石田三成は、いい奴なのでできれば友達になりたい
昔から石田三成に、興味があります。どうしてかというと、不思議なことばかりするからです。
1)秀吉に50万石の所領をオファーされたときに何故断ったのか
2)権勢の中心にいながら、その金を全て使い果たしてしまったのは何故か
3)臆病で、虚弱な彼の元に、島左近、舞兵庫などの勇将が何故集まったのか
4)しかも、最強の軍団を作り上げることが出来たのは何故か
5)ライ病患者である大谷吉継の鼻水が落ちた茶を悠々と飲み干す豪胆さはどこから来るのか
最大の謎は、何のために徳川家康と、関ヶ原で戦ったのか?ということ。この疑問には、2種類の意味があって、
・多くの大名が、秀吉亡き後、家康に日和見を決めこんでいる中、20万石の大名に過ぎない彼が何故家康に挑戦したのか?
・野戦を最大の得意技とした家康に、野戦を挑んだのは何故か?
織田信長の同盟者であり、全盛期の武田騎馬軍団と真正面から激突し、秀吉に唯一勝った男、家康は、その当時すでに生ける伝説だったのに。
思うに、信長・秀吉によって築かれた絢爛豪華な安土桃山文化の申し子である彼には、質実な農本主義者である家康の田舎くささ、野暮ったさが、許せなかったのではないか?豊臣政権の高級官僚である彼が、プライドと美意識をかけてうった一世一代の大博打が、関ヶ原であったと思うのです。夜討ちや奇襲ではなく、全軍真正面からぶつかって、アルティメットクラッシュしなければ、彼にとって勝った事にはならなかったのでしょう。
そういう生意気で小細工なしのところが、僕にはとてもいとおしく思えるのです。家康の本陣に、大筒をぶっ放すという破天荒振りも、とてもイケテマス。
If you like this, Please send 1 click to BlogRanking or Bloking. Thank you-☆

