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2006年01月30日

子供はとりあえず、ちゃんと育つようになっている

子供にとって、親の影響は絶大だと思います。ある年代までに、刷り込まれた親の言動は、「三つ子の魂100まで」のとおり、その人の一生に大きくインパクトを与えるものだと思います。親が正しい事実を伝えていればいいのですが、割りといい加減なことを平気で喋ってしまう親に育てられた子供への影響は如何なものでしょうか?

実は、僕自身、割といい加減なことを平気で喋ってしまう母親に、育てられたのでした。うちの母親の妄言録のさわりを以下に記しますと…
1.背中をたたくと肋膜になる
2.早起きをすると、病気にかかる
3.男は、女子供にいい暮らしをさせるのが、必要最低限の役割だ。そんなことを恩着せがましく言う男は、カスだ。
4.文学部に行くと、就職の道はない
5.東京の大学生は、皆英語がぺらぺらで、二ヶ国語しゃべるのは、普通だ
6.成績の悪い子と付き合うと馬鹿になる
7.家から離れた場所で、遊ぶ子は不良だ
8.酒と女は構わないが、博打は駄目だ
9.勝負に勝つには、流れをみなくてはいけない

う~ん、本当にひどい。こういう事を日夜言われて育ったのに、歪まずチャンと育ったのは、奇跡なのでしょうか。(彼女は、鯉、カナリヤ、鈴虫、サボテン、その他…の生き物の飼育にチャレンジしましたが、まがりなりにも長期間生存しているのは僕と姉だけです)歪みに気付かないほど、歪んでしまっているのでしょうか?

1は、医学的根拠ゼロ。2は、小学生のときに、朝ラジオ体操に行こうとしたら、こう言って止められました。彼女が早起きは苦手だったのが理由です。3は、彼女にとって都合のいいロジック。4は、文学部志望の僕を翻意させるためのブラフ。5は、完全なるガセ。6,7は、僕の友達が気に入らなかったので難癖をつけた。8~9は、真実ではありますが、普通の母親がこんなこというか?(彼女は、花札の名手なので、勝負の流れには一家言あり)

このように、子供は、如何に、歪んだインプットを受け続けても、正しい方向に復元する力が、元々備わっていますので大丈夫…というのが僕の見解です。 子供と接するときに、親として正しいことを言おうと、必要以上に神経を使う必要はありません。 間違ったことを教えても、子供が何とかするのではないかしら。 勿論、正しいインプットをするに越したことはありませんが…

2006年01月29日

ITベンチャーの経営は難しいけど、楽しい

僕は、余り成長性のない産業用資材メーカー出身者です。このメーカーの経営と比較すると、ネットベンチャー企業の経営は、非常に難しいと感じています。

まず、以前勤めていた会社の売上は、市場の成熟化が進んでおり、余り変化をしませんので(前年対比プラスマイナス5%弱)、フォーカスはコストダウンでした。資材費を下げ、電力費を下げ、人員数をコントロールし、流通費を下げ、棚卸資産を圧縮し、工程を簡素化し…など既にやるべき事が見えています。商品に関して言えば、プロダクトサイクルも長く、取引先も固定的なので、大口顧客とキチンとパイプを維持し、彼らのニーズに合わせた商品を、徐々にラインナップに加えていくというアプローチになります。MAについては、同業者をホリゾンタルインテグレーションする、或いは従来商品の周辺領域にある商品・サービスのメーカーを買収していく…なども検討できるでしょう。

つまり、変動要因が少ないので、選択肢が非常に限定的です。その各項目を地道につぶしていくというアプローチでOK。(人も沢山いるし)

IT業界では、非常に高い成長率を求められます。以前証券会社の方と話しをしたときには、毎年3~4割は売上、利益が増えないと、新興市場にIPOは出来ない…とのことでした。売上1億を2億にするのは、出来ないことはありませんが、1年間で、10億の売上を14億にする、20億を28億にする…というのは,次元の違う話です。相当のラッキーパンチがない限り(写メールの普及、着メロの爆発などに乗っからない限り…)中々骨の折れる話しです。これを実現しても、成長率100%から40%へと鈍化していますね…などと言われかねないのが辛い。しかも、技術革新やサービストレンドの変化は激しいので、短期間で陳腐化していく傾向が強いです。継続的な変化と成長を実現しなくては、生き残れない~ホント笑ってしまう。

ネット業界で何がヒットするのかは実際よくわかりません。大抵はUSや韓国の類似企業の動向をみて想定をしたりしますが、不透明感は強いです。ですので、如何にして、儲かるであろうドメインを定め、自社サービスをタイムリーに投入できるかが、大きな課題になります。ギャンブルに近いところです。またプロダクトサイクルが短いので、短期間で開発投資を必要とされることも、リスクを更に高めます。また人、物、金のリソースも、限られています。

成長しないと、次の成長のための資金調達もできないのですが、逆に急に人員を増やし、派手にTVコマーシャルを打って、費用増~キャッシュアウトで破綻したベンチャーは、多々あります。 ギャンブルに成功したとしても、投資から資金回収までの期間にかなりタイムギャップがあるので、資金繰りに躓くこともあります。引き返せる地点を意識しつつ、積極策を打つという、綱渡りを余儀なくされます。

こういう業界なので、単なる「いけいけドンドン」の人には向いていないし、かといって「石橋をたたいて渡る」人にも向いていないような気がします。将来が不透明で、不確実であるということを、「将来は無限に広がって楽しいなあ」と思う、一種イカレタメンタリティと、リスクを分析して慎重に前進できる緻密さ~正気~とを持ち合わせることが必要のように思えます。
つまり、かなり冷静で緻密なイカレタ人が向いています。(具体的人間像は思いつかないですけど)

僕自身は、大企業に勤めていた時期と今の生活を比べると、肉体的・体力的には厳しいですが、今の方が、楽しく、幸せです。「将来がよくわからない」ことって、とても素敵だと心底思っているのですが、もうかなりイカレテいるのかもしれません。

頑張れ海馬

一時期、「海馬」という脳の機能に関して、話題になったことがありました。関連した本を最近読んで、色々思うことがありました。(「海馬~脳は疲れない」池谷裕二 糸井重里

海馬は、簡単にいうと以下のような機能です。(以下 日本学術会議おもしろ情報館

「馬の脳」と呼ばれる「大脳辺縁系(だいのうへんえんけい)」には、「海馬(かいば)」という部分があります。海馬は、タツノオトシゴのような形をしています。日常的な出来事や、勉強して覚えた情報は、海馬の中で一度ファイルされて整理整頓され、その後、大脳皮質にためられていくといわれています。つまり私たちの脳の中で、「新しい記憶」は海馬に、「古い記憶」は大脳皮質にファイルされているのです

つまり、「記憶の司令塔」ともいえる部分ですが、興味深いのは、問題解決方法を模索する際の(仕事でも、日常生活でも)、僕の思考パターンが、まさに「海馬」の機能と同一…ということです。

現実生活は、極めて複雑なファクターが絡み合っています。これらを、ただぼんやりと見ると、さっぱり解決・改善の糸口がみつからないですし、結局何も手を打たずやり過ごすことになります。
そこで、まず情報をブレイクダウンします。イメージとしては、頭の中に、引き出しが幾つもある感じで、「みかんの引き出し」にはみかんを、「リンゴの引き出し」にはリンゴを…とポンポン入れていくわけです。

