代における、核抑止力のルールは、現在の日本&北朝鮮間には、あてはまらない。全部打ちおとすか、そもそも撃てなくするしかない。よって、実効的な対策をうつべき現時点で「核保有の是非を議論する」なんて、いやんばかん…と思う…がいかがでしょう。

で、現在林家木久蔵の新芸名を思案している最中。

・林家ラー:一門の林家ペーとラーメンにちなんで、「ラー」

・林家インド蔵:~蔵をつけるのが、林家一門のあるべき姿であるので、インド象じゃなかったインド蔵

・林家しやは:うえから読んでも、下から読んでも「はやしやしやは」

・ハヤシライス:もう林家ですらない。

・林家いやんばかん:

もっと深い思考が必要だ。

2006年10月20日

槙原敬之が松本零士に抗議を受けるの巻

以前、「お前の歌詞は、手垢のついた言葉の順列組み合わせに過ぎない」と批判をうけた、なかにし礼が「お前の話している日本語も、単なる順列組み合わせだろう」と鮮やかに切り返したことがある。

槙原敬之が松本零士に、歌詞の一部で、「銀河鉄道999」からの無断使用を行っていると抗議を受けている。

新聞報道によると、問題は、10月に発売された「約束の場所」の「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」という歌詞。漫画の方には「時間は夢を裏切らない、夢も時間を裏切ってはならない」という文章があり、松本氏は「文章の前後を入れ替えただけ」と指摘している。

色々ご意見はあると思うのだが、これが無断使用だと抗議されてしまうのは、槙原が可哀そうな気がする。若い時は、大きな夢をもっているが、年齢を重ねるうちに、夢を失ってしまう…という、時間と夢の悲しい関係は、テーマにしているドラマ、歌なんか腐るほどある。

焦点は、夢と時間の関係性を表す言葉として、「裏切る」という語句を使うことが、松本零士専売特許ともいえるユニークな表現なのか?というところだが…。そんなことはないよねえ…と思う。

「夢」「時間」「裏切る」の順列組み合わせ~幾つもバリエーションはあるだろうが、大切なことは、いつまでも大きな夢に向かって全力を尽くせ…というメッセージなのではないか?

人間が小さいぞ、松本零士。同じメッセージを送った、Chemistry&マッキーにエールを送るくらいの懐の深さをみせたらどうだ。その際は、岡村孝子にも、同様にエールを送って欲しいと思うのは、俺だけだろうか?社会人になりたてのときに、自転車で夕陽を追いかけながら、歌った記憶が、まざまざとよみがえる~「あなたの夢をあきらめないで、熱く生きる瞳が 好きだわ♪」~まあ直接関係はないが。

2006年10月19日

早くも今年を振り返って①~祝300エントリー記念

やっとブログを書ける状態になった。

藤田氏の死去以来、何だか倦怠感が押し寄せてきて、グタッとしていた。疲れたときに見る、トラウマ系の夢が2つあって、1)大学受験が間近なのに、準備が全くできていないので、絶望と恐怖に慄く夢、2)卒業が間近なのに単位が足らなくて、絶望と恐怖にのけぞる夢。(両方とも、フィクションでないので、リアリティがいつも凄い)

いずれにしても、絶望と恐怖にのけぞったり、慄いたりするわけだが、今回は、スペシャルに疲れていたため、未だ嘗てない両方の夢のハイブリッドバージョンをみてしまった。

大学に入学したものの、卒業できないことになり、他大学を受験しようとするが、準備が足らなくて、ニッチもサッチもいかなくなり、絶望と恐怖に七転八倒する夢であった。ホントに、怖かったっす。

それにしても、今年は色々なことがあった…とまだニケ月以上あるが、今年を振り返ったりしている。2月に叔母が亡くなり、4月には、東芝の子会社からヤフーの子会社に。悪戦苦闘の日々があり、周囲で病人が続出し、藤田さんが亡くなった。この11月には、姉が実家をでて、関西で一人暮らしを始める。

