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2006年02月27日

イノベーションは、どこから生まれるか?

「イノベーションは顧客の声からは出てこないというブログ」をみて、まさしくその通りと思いました。

少なくとも、自社サービス、技術、その活用方法については、客より、自分達のほうが精通しています。提案をする際、客の状況を調べ、最適な解を、自社技術を用いて提案する場合、提案者のほうは、業務コンサルに近いレベルのものを提示する必要があります。客のニーズを聞いて提案するというよりは、事前に客のニーズを想定しつつ、彼らが想像する以上の価値を持った提案をすることが、「仕事」だと思うのです。言い換えれば、「驚き」を客にもたらすことが、営業の醍醐味であり、「驚き」=イノベーションという気がします。

色々な事例にあたり提案を繰り返し、フィードバックを得ているうちに、何らかの普遍的なコンセプトやビジネスモデルを、自然と思いつき、更に「驚き」はビジネスモデルに昇華、一般化されていくという気がしています。客のニーズを、受身で聞いている限り、面白い提案など出来るはずはないし、創造的な仕事は出来ないと思うのです。

そういう観点から見ると、営業ほど、創造的かつ複雑な業務は、(少なくとも、事務屋の仕事の中で)ないと思います。様々な人からのインプットを受けつつ、思考を深めていくという仕事だと思いますし、インデント物を標準品にし、大きな売上が上がる仕組みに仕上げる為には、抽象的思考も必要です。また銭勘定もできないといけません。

私は、元々経理をやっていましたが、「営業って面白そうだなあ」と羨望の眼差しでみていました。実際、自分が営業をやってみて体感するのは、企画・マーケ、経理などの経験が、営業を行うことで、全部繋ががっていくという感覚です。経営者の出身部署のなかで、営業畑が多いのも、うなずける気がしています。

イノベーションは、顧客の声からダイレクトに生まれはしません。創造的な営業が、内外の多くの人とコミュニケーションをとる中で生まれるのでは?と思ったりしています。



関連リンク:
イノベーションは顧客の声から生まれてこないの検索結果
フレッシュアイキャリア

民主党をマーケティング的観点でみると

弊社ニュースサービスであるNewswatch@fresheyeに、ご参加いただいているBNN様で、「あなたはどうすべきだと思いますか?前原民主党」というWEBアンケートを行っています。選択肢は、以下のとおりになっています。

・このままガンバレ

 ・永田議員が謝罪会見

 ・党首の交代

 ・永田議員が辞職

 ・自民と合流

 ・解党すべし


このアンケートをみると、解党までが選択肢に入るほど、民主党は追い込まれているのか…と改めて、状況の深刻さを感じます。
前回の総選挙でも、強く感じましたが、民主党はマーケティング的なアプローチを真剣にかんがえるべきではないかと思います。

政党という市場において、自民党というチャンピオンがいたとき、第二党として民主党が、自民党に対抗するためには、自民党と民主党との違いを明確に示す必要があります。で、この差別化要因の訴求に、いつも失敗しているような気がするのです。

小泉自民党は、(実体があるかどうかは、さておき)「改革」をスローガンに、反対するものは、「抵抗勢力」として、断固たる措置をとってきました。前回の選挙では、「郵政民営化」に反対する自党議員に刺客を送り込むことまでしました。人事でも、派閥単位の調整型人事をやめて、首相自らのトップダウン人事を行い、結局自民党を長らく支配していた派閥を崩壊させてしまいました。また、ワンフレーズポリティックスと揶揄される、シンプルでダイレクトなメッセージを、都度国民に送り続けています。

ポピュリズムと批判されていますが、TV、ウェブの存在を前提として、政治・選挙を考えるとき、「わかりやすく、共感を得やすいメッセージ」を送ることは、当然の戦略ですし、マストです。

これに対して、民主党は、未だに「寄り合い所帯」のイメージが強く、党の目指すものが伝わってこないのは、否定できないでしょう。自民党との違いも、はっきり言ってよくわからないのが実情です。前回選挙中も、岡田前代表の家庭生活のエピソードなどを公開し、親しみやすさをアピールしようとしていましたが、国民の欲している情報は、そのようなものではなく、「民主党」という製品と自民党との差異、どんな価値を与えてくれるのか…でしょう。まず、色々な軸で、自民党と民主党とのポジショニングマップを作り、その差異を、簡単な言葉で表現する…そういうアプローチが必要と思います。

もし、よくマスコミ報道されるように、労働組合、都市部のサラリーマン、若者などの支持層の違い、憲法問題に関する考え方の違い(護憲、改憲)、中国に対するアプローチの違いなどが、議員間にあり、民主党が統一したメッセージを国民に発信できないのであれば、中々マーケティング的には、売る仕掛けが作りにくい商品といえるでしょう。

今回のメール問題で、国民に与えたイメージは、「軽はずみで、信頼感にかける」というものでしょう。

何か抜本的にイメージを変え、継続的に、党の旗印となるような、キーワードとリーダーシップを必要としているように感じます。


関連リンク:
⇒ 「マーケティングコミュニケーション」の検索結果

⇒ 「ポピュリズム 政治」の検索結果

2006年02月26日

English Nameについて

オルタナティブブログで、国際環境において、日本人は英語名を名乗るべきか…という話がありましたので、考えてみたいと思います。

多国籍企業に勤務した場合は、英語を使って、外国の方と仕事をすることが定常的にあります。その際、呼び名としては、ファーストネームを使うことが多くなります。

僕の場合は、なおゆきという名前で、小さいときから、親戚に、なおちゃん、なおさんと呼ばれてきたので、他の国の方が、ナオって呼ぶことには、全く抵抗はありませんでしたし、他の選択肢は、思いもしませんでした。

 ただ、同僚の日本人に関しては、修司さんが、スティーブ、純一さんが、ジャック、俊夫さんが、トムと、名乗る…ようなケースがあり、凄く違和感を感じていました。

大体、外国の方(アメリカのかたが主だったりします)が、発音できない名前の方が少ないのです。修司さんであれば、シューと名乗ればいいし、純一さんなら、ジュンと名乗ればいい。禿げた小男が,どの面下げて、ジャックじゃ…と思います。親からもらった、名前を何て軽く捉えているのか?