次に、この分けた各情報に、名前をつけていく(因果関係を明確にする)。主には、原因ー問題ー損害のトライアングルを明確にするということです。これは、どんな原因のために、どんな問題的事象が引き起こされ、結果として、どんな損害が起こったか…を区別するということです。

ここまでくると解決策は自明だったりするのですが、夫々カテゴライズされ、因果関係が明確になった情報を統合する~つまり組み合わせをかえることにより、状況の改善策、解決策などを構築することになります。

こういう頭の使い方を意識して、大学生位からしており、僕の中では既に習慣化しています。(因みに、この作業はエクセルとパワポの活用により、効率性が格段に上がりました。エクセルの各セルは「リンゴの引き出し」に見立てることができますし、パワポの階層構造は、「名前付け~各情報の因果関係明確化」に最適で、大量情報の整理が可能です。)

ざっくりいうと、頭の中で、情報の分析と統合を行うのですが、海馬の機能は、まさに、この「情報の分析と統合」を行うことです。しかも、海馬は疲れることがなく、使えば使うほど、より複雑で高度な思考を可能にするとのこと。つまり、僕の習慣的な思考パターンは、海馬機能を意識的に最大稼動させるということなのかもしれません。

因みに、年齢によって、海馬の機能は衰えませんので、体力さえ何とか維持をすれば、歳をとっても、知的業務であれば問題ないようです。ず~っと仕事はしていたい、僕にとっては朗報です。海馬機能を妨げるのは、ストレスと酸素不足だそうです。これも実感的にわかるのですが、ストレスがあると、特に情報の分析パートがどうもうまくいかないのです。(僕は余りストレスが溜まらない性格なので、海馬使いには、向いているようです)

占いによると、僕の全盛期は、110歳かららしいので…海馬には、まだ70年以上は稼動マックスで行っていただかないと困ります~頑張れ海馬!!

2006年01月28日

宴会

会社の新年&送別会が、本日ありまして、7~8年ぶりに幹事をしました。僕の宴会の理想形は、正月番組の「スターかくし芸大会」です。(理想形というほど大げさなものではないですが) 所謂、宴会芸とイベントを組み合わせて、割りと緻密に構成を考え進行するもので、ただ飲んで騒ぐだけでは、(大好きだけど)どうかなあ…と思うし、話しをするのであれば、1対1の方が楽しいし、ある人数で集まるのであれば、そこに何らかのエンタメがなければ、「宴会」ではないと思うのです。(余り一般的な定義ではないことを最近しりましたが)
大学のときから、7~8年前まで、英語キャンプ、新商品発表会、トレードショー、事業部の宴会などの幹事をすることがやたら多かったようです。イベントの種類も3,40人の宴会から2000人動員したトレードショーまでバリエーションはあるのですが、仕事の内容は、学生のクラブ活動で運営した英語キャンプを仕切るのと余り変わらないと思いました。

思うに宴会幹事のお仕事には、通常業務のエッセンスが詰め込まれていると感じています。まず、予算を決めて、場所をおさえて、演目を決めて、人を割当て、演目と演目のつなぎを考えて、盛り上げる方法を考えて、MC原稿を作成し、時間管理をし、実際の場所でランスルーする~マネジメントそのものだと思いませんか? これらイベントなり何でもそうですが、事前の準備が成功の鍵であると思います。

7~8年振りにやった宴会幹事ですが、60点位の出来で、そこそこ盛り上がりましたが、もっとエンターテイメントに仕上げることができたはずだと反省することしきりです。今回は、急遽決まった話なので、全然準備ができなかった…というのが原因です。(言い訳です)

例えば、誰かがカラオケを歌うこととなった場合、イントロの時間にぴったり合うようにMCを入れ、直後に歌が始まるというのが、鮮やかです。そのためには、MC原稿作成&イントロ秒数調査し、この秒数にぴったりで入るように、喋るスピードと原稿を調整し、練習する…ということが必要です。こういうディテイルに拘れば、拘るほど、まあ面白いわけです。

今回は、重要な提携交渉準備などあり、凄く忙しかったので、詳細を詰める時間がなかったのが残念です。

2006年01月27日

「新人類」の挑戦

このブログを、昔からの友人がみていて、メイルを幾つか頂きました。近況なども聞きますが、随分会わないうちに、皆夫々違う人生を歩んでいると実感します。
我々の世代(40~43歳位)は、20代前半のときに、「新人類」と呼ばれた世代です。新入社員のときに、頻繁に周囲の人に、「お前が新人類か?」と言われて面食らった思い出があります。

「新人類」とはWIKIPEDIAによるとこういう意味だそうです。

...ジャーナリスト筑紫哲也が雑誌「朝日ジャーナル」編集長を務めているとき(1984年~1987年)、10-20代の若者たちとの対談を通じて、彼らの気分・思想・哲学・時代の気分を探ろう、表し出そうと試みた企画があったが、対談の内容やそこで使われた「新人類」という言葉にインパクトがあったため広まるようになる。1986年には流行語大賞に選ばれた。 新しい感性や価値観をもつ1980年代前半に成人した若者たちのことを指す。オタク第一世代と重なる。


中略

成熟した成人として、社会を構成する一員の自覚と責任を引き受けることを拒否し、社会そのものが一つのフィクション(物語)であるという立場をとる。

中略

音楽でもテクノポップの流行など、社会的にも無機質な変容が感じられた時代に、高尚な哲学や思想を語ることも、一種のファッションとしての地位を得た。
世代を特徴づける共有体験として、受験勉強とTV番組や漫画・アニメ、ロック音楽といったサブカルチャー体験を持つのが特徴。旧人類と位置づけられる、戦中・戦後派、団塊の世代にはそれぞれ戦争や全共闘運動など社会を激変させ、個人の価値観や意思とは関係なくその中に巻き込んで運命を変えるような強い共通体験を持っているが、新人類世代にはそのような共通体験が存在しない。

「社会を構成する一員の自覚と責任を拒否し、社会をフィクションとして捉え、サブカル体験をもち、高尚な哲学や思想を語る事も、一種のファッションとなり、共通体験をもたない世代」という説明ですが、この時代の気分としては、かなり的を得た説明のように感じます。責任感が欠如し、人間の存在や意義をとく哲学、思想すらファッションとして捉える、底の浅い薄っぺらな世代という見方もあるのでしょう。

我々は、とても懐疑的な世代だといえるのではないでしょうか?団塊の世代は何かを盲信し、挫折し,転向し…という軌跡をたどっており常に雰囲気に流され、横並び主義で、矛盾にみちているといえます。こういったセグメントに、大きな疑問をもち育った世代が、「新人類」なのです。

20年が経過して、新人類も齢40を超え、会社の中間管理職や、高中小の子供の母親、父親だったりしています。つまり、望むと望まざると、社会を現実として捉え、責任を負う立場になっているわけです。懐疑的であり続けることは許されません。我々世代は、柔軟で多様な夫々の解を、次の世代に示す責任があると思います。

それができて、初めて我々は団塊の世代を乗り越えることができるのでしょうし、「日本の戦後」を真の意味で終わらせる事が出来ると考えます。

2006年01月25日

鎌倉~新橋間でぼんやり考えました

前回このブログでお礼をした後も、日本ブログ大賞ビジネス部門にノミネートされている当ブログに新たにご投票をいただき、また本当に身に余るコメントをいただきどうも有り難うございました。まだ開始して2ケ月足らずのブログに、わざわざご投票を頂いたことに感謝感激です。
広報の一環として始めたこのブログですが、本日頂いたコメントに「会社の顔がみえるような気がする」とあり、嬉しくもあり怖くもある…という気持ちです。

絶対的なリーダーが突然消えてしまったとき組織はどう変化していくのでしょうか?