悲喜こもごも、イベントが多い一年だったが、もうこれ位でサプライズは勘弁してよ、これ以上何かあったら泣いちゃうよ…って感じ。このまま、静かに安らかな日々が続いて欲しいと心から思うのであった。

ただ、悪い年だったかと言えば、想定外のことも多く苦労はしたが、決してそうは思わない。東京に出てきてから10年以上経過し、その間に形成されたある種のルールだったり秩序だったりが、一旦今年全てリセットされて、これからの新しい10年の枠組みを構築し始める~会社生活もプライベイトも~創造的破壊と再構築の年だったような気がする。

新しい目標をもって新しい生活をする。そんな気持ちでいられる自分は、幸せだと、ひろさちやのように、シミジミ思ったりする。

ついでだが、早いもので、このエントリーで300本目。昨年12月中旬から書いているので、今年あと80本くらい書けば、一日一本平均を達成出来るということになる。別にだからどうってことはないのだが…。

2006年10月16日

藤田憲一さんの死について

先週の木曜日に、藤田憲一さんが亡くなられた。

彼は、弊社の元社員であり、ビジネスパートナーでもあった。

2年前、彼から、スキルス性胃癌であり、しかもかなり進行していることを打ち明けられてから、この日が来ることはわかっていたはず。しかし、手術後も精力的に活動を続ける彼をみて、現実感をもって想像することは、できなかった。

木曜日に死の報せをご家族から受けて以来、何か呆然とする思いで、ここまで時間を過ごしてしまった。土日に、通夜と告別式があり、参列をしたが、それでもまだ実感が湧かず、倦怠感が押し寄せてくるようで、未だに気持ちの整理ができない。自分でも、こんなにインパクトを感じるとは思ってもみなかった。

でも、実際のところ、僕は彼の事をずっと考えていたのかもしれない。ここ数ヶ月、僕は自分の生き方に大きな修正を加えようとしているが、そのベースにあったのは、彼の壮絶な生き様であったからだ。

進行癌の宣告をうけ、胃の殆どを摘出する手術後、直ぐに全ての癌細胞を除去できなかったことが判明。普通であれば、入院し、ベッドの上で、交錯する恐怖と諦念に、自ら何らかのケリをつけつつ、死を迎えるのであろう。

彼は、そういうオプションを選択しなかった。病気になる前と同様、働き続けることを選んだ。彼にとって、「働く」とはお金儲けではなくて、「藤田憲一」という人間を多くの人に表現することではなかったか?と今になって気付く。増殖していく癌細胞に、真っ向から立ち向かい、全力で自己を表現し続けた。

確かに、癌は彼の肉体を滅ぼすことに成功したかもしれない。しかし、彼の精神は、そして「表現者」としての魂は、最後まで屈することはなかった。

男は、出処進退が見事でなくてはいけない。彼ほど、鮮やかで光彩を放つ生き様を見せた人間が、どれだけいるであろうか?

彼が死んで、僕は生きている。彼と僕の、運命を分けたものは、単なる偶然でしかない。偶然生き残っている僕は、僕の生きている意味を突き詰めなくてはいけないと感じる。生かされていることに喜びを感じ、夢に向かって全力をつくし、生をかぎりなく昇華していく。それだけが、全力で駆け抜けていった友の死をうけて、僕がすべき全てのことではないかと思う。

明日は、休暇をとった。山積みになった仕事をまず、一つづつ片付けていこう。生きている限り、前に向かって歩み続ける…。藤田さん、そういうことでしょ?

2006年10月12日

北朝鮮核実験その2

北朝鮮が核をもった(らしい)ことにより、色々なことが起こっている。

各紙の社説をみると、「ただ無念~でも非核三原則は遵守~平和的交渉だ」「集団的自衛権を現実的なオプションに落とし込まなくては」「核アレルギーをすて、核保有も検討にいれなくては」…と各紙バラバラの論調。