韓国のかたとも、一緒にお付き合いをしましたが、彼らが、欧米風の名前で呼ばせているのは、聞いたことが無い。
JW,リーと言う方と一緒に、はたらいたことがありますが、彼は、名前の略でJWと呼ばせることはOKですが、決してジョンとかは呼ばせなかった(欧米系の名で呼ぼうとした,アメリカ人に、JWって呼べ…と言っていました)

これとは、対照的なのは、外資系に勤める中国の方で、勝手に欧米名をつけます。サマンサ、ビビアン、ミッシェル…。おいおい…という感じです。

オリジナルの名前、また古くから呼ばれているあだ名は、各個人にとって、アイデンティティの一部です。それを、外国の方が呼びにくいからと言って、全然違う欧米系の名前で呼ばせることは、信じ難いメンタリティです。

僕の名前を発音できない方もいて、ナオをネイオーと呼んでいいかと言われたことがありますが、拒否しました。何故なら、僕は、ナオユキでネイオーではないから…。俺と仕事したいなら、名前くらい覚えろよ…という感じです。

ところで、外国の方の名前で、日本人に呼びにくい名前があります、例えば、僕が仕事した方の中にもコジエラキとか、サイノベリスク(不確か)。これを、コジエラキだから、小次郎、サイノベリスクだから、才蔵なんて、呼んで、先方が納得するでしょうか?また、重要な方であれば、名前を呼ぶことくらい練習するでしょうし、それが相手をリスペクトすることにもなると思います。

煎じ詰めれば、富雄をティムとか呼ばせる、必然性などゼロだと思いますし、やるべきではない…と思います。


関連リンク:
「ビジネス プロトコール」の検索結果

2006年02月25日

「本番で成功」プレゼンで失敗しないためには?

ITメディアのオルタナティブブログで、堀内さんが以下のようなお題を出しておられるので、ちょっと考えてみたいと思います。

「本番で成功」というキーワードで一席お願いします。学芸会、学会発表、プレゼン、営業などなど。成功の鍵は何でしたか。どのように緊張を乗り越えましたか。

以前、外資系企業に勤めていたときは、「前期業績分析と今期マーケティングプラン」のようなプレゼンを英語で、50~60人の多国籍メンバーの前で行うことが、頻繁にありました。失敗、成功というより、何とかこなしたという感が強いです。

ビジネスプレゼンというのは、別に真実を描き出すことを目的としているわけではありません。よく、平板で退屈なプレゼンというのがありますが、結局何を言おうとしているかが明確でないため、各スライドの位置付けも曖昧になるためです。ストラクチャーがはっきりしない…ということです。成功の要件の一としては、プレゼンの目的の明確化とそれを達成するためのクリアーなシナリオをつくることです。

僕の場合は、マーケティング予算を最大限、本社から分捕ってくる、高すぎる予算目標を修正させる、日本市場向けの特別なプログラムを承認させる…為プレゼンをすることが主でした。

この目的を達成するために、多少の現実のデフォルメ、折れ線グラフの角度を縦横比率を変えて操作する、割と強気にでても良い部分は、出来るだけ詳しく、どうみてもディフェンスできない弱点は、さも重要でないような顔をして、さっと終わらせるなど、小技も駆使します。

日本人にとって難関なのが英語です。日本語でも、ちゃんとしたプレゼンをするのは、とても難しいのに、英語で出来るはずがないのです。良く勘違いするのが、資料を作成したら、プレゼンの準備が終わったと思うことです。資料を作成するのと、資料を使って説明するのは、全く異なるスキルを要する作業です。このことに気付いたのは、やはり英語でプレゼンする機会が多かったからでしょう。

例えば、30分のプレゼンをするためには、20~30枚のスライドがあります。スライドの中で、どこを読んで(説明して)、どこは、見せるだけにするか…メリハリをつけます。そして、実際に声をだして、これをリハーサルし、何分間で喋れるか、流暢に話せるかチェックします。上手くできるまで、何度でも繰り返します。当時は、2時間で作成した資料のプレゼン練習に、3~4時間は費やしていました。

重要なところは、ゆっくり大きな声で、質問されたくないところは、さ~っと終わらせる。ここで、大切なのは、大部分のオーディエンスは、余り興味が無かったりします(少なくとも、プレゼンテイター以上の熱意を期待することはできない)なので、一本調子で話していると、必ずあくびをする奴がでてきて、それが伝染して、気付いてみたら3,4割は寝ている。

もう一つ大切なのは、ジョークからはいる。掴みが肝心。(落語のマクラみたいなものです) 昔、予算折衝のプレゼンを上司が行った時、前の晩中華料理を食べたとき、デザートの、おみくじ入りのお菓子を食べたと言う話しを始めました。皆、何をいうのかコイツと思っていたら、彼はこう続けたのでした。The sacred oracle said, "Don't beilieve your boss!!". However, We believe that you,guys will approve our budget plan. よっ、春団冶って感じでしょ。

また、50人いようが100人いようが、説得しなくてはいけない人は、実は2~3人くらいです。常に彼らに向けて、語り掛けなくてはいけません。また、影響力のありそうな人には、事前に話しをして、インプットを頂いておくことができれば、非常に有利に進めることができます。(ワールドワイドで、有限の資源の奪い合いが、予算会議なので、出来ることは何でもやります)米国オフィスにおける、力関係,人間関係、キーパーソンの性格に精通することも、プレゼン成功の鍵です。

もう一つ重要なのは、余り細いことをいっても記憶には残らないので、最終ゴール一つ、サブゴール3つに夫々のエビデンス…のようなシンプルな構成でいくということでしょうか。

最後に、英語でプレゼンのときに、ビビルのが、質疑応答タイム。ある程度こうくれば、こう返す~想定問答集を作成するのも、極めて重要です。

思えば、本社出張(北米)の時には、事前準備で疲れ果てて、飛行機に乗っている13時間位、一回も起きずに眠り続けるのでした。少なくとも、失敗しないためには、必要と思われる事について、事前準備を充分することです。準備に自信があれば、緊張もしません。また、準備時間は、一回目より二回目、二回目より三回目と、どんどん短くなります。

簡単にいうと、「本番で成功」する為には、本番を想定して充分準備をする…という事だと思います。そして、その準備は、プレゼン資料を作成するのみならず、喋り方、事前の根回しまで多岐にわたります。「プレゼン」は、皆の前で、話始める時には、60~70%以上は実質終わっています。




関連リンク:
「プレゼンテーション 成功」の検索結果
⇒ 「フレッシュアイ英会話

2006年02月23日

LDメイル騒動番外編:いいぞ河村!!

堀江氏から武部幹事長の次男に入金振込みの指示をしたメイルの真贋問題が、大きな話題になっています。メイル自体は、偽物という確率が高いというのが支配的な論調となっており、告発する立場の民主党が、逆に防御一辺倒という状態になっています。

幾つか関連テレビ番組をみました。この問題の捉え方としては、邪道ですが、民主党の河村議員の個人芸には、かなり感服。

彼は、メイルが偽なのも、メイル内容が事実である確証もなく、今回は負け戦というのは、充分認識しているようです。その状況下、党の立場を説明するという責任を負っているらしく、TV出演を続けて、毎度サンドバッグ状態です。(でも、有効打は一発も浴びない)

敵の真っ只中に、武器を携帯せずに、パラシュート降下してしまったようです。彼の取った作戦は、開き直って、あたかも50対50の議論をしているような雰囲気を醸し出しつつ、時間切れを狙うというもので、展開するロジックは、凄まじいものがあります。

まず、メイル自体は、堀江氏から送られたものではない、それは最初から明白ではないか…とちゃぶ台ひっくり返すような話を平然としています。 曰く「堀江氏がだしたメイルに@堀江って書くか普通?」「大体、行がそろっていないんだから」なんて、自民党がするような指摘をしてしまう。
その上で、色々な可能性に言及するわけです。