絶対的なリーダーを、全てのプラニングに関与し意思決定を行いかつその成員の行動・思考パターンに決定的な影響を果たす存在と定義すると、リーダーの喪失は、組織において、機能不全を引き起こし、また成員が虚脱状態になって、活動を停滞させるであろうことは想定がつきます。

秦帝国の崩壊、足利義満の後の義持、本能寺後の明智光秀、秀吉の死後瓦解した大阪政権など歴史的にも、強力なリーダーの退場後、次のリーダーが茫然自失になる、短期間で組織そのものも滅びる…などのケースは多々あります。

現在のライブドアは、堀江社長と彼を支えた幹部社員を失い、まさにリーダーなき集団です。ただ、昨日のブログにも書きましたが、多くの社員の方々は真剣に業務に取り組んでいただけだと思いますし、唯同情するのみです。

今日電車の窓からぼんやり外をみながら、僕が、現時点のライブドアの社長だったらどうするだろう…と考えてみました。まず、想像できないくらいブルーだろうな…ということ。ブルーになると思考がネガティブな方へどんどん展開していき、悪手を連発してしまうというサイクルにはいりそうです。

まず大切なのは、思いっきりこれ以上ない位開き直るということかもしれません。次に目の前にある色々な問題の消化作業を誠実に、地道にこなし、少しでも取引先やユーザーの信用を回復していけるように努める。

残りの時間は…何もしない。(時間の許す限り)

クールに状況を、ただ虚心に、一喜一憂せず見つめる。ついこの前までは、蟻が砂糖に群がるように集まってきた人達が手のひらを返すように離れていく様を、有望な子会社を切り崩そうとする人々を、どんな状況でも全力を尽くし会社に貢献しようとする少なくはない社員たちを、唯見つめる。敵味方をはっきり見極める…ということでしょうか。
同時に、近日中には、ライブドアの過去のアクションに関して、何らかの社会的処置があるでしょうから、それは真摯に受け止め、自ら進んでその責任は負う。

ライブドアには、若くて優秀な人材がいると聞いています。キャッシュは少なくとも今の時点では、豊富にあります。有望な子会社も幾つか保有し、日本で最大のブログ運営者でもあります。

焦って何かをするより、社会的責任を全うし、武骨に目の前にある問題を誠実に解決し、時が流れるのを待つ…というのが横須賀線乗車49分間で思ったことです。(すいませんお気楽な意見で、どれ位の時間的余裕があるのかわかりませんし)

でも、実際当事者になったら、焦りまくるんだろうなあ。ちょっとしたことで、部下を怒鳴りつけたり、酔っ払って愚痴を言ったりするのかなあ(それは今もしているか)・・・ちょっと自信なし。

ライブドア報道について気になったことを書いてみました

朝起きると一番で、僕のブログを読む奇特な方がいて、その方に毎日起こしてもらっています。今朝は、まだ寝ぼけている僕に、「Cランク。面白くないし、驚きもない。全然駄目」とキツイ批評を浴びせかけるのでした。家庭内では、ガンジーのように無抵抗・完全服従主義をとっている僕は、よよよと泣き崩れる一人の女…(関西の人しかわからないんでしょうか) 指摘が、的確であるので、余計に落ち込みます。

堀江社長の逮捕もあり、マスコミは連日ライブドアを取り上げています。色々なコメントが飛び交っていますが、極端に単純化された議論も耳にすることが多く、気になっています。

1. M&Aがマネーゲームか?
今回の事件をきっかけに、M&Aという手法そのものに対して、「マネーゲームにうつつを抜かし…」と批判的に話す人も目立ちます。
多くの、ベンチャー企業は、リソースが不足しているので、強みにフォーカスする必要性が生じます。そのため、将来の成長性を現在価値に割り戻してついた株価を利用して、資金調達し/或いは株交換し、戦略的に必要と思われる機能、技術などをM&A手法で獲得することは有効です。この手法そのものは、揶揄されるような「マネーゲーム」ではなく、真っ当な経営手法です。
そもそも新興市場が開設された精神は、将来発展する可能性のある中小企業の成長を促進し、日本を背負うような企業に育成しようということですので、中小企業がIPO⇒資金調達⇒M&Aという手法により経営体質を強化するのは、一つの正当な選択肢だと思います。

2. 「金儲けではなくて、ビジョンや理念を重視するべし」
題記は、ある大学の就職課が、起業希望の学生に,今後指導する方針として記者の質問に答えたものです。
ビジネススクールの最初の授業での、教授の第一声は、「マネジメントの目的とは何か?」という質問でした。教授の答えはMAKE MONEY! ビジョンや理念が重要なのは言うまでもありませんが、営利が前提です。法を守り、利益をあげ、従業員・株主に還元し、税金を支払い社会貢献するのは営利企業経営者の社会的義務であると僕は思います。金儲けとビジョン、理念をあたかも対立概念であるかのように、捉えるのは、誤っていると思います。大学の就職課の人はこう指導すべきなのです~「お金儲けをして、ビジョン、理念を実現せよ」


3. 堀江社長を選挙で応援した自民党に責任はあるか?
責任はあります。国政を委ねるかもしれない人間はもっと慎重に評価すべきだったと思います。蛇足ながら、民主党が何かを言うのは不思議です。学歴詐称、覚せい剤吸引など信じ難い候補を公認してきたのは、忘却の彼方ということでしょうか? 規制緩和や構造改革が、ライブドアの粉飾決算を生み出したというロジックに至っては、乱暴だし、もし事実なら因果関係をクールに説明して欲しいものです。

4. 僕が強く思うこと
強く思うことは、企業は成長に従い、個人は富めるに従い、社会貢献活動をその行動に組み込まなくてはならないということです。勿論、法を遵守し、多くの人に役に立つユニークなサービスを産み出し、従業員に充分な報酬を支払い、株主に還元し、利益の一定パーセンテージを税金として払うことも、中々難しいことです。しかし、それは営利企業としてので「社会的義務」です。その上位に、ノーブレスオブリージ「高貴なる者の義務」が存在すると思うのです。

ノーブレスオブリージ「高貴なる者の義務」は、貴族階級、政治家のみならず、成功した大金持になった創業者社長とか、企業にも求められるべきことだと思います。富める者・企業は、収益のある割合を社会資本の充実や人材の育成などに還元し、未来の繁栄に貢献する~それが選ばれし者の義務だと思うのです。