ニュースジャパンでは、解説委員が、弾道ミサイル迎撃用最新パトリオットミサイル配備妨害を「無責任も甚だしい」と厳しく批判。

中国の面子はつぶれ、ロシアは沈黙し、韓国の融和政策は批判されている。北朝鮮は、制裁決議は、宣戦布告に等しいと言っている。

安倍首相は、「より危険な新しい核の時代に入る」というコメント。

何が何だかさっぱり分からないが、一つ言えるのは、核実験が成功し、幾つかの核弾頭を北朝鮮が保有していると仮定すると、未だ嘗てない危機に、日本が瀕していること。危機に対処するには、冷静に常識を働かせる必要がある。

俺の思う常識的現状分析としては…
1.北朝鮮は、国際世論など鼻ッから何とも思っていない
2.経済はがたがたで、食糧も不足しているので、このままでは破綻する
3.核は、彼らにとって最後で最強のカードであることを、よく理解している
4.中国とロシアは、なんだかんだ言って裏で北朝鮮と握っている(かもしれない)
5.奴らのミサイルは何処に飛ぶかはよくわからない~つまり狙ったところに落ちるとは限らない
6.アメリカを除いては、日本に原爆が落ちても、痛くも痒くもない
7.非核三原則が、既に有名無実なのは子供でも知っている

ゴールは、北朝鮮の核放棄と査察受け入れ。短期間で。

こういう前提条件の中、ある新聞社説のように、国際平和を説いて、無条件6ヶ国協議への復帰~核放棄なんて、どこのアマちゃんか…という話しであることは言うまでもない。

人間が、不本意な行動をとるのは、それなりに理由がある。つまり、現実的な恐怖しかない。カダフィが核放棄を2003年に行ったが、それはイラク後アメリカの新しい標的とされては、たまらないと思ったからではないのか?

軍事制裁カードを具体的にちらつかせながら、甘い餌も用意する。ブッシュは軍事行動を明確に否定しながら、42条盛り込みは譲らない。アメリカは、流石に試合巧者だ。

まあ、面白がっている場合ではない~こちとら、無防備の東京で働いているのだから。

いずれにしても、実際の脅威の前には、理想論や奇麗事は全く意味がない。現状を動かすのは、洞察力と想像力だ。

2006年10月11日

北朝鮮核実験

北朝鮮核実験のニュースが飛び込んできた。これは、マジでヤバイ話ではないのか。

核を北朝鮮が保有したと仮定する。

日本を射程圏内においている、北朝鮮の核弾頭搭載可能なミサイルは200発ある。そのミサイルを迎撃して打ち落とせる能力は、日本の自衛隊にはない。北朝鮮は、経済制裁と飢饉で、深刻な食糧不足にある。

今回、新たに北朝鮮が手にした(といわれる)核爆弾は、一体世界のバランスに何をもたらすのか?

北朝鮮の朴国連大使は、「既に、今も制裁下で生きている北朝鮮は、何の制裁も恐れない」と言っている。そのうえで、「今後も核抑止力強化のために必要な全ての措置を続ける」と主張している。

核を手中にした(かもしれない)北朝鮮に、そのほかの国が従来の制裁を緩和させることはありえないであろう。北朝鮮は核実験を強行することにより、更に追い詰められ、核をちらつかせて周辺諸国を威嚇するというチキンレースを仕掛けている。核を得たことにより、逆に言うと核放棄というカードを手にしたともいえるが、このカードを切って、彼らが現在望んでいる金融制裁などの緩和を勝ち取ろうとするのか

一般人には、正確にどう状況が変化していくかは予測し難い。しかし、少なくともいえるのは、長崎クラスの原爆が、日本にむかって発射される可能性がゼロではないということ。(最も日本を混乱させるであろう標的は東京であることは言うまでもない)

政治学の授業で、世界の平和を守る一つのロジックが、核によるbalance of powerと学んだ。それは、ソ連とアメリカという超大国が、地球を数え切れない位滅亡させるに相当する核爆弾をもち、双方がにらみ合うという状況を意味した。使われることのない核爆弾の山が、balance of powerという幻想を産み、戦争を抑止するという構造である。前提は、核は二度と使わないという人類の英知であり覚悟である。

balance of power~格の抑止力という幻想が、制裁下にあり食糧難である極東の小国に、どれだけ有効なのか?ヒロシマ・ナガサキから教訓を得ているとは、考えにくい北の独裁者が、ボタンを押すシナリオなど無数にある。