・堀江氏が、秘書に打たせたかもしれないでしょう(あくまで、推定)
・メイル自体は偽だが、書かれている内容は、真実かもしれない(あくまで、推定)

勿論、このメイルの存在を否定することは、永田議員のそもそもの問題提議に何の根拠もなかったことを意味するので、自己否定になるのですが、そういう論理破綻は、この際知らぬ顔を決め込む。可能性の話をするのであれば、どんな空想でも、妄想でも、可能性はゼロではないので、何でもありです。つまり、新橋の焼鳥屋で、サラリーマンが、「武部幹事長は、絶対ホリエモンから金をもらっているよなあ?ウイッ、ところで部長がさあ…」と話をしているのと同じレベルの話が、国政の場で語られてもいい。根拠は無くても、私人を攻撃してもいい…といっているわけです。滅茶苦茶でしょ。

勿論,河村氏は道理にあわないことは,百もご承知。これは、きめ台詞への布石(というか時間稼ぎのネタなので)に過ぎないので。頭のいい山本議員が、上述のようなロジックで、早速突っ込みを入れると、大きな声で(だみ声のうえに、かなりストロングな名古屋弁)、前段の与太話を繰り返して、議論を紛糾させたのち、「今日、永田議員が、記者会見を開くといっているので、それを静かに待ちましょうよ」と決める。(これが結論なら、これまでの議論は何だったのか? しかも結果としては、永田議員辞意表明、記者会見延期。)あはは、この人確信犯だなあと思いました。 自民党側も、一瞬呆然としていました。

しかも、高等テクニックなのは、党の立場は守りながら、「これ永田の話で、俺関係ないから。そんなに馬鹿じゃないよ、俺は!!」っていうのも、さりげなくアピールしているところ。目の前の自民党議員ではなくて、ブラウン管の向こうにいる国民に対して(地元有権者に対してかな)。目の前の相手と話をしているわけではないので、どんなに突っ込まれても、論理が破綻しても、全然、平気。隣の民主党議員のうろたえブリとは、好対照でした。

35分間、まともな事をひと言もいわずに、その場をやり過ごしてしまったのでした。ビジネスの場でも、計算づくで、こういう横車押せる奴が、一番危険です。

一緒に飲む機会があれば(恐らくそういう機会は、ないですが)、一杯奢ってあげたい。やるな、河村、面の皮の厚さなら、総理大臣クラスだ!!


関連トピック:「政治」「民主党」「政治と金」「武部勤
「民主党 河村議員」の検索結果

バーティカルサーチに関して

本日の日経夕刊に、医療情報のインターネット検索を行う米国ヘルスライン・ネットワークス社が、日本で、三井物産、民間関連企業などと提携して、日本語の検索サイトを運営する合弁会社を設立する記事が掲載されていました。

ヘルスラインは99年設立で、病名、症状を入力すると病気,治療法などの情報が分類表示される無料サービスを広告モデルで行っています。検索対象は、英語で書かれた6万6千の医療関連ホームページだそうです。

ヘルスラインは、所謂バーティカルサーチと言う領域で、弊社も非常に注目しています。

ある特定情報ニーズに特化した検索で、ユーザーの深い興味を満たすべく、適切なツリー状カテゴリーで、その領域情報を網羅的にカバーするカスタマイズ検索機能です。

現状、分からないことがあると、ポータルの検索エンジンを使う人は多いですが、ユーザーの興味がより専門的で細分化されている場合には、最適な検索といえます。トピックによっては、広告モデル・ユーザー無料タイプもあれば、法人向けの有料サービスも可能な、可能性の広がるエリアと思っています。

特に弊社は、機械翻訳、専門辞書、大量情報を細分化したトピックに分類するフィルタリングエンジン、検索エンジン、巡回ロボットを有するので、この領域にアプローチするに相応しい企業であるといえます。

ただ、そこでちょっと待て!!このサービスは、過去情報のDBサービスも兼ねている必要性もあるので(賞味期限の短い情報特長を持つ領域は別として)、ハードへの先行投資がかなり必要です。拙くすると、減価償却費と運用費の負担で赤字を垂れ流すことにもなりかねないので、弊社のような小さな会社には慎重なアプローチが必要です。

このサービスの延長線上には、個人カスタマイズの検索機能の提供があります。情報量の増大と個人の情報ニーズが、多様化、拡大化、深化すれば、更に重要性は増していくと考えられます。(というか、そういう機能がないとやってられない)

やっとやっと、弊社のコアテクノロジーが、ウェブ業界のメインストリームで発揮できる時代が来つつあるのではないか…と思っています。

2006年02月22日

槙原敬之

この前ブログに書きましたが、古いアルバムですが、槙原のシングルベストを買いました。<Completely Recorded>。妻から、「どうせクシュクシュしたいんでしょう!!」(クシュクシュっていうのは、我が家だけで通じる言葉かしら?イジイジ感傷に浸る様を表現しております)等といわれておりますが、聴くと本当に、切なくて胸が詰まりそうです。金田のツボをつく歌選手権があったら、彼はベスト3くらいにははいりそうです。

ご存知のように、彼の歌は、基本的に僕と君しか登場人物がでてこない世界です。僕は、君のことが好きなんだけど、大体噂とかに惑わされて(愚か者め!)、彼女と別れてしまいます。そして別れた後になって、部屋の広さに圧倒され、彼女の長い髪などを思い出し、慣れない手つきで朝食をつくり、その度哀しくなる~かけがえの無い存在だったことを知るけど、後の祭=な~んて、間抜けな話が6割くらい占めます。大体高校生後半から大学卒業したてというイメージの歌詞が多いのですが、槙原君も、ついに今年37歳です。ほんと進歩が無いというか、何というか。

もう一つの特徴は、ヒロインが清潔感あふれる少女という設定かなあ。酒場で、ウイスキーをあおる刺青を背中に背負ったアネゴとかは決して登場しません。

CDショップで店長のお勧めになっており、そのコメントに「聴くと必ず打ちのめされる」と書いてありましたが、本当にその通りで、一回MDを聴きはじめると止めることが出来ない。余りの女々しさに、ノックアウト必至です。「もう恋なんてしないなんていわないよ絶対」とか、何をいっとるんやお前は?~と、突っ込みどころも満載です。

偉大なるワンパターンだと思います。できれば「世界に一つだけの花」(だっけ?)みたいな説教くさい歌は止めて、ジメジメグダグダしたアホな男を、50になっても、60になっても歌い続けて欲しいと思います。

2006年02月21日

机の上はいつも賑やかだ

机の上の整理整頓が、全く苦手です。子供のときから一貫して苦手です。因みに私の子供も苦手のようですので、何か遺伝子的な問題ではないかと思っています。

メイルに添付された、様々な書類は、一応打ち出してみます。また、自分で作成した書類も、プリントアウトしてみてみます。問題は、捨てるのが苦手。(全然関係ありませんが、叔母の遺品を整理していたら、私の母が小学校一年のときに使っていた弁当箱がでてきたそうです。やはり遺伝か)結果として、書類の山や山脈、摩天楼の類が、机の上に出現します。