堀江社長とライブドアは、報道が正しいとするならば、経営者や企業が背負う義務や責任に関して、余りに認識が浅かった~志が低すぎた~ということなのでしょう。

弊社と致しましては、「高貴なる義務」の遂行の前に、収益を拡大して「社会的義務」をクリアーをしないと…もっと、もっと、もっとがんばります。
それと、ライブドアの一般社員の皆様は、今回の件とは無関係でしょうし、現在恐らくかなりハードな環境の中悪戦苦闘をされていると思います。健康に気をつけて頑張って欲しいと心から思います。

2006年01月24日

中島美嘉はとりあえず凄い

一日の最後にこのブログを書くようにしています。本日は、非常に完成度の低い提案書を作成しおわったら午前5時。驚いております。100Mのスプリンターは、無呼吸で走るらしいですが、僕も集中時は、無呼吸で疾走する感じなので、時間がわかりません。

さて、唐突ですが、最近聴いたCDについて書きます。ここ1~2年お気に入りの女性歌手というのが、3人いまして、ヒロ、平原綾香、そして中島美嘉。
中島美嘉は、デビューして5年目で、既に3枚のアルバムと2枚のミニアルバム、16枚のシングルをだしています。今回は最新アルバムの「BEST」を聴いてみました。

アルバム殆ど持っているのにベスト盤買ってもなあ~とは思いましたが、聴くと手放せない感じで、MDをずっと聴いています。

中島美嘉の魅力は、あの優しくて暖かくて強くて毅然とした声と天性の(どこかで誰かが教えることなど不可能な気がする)表現力。STARやWILLのような、ちょっぴり哀しいバラード、火の鳥では、母性を感じさせる暖かさ&スケール感、LOVE ADDICTでのスイング感、それとこのベストに入っていないのですが「蜘蛛の糸の歌」(曲名しらないけど、勝手に名前付けてる)の情念ドロドロの世界。(正直、この曲は怖い~山崎ハコくらい怖い)何でもこいと言う感じで恐るべしです。

口ずさめないし、BGMにならない。MDを聴いているときは、思わず聴き入ってしまい、他の事を考えさせないような力が彼女にはあります。歌詞がが~んと来る感じ。毒にも薬にもならないBGM生産者の葉加瀬太郎ですら、彼女と一緒だと、本当に月光を浴びてバイオリンを弾いているのかしらん…という位神々しいメロディを奏でるのです。(「朧月夜」)
本当に、この小娘は凄い。シャッポを脱ぎました。あの声で「愛してる」の曲を歌われた日にはもう …では「雪の華」聴いて寝ます。

2006年01月23日

至誠のバトン

一発の弾丸、一人の人間が、革命や戦争を引き起こした例は、沢山あります。日本の明治維新を起こしたのは、純粋な一人の若者でした。

薩摩、長州、土佐、肥前という藩の力を結集して、徳川幕藩体制を終わらせ、明治政府は誕生しました。各藩が自らの利益や政治情勢を慎重に見極め牽制し硬直化していくなか、長州藩の、藩をあげての集団自殺的暴走が、明治政府樹立を可能にしたのです。長州藩を暴走列車にし方向性を与えたのが、吉田松陰という、純粋無垢な青年でした。

吉田松陰は、29歳で刑死しましたが、その私塾である松下村塾で、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文など、明治維新と明治国家の中心人物を産み出し、長州37万石全体を革命戦に駆り立てる精神的支柱になりました。
とはいうものの、彼は革命家にありがちな、アジテイター的ないかがわしさ、面の皮の厚さからは無縁です。またとても恥ずかしがりやで、女性関係に関する話も、非常に淡いものしか残っていません。松下村塾を開いた僅か2年の間は、罪人として幽閉期間中なので政治的にも全く無力でした。ただ、無私に国の行く末を憂い続け、結果的には、何も果さず死んでしまったのです。(大河ドラマで主人公にならないのは、何もしていないから、シナリオを作れないためでしょう)

その彼が、国を動かすような爆発的な影響力を何故持ちえたかは、全くの謎です。記録によれば、主義主張は別として、色々な人を公平にとらえ、その長所を見出し褒める能力があったということです。でも、それだけでは、全く説明にはなりません。藩主、上司、同僚、友人、塾生…彼に関わる人は、全て彼の熱狂的なファンになり、尊敬し、暴走をはじめてしまうという現象は、一種の奇跡なのかもしれませんし、時代の転換期に彼のような存在が、山口県の片田舎に登場したのも、運命としかいいようがありません。

ただ、一つだけ確かにいえることは、彼は、バトンを彼の塾生や同郷の若者に渡し、そのバトンは、久坂⇒高杉⇒桂⇒伊藤&山県というように、受け継がれ日本は、近代化に成功したという事実です。吉田松陰は、「我は忠義をなすつもり、諸友は功業をなすつもり」と、言ったそうですが、彼の塾生の多くは、師と同様、歴史的役割を終えると急ぐように、維新を見ることなく死んでしまいました。まさに、功業ではなく忠義を成したのです。

安倍晋三が、昨日地元下関(つまり私の故郷ですが)で、総裁戦出馬に意欲を示し、その際吉田松陰の「至誠にして動かざるもの、いまだこれ有らざるなり」(この底抜けの前向きさも松蔭の魅力です)という言葉を引用したというニュースを見ました。彼は、純粋・無私・誠実にこの国に尽くすもののみに渡されるバトンの継承者なのでしょうか? じっくりウオッチしたいと思います。

2006年01月22日

ブロガー恐るべし

僕のブログは、大体1000文字くらいですので、400字詰め原稿用紙二枚ちょっとというところです。いつも思うのは、纏った文章を書こうとすると、この2~3倍は必要だろうというところです。
弊社で、あるブログ運営社に属する更新データ4000余りを分析してみると、以下のような結果になりました。
1)50文字以下のブログは、全体の15%
2)100文字以下のブログは、全体の27%
3)300文字以下のブログは、全体の66%
4)500文字以下のブログは、全体の83%
5)800文字以下のブログは。全体の93%

文章の長さとそのクオリティとの関係性はわかりませんが、少なくともストラクチャーのはっきりした文章を書こうとすると、ある程度の長さは必要となりますが、ブログの殆どは、そういう要件を満たしてはいないようです。言い換えれば、公共性の高い文章は非常に少ない…という仮説は成立するのではないかと思います。(最も公共性のない文章を日記と位置づけると)情報発信量は多いが、メッセージ性は薄いと言うのが、ブログの現状かもしれません。

そういった現状の中、幾つか面白いブログを、例の日本ブログ大賞エントリー作品からみつけたので、ご紹介します。

まず、きっこのブログ。この方は、一日5千文字~1万文字のブログを毎日書いていて、その内容は常に深く、面白く、圧倒的です。落語の枕にも、似た導入部分から、本題にはいっていくところの巧みさ。多種多様なテーマをカバーする博覧強記ぶり。ターゲットを木っ端微塵にする文章の切れ味…など凄すぎます。

次にイラスト部門で、ぶっちぎりのトップを走る「農家の嫁の事件簿」。ほのぼのとした文章と、長谷川町子を彷彿とさせるイラスト。日常を、素直に書いているだけですが、絶対毎日読みたくなります。

