価値のある生き方
家族と話しをしていて、ちょっと思い出したことがある。
話した内容は、価値ある生き方とは何かということで、名も無く、貧しく、美しくというような、無名の一般市民として、普通に生きていくことではないか?というような話だった。
で、「余り名も無く、貧しく、普通に」で、本当にいいのか?と思ったわけである。
秀吉は、和歌を細川幽斎に学んだ。細川幽斎は、古今伝授を受け二条派正統を継承した当時唯一の古今伝授の伝承者である。勿論、秀吉は、要民出身なので、和歌の素養などゼロ。幽斎から、教えを受けたが、最初はなってなかったらしい。少しづつ修辞法など覚えていく
小説によれば、秀吉は段々独自な世界を確立していく。幽斎は、その歌をみて、自分がただの古典の模倣者であり、纏ってはいるが、深遠な世界には到達していないことを感じていくのだった。
そして決定的な事件が起こる。それは、秀吉が、自らの心象風景を描いた和歌の中で、「柴の庵」と自分の住処を表現したことであった。
秀吉には、装飾の限りを尽くした大阪城、黄金の茶室が「柴の庵」に見え、感じたのである…。幽斎は、秀吉が自分が触れることすら出来ない高みにまで上ってしまったことにショックを受け、秀吉はそんな幽斎を、哀れみの眼差しで見つめる…。
もしかすると、普通に生きていくことによって、何らかの優れた模倣者にはなり得るのかもしれない。しかし本当に価値のあるもの、美しいもの、役に立つものを創造するのは、極めてシビアな精神的、肉体的緊張を強いる。そういった苦しみに耐え継続して何かを追及したものだけが、本物を手にすることが出来るし、そういったことを価値ある生き方というのではないだろうか。
ということで、秀吉が「黄金の茶室」を「柴の庵」と詠んだことを思い出した。織田信長と比較すると、革新性や美意識で劣っていると言われることの多い秀吉だが、このエピソードには、凄味を感じるし、何かの境地にたどり着いた修行僧の趣がある。(まあ、実際には、秀吉は修行僧とは180度違う、快楽的消費の限りを尽くしたわけですが…)
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コメント
「名もなく普通であんまり貧しくない」がいいと思います。
投稿者: ひろし | 2006年08月04日 12:35
とにかく、生活には困らず、CDとか本とか買うのに躊躇することなく、時々旅行に出かけたり、うまい酒を飲めたり、おいしいケーキ屋さんでケーキを買ってこれたりすれば、いいですね。
投稿者: 金田 | 2006年08月04日 12:40
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投稿者: dnhcwxucsd | 2007年07月22日 20:34
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