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組織と個の話し(1)  このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリー参照しているはてなブックマーク このエントリーをdel.icio.usに追加

長篠の戦いには、昔から大きな疑問がある。

長篠の戦いは、天正3年(1575年)5月、三河国長篠城をめぐり、織田信長・徳川家康連合軍3万5000人と武田勝頼軍1万5000人との間で行われた戦い。

この戦いで、大規模な柵と3000丁の鉄砲を用意した織田軍は、迫り来る武田騎馬軍団を粉砕した。有名な三段撃ちの話し。

第一陣が三段撃ちの餌食になったにもかかわらず、何故武田軍は自殺的ともいえる突撃を繰り返したのか?

季節は、旧暦の5月であり、つまり梅雨の時期なので、雨が降れば当時の火縄銃は使えない。わざわざ天気のいい日に総攻撃をかけなくても良かったのである。

また、広範囲に柵を作って、騎馬軍団の突進を待ち、三段撃ちにする作戦が成功するのは、唯一柵に向かって騎馬が突進を繰り返したときのみである。迂回する、相手が動くのを待つ等、柵と三段に構えた鉄砲隊を無力化することは、少し頭を働かせれば可能である。事実、所謂三段撃ちが、画期的な成功をあげたのは、長篠の戦い以後ない。

当時、武田騎馬軍団は、神格化されるほどの強さを誇っていた。2倍以上の兵力をもちながら、織田・徳川軍はかなりビビッていたに違いない。頼みの鉄砲3000丁が無力化されれば、結果は逆になっていたかもしれない。

自殺的な突進命令が下されたときに、盲目的にアタックを繰り返してしまう組織と個人の関係が、三段撃ちを成功させたのではないか?ある命令をうけて、一糸乱れず行動する組織は、美しくもあり、武田騎馬軍団の強みでもあり、伝説化するほどの成功を収めてきたのは事実。

しかし、待ち構える鉄砲3000丁と柵という、従来ない環境におかれた時には、過去の成功要因は、大きな失敗要因になった。本来、命令があれば勇気をもって突っ込み、相手を蹴散らすというパターンしかしらない組織には、不測の事態でアドリブを効かせることのできる「個」など存在しない。

組織の方針に盲従する個~この「組織とメンバーの関係」は、大日本帝国まで遡る必要はなく、カルト宗教集団、昨今の勝手に文書を偽造したり、データを偽造したり、人のハンコを捺印したりするお役所や大企業にも共通した問題点である。

プロとしてのスキルと(会社人ではなく)社会人としての常識・見識をもち、組織の成員として、変化に対応して、正しい方向に組織を導くことができる、独立した個の欠如こそが、武田騎馬軍団=現代の大組織の問題点であり、日本型組織(といえるかどうかわからないが...)の克服すべき点であると思う。

<予想をしているより長くなったので、次のエントリーに続く>

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コメント

こんにちは。「日本史」から「現代社会の問題点と解決策」をひねり出している点は「司馬文学」より役に立つと思います。
面白い。
さすが「長州藩」ですね。
武田の騎馬隊も大日本帝国も「長い戦い」を強いられながらもさしたる「収穫」がなかった。
家来が敵に内通して「わざと負ける戦」をさせたとも考えられますね。~足利尊氏~

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