また、猫好きの私としては、The Cat who.... 猫のアイシスが一押しです。本当に可愛い猫の写真満載です。猫にも、色々あって、目つきの悪いもの、品のないもの、ゆとりのないもの…などおり、何でも良いわけではありませんが、このブログで掲載されている猫は、好奇心があって、気まぐれで、品があって、ゆったりしている、僕の好きなタイプです。

色々な領域において、一般人が、ブログという場をえて、自己表現を行っています。そして、段々プロとアマの境界線が希薄になっていきつつあると感じます。間違いなく、色々な分野における将来の中心選手は、まだ全体としては非常に数は少ないですが、先鋭的なブロガーの中にいると思います。こういう、先鋭的ブロガーを、全て糾合して、面白い企画ができればと考えており、色々思案中です。
 
思うに、才能って本当に凄いですよね。

2006年01月21日

Last Man's Blues:一種の前向きな愚痴です

社長という役割を、5年間してきましたが、ひと言でいうと色々なことを耐える仕事なんだなあ…というのが実感です。

経理をやっていたときに、先輩に言われた言葉で「経理に来る伝票は、色々な矛盾や問題の結果だ」というのが、忘れられません。企業活動の中で行われる様々な意思決定の結果が、出金伝票として経理部門に流れてくる。それらの意思決定の中には誤ったものもあるし、矛盾に満ちたもの、妥協の産物などあるが、とにかく最下流工程である経理部門に流れてくる。経理の視点を経営に反映させ正しい意思決定に貢献すべし~とまあ、そんなことを言いたかったのだろうと思います。

今、最上流工程である社長というポジションでは、不条理なこと、不透明なこと、そんなこと言われても困るよ…ということが、次々と起こります。それらに、真正面から向き合い、分析して、適切と思われる意思決定をする、もしくは決定をしないという決定をする、攻撃をする、防御を固める…など多種多様な対応が必要です。しかも正解は誰も知らないという世界です。意思決定をすることに疲れを覚えるときは、ありますが、色々な人の話しを聴きながら、最終的には、誰にも相談することなく、独りで決めなくてはいけません。結果として、人に嫌われるようなことを決めることもありますし、周囲の理解を得られないこともあります。とてもハードボイルド!!
理屈では割り切れない&孤独な状況下、正気を保って耐える力とクールに決定する勇気~カミソリのような頭の切れより、多少頭が悪いけどナタのような強さをもつことが、マネジメントの最も重要な気質ではないかと思います。

やはり新入社員のとき、上司に「LAST MANになったつもりで仕事をしろ」と言われたことがあります。その当時は全く何のことかわかりませんでしたが、20年経過して「LAST MAN」の意味を噛みしめる毎日です。噛みしめすぎて、唇から血が出そうです。

「組織を守り、発展させる」意志を強く持ち、耐えて耐えて行くつもりです。以上,一見前向きなフォームをした愚痴でした。

2006年01月20日

最近読んだ本

僕は、常に数冊を並行して読んでいて、その数冊もジャンルが出鱈目な、典型的濫読タイプです。最近では、小川洋子の「博士の愛した数式」「貴婦人Aの蘇生」の読後感が良かったです。

小川洋子さんは、芥川賞受賞直後に「妊娠カレンダー」を読んで、何も感じなかったので、暫く全く興味のない作家でした。先日、「博士の愛した数式」は、阪神タイガースに関連しているという話しをきき(私は30年以上もタイガースのファンです)、読んでみたら、とても「良い気持ち」になれたので、続けて「貴婦人Aの蘇生」も読んでみました。

両作品に共通するのは、人間に対する優しい眼差しです。ここで登場する人物~80分間しか記憶容量のない博士や入り口に入るのに何回転も廻らなくてはいけない青年など~は夫々何らかの歪み、障害、制約条件をもっています。彼らの真摯な生き方と全てを許容し、愛していこうとする、彼らを取り巻く優しい人々が、とても暖かく書かれています。この両作品には、可笑しい人はでてきますが(本人は真剣なんですが)、嫌な人は全くでてきません。皆、優しく、穏やかで、弱くて、真剣です。
もう一つの特徴は、文章が平易で品が良いということで、読後感のよさは、この文体によるところも大きいと思います。感動の嵐で号泣ということは、ありませんが、静かにジンワリとちょっと悲しくて、ちょっと幸せな気持ちになります。冬の夜に飲む暖かいココアみたいです。

最近、カウンセリングブームですが、必要なのは心療内科ではなくて、無条件に許容し、話しを真剣に聞き、大切にしてくれるような人の存在ではないかと、この本を読んで思ったりもします。

「博士の愛した数式」に関しては、映画化されているとのこと。深津絵里は、僕のイメージにもあっていて、大変良いキャスティングだと思いますが、寺尾聡の「博士」は駄目でしょう。博士は64歳で、160センチ足らずの身長で、老けていて、猫背で、白髪に寝癖がついていて…なのですよ。(昔は美男子であった…という設定ではありますが)まあ、私の寺尾聡に対するイメージは、大都会PARTIIIで、ショットガンをぶっ放していたところで、止まっていますが(今調べたら大都会PartIIIは、1978年作品だから、もう28年間も寺尾聡には、興味がないことになる…因みにこのドラマの音楽は、東京ユニオンがやっていて、とにかくカッコ良い)

2006年01月19日

コンテキストマッチ広告エンジン最終チューンナップ

このブログでも、何度か書いていますが、コンテキストマッチ広告エンジンの最終チューンナップのフェイズに入っています。コンテキストマッチ広告というのは、ニュースやブログなどの大量更新テキスト情報に、その内容に合った広告をタイムリーに表示するものです。

仮定としては、あるコンテンツを閲覧している人は、その関連サービスや商品に興味があり、そういうサービス・商品の広告を表示することは、彼らにとって意味があるであろう…ということです。広告主から言えば、より多くのサービス・商品の販売に繋がる…ということです。

ですので、チューンナップの内容としては、より多くのコンテンツにマッチした広告表示が出来ているかチェックし、このマッチ度合いが低い場合や不適切な場合は、どういうロジックをかませたら良いか法則性を抽出し、これを処理プログラムに反映していくという作業になります。

この「コンテキストマッチ広告エンジンの最終チューンナップ」と聞くと、多くの人は、このマッチ度合いを判定するプログラムや人工知能を駆使したり、数式とか統計ソフトなどをバンバンまわしているに違いない~とにかくIT技術を複雑に適用する…と思うのではないでしょうか~はずれ。

この最終フェイズに来ると、人の目でみるしかないのです。何千、何万記事に言語処理によってつけられたカテゴリーとの関係が正しいか、正しくないとすれば、どういうルール付けをしたらよいか、人が判断するのです。

というわけで、昨晩は、約5000記事みましたが、この作業には、意外にも経理マンとしての経験が役に立つことを最近感じております。複雑な部門別管理や原価計算を経験した経理マン(本当にご苦労様です)は皆そうだと思うのですが、例えば縦50*横50のマトリックスに数字が詰まっていて、異常値をその中から探す…なんていうのが、異常に得意だったりします。荒っぽくスピーディに大量情報を見て、何らかの共通の法則性を見出すメカニズムが同じなんでしょう。