マジでヤバイ話しなんだと思う。我が国の政治は、このリスクに対して機能しているかは、甚だ疑問である。民主党は、「核実験を行わないことを含めて、6カ国協議への無条件復帰を北朝鮮に求めるべき」という主張らしい。この主張どおり行けば、それは素晴らしいが、既にルビコン河を渡ってしまった北朝鮮をどのようにして、6ヶ国協議に無条件復帰をさせるのか?マジに考えているのか?

自民党の中川政調会長は、「わが国は冷静に毅然とした態度で、国際社会と協調して取り組んでいかなければならない」と述べ、制裁を含む国連安全保障理事会決議採択を目指していく考えを示している。そもそも、中国は拒否権は行使しないのか?国連の決議採択が現状好転にどれだけのインパクトがあるのか?何を解決するのか?

安全保障上、ここ数十年で最大の危機を迎えている(のではないか)と思うのだが、日本はまだ眠っているように、ぼんやりしている。

2006年10月09日

空は青い

鎌倉では、高い建物は建築できないルールになっているらしい。

息子の試合を観に中学のグラウンドに行く。高台にあり、周囲に他の建物は、何も見えない。風が山から吹き抜ける。都会に吹くビル風とは違い、ちょっとひんやりしていて気持ちがいい。

見上げると、空が広がっている。青い。こんなに、空って高くて、青いのかと驚くほど。子供の頃は、ぼんやりと何時間も海を見たり、空をみたりする事があった。海も空も、一色の青ではなくて、深かったり、キラキラしていたり、沈んでいたり、天候や季節によって、様々な変化をする。

東京で働いていると、微妙な空の変化や季節の移り変わりに、なかなか気付かない。

ぽかぽかした陽気に、野球の試合をみながら眠たくなる。ニ遊間にゴロが飛んだ。息子が、ダッシュして、すくい上げて、一塁に送球する。とてもリズミカルな動き。小学校から見慣れている彼のフィールディングをみて、また眠気が増す。

ふっと気付くと、もう次の守備になっている。彼は、ショートの守備位置に全力疾走している。小学校のときの監督に、守備位置には全力疾走しろといわれたことを、誰に言われるまでもなく、習慣のように守り続けている。

ふと見上げると、今度は、雲が西に向かって流れ始めている。1時間前より、深い青だ。木々がざわざわと揺れている。「山の音」が聴こえたような気がした。

2006年10月08日

イグ・ノーベル賞

イグ・ノーベル賞という賞をご存知?5日にハーバード大で授賞式があった。

この賞は、「人々を笑わせ、考えさせてくれた研究」に与えられるもので、16回目の今回は、6人のノーベル賞受賞者も参加。

受賞研究としては、
「キツツキは何故頭が痛くならないか?」「乾燥スパゲッティを曲げると、しばしば2つより多い部分に折れてしまうのは何故か?」「誰も目を閉じていない集合写真を撮るには、何枚撮影すればいいか」など。

研究自体は、極めて大真面目なもの。

日本人も以前から受賞はしていて、「ピカソの作品とモネの作品を識別できるようにハトを訓練」「ハトに嫌われた銅像を化学的に考察」など。

確かに、キツツキのことは、以前から俺も気にしていたが、研究しようとは思わなかった。(イグノーベル賞向きの疑問は、100くらいあるのだが…)人間の興味の広さと深さは、驚嘆するばかりである。「ピカソの作品とモネの作品を識別できるようにハトを訓練」するモチベーションは一体、何なのか?(心理学賞を受賞しているので、心理学にまつわるテーマなんでしょう)想像すらつかない。

何かに、興味をもって深く追求できるのは、そのこと自体が一種の才能だ。

2006年10月07日

田中真紀子氏の国会質問

田中真紀子氏が、安倍首相に質問する様子を観た。

一頃は、その歯切れのよさと、余りにもシャープな表現で人気を博した。小泉、小渕、梶山を評して「奇人、凡人、軍人」って、ハマリすぎていてニヤッとしてしまった。

本日の質問では…(民主党ホームページより)

