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渡嘉敷島集団自決は捏造だった  このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリー参照しているはてなブックマーク このエントリーをdel.icio.usに追加

所謂イメージというものがあり、事実を認識することを阻害することがある。

第二次大戦中、日本軍が残虐で、非人道的であるというイメージは、かなり確立されたものがある。でも、よく考えると、戦争というそれ自体残虐で非人道的で異常な状況にあって、日本軍だけが残酷であるということは、ありえない話である。

また、戦前、戦中、戦後で、日本人は、日本人として連続性をもち、司馬遼太郎のいうように、明治時代の栄光と矜持に満ちた日本人が、昭和初期の20年間だけ、狂ってしまって、全てをぶち壊したということも、考えにくい。

この度、長い間、軍から強制自決の命令を受けて、315人の島民が集団自殺したといわれていた、「渡嘉敷島集団自決」が、遺族達に傷病者戦没者遺族援護法を適用するための捏造であることがわかった。

これまで、事実とされていたのは、1945年春、慶良間列島の島々が激しく米艦隊砲射撃にあった際
1.赤松元大尉は、住民が軍陣地に避難することを拒否し、自らは安全な壕に避難
2.赤松元大尉は、住民に自決命令をだした
3.結果、300人以上の住民が、悲惨な集団自殺をした

今回、元琉球政府職員のインタビューにより、事実としてわかったのが、
1.軍陣地は、攻撃が集中して危険なので、最初から民間人をいれるという考えはなく
2.赤松元大尉は、住民は非戦闘員なので、生きられる限り生きてくれと言っていた
3.戦後、貧困にあえいでいた住民が、厚生省の援護課に、援護法の適用を要請したが、「自決が軍隊の隊長の命令なら適用することはできる」といわれた
4.赤松元大尉は、貧困にあえいでいる住民を救うため、捏造された自決命令書に印を押した。

ということで、これまで、残虐で非道の指揮官とされていた赤松元大尉は、住民の為に自ら十字架を背負ったのであった。この事件の不透明さは、既に3年前曽野綾子氏の取材により指摘されている。その指摘によれば、この事件の鍵を握る証言者は未だ存命であるにもかかわらず、「週刊朝日」の記者を除いては、大きく取り上げた新聞社の記者、「沖縄ノート」で赤松元大尉を激しく攻撃した大江健三郎氏も一度も現地で取材はしていない。

勿論、そういう自決命令がなかったとして、行き場のない住民に自決以外の道があったのかということはある。しかし、その過酷な状況は、赤松元大尉が負うべき責任でもなければ、彼に対するこれまでの、(恐らく)根拠の乏しい批判が、正当化されるものではない。

今回判明したこととして、赤松氏は死の3ヶ月前、もう寿命も長くないので、真実を公表し、名誉を回復したいという意志を示していたが、援護法適用が取り消しになることを恐れた関係者は真実を明らかに出来なかったらしい。

創られたイメージが広がることは、非常に恐ろしい。このように、正反対の事実が、日本の歴史として認識され、日本人の精神をゆがめ、罪もない人間を過酷な状況に追い込む。

戦後教育を受けたものにとって、昭和初期の20年は、暗黒の時代で、全てのものは悪であるという認識を持たざるを得ないような教育を受けた。しかし、もう一度、戦争を知らない世代のクールで、客観的な視点で、現代史を検証するべき時が来ているのではないか?何が、真実で、何が真実でないのかという検証・総括を終えない限り、日本の戦後は永久に続く。

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