基本的な言語処理の仕組みに、人間のフィルターを通し発見した数多くののルールを根気良く反映させて最終的には、「使える」エンジンができるわけですが、どんなに高度な技術でも(高度な技術だから…かな)人の目、人の手が最終的に製品の優秀性を決めていくと思うわけです。

我々は、所謂ネットベンチャーというカテゴリーに分類される企業ですが、過剰な株式分割や粉飾決算とは、遠いところにいます。同じインダストリーに属するのに違和感を感じるほどで、鋳物業界の方が近そうです。全員で、コツコツ、地味で真面目にやっています。こういう企業が、メジャーになるべきだし、近未来になります。(また言ってしまった)

現在頭の中は、コンテキストマッチで一杯だったりしますが、「メッカで巡礼者50人圧死」なんて記事にマッチする広告って何なのでしょう?「格安航空券で行く聖地メッカへの旅」なんて広告表示すると、イスラム原理主義者に射殺されそうだし、「耐震性偽造」の記事にマンションの広告をだすと、ブラックジョークだし…と悩みは尽きないのでした。

最後になりましたが、先日お話しをした、日本ブログ大賞ビジネス部門で、新たにご投票をいただき、また暖かいコメントを寄せていただいた皆様方、どうもありがとう御座います。「なかなかの文章家」という過分なるコメントも頂き、本当にドキドキしています。(まだご投票いただいていない、そこの貴方、ご遠慮は無用です)

2006年01月18日

リーダーの要件

「東条英機と天皇の時代」(保坂正康著、ちくま文庫)という本を今読んでいます。丁度日米開戦に至る経緯を読み終えたところですが、色々考えさせられることが多いです。

一般的日本人の固定観念として、太平洋戦争における陸軍悪玉説とその代表である東条英機…というイメージはあると思います。東条英機は、何の定見ももたず日本を太平洋戦争に参加させ、言論を封殺した軍国主義の権化であるかのように見なされています。しかし、実際には、彼ほど日米開戦を回避しようとした首相はいないということを細かい経緯の検証から知ることができます。日米開戦の夜、彼は官邸で,独り正座をして号泣します。それは、戦争に反対をしていた天皇の意思に反して、開戦をしてしまった深い後悔の念と(米国が軍事的には圧倒的に勝っていることを熟知している彼は)将来への見通しの暗さと背負ってしまった運命の重さに恐れを抱いたのだ…と筆者は述べています。

日本は何故勝ち目のない戦争に突っ走っていったのか?それは、独り東条のせいではなく、スキームとしては統帥権という政治的コントロールできない陸海軍の意思決定方法、陸海軍の対立など色々要因は挙げられます。しかし、最も大きいのは、30年後、50年後に思いを馳せることが出来るフィロソフィーをもったリーダーの不在ではないかと思うのです。

ルーズベルトとハルは、12月8日に日本が攻撃を開始するのを充分察知していたにもかかわらず(彼らは日本の暗号を全て解読していた)その前日、天皇宛てに、日米関係改善のための交渉を訴える親書を送っています。彼らは、数十年後、最後までアメリカは戦争回避に努力をしたという証拠を残そうとしたのです。くだらない面子にこだわり、「戦争には勝てないので開戦はするべきではない」と言えなかった日本の陸海軍指導者と既に歴史における評価を見据えていた米国指導者との差異は、余りにも大きく、余りにも悲惨な結果をわが国にもたらしたといえます。

志高く、したたかに生きるということは、自らを歴史の中で捉えることができるということではないかと思います。恐露症といわれるほど、慎重・冷徹に彼我の実力を見極め、万全の準備をしたうえで日露戦争というギャンブルに踏み切った明治の指導者のような骨太のリーダーを持ち得なかったのが、昭和という時代の不幸だと感じます。

僕の日常は、目の前の事象に忙殺されがちですが、上方45度に視点を置いて、未来を見つめなくては、いけないと、割りに真面目に思うわけです。弊社のような小さな会社であれ、大企業であれ、リーダーの果すべき役割と責任は、極めて大きいことを、恐れを持って感じる今日この頃です。クールに、熱く、頑固で、フレキシブルに、野戦にも強く、大局も読める…自己嫌悪に陥らないうちに、この辺でやめときます

2006年01月17日

「功名が辻」はないんじゃないか

NHKの今年の大河ドラマは、「功名が辻」です。私は司馬遼太郎のファンですが、この作品にはどうも魅力を感じないのです。何故かというと、主人公である山内一豊というのが、全然ぱっとしない男だからです。彼は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えて、生き残った戦国期としては稀有な幸運児で、最終的には、土佐24万石の太守となったのですが、全く才能のきらめきがない人です。有名なエピソードは二つしかなくて、奥さんのへそくりで立派な馬を買った、家康に、城と領地ごと差し出して、西軍討伐のお先棒をかついだ。結果として、家康にここまでするか?という擦り寄りが功を奏して、土佐一国を手に入れたわけです。歴史的には、なんというか、芥子粒以下の存在です。

人間の好き嫌いが激しい司馬遼太郎は、坂本龍馬、高杉晋作、(頭は悪いけど)桐野利秋などの快男児には、過剰ともいえる愛情が文章から感じられます。桐野を書くときは、「俺がこんなに入れ込んでいるのに、何故そんなアホなわけ…」というボヤキが聞こえてきそうです。しかるに山内一豊。どうやら書くのが途中で嫌になった感じです。何せ掘っても掘っても、小粒のエピソードしか出てこない。最後なんかは、尻切れトンボで終わってしまう…というのが「功名が辻」です。

大河ドラマは、この前の前田利家、ずっと前の毛利元就と、敢えてドラマにしなくてもよさそうな、人物を主人公に据えていくのは、一体何故なんでしょうか?町おこしのプレッシャーでもあるのかしらん。利家、元就と比べても、一豊は、比較にならないくらい小物です。なにせ主要なエピソードは2つですから(くどいか)

山内一豊でやるくらいなら、石田三成、大谷吉継、中岡慎太郎、足利義満、藤原純友、乃木稀典…と爽快な面子を取り上げて欲しいものだと思います。アットランダムに挙げたけど、余り良い死に方していない人ばかりですね。え~と、仲間由紀江の千代は、可愛いのでOKです。

2006年01月15日

終身雇用について(その2)

昨日に引き続いて、終身雇用&年功序列スキームに関連し、組織と人の関係について書きたいと思います。
昔のファイルを、見ていたら、退職決意を上司に伝えた手紙の原稿を見つけました。そこでは、転職の理由として「終身雇用制度が、私のライフスタイルにそぐわない事に起因する」と言い放っており、生意気さかげんが、ちょっと凄いものがあります。
大企業には、所謂エライ人「~本部長」だったり「~取締役」だったり、がわんさか居るわけですが、僕には、最後まで「ただのオッサン」にしか見えなかったし、入社時に「平取くらいなら、今すぐやれます」な~んて恐ろしいことを言っていたらしいのですが、年をとるに従って確信になりつつありました。要は、会社で偉くなっても、あの程度かよ…という気持ちが、すごく強かったというわけです。(嫌われる若手社員の典型みたいですけど)
最終的に辞めて、現在に至るわけですが、今思うのは、以下のようなことです。
1)組織は、量的にも、質的にも成長しなくてはいけない。そして、より高度なスキルと複雑なミッションを要するポジション(つまりより知的で面白い仕事)を、従業員に提供しなくてはいけない。
2)組織は、部下の人のロールモデルになるような、魅力的な人材を輩出しなくてはいけない
3)能力の高い人間が責任あるポジションにつかなくてはいけないし、それに見合う報酬を得なければならない
4)従業員にとって、職場は、単に経済的ニーズを満たすためではなく、新しいスキルを得たり、人間を磨けたりする場~幸福になるためのツールでなければならない


