公立中高一貫校の求める生徒
最近、公立の中高一貫校というのが数多くできているらしい。
これは、個々の生徒の能力に合わせた教育をするためには、中学校と高等学校で全く別な教育をするよりも、一貫性を持たせた教育をした方がよいという考えから、全国的に創立されているようだ。
報道によれば、公立一貫校の入試(適性検査)は、所謂受験問題とは異なり、対策がたてにくいらしい。どの教科とは断定できない複合問題を意図的に出題しているため。求める生徒像は、受験テクニックに秀でているというよりも、学校行事などにも積極的に参加したり、スポーツに打ち込んだりという経験をもつということらしい。
インタビューで、ある一貫校の校長は、「受験対策をやって、型にはまった解答を書く子はいらない。独創的な答えを書ける子が欲しい」と答えているし、前述適性試験の傾向も、そういう学校側の方針からくるものであろう。
しかし、小学校6年生の段階で、独創的な答えをだすことが可能であろうか?また可能だとして、独創的であることを奨励することがいい事なのだろうか?少なくとも、小中というのは、知識や思考のフレイムワークがまだ出来上がっていない。よって、徹底的な暗記や模倣で、そういうフレイムワークを身に付けるべきなのではないか?
そうでなければ、真の独創やユニークな思考を行い得ないのではないか?独創的な小学校6年生というのは、よほどの天才でなければ、単に幼稚であったり、風変わりである事を意味し、個性とは言い難いのではないか?
学校行事やスポーツに打ち込む子は、(一貫校で必須らしい)面接試験や内申書で、非常にわかり易い形で、選考担当者にポジティブな印象を残せるだろう。しかし、そのことに如何程の価値があるというのだろうか?要は、プレゼンしやすいセールスポイントを持っているだけではないか?
一貫校で求める生徒像が、非常に皮相的な価値判断に基づいているように思えてならない。
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コメント
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投稿者: kkiukubwct | 2007年08月17日 18:04