1)「永田町で見ると、子どもが大人の靴を履いて通りに出てしまい、右へ右へと歩いているようだ」(議員暦13年の安倍氏が首相になったことに対して)

2)「美しい国、日本」という総理のキャッチフレーズを引き、それならば「美しい内閣が出来ると思っていたが、この顔ぶれだ」(内閣顔ぶれを皮肉って)

3)京都大学の中西輝政教授の「日本文明の興廃」から「日本の先の大戦への関与は侵略戦争ではなく、止むを得ざるものであった」との見解を引用し、総理の「美しい国、日本」との共通性を指摘

4)2002年の小泉訪朝の際の粘りが足りなかったために問題の全面解決が出来ないでいると批判し、その際に官房副長官として同行した安倍総理にも連帯責任があると追及。

5)田中議員は、総理に日中国交回復に反対をした自民党内右派グループである青嵐会を想起するように求め、総理にはそのDNAが受け継がれているとした。

6)日中国交回復においては日本の軍国主義者と国民を区別した中国の知恵があり、極東裁判のときには天皇の不訴追と戦争放棄を組み合わせた米国の知恵があったと指摘し、日本の侵略を認めて国際的に共通の歴史観を腹に据えてもらいたいと主張

驚くほど、支離滅裂。
1)は、表現も陳腐だし、面白くない。2)もだからどうだ…と思う。3)は、安倍首相ではないが、「どこが重なっているかよくわからない」4)拉致被害者からの安倍氏に対する信頼感をどうみるのか?大体、彼女が外相の時に何をしたというのか?5)青嵐会のDNAなんて、安倍晋三にどう伝わっているのか?当然石原伸晃には、遺伝学上伝わっていると思うが…6)軍国主義者と国民をわけて、日本国民も軍国主義者の被害者だというのは、周恩来の中国国内向けに作ったロジック。米国の知恵のほうは意味不明。

事実誤認や思い込みのオンパレードなわけだが(それはいつもの事だが)、決定的なのは、以前はピッタリあっていた彼女の言語感覚と時代の間に、大きなズレが生じていること。彼女が、どれだけの政治家かはわからないが、優れた言語感覚により多くの人間の共感を得ていた…昔は。今日も、特異な表現は使ったが、共感を生むものではなかった。ただ、無礼で、不適切なだけ。

田中真紀子氏は、確かに日本のある時代を代表する政治家だったかもしれない。しかし、その時代は遠く過ぎ去ってしまったことを、はっきり感じた。

2006年10月06日

山本モナさんって誰なんですか

人名トピックランキングのアクセス数で、忽然と一位に登場した山本モナさんって、一体誰なのか、最初恥ずかしながら、全然わからなかった。でも、今はよくわかっている。

ご存知のように、山本さんは、細野議員と路上でイチャイチャしているところを、写真週刊誌に取り上げられたわけだが、何か凄い話になっている。

俺は、コンビニでこの写真週刊誌をチェックしてみたが、問題の本質を即座に理解できた。つまり、山本さんと細野議員のキスシーンって、まるで映画の一シーンのように美しい…。女性キャスターと新進気鋭の青年代議士の恋、いいじゃないの、ハリウッドみたいで。
上野千鶴子がどこかで書いていたが、恋愛できるかどうかは、持って生まれた能力で、婚姻関係によって消失するようなものではないらしい。そういう意味では、まあしょうがないのではないか。
実際、誰も、この種の倫理観を政治家に求めていない。(と思うけど、違うのか)政治家というのは、リーダーシップがあって、コミュニケーション能力があって、エネルギーが有り余っている人がなるんだろうから、こういう事もあるでしょう。政治家に、ボーイスカウトのような倫理観を求めるのは止めよう。