この書類の山で、本当に必要なものは、殆どなし。あったとしても、時間が経過すれば、どこにあるのか分からないので、必要ないのと同じです。じゃあ、片っ端から捨てればいいのではないか?という話になりますが、中々それができないわけです。

これまで、ファイリングの技術などの本も数冊読み、沢山フォルダーを買って、その都度当該フォルダーに書類をいれ、後でカテゴリーごとに、チューブファイルに閉じるなど…色々試しましたが、全然長続きしません。

でも、余り困ったことはないのは、不思議。(オフィスの美観を損なうという批判には、無防備ですが)というのも、実際記憶容量以上のドキュメントを保存しても、実際的に何かに役立てることができないからだと思います。(勿論、経理の証憑など記録として残さなくてはいけないものは別ですが)僕は、会議でも、メモはとらない性質ですが、これも同じ理由で、重要なことは記憶しているはずだ~逆に言えば、記憶に残っていないものは、重要なことではない…と割と自分勝手に開き直っているのでした。(傍目には、メモを書いているように見えるときでも、ただ四角と丸を描いていたりする)

とはいうものの、最近記憶力にかげりが出始めているので、やっぱり「知的生産の技術」かなんか読んで、ファイリングのやり方を会得しなければいけないかもしれない…と思う今日この頃です。

2006年02月20日

気分は下り坂(日記です)

本日は、気分が下り坂で、ダラダラ過ごしました。作文の苦手な小学生みたいに書くと、

9時~:起床&食事
10時~13時:大崎善生の「パイロットフィッシュ」を布団に入って読む。人生は、過去の記憶の総体であり、どんな過去であれ人生の一部として背負っていかなくてはいけない~強引に要約すると~という話。日曜の朝には、ヘビーすぎる。ちょっと哀しくなったので、2度寝にはいる。
13時~:昼食
14時~:散髪
15時~17時半:書店&CD屋で、これから2週間分の本とCDを仕入れる
18時~:食事
19時~:テレビみたり、グダグダして時間を無為に過ごす。

本日の鎌倉は、春を感じさせる生暖かい風が吹いていて、一層気だるいような、哀しいような気持ちにさせるわけです。

たまたま買ったCDは、槙原敬之のシングル集で、昔の曲とか聞くと、色々なこと思い出して感傷に浸ってしまい、ちょっとマズイ。 気を取り直して、買ってきた文庫本をパラパラめくると、

かの時に言いそびれたる 大切の言葉は今も 胸に残れど  <石川啄木 「あなたと読む恋の歌百首」俵万智編 >

な~んて歌に引っかかったりする。ズド~ンと過去にトリップする。年老いた母、子供の教育など現在ホットなテーマも交錯して、益々どんよりしていくのでした。

恐らく、音楽鑑賞や読書のような内省的なものではなく、もっとアクティブな趣味・スポーツを僕は、必要としつつあるように思います。具体的には、何にも思いつきませんが。

2006年02月18日

本の選び方、買い方、読み方

僕は、現在「ITメディアオルタナティブブログ」でもブログを書いているのですが(ネコの時間っていいます)、堀内さんというブロガーの方から、以下のような御題が出されていました。

本好きな方へ。身銭を切って買うべき本をどのように選んでいますか。 情報源、選び方・買い方のポリシー、月ごとの予算、などなど。

ちょっと考えてみました。
僕は、非常に濫読をするので、余り考えずに本を選んでいます。読める書籍数も、多くて月に5~6冊、平均3冊+漫画4冊(新刊コミック)くらいなので、予算はありません。CDと本は、費用を考えずに買っています。

情報源は、本屋です。買う本を決めずに書店に行き、ゆっくり時間をかけて、本を選ぶのが好きです。漫画コーナーで、ワンピース、ナルト、アイシールド21、ジパング、鋼の錬金術師の新刊がでていないかをチェック。文庫コーナーを無目的に徘徊。新刊をみて、面白そうな本が無いかを確認。ビジネスコーナーもさらっとみますが、殆ど買わないです。HOW TO物含め、ビジネス書は、真剣に読むと頭が悪くなるので、目次を拾うくらいで充分です。

本を選ぶ基準は、本屋に行って読みたくなったものを読む・・・のみ。事前に調べて買いに行くことは殆どありません。ただ、無意識のうちにバランスをとろうとしているのかもしれませんが、5冊買うと、その内訳は、小説一冊、歴史物一冊、エッセイ一冊、論説一冊、漫画一冊なんて感じになることが多いです。

ポリシーとしては、直ぐに役立つような本は買いません~本を好き嫌いだけで選ぼうとしている…ということでしょうか。そういうわけで、ビジネス書の類は殆ど読まないのです。(歴史を学ぶので充分ということもあるし)

本の読み方は、同時並行で3冊くらい読みます。余り時間は、潤沢にないのですが、音楽と本が無いと体調が悪いので、結果として、そういう読み方が自然と定着したようです。

一回書店に行くと、2時間位ブラブラして、一回に4~5冊買って、喫茶店にいき、コーヒーと煙草を楽しみながら、読みたいものから、読み始めるという感じです。新しい本を開きながら、美味しいコーヒーを飲みつつ過ごす土曜日の午後は、かけがえのない時間です。

何か、これは面白いと言う本ありましたら教えてください。

2006年02月17日

技術ファクター+ヒューマンファクター⇒競争力

弊社は、情報を扱う仕事をしていて、全国紙、専門紙、地方紙など媒体社様から記事データをいただき、フィルタリングを行い、ビジネステーマに則して適した記事だけを抽出して主に法人向けにご提供しています。

フレッシュアイ上でのニュースサービスについては、ニュース、各種記事、ブログ、掲示板など3万5千記事を、巡回ロボットで取得し、フィルタリングを行い、400トピックに分類してタイトルリンクとトピックセンテンスを表示します。

最近特に認識をするのが、フィルタリングエンジンで処理する対象物をどう選択するか…という人間の眼による情報源の評価・取捨選択能力が重要ということです。

情報源である、媒体社様、サイト様と信頼関係を築き、シンプルで広がりのあるビジネスモデルを作ることも、重要です。また、オリジナル情報の整理のための一工夫~例えばヤフートピックスのような主要記事のオリジナルタイトリングなど~を効果的に、人手をかけ、行うことも重要性を今後増すと思うのです。

既に持っている、大量情報をリアルタイムで細分化したトピックに分類する技術は、これだけでもユニークなのですが、ここに前述のような情報マネジメントのノウハウ
1)各情報カテゴリーに対して、質・量ともに充分な情報源を認識し、かつ適切な形式で表示できる
2)広範囲の良質な情報源と密な提携関係を結び、顧客ニーズに応じて、適切な形式・順番で表示できる
3)表示、配列などの方法論においても、付加価値的なバリエーションをもつ

