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母の日  このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリー参照しているはてなブックマーク このエントリーをdel.icio.usに追加

5月14日は、母の日。元々の起こりは、フィラデルフィアの母をなくした女性が、生前に母を敬う機会をもとうという運動を行い、1913年正式に議会の承認を得て、「母の日」が制定されたこと。

日本では、1915年に教会で祝われ始め、1937年に森永製菓が告知を始めたことから一般化した。つまり、日本で広まったのは商業的目的による。

現在では、「母の日」の市場規模は5000億円ともいわれ、クリスマスやバレンタインよりも、大きな商業イベントである。

商業目的であろうが、一年に一度母を敬まおうとすること自体は素晴らしい。(本当は、一年に一度ではなく、毎日感謝すべきであるが) ただ、少し割り切れないものが残る。

母の日について、子供の頃から引っかかっている。僕の通っていた小学校では、母の日近くになると、カーネーションの造花を、制服の胸にピンでとめるという行事があった。お母さんがいる人は、赤いカーネーション、いない生徒は白いカーネーションというのがルール。

子供にとって、母親の存在は大きい。何らかの理由で母親がいない場合、とても寂しく、悲しい思いをしているはず。敢えてそういう生徒に、「白いカーネーション」をつけさせ、母親がいないことを、周囲に告知するような行事を何故、義務教育の場で行う必要があったのだろう…。

今は、そういう習慣は無いのかもしれないが、その無神経さには、今もって憤りを覚える。

母親不在の家庭では、「母の日」は、一年に一度巡ってくる陰鬱な時間かもしれない。「母の日」は、日本最大のギフトイベントと化し、TV、新聞などのマスメディアでも、大きく取り上げられる。このある種の「母の日フィーバー」には、白いカーネーションと同根の無神経さが、潜んでいないのだろうか?

蛇足だが、父親である僕にとっては、「父の日」が、極めて影が薄い存在であることも、気になる。

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コメント

いつも拝見してます。

私は 父の日より

父親としての存在が薄いことに

危惧しています。

僕は、父親と余り長く生活をしていない為、家庭の中での父親の役割が余りよくわかりません。

ので、好きにやっています。どんな風に子供がおもっているかは、怖くて聞いていませんが…

私にとってお父さんは、ちょっと口うるさくて、「こんな男とは絶対に結婚したくない」と思ってしまう位自分の好み(性格的に)ではないけど、いざという時にズバリ助言をくれる、とても頼れる存在です。ホントにいざという時しか頼らないけど、その時は大概頼りになります。不思議・・・。

いざという時に頼りになれば、それで充分ではないでしょうか?

普段は調子がいいけど、いざという時には、頼りにならない男は、燃えないゴミと一緒に、所定の場所に、日時を間違えず出しておきましょう

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