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人は見た目が9割...なんでしょうか?  このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリー参照しているはてなブックマーク このエントリーをdel.icio.usに追加

ブログを書くようになって、しかも毎日書くと決めたところから、純粋なる読書が中々できずらくなっている。我知らず、浅ましいことながら、ブログのネタになりそうな本を読んでしまう。

「人は見た目が9割」<新潮新書 竹内一郎著>については、そういう弱い自分がいて、旭屋書店に山積みされていて、「いま話題の本」&「店長のお勧め」(アキバの量販店ののりか)なんていうポップに、つい引きずられるように買って、かなり後悔をした。

このブログを読まれている賢明な皆さんは、ご存知のように、もっともらしい新書を読むのは、飲み屋で薀蓄を語る以上の役に立たないのである。僕のブログは、飲み屋の与太話以上の意味はないので、まあいいのであるが。

この本は、ひと言で言うと(190ページもある本をひと言でいうというのも、ラフすぎるので恐縮だが)言語は不完全な表現手段であり、ノンバーバルコミュニケーション(非言語意思伝達って訳すんでしょう)のほうが、相手に対する表現量や効果が高い...とまあ当たり前のことを書いている。かなりみもふたも無い言い方だが。

紙媒体の売れ行きは、須らく下落している半面、活字文化は花盛り状態で、オフィスではメールが飛び交い、ブログは、10大運営社の新規エントリーは40万/日を越えている。携帯メールも多用している人は多いでしょう。活字量の増大に対して、実際に心と心が通じ合うようなコミュニケーションはどれ位あるのでしょう~何て言っても、それは良く分からないわけだが~意思伝達がスムーズに行われていないケースはよく見受けられる。

ということで、この本は、当たり前の内容なので、議論も展開しないわけで、上記のようなつまらないことを書いてしまうわけ。人は見た目が9割といわれても、「アホ、10割じゃ」と突っ込みたくなる今日この頃であった。

<追記>先日、金田さんのブログは過激だと言われて、3メートル以上のけぞったのだが、本日のブログのように、面白くないトピックを選んでしまった⇒書いてみると案の定つまらない⇒でも、かなり書いてしまって書き直す気力がない⇒え~い、適当に書いちゃえ...というパターンで書かれた文章のことを指すのではないかと今思いました。それと、著者の竹内さん、本当に悪い読者でごめんなさい。少なくとも、僕のブログの5万倍位は面白いし役に立ちます。

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» 人は見た目が9割 from 本の紹介ページ
人は見た目が9割 [詳しくはこちら]

» 人は見た目が9割 from 風と雲の郷
 「人は見た目が9割」と言う本を読んだ。なんとも議論を呼びそうなタイトルである。 しかし、この本を読んでみると、別に容姿の良し悪しのことを言っているわけで... [詳しくはこちら]

コメント

夜中に金田さんの過激なブログを見て遠吠えをしている今日この頃です。

人間とノンバーバルコミュニケーションにおける相性のいいのが犬らしいですね。
お互い群れで暮らす習性とともに共生するようになったと。。。

金田さんの好きな猫はどうでしょうか?

追記:こんな読者のためにがんばってください。

コメントどうも有り難う御座いました。
猫は、駄目ですね。都合のいいときしか、いい顔しないですしね。基本的に、自分勝手なんですね~あの生き物は。そういう、我儘で気まぐれなところが、とても気に入っているのですが。
共生しようなんていう殊勝なところは余り感じられないです。

過激なことを書いているんですね、私?

マジレスさせていただきますと、過激ではないと思います。
本名で本音で語っている勇気と内容の面白さに惹かれているのが本音です。
興味の視点とつっこみどころが共感できるというとこでしょうか。
いい意味で商用サイトの社長ぽくない内容がいいんだと思います。

 その本は、僕もつい立ち読みしてしまいました。

 内容はともかく、おそらく誰もが手に取ってしまうそのタイトルのプロデュースはお見事。

 たぶん、出版物というのはある程度部数を売らないと商売として成り立たないんでしょうね。だから、どうしても広く・浅く・「それなりに」受け入れられそうな著作が「よい」出版物ということになるんじゃないかなぁと、この記事を読んで思いました。

 言い換えると、向けて書く相手を絞れば絞るほど、心の深いレベルでのコミュニケーションはうまくいくけれど、その分、届かない相手も増える。そんな発想なのかなぁと。

 でも、これ自分で書いてて何か違う気がします。

タイトルは、とてもキャッチーで素晴らしいですね。世界の中心で愛を叫ぶも原題の「ソクラテスの恋」だったら絶対駄目だったですね。

この本、(いまさらこんなことをいうのは何ですけど)そんなに悪くないです。

ただ、新書というのは、どうしてもボリュームといいレベルといい、「飲み屋の薀蓄」用の軽さなのでは。

とはいえ、「国家の品格」みたいな重量級の本も新書なので…トピックによるかもしれません。

その本は金田さんにとっては、少なくとも初見は「見た目が9割」を地でいったものだったと・・・・(マテ

これはビジネスマナーとしてよく言われる言葉ですね。
身だしなみをしっかりしろという意味でですが。
確かに会社の面接だろうと異性とのお付き合いだろうと、最初の印象が良くないと中身まで見てもらえない。いくら画期的なモデルを持ち込もうとしても、(内面的に)完璧超人な人からのお付き合いの申し出でも、外見がやばかったら、中身を知る前にまず門前払いですからね。
果たしてそういう社会に問題があるのか、そういう社会に適応できない個人に問題があるのか・・・・

ところで私も金田さんの記事は感想を素直に述べているだけで、特に過激ではないと思いますよ。
私の所も同じような事を言われた事がありますし(新聞記事とかの気になったモノに対する私見を書いたりしています。)、一個人に終始した意見というのは「過激」と取られる傾向にあるのでしょう、きっと。
私もmonchanさんに同意です。
会社の長が、会社としての意見でなく、個人としての意見を綴っているというのは、親近感があって、共感が持ててよいです、はい。

どうもコメントありがとう御座います。

ブログに書いてあることの数十倍は過激なことを普段は言っているので、家の外に一歩でたら、出来るだけ喋らないようにと言われています。

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