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両手いっぱいの言葉  このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリー参照しているはてなブックマーク このエントリーをdel.icio.usに追加

昨日のブログについて、余りにもパターン化しているとの指摘。

つまり、僕は、

・未来はリスクに満ちている
・でも、勇気をもって楽しもう。さあジャンプ!!

と、このブログで、何度も書いているとのこと。「その前向きさは、一貫して病気だ」というのが、骨子。(「よくもまあ、ピョンピョン,ジャンプするって、ウサギかアンタは」とも言われている~密かに傷ついている)

全然、気付かなかった。

京都、神戸の出張から帰ってくると、机の上に「両手いっぱいの言葉」という寺山修司のキーワード集。ぱらぱらめくっていると、丁度関連した言葉たちが…。

飛翔
鳥はとんでるときには、決して下を見ない


小さな男が大きな男に勝つ為には、小さな男が大きな男より「不幸」でなければならない

希望
希望は美しい、絶望も美しい。だが両者をわけるものは、もっと美しい

革命
革命はダイナマイトによってじゃなく、小さい注意心によってなされるものです

人生
人生には、答えは無数にある。しかし、質問はたった一度しか出来ない

曖昧模糊とした現実を、エッセンスだけこうやって、取り出せる人って、すごいですね。ただただ敬服。

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コメント

私は、良い意味での「パターン化」と敬服しています。暗い時代ですから...
むしろ、周囲の意見に傷ついたり、「古代人の文章」をまにうけている社長の姿勢を危惧しますが...

うーん・・・私は、前向きなパターン化もいいと思いますし、それに反して、周囲の意見やいろんな言葉(文章)を取り込める所、両方あるほうがいいと思います。どちらかだけだと、傲慢であったりネガティブ(?暗い方ね)であったりして、そっちの方がよくない気がします。経営者はいろんな意見を聞ける姿勢が必要だと思います。

古代人って寺山修司のことなんですよね…過激ですね

前向きなのは、もう一種の性格かもしれないですね。別に楽天家というわけではないのですが、姿勢としては、前向きですね。酒飲んでるときも、飯食ってるときも一貫して前向きです

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