ところで、毎日新聞の牧専門編集委員の書いた記事だと、「安倍政権の陰謀によって民主党議員と女性キャスターの関係が密告されて、写真週刊誌が動いた」ことを匂わせている。また牧氏は、「これは、極めてプライバシーの問題なので、赤の他人がとやかくいう事でもない」とこちらは断言している。
で、この牧氏の発言が、ネット上で波紋を呼んでいるらしい。

恐らく、牧氏は冗談を言っているのに違いない。まあ、冗談としてもレベルはかなり低いが…。笑ってすませよう、、この際。

さて、山本モナさんは、ニュース23の新しいメンバーらしい。(なんと、筑紫哲也氏が残って、残りメンバーが交代するという乱暴さ。筑紫氏が辞めて、残りメンバーが継続するなら意味は分かるが、どういうこっちゃ。)

まあ、滝川クリステル派の俺としては、余り興味がないのではあるが。


2006年10月05日

より良く生きていくということ

社長という職種は、本当にヤクザな商売で、オーナー社長でなければ、業績により、くびになるリスクをいつも抱えている。

おまけに業績の良し悪しというのは、かなりの部分が運に左右される。

また、この職種は、色々な人と、深い係わり合いを好むと好まざると持ってしまうという意味で、かなり大変な仕事だと思う。ベンチャー企業の社長になりたい奇特な人もいるが、他者のプライバシーや苦悩などと真正面から向き合える覚悟がないのなら、やめておくほうが賢明だと思う。

色々な人と話しをする中で、本当に皆一生懸命生きているということを痛感する。生まれ、育ち、健康状態、家族、能力など、ある種の制約条件の中で、もがくように生きている。ここでも、また個人ではどうしようもない運、不運がある。どんなに節制しても、重い病気にかかってしまい死んでしまうかもしれない。生死をわけるのは、単なる偶然でしかない。

ままならぬ人生だからこそ、よりよく生きる最善の努力をすべきではないかと最近よく思う。ドラッカーがどこかで書いていた~人間は働き続けるべきである、しかし年を重ねるにつれてフォーカスを営利追求から非営利の社会貢献型へとシフトするべきである、そしてよりよく生きていくためには、それなりの準備期間が必要である…と。
(個人的には銀行ローンもあるので、営利追求型のまま働き続けるに違いないが)

いつものように、ドラッカー爺さんのいうことは、本当にうんざりするくらい正しい。準備を開始せよという心の声が聞こえる。

会社を、安定した成長軌道にのせることを、最重要課題として、それ以外にかけるエネルギーは、我知らず最小限にしてきた。何となく生の実感がない暮らしをここ数年間続けてきたのでは…それでいいのか?

アグレッシブに前進をしながら、いつも上手く行かないときの事を考えて、幾つかポケットに代替案をもっている。本当に、そういうマインドでゴールは達成できるのか?

最近の「よりよく生きる」ことへの自問は、割と内面のベーシックなところをつくものが多い。未だ、回答はでていない。

もっと多面的に生きていくべきではないか?(多面的と矛盾するようだが)もっとシンプルに生きていくべきではないか?自分と自分の未来をもっと無邪気に信じてもいいのではないか?…なんて風に、つらつら考える。

夢を信じ、一瞬一瞬を大切に、楽しんで生きるというのが解なのでは。思い返せば、自分でつくった狭い箱の中で、いつしか身動き取れなくなっていたような気がする。前述したように、生死をわけるものは運でしかない。だとすれば、躍動感のある生き方をして、生の充実を図るべきではないか…まだよく纏っていないが、そんな風に思う。

2006年10月04日

ハロウィン アンフェアー

すっかり秋めいてきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

と、改まることでもないが、鎌倉では、金木犀の香りがそこはかとなく漂い、ああ今年も後僅かだなあと感じる。

先日、英勝寺という小さなお寺(横須賀線の線路沿いにあります)を訪れた。
境内に彼岸花が咲き乱れていて、とても美しい。白い彼岸花というのもあり、何かとてもはかなげで心引かれる風情であった。このお寺は、間口が狭いのだが、入ってみると、竹林はあり、その奥の山を借景にして意外なほどに広がりを感じさせる。