最も幸福な組織とメンバーとの関係は、組織とメンバーの成長がシンクロし、常に刺激的な、成長できる機会を組織が提供し続け、その業務や待遇にメンバーが満足感を覚え、結果として継続的に勤務してしまったということだと思います。男女交際と,このあたりの機微は全く同じだと思います。

そういう意味では、常に会社は成長を続けなくてはいけません。勿論、人によっては、会社という存在が、丁度子供が成長して古い服が小さくなるように、新しいステージを必要とする場合もあるでしょう。その場合は、転職をしてもやむを得ないのかなあ…と思っております。

僕の目からみて、余りキャリアアップにならない場合は、退職を止めるように言いますが、そうでない場合は、基本的に去るものは追わず…ということをポリシーにしています。それは、上記のようなロジックに基づきますし、逆にNWでの活動を評価していただき、より高みに社員の方が駆け上がっていくのをみるのは嬉しい気もします。(困るんだけどね)

家族のものからは、そんな「やせ我慢」をしていると、優秀な社員が皆、他の会社に移ってしまうのではないか…という質問をされましたが、会社というところは、残ったメンバーや新しく入った人がまた成長していき重責を担っていく…運動体なので、時間軸をちょっと長めにとれば、ジグザグはありますが、また次の成長の転機となる…と思っています。

僕自身としては、弊社を、魅力的に成長させ、最高の仕事と最高の報酬を提供し、弊社のメンバーが「ずっと働きたいなあ」、他社の優秀な人材が、「ニューズウォッチに入りたいなあ」と思うような会社にするべく、努力をしていきたいと思います。まだまだ道は半ばじゃ。

終身雇用について

1月末に、二人の方が退職をし、他の会社で新しい生活を始めることになりました。そういうこともあって、自分が転職したときのことなど最近思い出すことが多いです。

僕が、学校を卒業直後に就職した会社を辞めたのは、32歳のときです。僕は、企業派遣で2年間大学院で勉強させていただいたりしたこともあって、特に風当たりが激しくて、会社からは、「男らしくない」「恩知らず」と言われました。また、地方の工場にいたのですが、わざわざ本社に出張扱いで呼び出されて、取締役の方に、「僕は、転職する人間なんかは信用しない」と言われたりしました。

今から11年前の話ですが、転職することは、まだ一般的なことではなくて、周囲の反応もかなり厳しいものでした。終身雇用制度が、まだ機能していたからでしょう。「約束されている将来を捨てて、お前は人生を棒に振るのか?」など言われたりしましたね。

この終身雇用制度(&年功序列がセットで)は、日本人の特性にあった特別な制度であり、日本企業の強さの秘密である…というような取り扱われかたを、その当時はされていましたし、未だにその考え方の影響はあるようです。(大企業=安定、ベンチャー=リスクという単純な図式で物を見る人は、未だにいますが、そのベースは終身雇用制度についての幻想にあるような気がします)

本来、終身雇用制度というのは、別に日本人固有の制度ではなくて、昭和30年後半からの高度成長期に、ある程度の規模に合った会社のみで確立した考え方です。縄文時代から昭和30年代まで、日本には、終身雇用というような考え方も文化も、全く存在しません。これは、単に労働集約型産業である製造業を中心に高度成長を遂げた時に、人員を囲い込む目的で作ったスキームです。つまり、そのほうが会社業績にとってプラスであったというだけで、何も従業員のメリットを考えて作られた制度ではないですし、高邁な理念があったわけでもありません。

企業年金、退職金、社宅など、あたかも従業員のための制度であるかのように、思っている人もいますが、実質的には(今はかなり状況変わりましたが)、給与天引きして、その一部を支払うだけの制度だったり(利子もつかないし、入社10年未満自己都合退職ケースの支給額とか悲惨です)、資金運用で儲けるためのものだったり(破綻しましたけど)、遊休資産の運用や含み資産を作るものであったり…します。大企業が、「弊社は福利厚生がしっかりしていますから」等というのは、「君達の可処分所得を少なくして、キャッシュポジションを改善してますから」というのと、ほぼ同義です。
終身雇用を標榜していた(過去)、大企業における退職金の引当金ロジックは、その当時から極めて多くの人が自己都合退職をするように構築されているので、終身雇用など最初から幻想だったわけです。

現在、終身雇用&年功序列を声高に言う大企業、経営者を余り知らないのですが、いつから宗旨替えをしたのか、お聞きしたいと思うわけです。
僕の前いた会社の取締役は,今でも「転職する人は、信用できない」のかなあ?いずれにしても、「命がけ」で転職しなくてはいけない時代が終焉してよかったです。

2006年01月13日

短歌はうまく作れない

日本ブログ大賞のビジネス部門というところに、エントリーされ、また多くの方に投票をしていただき、恐縮しております。現在第4位です。このブログを読み、応援していただいた方に、この場をかりまして、御礼申し上げます。また暖かいコメントを多数頂き、かなり感激しています。今後も頑張って、テキトウにダラダラ書き続けますので、宜しくお願いします。(僕のブログに、有益な情報やエンターテイメントを求めるのは、はなから無理なので、そちらのご理解も宜しくお願いします)

さて、正月から短歌をつくりはじめましたが、恥ずかしげもなく、そのうちの一首をご紹介しようと思います。(書くネタがないので、自暴自棄になっているのではないかと思った、そこの貴方!…正解です)

白い息 微かに汽笛と 除夜の鐘 八幡様まで 僕らの靴音

<説明>
今年も、「行く年来る年」が始まるころ、マーメイドエンジェル(私の妻は、自らをそう呼んでいます)と私は、実家近くの八幡様へ初詣にでかけます。
外に出ると、澄み渡った静かな世界が広がっています。耳を澄ますと、関門海峡に停泊する船が新年を告げる汽笛、除夜の鐘…が、とても、とても微かに聞こえます。まるで、宇宙でたった二人きりになってしまった感じ…。僕らは、八幡様まで、新年に向かって新しい歩みを始めるのでした。~僕らの靴音だけが、優しく響いています~

<鑑賞と言い訳>
清澄な世界と新年を迎える緊張感を素直に表現した、爽やかな歌に仕上がっています。
ただ、入門書二冊読んで、いい歌を書こうというのが、かなり無理があります。
顔を洗って出直します。

Immatured & Distorted World

●邪馬台国は、どこにあるのか?とか写楽は一体誰だ?という話しになると、余りに資料が少なく議論が成熟しないために、非常に多くの人が好き勝手に色々なことを発言できます。