…を加え、更に情報の分析方法、評価方法を確立すると、「ネット情報マネジメント」という領域で、強い差別化になると思います。特にニュースマネジメントの世界では、所謂図書館分類法的なアプローチのみであり、情報ソース選択を含め、言い換えればサイトのニュース面はどこも似たり寄ったりなので、ビジネスチャンスは広がっていると考えています。

ネットの世界であろうと、人の目&人の手間は、ユニークなサービス構築し、他社に対して堅固な競争優位性を築ためにには、絶対必要と思うのです。この、週末は、全体戦略をゆっくり考え、人的リソース&必要なスキルセットなども、考察してみたいと思います。

歳月の過ごし方

叔母の通夜、葬式に、親戚が集まったお陰で、10数年振りの再会や久々にゆっくり話しをする機会などがありました。

つくづく感じるのは、歳月が産み出す人間の変化です。元々持って生まれた人間の資質というのは、確かにあります。しかし、日常生活は、通常単調で、一定の刺激を人に与え続け、かなりの変化を与えるものなんだなあと強く感じるわけです。まるで、寄せては返す波が岩の形を変えるように、川の両側に、土壌が堆積するように、毎日の変化は少しづつでも、その姿を確実に違うものにしていくようです。

見事なまでに、その人の良質な部分を純化させることに成功した人、ネガティブな思いを強めていく人、大きく歪んでいく人、夫々がその人の生きてきた歴史であり、善悪というものでは、計れません。

ただ一つ感じるのは、毎日静かに語り合うパートナーをもった人には、何らかの矯正力が働き、バランスがとれた円満な何物かを人に伝えることです。

まるでダイヤモンドの原石をカッティングするように、美しい部分のみ純化させ、余計なものを削ぎ落とすような、時の過ごし方ができるか~そういうことを、一つの課題として、感じることができた3日間でした。それにしても、頭も体も重くて、しゃんとしません。

2006年02月14日

突然の帰郷

金曜~日曜は、ブログを更新できませんでした。実は、金曜の午後、叔母急死の報をうけて、実家に帰っていました。喪主は、僕の従兄弟ですが、地方の葬儀を経験した人は、ご存知ですが、通夜~葬式その他もろもろの件で、大変細かいことがたくさんあり、そのお手伝いをやっていました。殆どこの3日間は寝ていません。

通夜の後は、線香と蝋燭の火が消えないよう、数名で泊まりこみです。10年ぶりに会う叔父などもいて、亡くなった叔母の話や昔話、悲喜こもごもの人間模様が展開され、本当に濃密な時間でした。

当然、ここに集まっている殆どの人間は血縁関係にあるのですが、わが一族の血の濃さを改めて感じました。祖母を頂点とした、ピラミッドが構成され、その中で、いかに守られて育ってきたこと、自分の性格や気質の多くが、この一種マフィアのファミリーのような環境と血で作られてきたこと…等色々考えさせられた時間でした。

まだ、実感はできないのですが、僕の叔母は、祖母を監督とすると、超強力フォワードのような存在、体を張って、皆を守ってきた人で、本当にえらい人だったと思うのです。彼女は、死ぬ一週間前に、緻密な財産目録を作り、遺言書を完成させ、殆どやるべきことを全てやり遂げた後、突然この世から消えてしまいました。スーパーポジティブで、おしゃれで、物に執着心がなく、とてもドライで、繊細な彼女は、僕にとって、ある種理想系としての人間の骨格をもった人でした。

とにかく、この3日間は色々なことがあり、まだ整理がつかないですが、ただ悲しいだけでなく、何か前向きな気持ちです。死んでなお、彼女は多くの人にエネルギーを与えているのでしょう。

2006年02月09日

パワポの小人たち

昔、工場の経理をやっていたとき、メンバーの性格によるものなのか、予算でも、決算でも、本社への提出期限ぎりぎりでクリアーをしていました。(時々、遅れることもありました)郵便では間に合わなくて、(メイルがない時代なので)新幹線に乗って本社に持参したこともあります。当然、色々言われるのですが、これも又メンバーの性格なのか、「うちは、ぎりぎり主義ですから」な~んて言って、毎回スリルに満ちた提出日を迎えていました。

ぎりぎり主義が、習性になってしまったわけでもないのですが、ここ数年、提案資料を、寝ずに仕上げなくてはいけない状況に、時々追い込まれてしまいます。しかし、必ず締め切りに間に合うのは不思議です。

何度か、提案書を作成しているうちに寝てしまったこともあるのですが、はっと気づいてみると、出来上がっているのには、我ながらびっくりします。この事象は、専門家の間では、「パワポの小人たち」と呼ばれています。

ご主人様が寝静まったところで、パワポの小人たちは、PCから出てきて作戦会議を開くのです。(大抵、小さな刷毛とインク壺を携帯していて、ご主人様の疲労度合が深いと、限られた色のインク壺しかもてないようです)それから、リーダーの指示で(彼も話の展開上、小人です)仕事開始です。彼の指示は的確ですが、余り部下の小人たちは言うことを聞く気がないようで、指示の声だけがやたら響きます。「文字を全部ボールドにするのはよせよ!」「何故タイトルが紫なんだ?」「画像で、内容がないのを誤魔化そうとするな!!」「真っ赤な矢印は目に痛いよ」…etc。構わず、小人達は、印象派のタッチで色とりどりの図やら矢印やら描きまくります。

突然、ご主人様の体が揺れ始めました。どうやら目を覚ましたようです。小人たちは、焦り始めます。「適当にやっつけろ」、「この前の提案資料をコピペするんだ」「提案先の名前は変えとけよ(この前、間違えただろ!!)」「今頃になってエクセルを開くな」「●X△☆αγ?」

今朝、僕がPCの前で、目を覚ますと、ホッチキスで止められた提案資料が数部、机の上に揃えておいてありました。 「パワポの小人たち」の奇跡の物語が、また一つ生まれたのでした。

春の訪れを感じさせる柔らかな朝日が、窓から射しこんでいます。めでたし、めでたし。

DNAの力は恐ろしい

以前DNAって恐ろしいねという話を書きました。つい先日のこと、僕は、本屋で寺山修司の短歌集を探したのですが、生憎、在庫切れでありませんでした。その話を帰宅して家族にしたところ、丁度その日、同じ本を娘が、買ってきたそうです。<「寺山修司青春歌集」角川文庫>勿論、お互いそんな話を事前にしていませんし、二人の会話で、これまで「寺山修司」という単語が、出てきたことはありません。

父娘が、同じ日に、同じ本を買いに行くことが、どれだけの確率で起こるかわかりませんが、DNAって恐ろしいなあと再び思いました。趣味嗜好が似るだけならまだしも、同じ日とは!!