鎌倉のお寺は、一見質素で手狭に感じる場合でも、一歩足を踏み入れると、驚くほど豊かで美しい小宇宙をもっていて、驚かされることが多い。長い間、この地で丁寧に地道に培われた、歴史の重みに思いを馳せてしまう。

さて、本日の御題のハロウィンであるが、最近では、色々なところで行われていて、近所のガキじゃなかったお坊ちゃん、お嬢ちゃんが、"Trick or Treat!!"などといいながら、お菓子をねだったりする。こういうハロウィンパーティには、父兄の方の労力も多大なものがあり、それはそれで素晴らしいとは、思う。

でも、この薄っぺら感はなんでしょう。地域独自のお祭りというのは、綿々と伝わった歴史の重みを感じさせる。日本におけるハロウィンは、一体どうよ…と思うわけである。

いきなり、ケルト人の宗教行事を、しかもお菓子を配るところだけ切り取って行おうというモチベーションがよく判らない。(殆ど仮装大会状態ではないか)

ところで、アンフェアー。最初の15分で、あの爺さんが犯人なのは、すぐわかった。江口洋介の人物設定にふくらみがない。腐敗した警察を立て直すためにクーデターを起こす。その資金として海外口座に多大な資金…という設定にリアリティがなさすぎる。その金をつかって、武器とか弾薬とか用意するつもりだったのか?もし雪平のお父さんも一味だったら、写真に写っているのは6人ではなくて7人ではないか?などディテイルにも綻びが目立つ。2時間スペシャルなら、もっとシナリオを詰めたほうがよかった。前作の、緊張感、スピード感が失われたし、雪平刑事の魅力も発揮できなかったような気がする。

2006年10月02日

CD衝動買い イーグルス

俺は昔、飲めば歌う男であった。深みのある低音、伸びる高音、あっと驚くファルセットなど、一世を風靡したものである…かどうかは判らないが、とにかく歌う男であった。

ミスチルを聴いて、ボーカリストは桜井に任せよう、どうやらワシの時代ではないようじゃ…と引退して、ビジネス界に身を投じ幾年月…御託を並べるのはこれ位にするとして、とにかくここ数年カラオケなるものに興じたことがない。嘗ての美声も…しつこいか。

例によって、CDの衝動買いをした。THE VERY BEST OF THE EAGLES。中学の時に聴いて以来、ずっと好きだ。95年の「最後の来日」、2004年の「第1回サヨナラコンサート」と二回も東京ドームにも行っている。何回サヨナラコンサートをやればええんじゃ、ざけんな…というところだが、そこはご愛嬌。

このベストアルバムは、数多くあるベストアルバムのうち4枚目ということで、このイーグルスというグループの商魂たくましさは、本当に詐欺に近い。このアルバムの曲揃えとしては、呪われた夜、ホテルカリフォルニア、ニューキッズインタウン、Take it easy, Desperado, I Can't Tell You Why,Life In The Fast Laneなどなど、名曲ばかりなので、商売っ気も大目にみようかって気になる。

さて、何故冒頭にカラオケの話しをしたかというと、このベスト盤を聴いて、猛然と歌いたくなったからである。ホテルカリフォルニアでソロをとり、ニューキッズインタウン、Take it easyではバックコーラスを、Desperadoで渋く決めたりしたい。
よく、聴いて楽しいのはビートルズだけど演って楽しいのはストーンズとかいわれるが、コーラスで参加するならイーグルスが一番楽しいのではないか。全員ボーカルがとれるチームだけあって、どの曲もコーラスが気持ちいい。

ホテルビーナスでも主題歌になったDesperado。歌詞を読み返してみると、ぐっとくるものがある。

デスパラード、いい加減に目を覚ませよ
フェンスからおりて、ゲートを開けてみるんだ
雨が降っているかもしれないけど、見上げれば虹が広がる
誰かに心を開いてみなよ、全てが手遅れになる前に

な~んて歌詞なんだけど(和訳は、俺がしたので、問題があるかも)、フェンスからおりてゲートを開ける勇気があれば…って思うことは誰にでもあるのでは。