公立塾?
新聞報道によると、経済的理由などで塾に通えない子供を支援するために、文部科学省が、来年度より、放課後や土日に国語、算数・数学の補習授業を行うらしい。教えるのは教員OBで、団塊世代の教員が来年以降多数定年を迎えることから、彼らが主力の「塾講師」となる。
つまり、これは文部科学省が、小中の義務教育において、正式カリキュラムでは充分でないという認識を公式に示したということになる。言い換えれば、現状の義務教育を実施するにおいて、塾という存在が必要ということである。
実際2つの意味で、塾は現在必要不可欠な存在といえる。一つ目の要因は、国語、算数・数学における学力低下である。これは、ゆとり教育だけが犯人ではないにしろ、国語力、計算力が低下しているのは紛れもない事実である。国語力、計算力は、更に高度な学問を身に付ける上で、また実際社会にでて業務を遂行する上で、必要不可欠な要素であり、学習者としても勤労者としても、この基礎能力なくしてやっていくことはできない。勿論英語など外国語の習得を行うにしても、国語力がなければ話にならない。この、基礎的な力を育成する力を現在のカリキュラムが持ちえていないことへの抜本的な対策をうつ必要性を強く感じる。
もう一つは、上述内容とも関連するが、受験準備に必要な機能を現在公立中学校が果たしていないことが挙げられる。これは地域により、違いがあるのかもしれないが、僕の住んでいる地域では、中間、期末テストの各科目での得点は、度数分布表で示され、かつ所謂試験科目である5科目の合計では、度数分布表すら作成されない。
通常の、試験は5科目の合計と内申点の合計で評価される。また大学受験においても、センター試験においても、二次試験においても、各科目の合計で合否が決まるにも関わらず、「順位をつけない」というのが、方針のようである。漏れ聞くところによると、学力で順位をつけることが、差別につながるとの理由らしい。また、5科目合計での順位や度数分布を示さないことは、「みかんとリンゴとトマトを足しても意味がないから」だそうである。
生徒は塾でテストをうけ、その結果を総合的に判断しないと、自分がどの学校に合格可能なのか指標を得ることはできない。よって、殆どの生徒が塾に通っているというのが現状である。つまり、進路指導は、実質公立中学ではなく、塾で行われるのが現実。
走り幅跳びやソフトボール投げでは順位はつける・学力のみは順位をつけるのは差別につながるという歪み。実際受験では、国語、数学、理科、社会、英語の得点を合計して、合否を決めているのに、性格の違うものの得点をたしても意味がないと言い切る荒すぎるロジック。(本来、これらはジェネラルアーツに属するもので、夫々は、青少年の知的育成に総合的に役立つもので、りんごやトマトのアナロジーは成り立たないはず)義務教育の闇は、思いっきり深い。
本質的なところに手をつけず、「公立の塾」を作って対応しようという、文部科学省の方針は、団塊世代の雇用対策なのではないかと疑いたくなるほど、場当たり的な気がする。
If you like this, Please send 1 click to BlogRanking or Bloking. Thank you-☆