実は、娘とは、この手のことが起こったのは、以前もあったので(詳細忘れましたが、やはりこういう符号がばっちり…みたいな事象でした)尚更びっくりします。

子供は、親を選べませんので、突然好きなときに、この世に現れる訳ではなくて、必ず何らかの血脈の中、生まれてくるわけです。血脈は、太古の歴史から続くDNAを伝えます。そしてそれは、ある意味生まれたときから、一人一人に付けられた刻印です。

少なくとも、生まれたときから独りではなく、無数の人々から何物かを手渡されているわけです。そして、生を全うし、何かを残し、伝えるために、今このとき存在していると思うのです。(と、たまには真面目に考えるわけです)

人間は、環境に挑戦される動物ですが、血に比べたら、環境など些少なファクターに過ぎないと思います。私と娘に到達するまで、何世代も大事に伝えられたDNAの重みには敵わない。(別に、シチリア島マフィアのメンバーでなくても、血の力は強い)

同じ日に、同じ本を買いたくなる位の事は、不思議でないくらい、結びつきが深い…ということなんでしょう。

前述「寺山修司青春歌集」をパラパラめくってみてますけど、やはり泣ける歌が多いです

胸にひらく海の花火をみてかえりひとりの鍵を音立てて挿す
失いし言葉がみんな生きるとき夕焼けており種子も破片も
海よその青さのかぎりなきなかになにか失くせしままわれ育つ

「ひとりの鍵を音立てて挿す」って、凄く感じわかりますけど、どうやったらこんな表現を思いつくのでしょう。

2006年02月07日

足利直冬を誰か小説で取り上げて欲しい!!

足利直冬に昔から興味があります。
WIKIPEDIA(抜粋)によりますと、以下のとおりです。

嘉暦2年(1327年)? - 応永7年(1400年)?)は、南北朝時代の武将である。室町幕府将軍足利尊氏の妾腹の子で、母は出自不明の越前局と伝えられる。

中略

49年には直義の提案で直冬は長門探題に任命され、4月には京都を出発する。京都では8月に師直のクーデターで直義が失脚しており、直冬は上洛しようとするが、播磨の赤松則村(円心)に阻止される。直冬は中国地方において軍勢を催促するなどの態度を取ったため、将軍尊氏は直冬の討伐を下す。9月には鞆津(広島県福山市)で師直の兵に襲撃され、九州へ逃れる。

中略

九州では49年9月肥後国河尻津(熊本県熊本市)から上陸し、足利将軍家の権威を利用して国人勢力や阿蘇氏に所領を寄進するなどして足場を築く。直冬の九州落ちを知った幕府では出家と上洛を命じるが、再び討伐を下す。

中略

京都において尊氏と直義の間で再び不和が生じ、51年に尊氏が南朝と一時的に講和する正平一統が成立し、尊氏は南朝後村上天皇から直義討伐令を得る。直冬に対しても再び討伐令が下り、一色氏が征西府と協調して勢力を巻き返す。52年(正平7年/文和元年)には直義が降伏し、2月に急死。直冬は時期不明だが南朝に帰服し、55年には南朝と協力して京都から尊氏を追い、一時的に奪還する。

中略

58年には尊氏が死去するが、南朝勢力が衰微すると大内、山名らも幕府に下り、1366年の書状を最後に消息は不明、石見に隠棲したとも。

つまり、成長してから消息を絶つまで、ずっと実の父と戦っていたわけです。

彼は実の父に疎んじられ、叔父の養子になり、大変可愛がられます。しかし、その義理の父を、兄である実の父に毒殺されてしまいます。しかも実の父と対決し続ける~シェークスピアみたいな話でしょ。(シェークスピアについては,殆ど知りませんが,感じが。赤シリーズみたいともいえる)
(単純化のため記号化すると、A=尊氏、B=直義、C=直冬とすると以下のような話です。
AとB⇒兄弟、AとC⇒実の親子、BとC⇒義理の親子 AがBを毒殺、AとCが対決)

実の父は、息子に三度の討伐を行い、息子は息子で、父親に勝つために、南朝側と同盟を組むなど、この二人の確執の深さには驚きます。 尊氏は決して心の狭い男ではなく、豪快で、高師直などの荒武者をうま~くマネジメントした懐の深い統領です。その彼が、実の息子だけに、何故過酷な態度で臨んだのかも大きな謎です。

WIKIPEDIAでも、生没年に?がついているとおり、消息は不明です。異母兄弟である二代将軍の義詮より、頭脳明晰、勇猛果敢であったとされ、仮にも数万の軍勢を率いて、一旦は室町幕府を倒した彼が、いつ、どこで死んだか解らない…というのも、他に例のない話です。父が死ぬとともに、彼もまた歴史の彼方に消え去ってしまったのです。

彼の子供を主人公にした小説を北方謙三が書いています。(「陽炎の旗」新潮文庫)来海頼冬と名乗る彼の息子は、剣士になって大活躍ではありますが、足利家の刺客に常に付きまとわれます。小説と同様な状況であったのかは定かでありませんが、彼の子孫の記録も残っていません。

足利直冬というミステリアスで、魅力的な男~しかも一度は頂点に立った人間が忽然と歴史から消えている~こんな面白いテーマを何故これまで、誰も小説に取り上げないのか、とても不思議です。

名将たちの戦争学は役に立ちます

今読んでいる本で、へえ~と考えさせられたのが「名将たちの戦争学」という本です。
「名将たちの戦争学」文春新書 松村つとむ著(つとむという字は辞書になかったので、平仮名にしました)

この松村さんは、陸上自衛隊の元陸将補の方です。名将たちの名言を通して、戦争学を要約して紹介しています。
まず、興味を引かれたのは、戦争学というのは、そのまま企業戦略に使える内容であるということです。元々、マーケティングの用語は、軍事用語を一部使っていますし、企業間の競争も、戦争になぞらえたりする位なので、当然といえば当然でしょうか。

この本の中で、イギリスの生んだ20世紀を代表する戦略思想家のリデル・ハート(ってご存知でした?僕は初めて名前を知りました)の「戦いに勝つ為の8原則」を紹介しています。

1.目的に対応する目標を選ぶにあたっては、可能性を優先して考え、手段に適合させよ

2.常に目標だけでなく、その上位の目的を念頭から放すな。目的達成に利用できる目標は、数個ある

3.敵が最小に予期している路線を選べ

4.敵の抵抗が最も少ない所を狙え

5.常に代替目標に切り替えられるような作戦線をとれ

6.計画は、状況の変化に対応できるように、常に柔軟性をもて

7.敵の構えを崩してから打撃せよ

8.失敗したときと同じ作戦をとるな。単なる兵力の増強は新しい作戦ではない

1、2はゴール達成のために、サブゴールを幾つか設定し、いけそうな方法を選択するということです。3,4は戦略ドメイン設定の方法。5,6はフレキシビリティの重要性。8は、HCマネジメントで、多くの経営者がやりそうな話。ということで、経営的課題を考える際に、そのまま原則として参考になる話です。

この本では、古今東西の名将達の多くの名言が戦略,戦術などの項目別にまとめられているのですが、大胆不敵にも僕がエッセンスを3つ取り出すと(何という面の皮の厚さ)、

1.防御できる力があれば、ためらわず攻撃。多少、状況が不明であっても、とにかく攻撃。相手の弱いところをためらわず攻撃。とにかく攻撃。
2.予定は未定じゃ。やっても無いことの、次の次まで考えるなんていうのは、素人のやること。とにかく、アクションあるのみ。
3.勝つためには、勝てる相手を選べ。相手が大軍の場合は、一番弱そうな部署を狙え。とにかく、勝てる相手をぶちのめせ。