●江戸時代は、鎖国をしていたため、オランダ語が出来ること=先鋭的な知識人という図式が成り立ちました。

何を言おうとしているかというと…
現在の日本におけるウェブ業界に関するジャーナリズム(特に戦略,マーケティング領域)は、まさに、この2つのミックスされた状態ではないかと思うわけです。

つまり、US発の最新英文情報を読む+エッセンスを要約する+お兄ちゃん/お姉ちゃんがマーケティングの教科書を読みかじってコメントを追加する⇒ウェブ最新業界分析の出来上がり…という世界なのではないかと思うわけです。「うんグーグルってNO. 1だよね」って感じの、日本人の舶来好みの傾向がこれに拍車をかけるという感じがします。

これは、ジャーナリズムだけの問題ではなくて、日本のネットビジネスは、外資系/US発アプリケーションに席捲されています。オリジナルはUS、ちょっと味付けを変えて日本で、どうぞ…という感じです。この状態を当たり前のように受け止めているのが、日本のネット業界の現状で、鋳物業界出身ネット業界6年目の僕から見ると、本当にヘンです。USネットベンチャーが、日本の業界最新情報を日本語で入手し翻訳、真似してビジネスモデル創ると思いますか?そんな面倒くさいことせずに、自力でユニークなサービスを創ろうとしますよね、

弊社は、物まねでなくて、自分達の頭で考えた、本当にユーザーに役に立つサービスを創って、業界をもっと知的で、クリエイティブなものに変えます… おっと言い切ってしまった。でも、そういうつもりで、頑張っておりますので、ご期待ください。
<お願い> いつ変えるの?って聞かないでね

2006年01月12日

全力少年の話し

僕の愚息は中学校一年生ですが、最近スキマスイッチの「全力少年」がお気に入りで、MDをイヤホンで聴きながら、大きな声で歌っているらしいのです。当然、スキマスイッチの音は外には聞こえず、彼の歌声だけが響くので、周囲の人にとっては、かなり迷惑な話しとのこと。

…ということが、判明したのは、僕が「全力少年」をMDで聴きながら歌っていたら、家族の皆様から、「親子で、全く同じことをするのは、どういうわけだ?迷惑じゃ!!」という厳しいご批判を受けたためです。

同じ曲をご機嫌に感じて、同じ行動をとってしまう~DNAとは何と恐ろしいものかと思っている次第です。

この曲のどこが彼の琴線に触れたのかというと、恐らく「積み上げたものぶっ壊して身に着けたもの取っ払って…」というところかなあと思っています(僕がそう思うからですけど)。
彼は、今「全力野球少年」なのですが、この歌のイメージそのままに、振り返る過去などなく、未来は真っ白なカンバスです。
で、私はと言いますと、「過去」は「ぶっ壊して、取っ払い」(完全に開き直った状態とも言える)、未来は、彼と同様に、真っ白なカンバスなので、まあ余り状況は変わらないという感じです。中学生の息子と状況が同じというのは、喜ぶべきか悲しむべきかわかりませんが、未来の手付かず感が素敵と思えるわけです。

まあ、そういうわけで、親子で同じ曲にハマッテおります。

2006年01月10日

初仕事

長い休みが終わり、今日からまた仕事再開です。オフィスに行くまでは、憂鬱で仕方なかったのに、職場に行くと、そんなことを忘れて働いてしまうのも、やはり例年どおりでした。久しぶりに、会社の人に会い、色々ありましたが、とても幸福なサプライズもあり、とても良い気分です。

本日、強く感じたこととして、
1)目の前に、新しい事が待っている気持ちになるのは、快感だ
2)将来が明るいと信じることが出来るのは、健全だ
3)真正面から逃げずに立ち向かうのは、素晴らしい
4)人と人が出会い、関係を深めていくのは、大いなる偶然だし、運命としかいいようがない

これらを強引に一括りにすると(別にしなくてもいいけど)、「勇気をもって人生に立ち向かうのは、美しい」ってことでしょうか。
戦国時代みたいに、大軍に独りで立ち向かったりするのが、「勇気」ではなくて、自分の運命を信じて、真正面から自分と自分の愛する人のために複雑怪奇な人生というゲームに挑戦することこそ、現代における「勇気」ではないかと思うわけです。
過去どんなことがあろうと、今生きている一瞬一瞬に無限の価値を感じるべきだと思うのです。

全ての潔いチャレンジャーを応援したいと思いますし、僕もそうありたいと思うのでした。意味不明でしたでしょうか?

2006年01月09日

再開&下関駅全焼事件について

なが~い休みでしたが、明日から始動です。例年、冬休みは長いのですが、出社の前は、ドキドキしてよく眠れなかったりします。これは、小学生位から、休み明けはずっとそうで、大人になったら普通になるのかと思っていましたが、40過ぎても全く改善しません。何はともあれ、頑張りたいと思います。

さて、最近びっくりしたのは、下関駅が放火で全焼したことです。子供の頃から親しんできた三角屋根の駅がなくなってしまったことは、とても残念です。が、もっと気になるのは、今後どんな駅がたつのかということです。

今年、帰省して驚いたのが、駅の真正面に、ヨーロッパ宮殿風の巨大な結婚式場ができていたことです。駅の右側には、シーモールという売り場面積西日本一?(だったっけ)のショッピングモールがあり、前方にこの宮殿がそびえ、その後ろには地上143Mの海峡夢タワーが見える…ということで、真夜中にみると、まさに魔都…不気味なムード一杯で、いかがなものかと胸を痛めておりました。
<参考>
海峡ゆめタワーというのは…
●頂上球形総ガラス張り展望室は世界初
●タワー頂部の球体の直径は…21m
●タワーに使ったガラスは…8,700枚
●ライトアップのライト数は…611灯
●シースルーエレベーターの速度は…1分間に120m
ということで、これだけでもライトアップされるとかなり怖い。(私の実家からは、前に夢タワー、左手に関門橋がみえ、これはこれで、かなり凄い)

ここで、駅周辺で唯一、比較的まともな形をしていた建物である駅が忽然と消えてしまったわけですので、この跡地にどんな駅舎を建てるかは、街の美観上とても大きいと思うわけです。下関という土地柄から、河豚のモニュメントのようなもの、源平合戦を反映させてお社風など、色々嫌な予感もよぎります。品のいい形の建物にして欲しいなあ…とJR西日本、下関市、地元財界には、切にお願いたてまつります。

それより前に、駅前に、宮殿風の結婚式場を許可するなよ…とは思うけど(建物トップにお椀型のドームとその上に尖塔が立つ…という代物で、元市民としては、ちょっと悲しい)

2006年01月08日

喜怒哀楽について

今年で、何と44歳になります。自分の年齢にびっくりするのも可笑しい話ですが、やはり驚きます。こんなオジサンになるとは、思ってもみませんでした。大学を卒業して、就職はするんだろうと思っていましたが、それ以降に関しては、何も確たるビジョンがあったわけでもなく、現在に至っています。

就職をしてから既に20年経過をするわけですが、ここ数年強く感じる自らの変化としては、喜怒哀楽のレベルの低下です。猛烈に嬉しかったり、悲