ためらわず相手の一番弱いところを攻撃し、後はその場その場で、アドリブを効かせろよ…という話で、これを学問というのは、中々難しいとは思いますが、激しく共感してしまいます。「事件は会議室で起こっているのではない」ってありましたが、砲声と硝煙の中では、机上の論理など吹き飛んでしまうし、シンプルな原則論を守って、あとは経験・勘を効かせて…ということなのでしょう。これも、特にベンチャー企業経営には、ばっちりあてはまる話です。

2006年02月06日

ニートについて

ニートの記事を新聞(日曜日の日経「ニート 家族で救う」)でみました。因みに以下がニートの定義。(WIKIPEDIA)

NEET(ニート、無業者、Not in Employment, Education or Training)とは、英国で社会問題になり労働政策の中で用いられた「職に就いておらず、学校等の教育機関に所属せず、就労に向けた活動をしていない15 - 34歳の未婚の者」を言う。

結論から言うと、「働けよ!!」で終わりの話ですが、重要なのは「働きたくない」という気持ちを引き起こすのは何かということでしょう。新聞のコラムでは以下のような指摘がされていました。

中高年世代が過ごしてきた戦後復興から高度経済成長期、バブル景気に至る時代は、働けば働くほど目に見えて豊かになった。どんなに仕事が大変でも、多くの人がその中に希望や喜びを見つけられた。だが物が溢れる今は、働く事に幸せを感じにくい

43歳の僕は、中高年世代ですが、団塊の世代とは全く違う職業観をもっているし、大体30後半~45歳くらいで、15歳以上の子供をもっているのは、マイノリティでしょう?
高度経済成長~バブル期を一括りにするのも、凄くラフすぎて怖いくらいですが、本質的には「働く事に幸福感をもてないメンタリティ」を問題視している部分は賛成です。

働くことは、幸福になるためのツールである/働くことそのものが幸福である…という、経済的な糧を得る為の手段としてではなく、もっとポジティブな労働観を、子供には植え付ける必要性があると思います。(大人にもかな)

僕は、自分の子供には、物凄く好きなこと~やっていて幸せなこと~を一つ持っていれば、それで食いっぱぐれることはない!!と常々言っていますが、単純にいうと、そういうことではないかしらん。

この記事で、子供をニートにしない六か条というのが記載されています。その中に

「働くことの楽しさを伝えよう~会社から疲れて帰って来た父親を見て”仕事は苦しいもの”と刷り込まれた子供は以外に多い」

という記述をみて、新橋でハッチャケていたサラリーマンって、家に帰ったら「仕事が大変で」とか言って、しかめ面していたりするのだろうか?と思いました。子供をニートにするくらいの、迫真の演技を続けている人もいるんだろうなあ。

2006年02月05日

ブログを書くことって一体なんでしょう?

本日の鎌倉は、とても寒いです。温度はよくわかりませんが、体感温度は零下40度くらいで、ベランダで煙草をすっていると、凍傷にかかりそうです。また、色々あって、相当疲れているのか、眠い、とっても。11時位に起きて食事をとって眠り、晩御飯を食べて眠り、ということで、ここまで起きているのは、栄養摂取のときだけ…という状態です。寒い&眠いという、僕にとっては最悪の事態に陥った土曜日でした。

昨日書きましたように、ITメディアでもブログを書いています。1日2つブログを書くのは、案外大変~2日で骨身に沁みました。何か情報発信するのは、それだけでも大変なのですが、僕の場合は、制約条件が大きいのです。
1)取引先とのことは書けない~まあ当然の事ながらビジネス上の守秘義務です
2)会社内のことは書けない~これは、テーマによっては、個人について書くことになり、人間関係上難しい
3)マーメイドエンジェルからの厳しいダメだし
つまり、日常生活の多くを占める事柄に関しては、かなり面白く考えさせられる事も多く、僕自身の興味の中心でもあるのですが、対象外としていますので、トピックに詰まります。

毎日書くのも大変なので、先日6つくらい書き溜めたのですが、コピペしてラクチンとはいきませんでした。読み返すと余り面白くないのです。というか、ツマラナイ(通常以上に)。恐らく、ギリギリで切羽詰まって搾り出す方が、何がしかの真実を捉えているということなのでしょう。

ということで、苦痛に満ちているブログ業務ですが、悪いことだけではありません。書く視点で、物事を見ることは、頭の整理に役立つと最近感じています。日常生活では、色々なことが起こりますが、ブログを書くという段になると、殆どは書くに値しないことばかりです~公共性の欠如。日常雑記であっても、伝えるべき何かがなければ、日記の公開と同じで、性質の悪い露出癖に過ぎないと思います。最近物事をみるときに、書くべき何かを抽出しようとしていることに、気付くときがあります。個別の事象から、一般的に使えるエッセンスを取り出す作業~と大げさに言えば、そういうことですけど…。

まあ、その抽出作業に失敗しているわけですけど、61日間も連続して…辛い。

2006年02月04日

野茂英雄

さて、私、昨日より、ITメディアというサイトのオルタナティブブログというコーナーで、ブログを書くこととなりました。全く同じ調子で、毎日更新をしていますので(話は違います)是非ご覧いただければ幸いです。タイトルは「ネコの時間」といいまして、深夜に、ネコになった気持ちで(どんな気持ちかは聞かないで!)書きます。


野球選手の中で特別好きな選手が二人います。松井秀喜と野茂英雄。


野茂投手は、ご存知のように、日本人大リーガーのパイオニアで、彼がいなければ、現在のように、多くの日本人プレーヤーが、海を渡り、野球の最高峰に挑戦することもなかったでしょう。

魅力は、生き方全て。日本中の非難を浴びながら、何十分の一の年俸で、独り、言葉も通じないアメリカにわたり、自分の夢を追いかける。何度も、解雇され、マイナーに落とされても、必ず這い上がってくる。速球とフォーク(最近ではスライダーとカーブも時たま投げますが)という2つの球種に拘る。寡黙で、ポーカーフェイス。自費を投じて、アメリカ独立リーグの球団オーナーになり、NOMOベースボールクラブを作り、野球を愛する人たちにチャンスを与えようとする。過去、現在、そして彼の目には見えているであろう未来(最終的に何を目論んでいるかはわかりませんが)…常に孤高を保ち、前に進み続ける~そんな生き方全てです。

この度、「05年度 朝日スポーツ賞」の授賞式で米日のプロ野球で通算200勝を上げた功労で特別賞を受賞しましたが、その際のコメントが以下です。

「この賞をもらった方は当然感謝していますが、あげる方も賞をあげた責任というか、今後、その選手をフォローしながら、今後のスポーツを、その競技を考えていただければいいなと思っています」
野茂以外に、授賞式でこのような、場にそぐわないコメントをすることが許容され、しかも説得力をもつ人は見当たりません。

先ほど、魅力を挙げましたが、一番お気に入りは、マウンドまで、無愛想な顔で、胸を張って、歩を進め、ロージンをつけたあと、くるりと背中をむけるフォームで、キャッチャーミットめがけて速球を投げ込む、あの佇まいです。何時見ても、どこの球場でも、どんなユニフォームを着てもいつも同じ、ただ寡黙に、愚直に速球を投げ込む姿は、なんとも言えない味があります。

彼は、先発ローテイションで投げ続けることをポリシーとしており、そういう条件を満たす球団を選択しようとするので、未だ来期の所属球団が決まっていません。

本人、「横手から投げても、先発でやる」と言っています。
実際、本当に横手で投げたら、絶対打てないような気がするんですが…トルネード投法からの横手投げは、特に右バッターには恐怖そのものです。なにしろ、彼は、くるりと背中をむける瞬間、バッターから完全に視線を外しています(野茂曰く「打者は見えている」・・・らしい。可能かもしれない~もし後ろ頭に眼があれば。)、またコントロールもそれほど良くないので、殆ど反則~ヒル魔洋一。年に十数人は病院送りだな


「野茂英雄」公式ウェブサイト

2006年02月03日

なくなれ通勤時間

僕が、本当に無駄な時間だと思うものに、通勤時間があります。毎日、3時間以上かけて、銀座~鎌倉間を通っていますが、ある地点からある地点の移動をするだけが目的なのに、毎日3時間以上もロスするのは、我慢ならない。ということで、最近は、自己投資ということで、横須賀線の自由グリーン席に乗って、行き帰りは、一生懸命仕事をしています。

ある日、メイルを一生懸命うっていたら、となりの酔っ払ったオジサンから、「てめえ、うるせえぞ、眠れんじゃないか?」と怒鳴られました。とても怖かった。(本当に、都会の人の怒りの沸点は低いので困る)

人生のかなりの時間を、通勤の電車の中で過ごすのは、非常に悲しいことだと思いますし、何とか解決できないものかと思います。例えば、ネットワーク環境が整えば、将来的には、出社は週1~2日という時代がくるかもしれません。オープンソースプロジェクトの概念を、会社活動全てに当てはめていくことも、少人数グループであれば、不可能とは思えません。IT企業でいえば、開発、マーケ、営業、管理というスキルのミックスですので、その各機能が充分なコミュニケーションをとるディバイスさえあれば、オフィス自体も不必要だと思います。勿論、パーソナルなコミュニケーションも必要ですが、これは、週一くらいで、詰めてミーティングをした後、一緒に飲みやスポーツをした方が、うまくいきそうです。

こういう個人裁量の大きなやり方を実施するためには、各人が、成熟した人格を持ち、提供すべきスキル・ノウハウをもったプロフェッショナルであることが、必要不可欠だと思います。また、余り巨大な組織ではうまく機能しないと思いますので、少人数のグループであることも必要です。既に、工場で巨大ラインを廃して、ワークショップ制にし、少人数のユニットで動かし、効果をあげているところもありますので、これをホワイトカラー業務に適用することも、充分検討できると思うのですが…

でも当分は、酔っ払いのオジサンに絡まれないように、横須賀線で静かにメイルを打つ生活が続くんでしょう。

2006年02月02日

とっても頭が疲れているの

やるべき事は山積なのですが、ここ数日、中々手がつきません。この土日も、PCの前に座ると、頭はいたくなるし…。煙草をすって、PCの前に座り、雑誌をぺらぺらめくり、文庫本を斜め読みして、またPCの前に座り…何度かトライするのですが、どうしても駄目。あきらめて、文庫本をもって、布団の中にはいると、気持ちよく熟睡してしまいました。起きたら、きな粉餅を作ってもらい、満腹になったところで、また睡魔が…。

先週後半から、横須賀線の中で、行き帰り熟睡して寝過ごすというのを繰り返しています。メイルをチェックしているうちに、完全に意識を失うんだなあ…これが。

こういうことは、周期的にあって、昔1000人の工場予算を1ケ月休みなし&殆ど独りで作るという仕事を、2月と8月にしていましたが、作り終えると、後頭部に疲れが塊になっているような感じがあって、何もやりたくない状況になるのでした。そういう時は、一人旅にでたりして、リフレッシュし、その「塊が溶けてなくなる」まで待つしかない。(他の人もこういう感覚あるんでしょうか?)最近でも、PCの前に座ると、生汗がでて、全然駄目ということが、2~3ケ月に一度あり、本当に困ってしまいます。

僕の場合は、「考えること」は「書くこと」と同義です。ワード、エクセル、パワポ、スクラッチペーパーを駆使して考えをまとめるので(つまり余り頭が良くないので、人よりエネルギーをかけないと考えがまとまらない)、こういう頭が疲れた状態は、思考停止ということなのでまずいです。「海馬は疲れない」はずなんだがなあ…と訝しく思う今日この頃です。

表現するという、英語は"EXPRESS"…つまり外に押し出すというのが原義ですが、とっても感じがわかるなあ…と思います。チューブをぐっとと押して、歯磨き粉をだすようなイメージなんだと思います。で、今僕に必要なのは、この「ぐっと押す」エネルギーなんです。(チューブの中身だったりしてね~)

  誰か頭の疲れを取る良い方法を知っていたら教えてください。お願いします

2006年02月01日

理想の組織

僕が、大学卒業後に入社した会社を辞めようと思った理由は、色々あるのですが、主要な理由は、終身雇用・年功序列型大組織にいることが、自分にとってプラスとは思えなかったからです。また、皆真面目で一生懸命働いているのに、幸福そうにはみえなかったし、将来こんな人になりたいという、ロールモデルも見つけられませんでした。

このまま行くと、35歳くらいに海外事業所の経理をやって、2~3年して、本社の経理部に移って、40歳くらいで、工場の経理課長をやって…、運が極端によければ、50過ぎで取締役になって…、確率的に高いのは、子会社の経理部長かなんかになって、定年を迎える…という、全く魅力的でない未来が、当時32歳の僕の前には広がっていました。

もっと、人生ってスリルと感動に満ちた、ワクワクするものではないのかなあ…と思っていました。また、働くことは、単に経済的な糧をえるためではなく、自分が成長し、幸福になるためのツールであるべき…と、勝手に思っていました。
知的好奇心に満ちたプロが、その才能を発揮できるような、(クラブ活動の延長のような気持ちで)組織を作ってみたいと思い、会社を飛び出したわけです。

理想の組織としてイメージしたのは、全盛期の西鉄ライオンズ。1956年~1958年に日本シリーズで3連覇し、常勝巨人軍を叩きのめした伝説のチームです。このチームには、稲尾、中西、豊田、高倉、仰木、河村、大下と侍がそろっていて、派手に遊びまわるは、ベンチでは、味方同士、罵倒しあうは、もう滅茶苦茶なわけですが、各人の能力が図抜けていて、チームの勝利には、一丸となるという、とても大人の集団です。管理野球である巨人を、真正面からクラッシュするのですから、痛快です。

僕が、とても素敵に思えるのは、各自、いつもはバラバラで協調性の